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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
スパイラル・トレイン
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第4話-6 スパイラル・トレイン 1日目―答え合わせ

一通り麗香に付き合ったあと、俺はすぐにジョーのいる俺の部屋へと飛んだ。

ドアを開けるとジョーがお菓子をポリポリと食している。



「おう、コウか。トイレ、間に合ったか?」


「間に合ったに決まってんだろ。

 ……で、そのお菓子は……?」


「ああ、ちょっとおすそ分けさせてもらった。

 お菓子見てたらつい腹が減っちまってな」


「誰におすそ分けしてもらったって?」


「…………。」



ジョーは口を閉ざした。

なぜかはもう見当がついているだろう。

今ジョーが食ってるのは俺が出発前に駅の売店で購入したお菓子だからだ。

俺はジョーに迷惑かけたとは思っていたから、

菓子の一つや二つぐらい好きなのやっても良いかなとは思っていた。

だから別にジョーが食ってても、多少イラリとするが、咎める気はない。



「別に菓子食っても何も文句は言わねえけど、お前晩飯残すなよ?」


「メシ直前におやつ食った子供に親が言う常套句を……

 つーか怒らないんだな。てっきり小言を言われるかと思ってたんだけど」


「別に怒りはしねえ。美羽の面倒な面倒を見てくれた礼だ。

 勝手に忍び入ってポリポリしてたら話は別だがな」



しばらく俺の菓子を食って俺と談笑していたジョーだが、話が一段落すると手を叩いた。



「……そんじゃ、俺はこれでおいとまさせていただくことにするよ。

 じゃあな、美羽!」


ジョーが立ち上がり、ドアに手をかけて振り向いて美羽に挨拶する。

美羽はニコニコしながらバイバイ、と手を振ってそれを見送る。

美羽、お前はホント誰とでも仲良くなれるんだな。

まるで白米だ。明太子ともふりかけとも納豆とも合う、万能食品白米によく似ている。

栄養的には偏っているものはさておき、

何と一緒になってもうまく味が調和する食品はそうそうないだろう。


ただし、「牛乳と白米」、この組み合わせだけは最悪といっても過言ではない。

俺がここで一人暮らしを始める前、つまり俺がまだ実家で暮らしていた時の話だ。

当時小学生だった俺は、青鼻垂らしたクソガキ真っ盛り。

家で大人しく遊んでることの方が多かったが、

たまに友人から遊びに行こうぜと近所の公園に誘われることがあった。

めんどくさいと拒否する俺を「子供はは大人しく外で遊びなさい」と、

論理的に明らかに矛盾している乱暴な理論を親から強行突破的に納得させられ、

家から引っ張り出され、友人の待つ公園に引きずり出された記憶がある。


まあそんなどうでもいい俺の黒歴史は置いといてだ、

俺が牛乳と白米という、

素晴らしいほどにクソッタレな組み合わせと出会うことになったのは、

小学校の給食の時間のことだ。



シチュエーションとしてはごくごく単純なもので、

あるクラスメイトAが誤って俺の牛乳をこぼし、

白米に「ダイレクト☆イン」したことがきっかけだ。


お茶漬けの牛乳版という前衛的な組み合わせに当時の俺は、

深いインスピレーションを感じられずにはいられなかった。


これは新しい。白米+牛乳。

なぜ誰も思い付かなかったのだろうか、と。


「ごめんね」と半泣きになりながら平謝りするクラスメイトAをよそに、

俺の思考はこの純白の未知の食品に対する興味のみに注がれ、つい言ってしまった最悪の一言。



「気にすんなよ、こうなったのは仕方がないし、俺がちゃんと食うからさ」



そう、自らこの未知のバケモノと戦うことを宣言してしまったのだ。

牛乳飯を鼻に近づけると、漂ってくる牛乳の独特の匂い。

に、匂うのは仕方ないさ、と、当時の俺は思い切ってその飯を口に頬張ってみる。

それは平謝りのクラスメイトAに

俺は大丈夫だから気にするな、ほら見てみろ、食ったけど何の問題もないぞと

行動で示す意味も含んでいた。


いたのだが……


その味と食感はまさに前衛食品の名に相応しいものだった。

常人は、いや、人類はこの組み合わせを発見してはならない、幼いながらもそう悟った。

白米の風味と牛乳の風味の相乗効果で生まれた、まるで濃縮された米の研ぎ汁のような風味は、

ブヨブヨになった白米と牛乳に含まれる脂肪分とが相成すなんとも言えない、

敢えて言うならゲテモノと称される類に分類される食感との間でさらに相乗効果を発揮し、

俺の味覚を強烈に刺激した。


口に含んだものを吐き出しそうになるが、

クラスメイトAがいる手前、「やっぱ無理」とはなかなか言いづらい。

ギブアップすること、それはお前のせいで飯が食えなくなった、と相手に面と向かって言うことだ。

へらへらしている相手ならまだしも、半泣きの相手にそれは傷口に塩というやつで、

チキンな俺には到底そんな相手をズタボロにするような発言は出来ず、

どうしようもなくなった俺は意を決してそいつらを喉の奥に流し込む。


白米も牛乳も胃袋の中に入れば全部一緒くたになるじゃねえか、

一緒くたになるのがちょっとばかり早過ぎただけで健康上は何の問題もない。


確かにそうだ。

だが、頭では分かっていても嫌なものは嫌だ。

しかし言ってしまった手前、食べる以外どうすることもできない。

俺は心の中で自分を呪いながらそれを完食した。



と、まあこれが俺と白米+牛乳との出会いだったわけだ。

シチュエーション的には罰ゲームで食わされるより劣悪だったのだが、

俺にしてはよくぞ完食したものだと思う。



「ねえねえ、お兄ちゃん、お姉ちゃんのところに行っていい?」



美羽の一言が俺を現実に引き戻す。



「姉ちゃんって、誰?」


「チカ姉ちゃん」


「ほう、麗香じゃなくてチカか」


「うん、美羽のね、お話をね、聞いてくれるから」


「なるほど」


「麗香姉ちゃんはね、お母さんみたいでやさしいけど、

 美羽がお姉ちゃんのこときいても、『ひみつ』ばっかり言って教えてくれない」



彼女には秘密が多いのは明らかなんだが、

ねつ造でもいいから適当に質問に答えてやればいいものを、

正直な性格のせいか、秘密のことはストレートに秘密って言っちまうみたいだな。

確かに何が好きだ、嫌いな食い物はなんだ、

という質問をよくするガキには答えられる質問が少ないのかもしれない。


ついでにジョーと零雨についてどう感じているのかも聞いてみようか。



「ふ~ん、じゃあさっきの兄ちゃん(=ジョー)は?」


「おかしを分けてくれたり、話しかけてきてくれたり、優しいんだけど、

 『お兄ちゃんのこと好き?』とか、『いつも何して遊んでるの?』とか

 聞いてくれるんだけど、お話がすぐおわっちゃうからあまりおもしろくない」



厳しい評価だな。

ジョーはジョーなりに気を遣ってるみたいだが、

うまく話を繋げられずに沈黙が続いてるパターンか。

それを「おもしろくない」と……

別にそういう複雑な心理がまだ理解できないガキだから

まだ許せないことはないが、やっぱ厳しいな。



「そうか……じゃあ零雨はどうだ?」


「本当のこというとね、あのお姉ちゃん、怖い」


「どこが?」


何となく分かるが一応聞いておこう。


「美羽がね、話しかけたらね、美羽のことじーっと見てくるの。

 でね、美羽が何を聞いてもね、何も答えてくれないの。

 たまにね、『言えない』って答えるだけでね……」


「――話を聞いてくれないと?」



美羽は頷いた。



「でもね、美羽ね、みんなのこと好きだよ。

 ジョー兄ちゃんも、零雨姉ちゃんも、

 美羽とお話が合わないだけで、やさしいから」


「なるほどな……」



コイツはコイツなりにいろいろ考えているらしい。



「でね、お兄ちゃん、チカ姉ちゃんのところに行ってもいい?」


「いいが、俺から一つ提案があるんだが、聞いてくれるか?」


「何?」


「どうせならチカと今晩一緒に寝たらどうだ?

 たまには俺と寝るんじゃなくて、お前の好きな奴と寝ても良いんじゃないか?」


「お兄ちゃんはそれでいいの?」


「別に構わねえよ、お前がそれでいいならな」



チカと一緒になってる麗香を俺の個室に呼ぶためには、

美羽と麗香をトレードする必要がある。

俺にとっても、美羽にとっても、麗香にとってもこの話は悪くはないはずだ。

チカも美羽が一緒に寝ることを希望しているというならば、断る訳にはいかないだろう。

本当は、俺が麗香と一緒に寝たいと申し出てもいいのだが……かなり気が引ける。

第一、俺が言うんじゃチカが嫌がるに決まっている。

確実に目的を達成するために、悪いが、ここは美羽を利用させてもらうことにする。



「じゃあチカ姉ちゃんと寝る」



俺は美羽と共にチカと麗香のいる個室に向かった。

ドアをノックすると、僅かにドアが開き、その隙間からチカが俺を確認する。



「……何?」


「あのさ、コイツがやっぱお前と一緒に寝たいっつって聞かねえんだ、

 悪いが、一緒に寝てやってくれねえか?」



それを聞いたチカはドアを開いて俺の隣の美羽を確認する。



「あたしは別にいいんだけど、麗香はどうするの?

 ここに三人は無理だから、麗香がコウの部屋に行くことになるでしょ?

 だから美羽ちゃんのお願いが叶うかどうかは麗香次第になるけど、それでもいい?」


「ああ、悪いが聞いてくれないか」



チカが美羽に目を向けると、美羽も顔を上げる。目が合う。

チカはニッコリと微笑む。


「美羽ちゃん、一緒に寝られるかどうか、麗香に聞いてみるから、ちょっと待ってててね」



そしてドアは通路にいる俺達を残して静かに閉まる。

規則的に振動する車内で、俺は美羽の手を繋いでその結果を待つ。

麗香は零雨から俺と一緒にいろと言われてる。

だから麗香がチカに「いいよ」と返事する予想が、

いや、予定と言った方がいいかもしれん。

とにかく分かりきっていた。


ドアが開いた。



「麗香が『代わってもいいよ』だって。

 それじゃあ、美羽ちゃん、荷物入れ替えよっか」



チカと俺が手伝ったこともあり、荷物の入れ替えは滞りなく進めた。



「麗香に変なことしたら、あたしが許さないからね」



入れ替えの途中、チカに釘を刺された。

俺が下心丸出しの変態に見えるなら、今すぐ新しいメガネを買えと言ってやった。

するとチカはむっとした表情を浮かべるかと思いきや、プッ、と笑った。


「なんだよ、何か変なことでも言ったかよ」


「……なんでもない。

 あんたなら麗香を預けても大丈夫そうって思っただけ」



他に何か別の意図があった笑いにも見えたが……気になるが、チカは教えてくれそうにない。


自分の個室に戻ると、麗香が備え付けの小さな机に頬杖をついて、

ぼんやりとすっかり暗くなった外の景色を眺めていた。

外にはもはや街の光はない。

人気の少ない山の中、高速道路を走っているときに見える、

寂しい景色そのものが映し出されていた。

高速道路と違うのは、道にオレンジのナトリウムランプが設置されていないことだ。

車内の光が外に漏れだし、

俺達の乗っている寝台特急と平行して走る線路を照らしている。



「物思いにでもふけっているのか」


「うん………」



麗香は短く答えた。

ついさっきチカと談笑していた時とは、明らかに様子が違う。



「本当は……俺と一緒にはなりたくなかったのか?」



麗香は振り向く。



「ううん、そんなことはないよ。

 ……あのことを考えていたの」


「あのこと?」


「音楽祭のこと。

 まだ、問いの答えが出てないから」



麗香の問い。


「人はなぜ音楽を聴くのか」


俺が音楽祭に出るきっかけになり、匠先輩と出会うきっかけになり、

そして、今こうしてみんなで旅行に行くことになったきっかけになった一つの問い。

この問いは正しい解を求めるのは難しい。

最初からそういう生き物だと言われればそれで終わりだ。

だがそれでは彼女が納得いかない。

俺はよくそんな難儀な問いを持ったものだと思う。



「……麗香、」



話しかける俺に、麗香は手の平を俺に向けてそれを制止させる。



「……ごめんね、あともう少しで答えが出そうなの」


「…………。」



なぜ音楽を聴くのか?

その答えを麗香は見つけだそうとしているのか。

恐らくそれは人間の俺には理解できないレベルの精神論が絡んでくるだろう。

なぜなら、普遍的な解を誰も導いたことがないからだ。

少なくとも、導いた奴がいるという話は聞いたことがない。



「……つながり。」



麗香は言った。



「“人はつながりを持つために音楽を聴く。そして演奏する”

 これが、私の答え」



麗香は俺を見る。



「コウくん、どうかな?合ってる?」


「その答えは俺から見りゃ、半分正解ってところだ。

 俺なら“人はなぜ音楽を聴くのか”という問いにはこう答える。

 “決まった理由などない、聴く人間それぞれに理由がある”と。

 だが、お前からすればそれは正解だろう。

 お前の答えもあながち間違ってはないだろうしな」


「答えは、一つじゃなくてもよかったんだね」



しみじみと麗香は言った。



「ああ。方程式の解と同じだ。

 人の数だけ記号と式がある。

 解くかどうか、解けるかどうかはは自分次第。

 ――っていうと、なんかキザっぽいか」


「うふふ……そうかもしれないね。

 でも、合ってると思うよ」



トントン、とノックの音が聞こえた。

はい、とこっちが答える間もなく、

鍵のかかっていないドアをがちゃりと開け、ひょっこりと顔をだしてきたのは匠先輩。



「おい、そろそろ飯だから食堂車集合……邪魔だった、か?」



誰がそんな仲だと?

俺達は健全な親友としての仲だ、勘違いしてくれるな。

麗香の秘密を知っていることを除いては。



「……じゃ、そういうわけだから、早めに来いよ」



匠先輩は静かに言うと、そっとドアを閉めた。

後で誤解を解くのが大変そうだ。

麗香を見やると、カアアアと赤くなった両手で顔を隠している。



…………まさか。

いや、まさか、な。

理屈的には有り得るかもしれんが、俺にはまずないだろう。まさか。



気がつくと、麗香は立ち上がって俺の手を掴んでいた。


「早く行かないと、変な勘違いされちゃうよ?」


その顔は少し嬉しそうにも見えた。

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