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この連載作品は未完結のまま約2ヶ月以上の間、更新されていません。

俳句 楽園のリアリズム(パート6-その2)

 今回の前半では詩を読んだりするだけで途方もない喜びの感情を味わうことのできたひとの、もうひとつの理由でもある夢想の楽天主義を感じさせてくれるような言葉を、私の「バシュラール・ノート」から拾ってみました。
 夢想とは本来、自由で、だれにでもできる気楽な行為なのだと教えてくれて、しかも人生最高の喜びを私たちに体験させてくれるバシュラールの夢想のオプティミズムって、ほんとうに、すごい。
 幼少時代の核があらわになった状態でイマージュの幸福にうっとりすることが夢想するということだったわけですけれど「イマージュをたのしみ、イマージュをそれ自体として愛する」って、詩のなかでも俳句だけが、もっとも純粋なかたちで、私たちに体験させてくれることになります。そのことによってもたらされる俳句のポエジーが、私たち自身の詩的想像力や詩的感受性や詩的言語感覚を育成してくれるのは、ごく自然なこと。
 このようにして、言葉の意味作用に邪魔されてイマージュだけをそれ自体としてたのしんだり愛したりすることのむずかしいふつうの詩や(俳句ほどではないにしても読むためにはある程度のトレーニングが必要ですが)短歌を、そのうちどなたにも味わってもらうようにするのが私の本の存在理由のひとつでもあるのです。
 人生の残り時間がまだたっぷりあると思われる方には、1、2年つづければどうにかなると思いますが、短歌を味わうためのトレーニングをすることをおすすめします。古今集、新古今集、分厚い短歌用語辞典みたいなもの(これは徹底的に読みこむ)あとは鑑賞書の類を10冊くらい。それに私も愛用した短歌にでてくる漢字にも強くなることが期待できる「現代俳句読み方辞典」(博友社)とか。これだけでも塚本邦雄は無理だとしてもほとんどの短歌を十分に味わえるようになるはずです。その間にこの本も読みつづけていただけたなら、まさに鬼に金棒です。

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