テスト返却
昭和四十八年六月二十一日 木曜日 雨
梅雨の朝は、雨の音で分類された。
瓦を打つ音、雨戸を打つ音、軒の雫の音。三つが交互に隙間を作って、家の中の静けさを、いくつもの層にしていた。
傘の音も、分類に入った。ビニールの傘は、高い音で破裂し、油紙の傘は、低音で弾んだ。谷の傘は、まだ、油紙が多かった。
雨は、明け方にあがっていたのに、家の中では、まだ降っていた。畳が、夜の雨を吸い込んで、乾く途中だった。踏むたび、畳の底から、昨夜の冷たさが戻ってきた。
卵焼きは、初日の二切れから一切れに戻っていた。特別は、二日で終わる。
朝の味噌汁には、梅干しが沈んでいた。夏の味噌汁は、梅で締まる。それが、谷の朝の、味の知恵だった。
弁当には、梅干しが戻っていた。ひと粒の、いつもの塩梅のやつが。あの日の一粒とは、違うものだった。あれは、贈り物だったからだ。
玄関で、美雪は濡れた前髪を指で梳いた。櫛の跡が、雨の光の中で一本だけ白く光った。
「傘は、自分のを持ってきましたか」と彼女が聞いた。持っていなかった。
首を横に振ると、美雪は、なにも言わず、戸棚の傘を一本、畳み直した。傘は、誰のものというより、家のものだった。谷では、傘は、家ごとにあった。
中間テストが返ってきた。数学は九十五点。学年は、いちばん上ではなかった。
いちばん上は、寺尾という地元の子だった。あの子は、職員室には来ない。私とは、逆の生き物だった。
寺尾という名は、順位表で先に知った。顔は、廊下ですれ違っても、分からなかった。地元の子は、私に顔を見せなかったのか。それとも、私が、見ていなかったのか。
五点の差は、歩いて測る距離ではなかった。それでも、私は、その五点を、朝のうちに埋める計画を、頭の中で立てていた。計画を立てる癖は、転校のときから、私の中に住みついていた。
国語の答案には、丸が並んでいた。読みどころのある文に、朱の丸がついていた。
答案の末に、森の字で一行あった。「内容は、よく考えられています。表現は、もう少し、柔らかく」
柔らかい、とはどういうことだろう。
私は、答案の余白に、同じ内容の別の言い方を三つ、書いてみた。書いて、消した。消し跡は、柔らかくはならなかった。柔らかさとは、消しゴムの向こう側にあるものらしかった。
谷の言葉は、雨に洗われて、石に当たって、少し濁っている。私の言葉は、まだ、川の上流のほうに置いてある気がした。
谷の言葉を覚えることと、谷に残ることは、同じことなのだろうか。
昼休み、私は職員室に行った。ノートの端に、質問を五つ書き溜めていた。
職員室の湯呑みは、持ち主が、染みで分かった。森の湯呑みの染みは、取っ手の右側に寄っていた。左利きではない人の、長い年月だった。
森は、五つとも答えた。教科書を開かずに答えた。それから、「どこまで進んだ」と聞いた。
私は、自分で作った穴埋めの計画表を見せた。学期の半ばから先が、表の上ではもう、全部埋まっていた。
計画表は、鉛筆で書いて、終わった所だけ、朱で塗った。朱は、返済済みの印だった。借りは、減っている。だが、表の下のほうに、谷の言葉という科目が、まだあった。
森は、しばらくその表を見ていた。それから、棚から紙束を出してきた。過去のテストだった。
紙は黄ばんでいて、巻き癖がついていた。何年か分の、谷の夏の汗が、紙の中に残っていた。
「あとは、自分で採点して、持ってきなさい」
私が退出する時、森は何も言わず、目で、少しだけ頷いた。
あの頷きは、私にとって谷ではじめての、合格の印だった。
放課後、私は教室に残った。転校の穴は、まだ半分以上埋まっていない。
窓の外で、音楽室のギターが鳴っていた。同じ曲だった。夏のはじめの扉の前で聞いた、あの曲だった。
曲は、まだ名前を知らなかった。だが、指の動きは、窓越しに分かった。窓のガラスが、指板を、ゆるやかな波にしていた。
私は、音楽室の棟の前を通った。扉が開いて、高橋先輩が顔を出した。
「お、聴いてたのか」それだけだった。先輩は、顔を引っ込めた。が、扉は、半分だけ開いたまま残った。
その半分の扉の意味を、私はまだ読めなかった。
校庭を横切ると、写真部の窓があった。赤い灯りの窓。窓の内側で、美雪が顔を上げた。
写真部の窓には、いつも、赤い灯りが点いていた。暗室の安全灯で、写真が水の中で、ゆっくり顔を出す部屋の灯だった。私は、その窓の前を、回り道してでも通っていた。今日は、通りかけたつもりで通った。
目が合った。一秒か、それ以下か。美雪は、先に窓から退いた。私は、先に歩き出した。
写真部の窓を背にすると、現像液の匂いが、服に少し移っていた。薬品の匂いは、赤い灯りの匂いだった。私は、その匂いを、帰りのバスまで嗅いでいた。
互いに、先を譲ったのだ。それだけのことが、胸の奥で、やけに大きく響いた。
夕食のあと、母が教えてくれた。庭の梅は、豊後という品種だと言う。
「豊後は、実が大きいの。梅干しに向いているわ」
豊後は、大分の古い国の名だった。国名を借りた梅は、実の重さで、その名に応えていた。
庭に出て、実を見上げた。雨に洗われた実は、まだ青く、酸い季節はもう少し先だった。
実を数えた。数は、覚えていない。数えることのほうが、大事だった。谷のものは、数えられるうちは、自分のものにならない。
実に触ると、雨の冷たさが、皮の内側に残っていた。梅雨の実は、秋の実より、温度を覚えているようだった。
名前が、ふたつになった。吉野川と、豊後。
ふたつとも、借りたものだ。借りたものは、いずれ返さねばならない。この谷には、そういう仕組みがあった。
夜、雨戸を閉める。奥の四枚は、私と美雪の仕事だった。今日は、どちらも無言だった。でも、その無言は、初日の無言とは違っていた。
四枚の板は、今日、音が合った。はめては外す指の間に、板と板の鳴き方が、呼吸のように重なった。私は、その呼吸に、自分の息を合わせた。彼女に合わせたわけではない。板に合わせたのだ。
初日の無言は、壁だった。今日の無言は、廊下だった。壁は越えられない。廊下は、いつか通る。
就寝前、初めての過去問を解いた。時計の針は九時を回っていた。ミシンの白い布は、夜ごとに、少しだけ黒く見えた。
梅雨は、まだ明けなかった。




