第4話-15 スパイラル・トレイン ?日目-システムとバグ
戦闘描写、苦手なんです……
オレンジの光が俺を通り抜けた。
……通り抜けた?
レーザーに当てられても、特にこれといった感覚もなく、俺自身も何ともない。
拍子抜けだ。
オレンジの光は青年をも透過し、さらに奥の車両へと進んで行ってしまった。
今のは一体何だったんだろうか。
ド、ドドン――――!
腹に響くような巨大な音とともに俺のいる車両が大きく揺れ、
それと同時に通路の照明が一瞬ふっと消えてまた点いた。
あまりの揺れの激しさに俺はよろめいて不様に仰向けに倒れ、見事に後頭部を壁に打ち付けた。
「痛ってぇ……」
今のは我ながら見事な頭の打ちっぷりだった。
頭を打った痛みで目を開けることが出来ない。
「ここが内部みたいね」
聞き慣れた声がした。
この声は……
「ハッ……コウくん逃げて!」
麗香だ。うん。助けに来てくれたのか。
それよりも、今、「逃げろ」って言われた気が。
……逃げろ?
答えを出すまでもなかった。
突然何者かに首を締められたからだ。
ククククク――と笑い声が間近で聞こえ、やっとのことで目を開けると、
そこには俺の首を締める青年の姿が見える。
なるほど。確かにこりゃ逃げにゃならんな。もう手遅れだが。
「私の友達に手は出させないっ!!」
麗香がそういうと同時に、青年の顔に麗香の強靭な蹴りが入った。
謎の青年は強烈な一撃を喰らって俺から手を離した。
その話し方は正にヒーローものの王道を行くような感じだ。
ヒーローショー(?)かなんかに出れば、ちびっ子が応援してくれるぜ、きっと。
って、殺されかけながら何を思ってるんだ俺は!
麗香は青年の両肩を掴んで横に投げ飛ばした。
それと同時に俺の目の前に白い手が差し述べられる。
その手の持ち主は零雨だった。
「ここは危険。
私のすぐ近くにいること」
さらりと零雨は言った。
零雨が饒舌になっているということは、どうやら非常事態らしい。
「悪いな」
俺は零雨の手をとり、立ち上がった。
「麗香から離れて」
零雨にグイグイと引っ張られ、
麗香と青年のつかみ合いが行われている現場からやや離れた位置に誘導される。
「零雨、あの青年は一体何者なんだ?」
俺が聞くと、零雨は簡潔に言った。
「自律思考型バグ」
「ううむ……無知な俺にも解るように、詳しい説明をしてくれると有り難いんだが……」
「彼は人間ではなく、なにかしらのプログラムの異常によって生成されたプログラム。
このプログラムは通常のバグとは違い、自ら思考し、
このシステム内での生存を図ろうとすることが解析によって明らかになった」
「……悪質なバグだな」
「バグよりもコンピュータウィルスに近い存在。
しかし起源は現在動作中のプログラム群のバグであると考えられることから、バグに分類される」
「しかしだ、これが一番謎なのだが、なぜ俺がここにいるのか、理由が分からん。
ここに俺がいることで何か変わるのか?」
「あなたは『利用された』可能性が高い」
零雨は俺の質問とは違うベクトルの答えを出し、
実際、俺はそれが零雨の解答だと理解するには少し時間が必要だった。
それにしても利用?あの青年は何の価値もない俺を利用したってのか?
どんな風に利用したのか、その利用法を是非とも教えてほしいところだ。
……まあ彼は今、麗香の猛攻撃を喰らうのに忙しくて、教えてなどくれないだろうが。
麗香は青年の肩を掴んで通路の壁に押し付け、身柄を拘束している。
にもかかわらず青年はニタニタ笑う。
「私もこのバグの除去に当たらなければならない。
あなたはここにいて」
零雨はそういい残し、俺の元から離れていった。
勇敢だな、と背中を向けている零雨に俺が言うと、
ゆっくりと振り返り、いつもの無表情のまま答えた。
「これが本来の仕事」と。
青年は零雨が近づいてくるのを見つけると、押さえ付けている麗香を軽々と弾き飛ばす。
「キャッ!!」
麗香は反対側の壁に背中を強く打ち付け、
一瞬ふらついたものの、またすぐに体勢を立て直した。
自由になった青年は、目の前まで近づいてきた零雨と向かい合わせになって睨み合う。
先につかみ掛かったのは青年の方だった。
彼は零雨の胸倉を片手で掴み、持ち上げる。
なぜか零雨は抵抗しようとしない。
青年はそのまま零雨を窓ガラスに向けて投げ付け、
零雨はガラスを突き破って列車から飛び出し、視界から消えた。
……と、思ったのだが、どうやら零雨は窓枠に運よくしがみついていたようで、
割れたガラス窓から顔を覗かせ、再び通路に戻ってきた。
零雨の両手にガラスが突き刺さり、そこから鮮血が流れ出る。
青年はそれを見てまたククク……と不気味な笑いを浮かべている。
まるで弄んでいるかようだ。
麗香はそれを見て立ち上がり、拳を硬く握りしめ、次の一撃を青年に喰らわせようと動き出す。
「ハァッ!!」
掛け声とともに麗香の右ストレートが繰り出されたが、
青年はふらりと、しかし素早くその攻撃を回避、
麗香の拳は青年ではなくその背後の壁にぶちあたり、そこに大穴が開く。
さすがシステム、緊急時の身体強化はそんじょそこらのチートとは違うぜ。
だが、麗香が攻撃を外してしまったために生まれた一瞬の隙を、彼は見逃さない。
背後に回った青年は麗香の髪を引っ張り、後ろへと薙ぎ倒したのだ。
「麗香!」
今がチャンス、青年は麗香に意識が向いている。
俺のことなど眼中にないはずだ。
青年のニヤニヤフェイスに一発蹴りでも入れてやろうじゃねえか、そんなことを思い、
気がつけば身体は既に青年に向けて走り出していた。
ところが、途中で足に何かが引っ掛かって、俺は前につんのめり、盛大に転んだ。
痛ってえ……
アゴを思いきり地面にぶつけたお陰で脳にダイナミックに衝撃が伝わった。
どうやら脳内アドレナリン大量分泌につき、正常な判断がつかなくなっていたようだ。
それにしても、まさか俺がドジ男だったとは……
俺の足に引っ掛かったものは何だったのかと、その方を見ると、零雨の足があった。
「彼は危険。
あなたは邪魔しないで」
怒られた。
どうやら俺の行動を察知し、それを阻止するためにわざと足を出したようだ。
……はいはい、大人しく戦闘を眺めときゃいいんだな?
平凡かつ無力な男はそうするしかないんだろ?ならそうさせてもらいますよ。
俺は起き上がって零雨を見た。
「……零雨、手に刺さったガラスは抜かなくていいのか?
止血がいるんじゃねのか?」
鋭利なガラスが零雨の手の甲を貫通、大量出血で手は血まみれ、
指先から血がポタポタと滴り落ちているという凄惨な状態なんだが……
「この程度では私は死なない」
そういいつつも零雨はそのガラス両手からそれぞれ引き抜き、
投げナイフの要領で麗香の上に馬乗りになっている青年の喉に向けて投擲、見事命中。
普通ならば事切れるんだろうが、突き刺さった青年の喉からは血は一滴も出ない。
やはり彼は人間ではなかった。
まあ正真正銘の人間は俺だけなんだが、零雨も麗香も、俺の中では人間扱いだ。
一方、零雨の手に視線を向けると、ガラスを引き抜いたことで、傷口が広がってしまったらしく、
かえって出血量が増えてしまったのが確認できた。
俺はよかれと思って「抜いたほうがいいんじゃねえか」と言ったのだが――
「あ……なんか出血量、増えちまった……みたい、だな」
俺が言ったばかりに申し訳ない。
「こうすれば問題ない」
零雨はさっきよりも状態がひどくなった手を見て言い、両腕をなぎ払うように振り下ろした。
「……!」
零雨の両腕が刀になっている。
俺は予想外の展開に思わず素っ頓狂な声をあげた。
服の袖から出る二本の金属質の腕は、どこからどう見ても刀そのものだ。
「お前の身体、どうなってんだよ……」
「身体の組成を組み替えた。
これで止血完了」
「いや、腕が全くの別物と化している時点で、止血したとは言えないんじゃ……」
俺が言い切る前に、彼女は青年に向かって走り出した。
話は最後まで聞こう……って言えるシチュエーションじゃねえよな。はは……
零雨は思いきり身体をねじらせて勢いをつけ、
その刀で青年の首を斬り上げた。
「……うわっ、ちょっ、こっちに転がってくんじゃねえよ気持ち悪い!!」
零雨が斬り上げたことで青年の頭と胴体がきれいに分裂、
生首と化した青年の頭が俺の足元に転がってきたのだ。
「ちょっと零雨ちゃん!
私危ないところだったじゃない!
何でもっと早く応援に来てくれないの!?」
首無しの青年に馬乗りにされている麗香は声を荒らげ、青年の腹を足で蹴り上げる。
青年(胴体)はバランスを崩して横に転倒、自由になった麗香はすぐさま起き上がった。
一瞬、俺の足元の物体が動いたような気がして視線を下に向け、
ちょんちょん、と足で小突いてみる。
軽く小突いたつもりがゴロン、と半回転して青年(生首)の顔が俺に向けられてしまった。
……ニヤリッ
…………!!
い、今、生首が俺に視線を向けて笑ったぞ!!
俺の顔は完全に引き攣っているのがわかる。
こんな気持ち悪いもん、近くに置いておけるかってんだ!
俺がこの生首を離れた所にやろうと、青年のスマイル顔面に蹴りを入れる。
「がああああっ!!」
こいつ、俺の足に噛み付きやがった!
てか、痛い痛い痛い痛い痛い!
靴履いてるのにこんなに痛覚神経を刺激するとか、どんだけアゴの力が強いんだよてめえ!!
首斬られたなら大人しく死にやがれってんだ!往生際の悪い首が!
振り払おうと、
生首が噛み付いた足を振り回してみたり壁にぶつけてみたりするが、全く離れる気配がない。
「ちょ、零雨でも麗香でもどっちでもいいからヘルプ!ヘルプ!カモーン!」
零雨と麗香は頭を失った青年と戦っており、手が離せない状況らしい。
胴体も胴体で頭がなくなったんだから、
大人しくくたばっておけばいいものを、頭なしで元気いっぱいに動いてやがる。
視覚も聴覚もないはずなのだが、まるで見えているかのような鮮やかな動き。
「誰かこいつを取ってくれ!!」
俺の叫び声に反応したのは、胴体だけの青年だった。
彼は二人との戦闘をやめ、俺の方に向かってきた。
「お前はお呼びじゃね――!」
何でよりによってお前がこっち来るんだよクソッタレ!!
俺は逃げようとするが、足に噛み付いた生首が足枷になって思うように動けない。
「コウくんはダメッ!」
麗香の声が聞こえたと思った時には、
既に近づいてきた胴体がまるで割り箸を割るように縦に真っ二つに割れ、
バランスを崩して倒れた。
右半身と左半身に両断されてもなお、身体は片腕と片足でどうにか移動しようとする。
ぐ、グロテスクだ……
激痛に慣れてしまったのか、それとも感覚が麻痺してしまったのか、
足に噛み付かれている首よりも、この異形の胴体の動きに気持ちがいってしまう。
そこに刀と一体化した零雨が、
うごめく半身にご自慢の腕でみじん切りにしてとどめを刺してしまった。
残るはこの忌ま忌ましい首だけだ。
「零雨、ついでにこいつをどうにかしてくれねえか?」
零雨は俺が指差す足元を見て、くるりと踵を返すと、
麗香の肩を腕刀でぽんぽんと叩き、彼女を連れて戻ってきた。
「零雨ちゃん、どうしたの?」
そう問う麗香に零雨が生首を指した。
生首が噛み付いた足を見た麗香は、困った顔をした。
「…………ねえコウくん、一体どうやったらこんなことになるの?」
「転がってきた生首を蹴飛ばそうとしたらこうなった」
「あぁ……そうなの……」
「取ってくれると有り難いんだが……痛てえし」
「あ、うん、すぐ取るね。
コウくん、ちょっと痛いかもしれないけれど、我慢してね」
麗香は生首の左右のアゴの付け根に手をあて、アゴの骨を押し潰した。
バキッ、という不快音が聞こえたのを最後に、生首は俺の足から離れ、
その後麗香の怪力パワーによって生首は原型を留めることなく圧砕されてしまった。
胴体はみじん斬り、頭は圧砕、零雨と麗香の完全勝利だった。
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