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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
スパイラル・トレイン
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第4話-3 スパイラル・トレイン 1日目―緊急事態(前編)

電車が走り出してから約一時間。

すっかり日も暮れちまって、窓の外に写るのは俺の顔と街の夜景だけだ。


部屋割りが決まってからはみな大人しく部屋に篭ってるらしい。

電車ん中でドンチャン騒ぎするよりかはだいぶんとマシだが、

ビミョーな孤独感を感じているのも事実。

もちろん同じ個室に美羽もいるが、孤独感は一人だけの時に感じるもんとは限らん。


トントン、俺と美羽の個室のドアを叩く音。


俺が応対にドアを開けると、ドアを叩いたのがジョーだということが分かった。


「どした?」


ジョーはシリアス顔だ。

トランプしようぜみたいな雰囲気とは程遠い。


「あのさ、

 これをお前(コウ)に言うべきなのかどうかは分かんねえんだけどさ、

 なんか零雨の調子がおかしいんだよ」


「ほう、どんな?」


「零雨は部屋割りが決まって、

 部屋に入ったら一言『しばらく寝る』とだけ言い残してすぐ寝ちまったんだよ」


「疲れてたんじゃねえの?

 あいつも無表情鉄仮面顔してっけど、結構精神的に疲れてんだ、おそらく」


「そうか……俺の考え過ぎかな……?」


ジョーは首を捻る。

零雨が感情を持っていないことを知っているの人間は俺しかいない。

精神的に疲れてるとでも言っておけばジョーは渋々ながらでも納得するだろう。

だが、俺は納得できない。

彼女が疲れて寝るということは理論上ありえないのだ。


「納得できそうにない顔してるようだが……

 他にどこか気になるところがあれば言ってみろ」


「一つだけなんだがな、零雨の寝言が気になる。

 『六に移動』とか『消す』とか『直す』とか断片的に口走るんだよな」


「『六に移動』か……」


「ん、何か心当たりでもあるのか?」


「いや、何も」


「そうか……」



六に移動……恐らくステージ6のことだ。

消す、直すの言葉もステージ6のエラー修復のコマンドと考えれば納得がいく。

これは麗香に知らせた方が……


「悪りいな、どうでもいいこと」


「起きたら零雨に文句言ってやれ」


「ははは、そうだな。

 だけど実際に言うとなるとなんか気が引けるな。

 お前は何も思わねえんだろうけど」


「あいつが無口だからか?」


ジョーは、まあそんなところだ、と笑った。


「ところで、チカと麗香はどうしてる?」


「さあ知らんね。

 なんか静かに雑談してるっぽい。

 ごくたまにだけど二人の笑い声が聞こえてくるからな」


「ふーん」


「『ふーん』って、お前が聞いてきたことなのに関心薄いな」


「ついでに聞いただけだからな、あまり意味はない」


俺としては意味は大ありなんだが、ジョーに話すわけにもいかねえ。

分かったことは麗香は現在の零雨の状態とは関係がないということだ。


「あー、ジョー、ついでに一つ頼みがあんだけどさ」


「ん、なんだ」


「俺、ちょっと自販機でジュース買ってくるから、その間美羽のこと見ててくんねえか?

 目を離してる隙に車窓から身を乗り出して死にました、じゃ笑い話にもならねえから」


「身を乗り出してって、幼児じゃねえんだから……まあいいけど。

 つかさ、電車ん中に自販機あんの?」


「らしいぜ、何号車かは知らねえけど」


ジョーに美羽を任せ、俺は自販機ではなくチカと麗香のいる個室に向かった。

零雨をあのままブツブツ言わせるのは危険だと俺が勝手に判断したからだ。

俺はドアをノックする。


「はーい」


中からチカの声が応対した。


「俺だ、開けてくれ」


「だめー」


ダメって何だよ。

中からうふふと麗香の笑い声が聞こえる。


「何でだよ」


「だめー」←チカ

  「うふふ、だめー」←麗香


「なぜ?」


「ここは女の子の秘密の部屋だからダメー」

  「だめー」


はあ……何がしたいんだか……

俺にはそうやって困惑させてもてあそぶ女心が全く分かんねえ。

今度麗香に女性心理のアルゴリズムでも教えてもらおうか。


俺は仕方なくメールするため携帯電話を取り出した。

送信先は当然麗香だ。




【件名:1.7f

 本文:6のコマンドがうるさい】




大分ストレートな表現になっちまったが、

1.7f、つまりは零雨の本名の一部なんだが、

その意味を知るのは俺と麗香だけだし、

間違ってチカが見たとしても、意味のかけらも理解できないだろう。

送信はすぐに終わった。


するとすぐに麗香が部屋から出てきた。


「あれ、麗香どこいくの?」


「うん、ちょっとトイレ」


ドアを閉める間際にチカにそう答え、通路で待ってる俺を見つけると駆け寄る。


「ごめんね、大事な話だったのに、茶化したりして」


誰にも聞かれぬよう、声を落とす。


「どこにお前が謝るエッセンスがあんだよ。

 反省する要素ゼロなのに謝るな」


「……うん」


うん、と言われて笑いたくなるがそこはしっかりとセーブし、本題に移る。


「で、零雨のことなんだが……」


「メールでだいたい予想がついたよ。

 零雨ちゃんがステージ6の修復時にコマンドを口走ってるってことだよね?」


「あんなメールでよく推測出来たな」


「推測は私の得意分野……みたいだから」


「みたいって自覚ないのか?」


「推測とか比喩に関する学習量が他に比べて圧倒的に多いから」


「まあ、日本にいたらそうなるわな」


日本社会は推測社会と言っても過言ではないだろう。

いわずもがなをモットーに生活している日本人は、

推測や暗喩の理解なしでは生きていけない。

例えば京都のぶぶ漬、つまり茶漬けが良い例だ。

京都では訪問客にそろそろ引き上げてほしい時にぶぶ漬を出すらしい。

これは「そろそろ御引き取り願います」のサインで、

相手もそれを知っていることが前提で成り立つ水面下での会話の一つだ。


「ところで、ジョーくんは?」


「俺の個室で俺の代わりに美羽の面倒を見てる」


「そう、じゃあ個室には零雨ちゃんだけがいるんだね」


「そうなる」


「エヘッ、人払いしてくれてありがとう」


「やって当然だろ」


「やっぱりコウくんは優しいね」


「言われるほど俺は優しくねえよ」


俺の優しさ偏差値は全国平均で30ぐらいだ。恐らく。


麗香は微笑を浮かべて零雨のいる個室のドアを開けた。

部屋に入ると、ジョーの言う通り、ベッドで仰向けに寝ている零雨の姿。


「ステージ6の修復って、前にやってなかったか?」


「私の管轄外だからよく分からないけど……

 またエラーが出たのか、それとも前のエラーがまだ修復途中なのかのどっちかだと思う」


「どっちにしろあまりいい事態ではないな」


「でも、エラーとか、トラブルが起きなかったら、

 私達の存在意義がなくなっちゃうから……」


「そうなったらそうなったで、また新しい存在意義を見つけだせば良い」


俺がそういうと麗香はえっ、と声を上げて驚き、澄んだ瞳で俺を見つめた。

よっぽど俺の発言が斬新に聞こえたらしい。

そして俺を見つめたまま、顔を綻ばせる。


「コウくん、ちょっと手伝ってもらっても良い?」


「内容によるが」


「この部屋に誰も入って来ないように、通路で見張っててほしいの」


「鍵かければいいだけの話だろ」


「締め出すのはジョーくんがかわいそうだから、

 彼が部屋に戻ってこようとしたら適当に時間稼ぎしてほしいの」


「いいぜ、通路で見張ってれば良いんだろ?」


「ありがと。

 五分ぐらいで終わるから」


「……どっちかというと、俺よりお前の方が優しい気がするんだがな」


俺が部屋の去り際に言う。

別にお世辞かましてるんじゃなくて、俺の本心からの言葉だ。

俺より麗香の方が優しい、そう思うだろ?


通路に出る。

人はおらず、ただ鉄の車輪がガタゴトと鳴り響く音だけが通路を占領している。

通路の窓にはいつの間にかカーテンがかかり、外の状況は確認できない。

隔絶された細長い空間の中で、俺は携帯電話を取り出した。

別にメールをするわけでも電話をするわけでもない。

ただ今流行りの携帯ゲームとやらで遊んでみたくなっただけだ。



画面ばかりに気を取られて見張り(本業)を忘れることがないよう気をつけてはいたが、

ゲームとはなかなか熱中しやすいもので、気がつけば二十分も経っていた。

ちと遊びすぎたか……

反省して携帯電話を折り畳んでポケットの中にねじこむ。

それにしても麗香、遅せえな。

何かトラブルでもあったのか?


ドアをノックしてみるが、麗香の反応はない。


「麗香?」



……無音。



「麗香、時間かかりすぎじゃねえか?」



……静寂。部屋の中から反応はない。

チッ、中で何やってんだ。


「おい、入るぞ」


やはり返答はないが、俺は断ってんだ。問題ない。


ドアを開けると、零雨のベッドの縁にもたれ掛かって魂が抜けたように停止している麗香がいた。



……何が、どうなってんだ?



これは異常、その一言に尽きる。

俺は反射的に部屋のドアの鍵を閉めた。


「おい麗香!こんなとこで呑気に寝てんじゃねえぞ!」


俺が麗香に揺さぶりをかけても人形のように反応しない。

なぜだ、なぜ麗香が停止している!?


「麗香ぁっ!!!」


完璧なまでのハト派を自称する俺だが、この場合はやむなしだ。

俺は麗香の頭を一、二発殴った。

麗香の頭は意外に硬く、殴った拳が痛い。


「起きろっ!仕事サボってんじゃねえぞこの石頭!」


ふと見上げた瞬間、

カーテンの閉まっていない窓ガラスに何かが写ったような気がした。



……俺の背後に、誰もいないはずの人の姿。



それが、一瞬だけ見えたような気がした。

性別は分からない。

ただ、セミショートぐらいの髪の長さの高校生っぽい姿をした誰か。

俺は部屋の中をぐるりと見渡す。


いない。


いや、鍵はさっきかけたばかりだ。

この部屋に俺達以外の人間がいるわけがない。

それに、さっきのは一瞬見えた≦気がした≧だけに過ぎない。

俺の思い違いだろう。


しかし、「火のないところに煙は立たぬ」という諺も……どうでもいい!!


携帯電話が俺に着信を知らせた。

送信元はジョー。


【件名:(件名なし)

 内容:遅いけどどうした?】


やばい、ジュースを買いに行くにしても時間がかかりすぎてる。

しかし、ジョーのいる部屋に戻るわけにもいかない。


とにかく時間がない!

どうやって麗香を正常な状態に戻すのか、それを考えねば!

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