表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この連載作品は未完結のまま約半年以上の間、更新されていません。
今後、次話投稿されない可能性があります。予めご了承下さい。

俳句 楽園のリアリズム(パート7-その1)


 いよいよ後半(第2部)のはじまりです。今回の終わり近くで、どなたにも人生へのあこがれと郷愁を感じさせてくれるにちがいない、私の大好きな大木実の「陸橋」というおなじタイトルの詩を2篇読んでみることになります。詩を味わうための下順として、詩を味わうのに十分な程度の詩的な能力をご自分のものにする必要があるなんて言ってきましたが、このあともなんども読むことになる大木実の詩はやさしい散文を行分けしただけのようなだれにでもすぐに味わえる詩ですし、まだ借り物のような詩的能力でも、今回は24句の俳句のポエジーに、まるでご自分のもののように生き生きさせられた詩的想像力や詩的感受性や詩的言語感覚でもって、大木実の詩2篇を読んでいただくことになります。

 次回と(パート8-その1)だけは第2部でもふつうの詩は出てきませんし(パート10・全)と(パート12・全)では逆に詩だけを読むことになりますが、それ以外では、今回とおなじように俳句のポエジーに活性化された詩的想像力や詩的感受性や詩的言語感覚でもって、最後に何篇か詩を味わうことになります。つまり、ほんとうを言うと、第1部の俳句でほどほどのポエジーを味わえるようになった方は、ふつうの詩でそれなりの詩的な喜びを味わうことなどわけないこと。前半と後半に分けてみたのも、第1部でじっくりとご自分の詩的想像力や詩的感受性や詩的言語感覚を養って、第2部に出てくる66篇の詩でいきなり本格的な詩情や詩的な喜びを体験していただきたかったからにほかなりません。

 俳句ではポエジーがすべてですが、ふつうの詩(や短歌)では、純粋なポエジーほどではない詩情に、意味作用による人生的な感動や喜びがプラスされることになります。
 それにしても、私の作品をくりかえし読みこんでいただければそのうちいやでも両方味わえるようになるはずですが、俳句の純粋なポエジーと意味作用による人生的な感動や喜びや慰めが加味された詩(や短歌)の不純なポエジーと。人生の喜びとして、どちらのほうが上ということになるだろうか。

 グーグルのAIモードで、山崎久和の「俳句 楽園のリアリズム」における俳句の純粋なポエジーと詩や短歌の不純なポエジー、と検索したら、こんなことまでAIが即座に、私の作品に即して解説してくれました。間違った回答もあるので、そのつもりで利用していただけたらと思います。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ