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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
スパイラル・トレイン
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第4話-8 スパイラル・トレイン 2日目-零雨の怒り

さて、観光地を回って気がつけば時刻も夕刻になり、

宿泊先のホテルにチェックインすることになった。

ただ、このホテルの立地は特殊だ。


匠先輩があらかじめ手配したというレンタカーに乗って、ホテルまで来たんだが、

ホテルについての第一声は、チカの「……何もないね」だ。


何もない。

起伏のある草原、パソコンの「Windows ピー」の

例の爽やかな草原の壁紙のように何もない。

強いて言うならちょっと遠くを眺めれば

草原の向こうに深緑の山々に囲まれているのが確認できるぐらいで、本当に何もない。

蝉も近くに留まるための木がないため、鳴き声も聞こえてこない。

サラサラと風が草原を撫でる音が聞こえてくるのみ。



「匠先輩、どうしてこんな場所にぽつりと立ってる、

 まるでバブルの時代に立てられた、

 過去の日本人のアイタタな遺産とでも言うべきボロいホテルなんかを予約したんすか?」



俺がトランクから荷物を降ろしている匠先輩に聞くと、彼は笑ってこう答えた。



「ここには本当に何もない。だからここを予約したんだ」


「……意味が分かんないんすけど」


「街中じゃ見えないものも、ここからなら見えるんだ」


「……ますます謎っす、先輩」



匠先輩は俺にひょいと俺と美羽の荷物を投げ渡した。

結構重量級に分類される方の荷物だと思ってたんだが、

いや、薄々気づいてはいたが、匠先輩もチカと同じく怪力?

同じ兄妹だからありえなくはないが、

そうすると木下家はガチムチのプロテイン体内生産家系だということになるな。

……暑苦しい。いろんな意味で。



匠先輩はクルマを駐車してくれるという四十代程のホテルの従業員のオッサンにキーを

渡すと、チカ御一行を引き連れてホテルのロビーに入って行く。

もちろん、俺もついていく。


ホテルの中は、まあどこにでもある普通の庶民的レベルのホテルだ。

ホテル特有のニオイはあまり好きではないが、まあ慣れだな。

それにしても、夕方だというのに俺達以外の客がいないのは不思議な感じだ。


チェックインを済ませた匠先輩と俺達は、

ホテルの男性従業員Bの誘導に従ってエレベーターに乗り、七階の七○三号室に入る。

俺が家族旅行に行った時に泊まったホテルよりもずっと広く、

七人が過ごすには十二分なスペースがある。


「わぁ〜、すっごい広いお部屋〜!」


美羽は入って靴を脱ぐやいなや、部屋の中を駆け回る。


「オイコラそこの暴走族、おとなしくしてろ」


俺が注意してもなお、頭に血が上ったガキは言うことを聞かず。

何度も注意するが、美羽は俺の言葉に耳を傾けようとしない。

これだから言うことを聞かないガキは困る。

耳垢が溜まって鼓膜がうまく機能してねえんじゃねえのか?

帰ったら、いや、いますぐここで耳掃除をしてやらにゃならんな。


その間、男性従業員Bは、

匠先輩に夕食の時間はいつにするかなどのテンプレな質問を適量に浴びせ、

するべきことを終えて「ごゆっくりどうぞ」と一言、

そそくさと部屋を出て行った。

特筆すべきこともない、ごく普通の従業員だった。

まあ一つ言うとすれば、

白髪のロングヘアーの零雨を物珍しそうにチラ見連射していたぐらいのもんだ。



……さて。

小さな暴徒と化したこのチビを、どう止めようか。

俺の言うことは聞かねえし、どうせ捕らえたところで、

「は〜い」と言いながら、またはしゃぎだすのがオチだ。



「……そろそろ美羽ちゃん、はしゃぐのもやめて、ゆっくりしよ?」



麗香も注意するが、美羽に麗香の性格を見切られてしまったらしく、やめる気配はない。



「美羽ちゃん、いい加減にしないと、バカ兄が困ってるよ」


「誰がバカ兄だ、誰が!」



チカのバカ兄発言に俺が突っ込みつつ、美羽に目をやるが、一度着いた火はなかなか消えない。

ジョーと匠先輩ははぁ〜、と溜息をついて俺を見つめる。

見つめるだけで終わるんじゃなくて、てめえらも何か言ってくれ。


そして零雨はというと…………何も感じてないらしい。

木製のテーブルの椅子に腰掛け、

用意されている急須に電気ポットのお湯を入れ、湯呑みに人数分の茶を注いでいる。

零雨がそういう飲食系のものを自発的に扱うとは……珍しい。



――閑話休題、今の美羽を止められるとすれば、零雨だけだろう。

俺がぶちギレて美羽を怒鳴り付けてもいいんだが、

一日中観光地巡りをしたせいでそんな気力も沸かない。

ここは零雨にお願いして止めてもらうべきだろう。


「零雨、はしゃぎ回ってる美羽に怒ってやってくれねえか?」


「……何を?」


「『はしゃぐのはやめろ、おとなしくしてろ』的なことだ」


「………………了解した」



のっそりと立ち上がった零雨は、無駄に走り回る美羽の腕をがっちりと捕らえる。

美羽は零雨を中心に、ぐるりと円を描きながらバランスを崩し、どてんと尻餅をつく。

零雨は美羽が立ち上がったところで、掴んでいた腕を強引に引き込み、

空いている片手で美羽のあごを掴んで、ぐいと強制的に美羽の視線と零雨の視線を合わせる。

そういう荒療治を俺は希望した覚えはないんだが……


零雨は大きな声で荒々しく言う。



「……騒ぐな。」



こええよ、マジこええよ、しかも一言だけ「騒ぐな」って言うところがさらにこええよ!

怒ることはまずないけど、零雨は怒らせたらダメだ、絶対。うん。

チカもジョーも麗香も匠先輩も、零雨の行動に固まっちまった。

凍り付いた空気とはまさにこの事を言う。


美羽は恐怖のあまりに声を失っているのだが、零雨はそれを理解していないと理解したらしく、さらに続けた。



「……私は『騒ぐな』と言った。

 ……理解できているか?」


「………………。」


「……質問に答えろ。」


「………………。」



美羽の顔が歪む。



「……私は『理解できているか』と言った。

 ……返事しろ。」


「あ……ちょっと零雨、もうそろそろ――」



美羽があまりにもかわいそうに思えてきた俺が思わず零雨を止めに入ると、零雨は首を横に振った。

美羽はすでに声を上げて泣き出している。



「……まだ終わってない。

 ……もう少し待って」


くるりと美羽に視線を戻すとさらに尋問を続ける。



「………………私はあなたが“泣く”返答が理解できない。

 ……明瞭な返答をしろ。」



小一のガキが“明瞭な”とか意味分かるはずねえだろ。



「………………。」


「……言い方を変える。

 ……『騒ぐな』分かったか?」



美羽はようやく頷くことができた。

……次からは零雨に怒ってもらうのはやめよう。

怒り方がキツすぎる。

どこでそんな怒り方をマスターしたのかは知らんが、本気で怒ってるようにしか見えない。


零雨は美羽を突き放すと、俺に視線を送り付ける。



「……さっきの用件は……何?」


「あ、いや、もうぃぃ……」



俺も思わず尻すぼみの回答をしてしまう。

美羽が恐怖でチビってないかと気になったが、チビってなかった。良かった。

蚊を一匹殺すのにバズーカ砲使うようなもんだったな……さっきのは。



「……ま、まあ、これからここで二泊するんだし、な、仲良くやっていこうじゃないか、な?」



凍り付いたままの空気を匠先輩が取り(まと)めてなんとかしようとする。



「そ、そうよ!

 あたし、トランプ持ってきたんだけど……やらない?」



チカが美羽に話しかけるが、泣きながらそれを拒否した。

あんな厳しい怒られ方されだ直後に言われたって、そりゃやる気なんか起きねえわな。



「コウ、今回は仕方がなかったけど――

 ……俺、もう零雨はぜってえに怒らせないと心に決めた。

 あんな怒られ方されたらチビるからな」


「ああ、お前(ジョー)の言う通りだ。

 零雨は怒らせたらチカより恐ろしいからな」



零雨は俺達一人一人にさっきいれたばかりのお茶を配る。

ただし、美羽だけは受け取らなかった。当然の反応だが。



「美羽ちゃん、ここにお菓子があるけど、食べない?」



麗香は電気ポットの隣に予め置かれている和菓子を手に美羽に聞く。



「麗香、それは……食わせないほうがいい」



俺は麗香に忠告する。



「え?どうして?」


「こういうところに置かれてる菓子っつうのは、腹持ちがいいものばかりだ。

 何故だか分かるか?」


「ううん」


「それを食ったら腹がふくれるだろ?

 夕飯直前にそれを食ったら夕飯があまり食えなくなる。

 それがこういうお菓子を出す目的だがな」


「どうして?

 せっかく作った夕食を、わざわざ食べられなくさせるってことでしょ?」


「客が夕飯を全部平らげちまって、それでも食い足りない。

 そういうことが起きれば、

 『あそこは少ししか夕飯が出てこない。不満だ』って言われる可能性がでてくる。

 それを防ぐためだ。

 予め腹持ちのいいもんを食わせておけば、そういうことになる可能性を軽減できるからな」


「へえ、知らなかった。

 でも、お客さんが大食いだったらって考えると、ホテルの人かわいそうだね」


「そうだな。

 それと、この話は親から聞いた話の請け負いに過ぎない。

 だから俺が実際にホテルの人間取っ捕まえて聞き出した訳じゃねえから、

 信頼性については保証できねえ。あしからず」


「でも、何で食べないほうがいいの?

 食べたら満足できるんでしょ?」


「元を取るからに決まってるじゃねえか。

 夕飯代は俺達の財布から出てるんだぜ?

 残すの勿体ねえだろ?」


「そこなの……?」


「そうだ、そこだ。

 ついでに言っておくが、その和菓子は食わなかったら持ち帰りということで」


「……ドケチ」




その後、俺達は夕食の時間まで、

美羽に元気を取り戻させようと、和菓子以外の方法を、

あれこれ四苦八苦して模索することとなった。

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