夕立
最新エピソード掲載日:2026/11/02
昭和四十八年、六月。母の再婚を機に、高知の山あいの谷へ移り住んだ十五歳の少年・岡崎潤。雨の多い集落で、彼を待っていたのは、義理の妹になる娘・濱田美雪と、亡き者の手つきの残る名札と、一本の白梅だった。
潤は帳簿を開き、「借りたもの」を書き始める。夕立、川、よさこい、梅干し、寺尾との順位表、言いかけては飲まれる言葉。五年のあいだ、帳簿は二人の距離を、雨の粒のように、一行ずつ記していく。
やがて受験、上京、手紙。谷の行事は容赦なく巡り、谷の外の時間は、谷より速く流れる。言えなかった想いは、追いつかないまま、白梅のように、咲き、散り、匂いだけを残す。
――この谷では、願いは書くけれど、言わない。言った途端、逃げてしまうからだ。
雨を見れば、思い出す物語。一人の「お兄ちゃん」の、五十年分の帳簿。
潤は帳簿を開き、「借りたもの」を書き始める。夕立、川、よさこい、梅干し、寺尾との順位表、言いかけては飲まれる言葉。五年のあいだ、帳簿は二人の距離を、雨の粒のように、一行ずつ記していく。
やがて受験、上京、手紙。谷の行事は容赦なく巡り、谷の外の時間は、谷より速く流れる。言えなかった想いは、追いつかないまま、白梅のように、咲き、散り、匂いだけを残す。
――この谷では、願いは書くけれど、言わない。言った途端、逃げてしまうからだ。
雨を見れば、思い出す物語。一人の「お兄ちゃん」の、五十年分の帳簿。