挨拶回り・石段
昭和四十八年六月十七日 日曜日 夕立
日曜の朝は、線香の匂いで起きた。
居間の隅の仏壇に、小さな線香が一本立っていた。位牌の、文字は、小さくて、近寄らないと、読めなかった。私は、近寄らなかった。瞳は、すでに、水を、替えた、美雪の、指に、届いて、いた。線香の灰は、昨日の分まで、小皿に積まれたままだった。お供えの水は、朝のうちに新しいものと替えられていた。替えたのは、美雪だ。
朝食のあと、母が言った。「今日は、ご近所を回りましょう」。日曜日は、挨拶の日だった。
美雪が行き先を三つ、指で折って数えた。「豆腐屋さん、組長の家、それから田んぼの奥の、お爺ちゃんのところ」
母は、手土産を風呂敷に包んでいた。あの風呂敷は、引っ越しの日の結び目とは、別の結び方をしていた。贈り物の結びには、持ち手ができた。
家を出るとき、彼女はまた半歩だけ先を歩いた。日曜の畦道は、土曜より柔らかい日をしていた。
贈り物を持って行く作法は、私には分からなかった。美雪は、母の脇で、小さく教えた。袋は両手で受ける。受けたら、すぐには開けない。開けるのは、家に帰ってからだ。
三軒の順番は、美雪が決めていた。近い順ではない。顔を見せるべき順番だった。谷には、道より先に、順番があった。
豆腐屋では、おばちゃんが私の顔を見て、母の顔を見て、それから顔を見合わせた。
豆腐屋には、にがりの匂いが染みついていた。湯気の向こうで、木型が、白い塊を整えていた。私は、湯気の中に、谷の朝の匂いを知った。
「お父さんは、お仕事は」おばちゃんが聞いた。母の笑いは、少しだけ作り物だった。
「はい、色々と」美雪が、茶を差し出しながら、静かに間を埋めた。私は、埋められた間の底に、自分の置かれ方を見た。
「東京からかね」「高知からです」母が答えると、おばちゃんは、「高知なら、たまに行くよ」と言った。行く先の話ではなかった。遠近の話だった。東京は、谷の遠近では、一番遠かった。
おばちゃんが、「美雪ちゃんは、お母ちゃんに、だんだん似てきたね」と言った。母の手が、膝の上で一瞬、止まった。美雪が茶碗を置く音は、いつもより、いちばん軽かった。
贈られ、贈り返し、また贈られる。谷の人々は、もので会話した。受け取った分は、いずれ返さねばならない。
組長の家では、新麦を一籠もらった。縁側で、座布団が四枚、並べられた。組長は、私の背を見て、「嶺北より、背が高い」と言った。それが、谷の人のする称賛だった。
組長の家の座布団は、表の白い部分より、縁の青い部分のほうが、年季が浅かった。座る場所だけ、新しい布に張り替えてあった。客は、年季の入っていないほうへ案内された。
世間話は、畑と天気と、転校生の背丈で回った。美雪は、私の背丈の話のとき、窓の外を見ていた。畑の方ではなかった。山の方だった。
田んぼの奥の家では、干し芋を。畑の老主人は、耳が遠く、名を二度聞き返した。二度目には、美雪が少し大きな声で答えた。その声は、平素よりも、少しだけ明るかった。
畑の奥から集落へ戻る道は、用水に沿っていた。用水の流れは、急いでいた。石の下では、きっと小さな生き物が、身を潜めている。美雪は、用水の音を聞きながら歩く足を、いつもの半歩より少しだけ早めていた。帰り道は、急ぐものなのだ。
籠と包みは、私の腕にのしかかってきた。
帰り道、荷物が重くて、私たちは石段を下りるのが遅くなった。
夕立は、石段の中腹に来た。
雨は、音の天井を落としてきた。集落が、煙の中に沈んでいくのが、眼下に見えた。石段の苔は、雨の緑を、いちばん早く受け取った。
先を歩く美雪の、うなじが目の前にあった。白い襟の上、湿った髪が貼りついて、日に焼けた肌の色が、雨に深くなっていた。
見てはいけないところを見ている自分と、見ている自分とが、雨の音の中で一瞬並んだ。
その時、苔むした石が滑った。
膝をつくより先に、美雪の手が、私の腕にかかった。荷物は道路に転がった。袋の口から、新麦が、雨の中に、少し、零れた。
ふたりとも、助けた方と助けられた方とが、同じ姿勢で固まった。
固まったあと、私たちは、急いで荷物を拾い直した。紐は私が結び直し、籠は美雪が受け取った。その間、二人は、互いの手を見なかった。見れば、何かが、動いてしまう気がしたのだ。
「……転がります」美雪が言った。麦袋のことだった。私は、麦袋を拾いに行った。
麦袋は、石段の下まで転がった。拾うたび、私の手は、雨で滑った。拾い終えたとき、腕のあたりに、まだ、彼女の指の形が残っていた。熱は、とっくに冷めているのに。
拾いながら、私は気づいた。彼女が掴んだのは、転びかけた私の腕かもしれないし、転びかけた自分の道しるべかもしれない。雨は、その区別を、洗い流してしまった。
あの触れ合いは、一秒に満たなかった。それなのに、私の記憶は、そこだけを、鮮やかに保存している。ほかの何よりも。
家に着く頃、夕立は峠の向こうへ移っていた。もらった新麦は、夕食のあと、母が、納屋に、あげた。
私が持ち帰った袋を開けると、干し芋の下から、小さな紙包みが出てきた。包み紙は、古い雑誌の切れ端だった。中身は、飴だった。畑の奥の、耳の遠い爺さんの、新麦以外の贈り物だった。美雪は、その紙包みを、たいへん丁寧にほどいた。
麦袋を解くと、雨の匂いが少したった。誰もそんなことは言わなかった。
夜、雨戸を閉める。奥の四枚は、私と美雪の仕事だった。濡れた手で板をはめると、軋み声がいつもと少し違った。
板の脂の匂いは、杉の匂いだった。雨の日の雨戸は、木が生きたままだった。
就寝の前、私は来週のことを、ノートの裏に書いた。テストの返却。音楽室の扉。写真部の赤い窓。書き終えて、私は気づいた。予定表とは、借りの返済日を決める紙だということに。
その夜、私は麦の匂いを少し嗅いだような気がして目を覚ました。雨の音で、匂いは、もうなかった。
位牌の名前は、生涯、教わらなかった。教わらない、のは、水を、替える、美雪の、横顔の、ほうが、先に、名を、教えて、くれた、から、だ。
教えてもらうまでのあいだ、その名前は、線香の煙の形でしか見えなかった。煙は、読めない文字を、いちどだけ書いては消した。
谷は、今日、私に貸しを作った。受け取った新麦の分だけじゃない。名前、階段、うなじ、新麦。借りたものは、いずれ返す。
あの頃の私は知らなかった。借りの返し方を。それが、三年後の、あの雨の日にしか、教えられなかったことを。




