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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
スパイラル・トレイン
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第4話-EX 「ぬいぐるみと俺」

第4話「スパイラル・トレイン」最終日の翌日の話です。

「美羽、行くぞ」


「うん……」



寂しそうに答える美羽の手を引いて、俺は家の鍵を閉めた。

今日は美羽を空港まで送ってやらねばならん。

美羽を午後二時発の飛行機に乗せるということになっており、

それまでに空港に着いておく必要があるのだが、出掛ける時間より俺達は早めに家を出た。

飛行機に乗せる前に昼メシを食わせておく必要もあるし、

美羽の夏休みの思い出が、図書館前近くの遊歩道で撮影した集合写真一枚だけというのは、

あまりにかわいそうだと思ったからだ。

昨日、駅から帰ってくる途中で匠先輩に頼んで、旅行中に撮った集合写真のネガフィルムを借りた。

早めに出掛けて写真の現像もしようってわけだ。

……匠先輩のカメラが今だにフィルム式カメラと、やや時代遅れ感があるのだが、

カメラについては無頓着らしく、先輩は全く気にしてなかった。

「フィルムと現像してくれる店があるうちは現役だな」そんなことも言ってたっけか。


マンションのエレベーターのボタンを押し、エレベーターが俺達の階まで上ってくるのを待つ。

エレベーター脇の階段、

音楽祭の練習の集合時刻に遅れそうになって美羽を背負って駆け降りたな。

思い返せば、自他とも認めるめんどくさがりが、よく階段を使って一階まで降りたもんだ。


エレベーターで一階に降り、マンションを出ると、

既に俺が予約していたタクシーがエンジンをアイドリングさせながら待機していた。

このタクシーは、美羽がこっちに来る時に利用した際に乗ったタクシーだ。

運転手が運賃を支払った時に、

「タクシー要るなら是非呼んでくれ」と連絡先が書かれた紙を俺に渡してきたので、呼んだというわけだ。


一月近く前の話とはいえ、遠距離客ということで顔を覚えられていたようで、

俺が運転手に視線を向けると、お久しぶりです、と挨拶をしてきた。

こんにちは、と適当に俺も挨拶を返し、

早速運転手と美羽の荷物をトランクの中に詰め込む共同作業を始めた。



「美羽、お前は先に車の中に入っておけ」



俺が美羽に言うと、黙って車の中へと入っていった。

今日はやけに大人しい。

荷物を詰め込み終わった俺と運転手も、続いて車に乗り込んだ。



「今日はどちらへ?」


「空港までお願いします」


「はい、かしこまりました」



タクシーは発進し、俺の暮らすマンションが、他の建物に遮られて見えなくなっていくのを、

後部座席に座っている美羽は後ろを向いてじっと見ていた。



「……美羽、忘れ物はないな?」



出掛ける前に俺が何度も確認したからないと思うが、一応美羽に聞く。



「たぶん……ない」


「そうか。

 取りに帰るならば今のうちだぞ」



美羽は小さく頷くと、後ろの景色を眺めるのをやめ、前を向いた。

それからしばらく沈黙が車内を支配していたが、運転手が空気を察して、俺達に話し掛けてきた。



「今回は帰省ですか?」


「まあ、そんなところです」


「妹さんを連れて、どちらに?」


「俺の家に来たんです。

 美羽が田舎の実家からこっちに」


「ああ、そうなんですか〜

 ということは、今回行き先は空港ということですが……」


「はい、美羽が一人で乗ります」


「一人で、ですか?」



運転手は車のミラー越しに後部座席に座っている美羽に視線を向ける。



「お嬢ちゃん、今何年生?」


「一年生……。」



美羽は力無く答えた。



「え、え、えっと、小学校一年生の子を、一人で飛行機に乗せる……んですか?」


「はい、そうです。

 俺も一人で乗せるのには反対だったんすけど、親が……」


「許さなかった?」


「というよりも、都合が合わなくてこっちに迎えに来れそうにないらしいみたいで。

 俺自身もこれから二学期の準備やら何やらで送って行く訳にも行かないですし、仕方なく、ですね」


「小学校高学年ぐらいの子が飛行機に乗る話は聞いたことがありますが、

 さすがに一年生の子を乗せるなんて聞いたことありませんね」



気がつくと、美羽が黙って俺の手をぎゅう、と握り締めていた。


美羽、こんなめんどくさがりで適当な俺のどこがいいんだよ?

俺のどこに離れたくないと思わせるような要因がある?

毎日お前と遊んでやった訳でもなく、欲しいものをジャンジャン買い与えたという訳でもなく、

どちらかといえばお前に我慢ばかりさせた。

音楽祭の練習でチカの家に通い詰め、

俺と美羽の二人だけでどこかに出掛けることはできなかった。

というか、機会があっても面倒臭がって行かなかったと思う。

そんな俺のどこがいいんだよ?

チカや麗香が美羽に好かれるのは理解できるが、俺が好かれる理由が理解できない。

時が経って、昔の記憶が美化されて、いいイメージしか覚えていないことはあろうが、

まだ記憶が美化されるには時間が足りなさ過ぎる。


だからといって、手を握るのをやめろと美羽に言うことは、俺にはできなかった。

正直、俺も美羽と離れたくはない。

一人暮らしの生活がまた始まるかと思うと、多少世話が面倒でも、

ワイワイやってくれる美羽がいてくれた方が、

少し意外性のある生活ができて、それなりに楽しく過ごせそうな気がする。


美羽の代わりと言っちゃなんなんだが、ペットでも飼おうか。


……そういや、俺のマンション、ペット禁止だった。



タクシーは空港に到着し、料金を払ってタクシーから降りた後、空港ターミナルに入った。

入ってすぐ左のところに、写真を現像してくれる店、つまり写真屋があるのだが、

空港の中の写真屋に、俺達のように空港で写真を現像しようなんて奇特な人が果たしているのか疑問だ。

恐らく使い捨てカメラの売り上げで生き残ってるんだろう。

……まあ、そんなことは俺達にとってはどうでもよく、現像してもらえればそれでいい。



「すみません、写真のネガを現像してもらいたいんですけど」



俺は店のカウンターで暇そうにしている若い店員に話し掛けた。



「あ、えっと、そのネガは今回お持ちでしょうか」


「持ってます」



店員は突然話し掛けられて慌てたのか、当たり前の質問をしてきた。

「写真の現像をお願いしたいんですけれど、ネガは自宅にあるんです」とか、普通ありえないだろ。

ネガ持たずに手ぶらで行ってその客は一体何がしたかったんだ、という話だ。

店員の対応にいろいろな角度からツッコミを入れつつ、写真のネガを店に渡す。



「現像には30〜40分程かかりますがよろしいでしょうか」


「はい」



俺は店員から受取時刻の書かれた紙を受け取り、店から離れた。



「美羽、腹減ってないか?」



俺の手を握ったまま離さない美羽は、うん、と頷く。



「前ここに来た時にレストランで飯食ったの覚えてるか?」


「うん」


「そこで昼メシにしようか」


「うん」



エスカレーターに乗って上の階に上がりレストランに入る。

最初ここに来た時と同じ、窓から飛行機の離着陸がよく見える席に案内され、

俺と美羽は向かい合って座る。


ここに来た時、久しぶりに会った俺に、

「にいちゃん、ジュース!」などと厚かましいというのか、図太いというのか、

とにかくそういうことを言うようなバカ丸出しのクソガキだったのに、

一月経ってみればこの変わり様だ。

親の温室の野菜同然の厚い庇護を受けて育っていた美羽にとって、

俺の少々荒い男の独身生活に触れたことは、心の成長の糧になったのではないか、

そんなことを俺は感じていた。

幼さは残ってはいるものの、一月前と比べて、

美羽が大きく成長したことを俺は認めざるを得ない。

最初は「一人で寝るのが怖い」と、

オモチャ片手に俺に泣きついてくる有様だったのが、今ではちゃんと一人で寝られるようになったし、

風呂も自分で湯加減を調整して一人で入れるようになったし、

日を追うごとに美羽は着実に成長していた。



「美羽、食べたいものは決まったか?」



テーブルに置かれたメニューを見ながら俺が聞くと、美羽は意外な答えを返してきた。



「お兄ちゃんがたのんだのと同じものが食べたい」



俺が注文したのと同じのが食べたい?お子様ランチじゃなくてか?

……。

いくら小学一年生の知能でも、

自分が大人一人分の料理が食べられるわけがないことぐらいは理解できているはずだ。

ならばなぜ、それを理解しているにもかかわらず背伸びをしようとする?



「まあ、美羽がそれでいいなら俺は何も言わないが……今日でお前ともお別れだしな」



さてと、俺は何を注文しようか……

俺が食べるものと同じものを美羽が食べるのだから、

注文するのは美羽でも食べられるものの中で、という条件がつく。

……よし、このハンバーグセットにしよう。

これなら美羽でも食べられるはずだ。

店員を呼んで注文を伝えると、作り置きでもしていたのか、5分ほどで料理が運ばれてきた。


美羽は慣れない手つきでナイフとフォークを手に取り、

俺が切っていくのを真似てハンバーグを切っていくが、切り口はガタガタ、

お世辞にも上手に切れましたとは言えないが、なぜか微笑ましかった。



「美羽、いいか?

 ナイフとフォークの持ち方は「じぶんでやる!」」



美羽は強く言うと、我流で肉を切りはじめた。

……そんなに突っ張らなくても。


結局、美羽は最後まで食べ切ることができず、ギブアップしてしまった。

レストランの人には悪いが、残すことにした。


最後の最後まで、美羽はデザートが食べたいとは言わなかったな。

言ったら好きなのを食わせてやろうと思ってたんだが……


レストランを出ると、飛行機の出発時刻の30分前だった。

俺は美羽の手を引いて早足で写真屋に向かい、現像された写真を受け取った。

旅行中の美羽の笑顔がそこには写っている。

今の美羽とは大違いだ。

美羽のリュックサックにその写真を詰め込み、

その足で美羽に代わって搭乗手続きをした。

美羽が一人で乗ることを知った空港職員が気を利かせて、

職員一人同伴という条件で、特別に俺を飛行機の中まで入れてくれることになった。

もちろん、そのまま飛行機に乗って目的地の空港まで、という訳にはいかず、

美羽を席に着かせたら俺は飛行機から降りなければならない。

マニュアル通りの対応しかしてくれないものだと思っていた俺は、

この対応に内心驚き、そして感謝した。


荷物検査を一通り終え、俺は美羽を引き連れて職員の誘導に従って飛行機の中に入った。

美羽の乗る席は、「A078」、窓際の席だ。

俺は美羽を席に座らせ、シートベルトをつけさせた。



「あれ?お兄ちゃんもひこうきに乗るの?」


「いや、俺はここまでだ。

 あとはお前一人で行く。

 向こうに着くまで大人しくしてるんだぞ」



俺がそこまで言うと、美羽が急に俺の手をぎゅう、と、

タクシーの時より何倍も強く、しかも両手で捕え、泣き出した。



「いや!行かないで!」


「行かないでって言われてもだな、俺は飛行機のチケットを持ってねえから、な?」


「いやっ!美羽といっしょにお家にかえるの!」


「別れたくない気持ちは分かるが……ここに来た時にした約束事、覚えてるか?」


「お兄ちゃんの……言うことをちゃんと聞く……」


「そうだ、一月前、さっき行ったあのレストランでした約束だ。

 あの約束事は、お前がお袋と親父のいる家に帰るまで破っちゃいかん。

 いいか、今からこのクソッタレかつバカな兄の言うこと、ちゃんと守れよ?」


「ぐずっ……うん」


「一つ、今着けたシートベルトは、飛行機が到着するまで、絶対に外すな」


「うん……外さな……い」


「二つ、飛行機の中で大声で騒いだり、周りの人の迷惑になるようなことをしないこと」


「……美羽、おとなしくしてる」


「そして最後の三つめ、もう泣くな。

 悲しくなったらリュックサックの写真を見て、

 数少ない楽しかった思い出を思い出すんだ、いいか?」


「……(大きく頷く)……。」



美羽はもう泣かないと言いつつ、その目からは新しい涙が次々と流れ出ている。

やべっ、俺までもらい泣きしそうじゃねえか、バカヤロー!

いかんいかん、泣くなと言っている俺が泣いてどうする!?

俺は激しく頭を振って自分を制しようと努力するが、出るものが止まらない。

いつしか、俺と美羽のやり取りは他の乗客、|キャビン・アテンダント《CA》達の注目の的になっていた。



「美羽、今した約束……他の乗客の皆がちゃんと聞いたから……な、破るなよ」


「グズズッ……う……ん」


「よし、立派だ。

 美羽、手を離してくれ。

 一人で大人しく飛行機に乗れたら、もう一人前だ」



そう言うと、美羽はそっと俺から手を離した。



「いいか、お前は一人だが一人じゃない。

 何かあったらすぐに添乗員のお姉さんに言うんだぞ」


俺は近くで俺と美羽のやり取りを見ていたCAによろしくお願いします、と頭を下げた。

彼女は心から微笑んで、はい、と答えてくれた。

飛行機のプロがついたんだ、もう美羽は大丈夫だ。



「へぇ〜お嬢ちゃん一人で飛行機に乗るの?」



美羽の席から通路を挟んで向かい側に座っていた白髪混じりの年配のおじさんが話し掛けてきた。



「うん……」


「何年生?」


「一年生」


「一年生!?

 はぁ〜、偉いねぇ。うん。

 何かあったら、このおじちゃんに何でも言ってくれていいからね」



俺はありがとうございます、とそのおじさんに礼を言った。



「あんたも大したもんだよ、まるで親みたいだ」


「そう、ですか?」


「ああ、立派な親になると思うよ」


「どうも……」



俺がそこまで言うと、付き添いの空港職員が腕時計を見た。



「もうそろそろ出発時間なので……」


「ああ、そうですね。

 ――美羽、約束、絶対に破るなよ」



俺は美羽に言って背を向け、出口へと歩きだす。



「お兄ちゃん、まって!」



俺は職員にあと30秒だけ、とお願いして美羽の席に戻った。



「お兄ちゃん、これあげる。

 さみしくなったら、これ見て美羽のことを思い出して」



ガサゴソとリュックサックから出てきた美羽の手には、

《森のどうぶつのお友達セット》のクマのぬいぐるみがしっかりと握られていた。



「……いいのか?

 お前が欲しがってたオモチャだろ?」


「いいの!

 お兄ちゃんはずっと一人でさみしいでしょ?」


「…………ホントにいいのか?」


「お人形さんもいいって言ってるからいいの!」



プッ、何だその理論。

俺は思わず吹き出してしまった。



「美羽、おもしろいこと言ってない」


「悪い悪い。

 ……じゃあ、そのクマさんの御意向にしたがって“預かって”おくとしよう」



俺は美羽からクマのぬいぐるみを受け取った。



「美羽がこのクマさんに会いたくなったら、いつでも電話して来い。

 俺がクマさんをお前の家まで送ってやるよ」



郵送でな。

俺は受け取ったそいつを脇に抱えて美羽と別れた。






午後二時。美羽を乗せた飛行機は、予定通り空へと飛び立った。

それを俺は滑走路が見えるガラス張りの建物の中から見ていた。

ああ、これでやっと面倒なガキの世話から解放されたぜ……


俺はぬいぐるみを抱えて一人、空港を出た。

帰宅は電車に乗るつもりだ。

小さな子が遊ぶような人形を持った男子高校生が電車に乗っているという構図は、

さすがにシュールで恥ずかしい。

俺は近くの売店に行き、適当なものを購入、貰ったビニール袋に人形を入れた。

電車に乗ること約一時間、降りる駅に到着し、駅の改札を通り抜けると、

西に傾いた八月の陽射しが降り注ぐ。

ビルの屋上に設置された大きなデジタル温度計は、33℃と表示されている。

飛行機は今頃向こうの空港に着いているだろう。




家に帰り、リビングのテーブルを見ると、一枚の白い紙が置かれていた。

何だこれ?

裏返すと、ぐちゃぐちゃの文字で、こう書いてあった。



【お兄 ち ゃ んへ

 い まま で あ りが と う

         み わよ り】

第5話では、初期より構想にあった、主人公が異世界トリップする話になる予定になっています。

これでようやく異世界タグが活きてきますよ!!


ちなみに、第5話は大長編になる可能性大です。

もしかしたら50話越えるかもしれません。


なんにせよ、飽きられないように(笑)頑張っていこうと思いますので、

これからもよろしくお願いしますm(_ _)m

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