第4話-12 スパイラル・トレイン 4日目-「ありがとう」
四泊五日の旅の四日目。
五日目の朝に俺達は元の生活圏に戻っていることを考えると、
四日目が旅の最終日と言っていいだろう。
そんな四日目を、順調に稼動中の使い切り型天然エネルギー生産施設「太陽」の
過生産なエネルギーをモロに喰らう遊園地で過ごしたわけだが、
正直言って語るほどのことはなかった。
暑苦しく蝉がジ~ジ~とどこにいても変わらない、
いつも通りのサラウンドな鳴き声を響かせ、
アスファルトの照り返しがきつく、少し遠くを見れば景色がゆらゆらと揺れている。
そんな中で他の来場者のそれと変わらない一日を過ごしただけに過ぎない。
あえて言うならば、八月の終わりかけの遊園地だったことで、
盆休みのような混雑もなく、順番待ちも比較的短くて済んだことぐらいだ。
どこにでもあるような平凡な遊園地の楽しみ方をした俺達が、
どんなアトラクションに乗って、というか俺の場合は
だいたいの場合において強制乗車だったんだが、まあそれは置いといて……
とかく、どんなアトラクションに乗ってどんな事をしたのか、それは想像にお任せする。
俺達を好きなように動かして、好きなように妄想……ではなく空想してもらって結構だ。
……好きに想像していいからといって、俺達に変な事させるなよ?
そして時は進んでその日の夕方。
俺達は、行きに降りた駅と同じ駅のプラットホームで、
行きと同じく列車が滑り込んでくるのを待っていた。
「やっぱしあんな強い日差しの中にいたんじゃ、日焼けはしちゃうよね……」
チカが手で扇いで、汗が滲んでいる顔に風を送りながら言った。
「仕方ないと思う。
こんな陽射しなんだから」
行きと同じく麦藁の帽子を被り、いかにも涼しそうに麗香が答える。
「あ~、夏休み明けの始業式で顔真っ黒になってたとか、なんかやだな~」
チカは今朝、ホテルを出発する前にこれでもかというほど日焼け止めを塗ってたのだが、
もしそれで日焼けしてたら、俺は日焼け止めの効能を疑うね。
「日焼け止めで満たしたプールに飛び込んだ直後」と形容できそうな程塗ってたからな。
「……ところで、麗香は日焼けして皮が剥けた経験って、ある?」
「え?、どうして?」
「麗香って、何か≦外出はよくするけど絶対に日焼けしない≧っていうイメージがあるからさ、
麗香が日焼けしてるところ、想像出来なくって」
プッと噴き出し、なにそれぇと言って麗香は笑った。
麗香、どんどん人間くさくなってくな。
それを傍で見ている俺は、喜ばしいのか寂しいのか、
はっきりと区別がつかない微妙な感情を抱き、人に聞かれぬよう、透明な溜息をついた。
「ちょっと、あたしをバカにしてる?」
「うふふ、ううん、してないしてない」
「……で、日焼けしたこと、ある?」
「ううん、ない」
やっぱり、とチカは言った。
はあ、疲れた。
そこで俺は手持ちのバックから最後のリポビタン○を取り出し、ぐいっと飲む。
…………ぬるい。常温。
クーラーボックスに入れてたわけじゃねえし、その上この暑さだ、ぬるいのは当然だ。
だが、やっぱ暑い日のドリンクは冷えていたほうがいい。
ところで、リポビタン○のCMに、
キャップを親指一本で爽やかに開けるシーンがあったが、
あれは俺にも出来るのかとふと疑問に思い、
人に見られぬよう、昨夜ホテルの部屋の隅でコッソリ実際にやってみたんだが――
当然ながらムリだった。
十分ほどキャップと格闘し、親指も痛くなり、ムリだと諦めを悟った瞬間、
何やってんだ俺、と急に恥ずかしくなった。
誰にも見られなかったことだけが唯一の心の救いだ。
あれは一人チャンネル戦争に匹敵するほどの激しい羞恥と後悔だったぜ。
空きビンを駅のごみ箱に放り込んだ直後、
俺達の乗る寝台列車“向日葵”がホームに入ってきた。
確か、この列車も夏休み限定の臨時便だったんだっけか。
まあ、向日葵って名前がつくぐらいだし、合ってるだろう。
早速乗り込み、俺達は第二回部屋割り会議(今回も匠先輩は一人部屋)を開催した。
ホームで待つ時間があったのになぜ部屋割りの話を持ち出さなかったのだと、俺は思った。
……ん?
前にも同じようなこと思ったような気がするんだが……デジャブか?
部屋割りは行きと同じ部屋割りになり、美羽はチカと、ジョーは零雨と、俺は麗香と一緒になった。
寝台列車に一度乗っている分、どこに何があるのかなどの勝手は分かっている。
俺は慣れた手つきで荷物を部屋に運び入れた。
「……ねえ」
俺が荷物を運び入れ終えてベッドに寝そべった時、静かに麗香が口を開いた。
「なんだ?」
「今頃言うのもおかしいけど――もっと早く言うべきだったのは私、分かってる。
でも、言わせて欲しいの」
「どうした、いきなりシリアスになって」
「……笑わない?」
「話の内容によるが」
俺が答えると、麗香は視線を落として黙り込む。
「……笑わねえよ、真剣な話なんだろ?」
「本当に笑わない?」
「ああ」
「『ありがとう』」
「……が、どうした?」
「コウくんに言わなくちゃいけなかったのに、なかなか言えなかった言葉。
ほら、行きの電車で私――」
ああ、あのことか。
麗香がバグったこと。
あれはさすがに焦った。
「言いたいことは分かった。
だが、それは俺に言う言葉じゃねえ。
実際にお前を助け出したのは俺ではなく零雨だ。
今の言葉は彼女に言うべきだ」
「違うの」
「何が違う?
俺は何もしてねえぞ、言っとくが」
あの時、俺は麗香に対して何もしなかった。正確には結局何もできなかった。
二人の協力者として窮地に陥った麗香を俺は助ける義務があった。
友人として助ける義務があった。
だが俺は何をした?
何もしていない。
ただ零雨の荷物を漁っただけに過ぎない。
俺が何も手だし出来ずに泡吹いてたところを、零雨が見つけてちょちょいと助け出しただけ。
俺は何もしていない。何も。
それでも麗香は首を横に振った。
「違うの。
結果的にはそうかもしれない。
でも、コウくんは私を助け出そうとした。
それに対して私はお礼を言いたいの」
「……」
結果より途中のプロセスってわけか。
まあ確かに助け出そうとは思ったものの……
気持ちだけが空回りしてたからな、あんときは。
どうにかせねばと舞い上がって、自分自身の身の程も知らずに勝手に振る舞った。
その結果、ステージ0にアクセスしたはいいものの、
そこからどうしてよいか分からずに立ち往生しただけだ。
じゃあ他の方法があったのかと聞かれると、
貧相な思考回路しか持たない俺には答えることが出来ない。
だが、きっと別の助け方があったはずだと思っている。
「だから、お願いだから、お礼を言わせて。
ありがとうって」
「俺は礼を言われるほどのことはしてないぞ?」
「それでも」
「……言おうが言うまいが好きにしたらいい」
俺は頭をボリボリと掻きながら答えた。
正直、俺はこのシチュエーションで礼を言われるのは慣れていない。
本音を言うと、日常的に使う“ありがとう”は別に何とも思わないのだが、
こういう場面での“ありがとう”は、正直照れるし、恥ずかしい。
だから、俺は礼など言われたくなかった。
「じゃあ言わせてもらうね、『コウくん、ありがとう』」
「プッ」
俺は恥ずかしさを本能的に隠そうとし、つい笑ってしまった。
「……さっき笑わないって言ったよね?」
「ククク……悪い悪い、本当、約束破って悪い、ククク――」
「そこで笑わないでよ、恥ずかしいじゃない」
麗香は顔を赤くして、もうお礼なんてしてあげないからねっ!と言った。
「そうしてもらえると助かる」
「……え?」
「正直、俺はこの手の礼を言われるのは慣れてねえんだ。
二人して恥じらいながら礼を言うぐらいなら、いっそのこと言わない方が精神衛生上いい」
「私は言わない方が精神衛生上良くないと思うけど……
じゃあ、これからコウくんにお礼を言っちゃダメ?」
「いや、ダメってわけじゃねえが……」
「それなら言わせて。
その方が私は好きだから」
それからしばらくして食堂車で食事をとり、
シャワーで六分間しかお湯が出ないひもじさを体感しながらからだを洗った。
俺はは旅行の疲れもあって、早めに寝ることにした。
いつもよりも早い消灯だった。