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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
計算式の彼女
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第1話-6 計算式の彼女 カレー30%


期末テスト初日。


 テストでは問題を解くこと以外にもやらなければならないことがある。時間配分、問題を解く順番、そして答え方。それらを短時間でいかに効率よく計画だてて自分の能力を引き出していくか。もし時間が余ればどのようにその時間を使えばさらに点が取れるのか。いくらテスト前に勉強していたからといっても、ここで致命的なミス――例えば時計の見間違い、時間配分の失敗、記入欄のズレなどをしてしまえば、高得点を狙うのは難しい。


 基礎問題はおおかた完成し、俺は三日前に喰らったストレートのおかげで痛みがまだ残る顔面をさすりながら、時計を見て正確な残り時間を計算し、できそうな発展・融合問題の解答にあたっていた。



「……はい、テスト終了!

 各列最後部の生徒は前の生徒の解答用紙を裏向けにして集めなさい」



担当の先生の声と同時に、生徒からため息の声が上がる。もちろん俺もその一人である。



「あ〜あ、せっかく解法が分かったのに終わりか、くそ……」



 解法が分かったと同時に終了の合図が出ることは、まあいつものことだ。人間は土壇場になると火事場のクソ力(馬鹿力だったか?)が発動するというが、俺の脳が認識する“火事場”とやらは大体テスト終了30秒前あたりらしい。



残り時間が微妙過ぎる。



 もうちょっと火事場の認識(ひらめき)が早けりゃ、2〜3、あわよくば5点ぐらい稼げたのかもしれないという想像を振り払い、俺は後ろから解答用紙の回収に当たっている生徒に未完の解答用紙を渋々渡し、またため息。両手を挙げて大きく背伸びをすると、これがまた気持ちがいい。長時間同じ姿勢でいたせいか、身体のいたるところが凝っている。家帰ったら孫の手でマッサージでもするか。行動が老人臭い? んなこと知るか。俺は俺だ。


 多くの高校ではそうだと思うが、テスト期間中は午前中に学校が終わる。俺達も、昼食をとらずに午前中で下校する。



 しばらくして終礼も終えた俺達は、いつものジョー、チカと共に颯爽と家路についた。下校中に交わされた内容はごくごく一般的なことで、今日のテストのどの問題が難しかった、この問題が分からなかった、あぁ、あの教科は楽勝だった、といったものである。そして、「あの問題の答えが自信がないんだけど、これで合ってる?」と答え合わせを始め、俺達三人の答えが合っていると、互いに胸を撫で下ろし、この問題は取ったな、とガッツポーズをする。

 バカねぇ、全員不正解なのに。



「ただいまっと……」



 誰もいない自宅に声をかけて家に入る。汗で湿った制服を洗濯カゴの中に放り投げ、ちょいとシャワーを浴びて汗を流して私服に着替える。

 さて、昼飯はまだ用意してないんだが、何作ろうか。タオルでゴシゴシと頭をふきながら食品棚を見やる。基本的にテスト期間中は家事なんてやってらんねえから、いつも適当に済ましている。んで、テスト期間終了後に我に返ると、やらなければならない家事が山積していて涙目になるのがいつものオチ。


 家に帰ってからの昼飯、今日は、いや今日も作るのがめんどくさい。とりあえず楽にできるカレー辺りで済ませておくのがいいだろう。

 テスト週間にとる昼飯のメニューがカレーである確率はおよそ30%。カップ麺の確率は20%、ファーストフードの確率は20%、コンビニ弁当・菓子パンの確率は20%、そして普通に食事を作る確率は10%である。



「どう考えてもカレー過剰だよな」



 随分不摂生でカレー過剰な生活だということは俺も自覚してはいた。不摂生になりがちな食事だから、栄養バランスにはそれなりに気をつけてるつもりだ。別途野菜を買ってみたり、極端に脂っこいやつは選ばないようにしたり。それでも不摂生なのには変わりないが……



「まっ期間限定だし、いいだろ」



 普段はそれなりにバランスいい食事をしてるつもりだ。濡れたタオルを首にかける。



「あらよっと……」



 そうは言いつつ、結局食品棚からカレーのルーが入った紙箱を取り出してしまう。箱には中辛の文字が印刷してある。最近では辛いものがブームらしいが、俺は辛いのはどうも苦手だ。テレビじゃよく激辛料理の店とか紹介され、出演者達が「これは辛いというより痛い!!」などと抜かすシーンが放送される。だが辛いも痛いも同じ感覚器で検出されるんだから当たり前だ。わざわざ痛い体験をしに辛い料理を食すとは、世の中は激辛ブームというよりM(マゾ)ブームと言えるだろう。まあ、好きなものは十人十色、激辛料理を否定するつもりも馬鹿にするつもりもない。ただの俺一個人の意見としてみて欲しい。


 じゃあ何故俺が中辛のカレーを選ぶのか? 答えは簡単。“俺はガキじゃない”これに尽きる。俺は辛い(痛い)ものは苦手だが、甘口のカレーじゃないと食べられないようなお坊ちゃまではない。それにあの甘いカレーってのは俺の口にはあまり合わない。かといって激辛のカレーを食べるのは苦手。そこで落ち着くのが中辛ってわけだ。


 料理はパッケージのマニュアル通りに進めていくのが俺流。俺がそうするにもそれなりの理由がある、と言うと聞こえがいいかもしれない。確かにそれなりの理由があるのだが、一番大きな理由が効率的に思えないからだ。




…………分かりにくいよな。




 簡単に言うと、隠し味とかそんな細々としたこと、面倒臭くてやってられんってだけだ。

 

 それにもう一つ理由がある。パッケージに載ってる作り方。販売する会社としては、多くの人に自社製品を買ってもらって、そしてまた買ってくれるリピーターを作りたいはず。そのために業界各社が莫大な研究費を投じて、ルーに配合する調味料とか香辛料の割合を探しているわけだ。調味料と香辛料って一緒だよな……まあいい。そうして完成されるのは研究に研究を重ねた全力の一品。


 だが、それだけではリピーターを得るのは難しい。なぜならそのカレーを作るのは消費者だからだ。

料理の腕は千差万別、使いようによってはゲテモノなカレーが出来ないとは限らない。

 そこで会社は自社製のルーの味を最大限に引き出す方法も研究する。誰もが作れる最高に旨いカレー。その研究の結晶がこのパッケージの作り方ではないかと俺は考えてるからだ。


 かなり熱心にカレーについて語ってきたが……別にカレー大好きってわけではない。カレー過剰な生活を何故送っているのか、俺自身ですらよく分からん。


 ……今ズッコケたような音が聞こえたような気がしなくはないが、今の音は上の階の住人が物かなんかを落としたかなんかだろう。多分。


 小型の鍋に入れた水が温まるまでに冷蔵庫から野菜を取り出して水洗い、包丁も洗う。カレーを作るのにわざわざ野菜を切るのは俺からすれば面倒な作業である。特に生野菜は固いからな。かといってルーだけでカレーってのもあれだしな……と、包丁片手にどうこの作業を楽しようか考えてみる。


 ちょっとトイレに行きたくなってきた。この問題が解決したらソッコーでトイレに行こう。

 人参とかジャガイモの皮だけ先に剥いて一旦茹でてから切るか? でもそうすると芯まで茹で上がるのに時間がかかるか。いっそのこと野菜の形そのまま生で食ってみるか? だがそれはどこか間違ってる気がする。


…………そうだ、あれだ!!


 そして台所を眺めながら思い付いたのはそんな悩みの救世主、ミキサー。こいつならボタン一つでできるじゃねえか! 形は酷くなるだろうが、野菜の皮だけ剥いて突っ込めばみじん切り出来るんじゃねえか? だがミキサーなんてのはここで暮らし始めてから一度も使ったことがない。ミキサーは実家のものなんだが、調子が悪いからとか言って譲ってくれた。どこがどう調子が悪いのかは解らないが、とりあえずコンセントにプラグを差してみる。すると一応電源はついた。ボタンは少し強めに押さないとなかなか反応してくれない。調子が悪いってのはこのことなんだろう。



「これぐらいなら大丈夫そうだな」



 俺は皮をむいた野菜をごちゃまぜにして一気に叩き込んだ。ミキサーのボタンを押すと、ブィーンというモーターの音。少しして切れ具合を確かめる。……かなり乱雑でぐちゃぐちゃだが、まあこれぐらいは仕方ないだろう。楽した分の代償と思って我慢だ。


まあ、出来はかなりひどいがうまく行ったので、俺はトイレへと駆け込んだ。





 5分ほどしてトイレから出て手を洗っていると、不自然な音が聞こえてきた。こんな時は嫌な予感しかしない。



「こんなのアリか……」



 急いで台所に戻ると……停止させたはずのミキサーがフル回転してる!? これ調子が悪いんじゃなくて壊れてんじゃねえかよ! ストップボタン押してもピッって反応はするけど止まんねえ。プラグを引っこ抜いてようやく停止する有様。



「…………どうするよこれ?」



 中に入れた野菜は原型留めずにもれなく液状化。まず、俺がとんでもない横着をしようとしていたのは認めよう。だがこの仕打ちはあまりにもヒドいと思わないか? ちなみに、後にこれが野菜ジュースの作り方だと知った時はかなり衝撃的だった。さて、こんなに液状化しちまったら茹でることすらできねえ。生のジャガイモとかも入ってるし……もったいないが捨てるか。いや、そもそもこんなの捨てる以外に活用法なんてあるのか?

 

 あるならぜひ御一報を。教えてくれた方の中から抽選で一名様に、なんとこの特製ジュースをプレゼント。


 冗談はこれぐらいにして、冷蔵庫から新しい野菜を取り出す。野菜を無駄に消費しちまったな……

 そもそもの大前提でミキサーはかき混ぜる道具であって、切断する道具じゃねえんだよな。それに気がつかない俺って――――



 黄色と緑のアブノーマルなライオンの着ぐるみがトレードマークの、某サイコロトーク番組を見ながら、紆余曲折の末に無事完成したカレーを食べる。テレビでは当たった時の例の商品をもらって喜んでるゲストが映っていた。もうすぐで放送5000回を突破するらしい。今回の放送に出てくるゲストは俺の興味のある人物ではないが、まあ話が面白ければそれでいい。

 社会人でもそうだが、やっぱ芸能人とか特に話をうまくまとめる能力とかが必要だよな。

今でいう国語力ってやつか。語彙が少ない(ボキャ貧な)俺がこういう華やかな表舞台に立つのは無理だろう。


 ちょうど番組が終わると同時に飯を食い終わり、ちょっと休憩していると始まった番組は、ナイフで刺される・交通事故が定番(見所?)の昼ドラ。しがらみと欲望にまみれた人間ドラマなんていうこってりは好みじゃない。

 チャンネルを変えた先には何たら警部の事件簿とかいうドラマ。

どうやら番組は終盤らしく、断崖絶壁で犯人と警部っぽい人が押し問答やってる。


 王道に頼るのもいいかもしれないが、製作者はそれ以外の展開を知らないのかと問いたい。


 結局行き着いたのは時代劇。見慣れた顔の上様が奔走してる。少しの間見ていたが、結局は見飽きてテレビの電源を切った。

 

 そして自室に戻ってとりあえず漫画を読む。一巻を読めば次も読みたくなってもう一冊を手にとる。そしてまた次の一冊。また次の一冊。


 そうしてふと時計を見て二時間ほど経ったことに気がつく。何やってんだ俺……勉強しようぜ勉強。早くに帰ってきてもこんなんで暇つぶししてるようじゃ意味ねえじゃねえか。明日もテストだ、こんな余裕ぶっこいてても良いのか? いや、良くない。テストの平均を割るのは勘弁だ。日が西に傾き始めた頃になってようやく机に向かった。





「そろそろ……だな」


 問題集から視線を移して時計を見ると、午後八時を回ったところだった。俺は教科書ノート問題集諸々を鞄の中に詰め込み、財布を覗いた。晩飯はまだ食べていない。


 テスト期間中は、俺は昼飯は作るが晩飯は作らないようにしている。というのも、夜に家事をやるとなると、勉強に気が向かなくなるからだ。あーもうちくしょう、勉強なんてやってられっか、という状態になり、テストでボコボコにされる。だから、俺はこの期間の間は晩飯はファミレスでとるようにしているのだ。日没から夜七時頃にかけてが客のピークだということは経験上分かっているから、ちょいと時間をずらして晩飯と勉強をして帰るのが習慣。俺の行きつけのファミレスは学生の勉強に対して寛容だから助かる。


 人間、長いこと同じ環境で同じ作業をするとだんだん効率が落ちていくらしい。つまり、ファミレスへの移動は脳科学的な気分転換も兼ねているわけだ。


 洗面台の鏡の前で衿が立ってないかなどを確認して、鞄を持って部屋のすべての部屋の消灯、玄関の鍵を閉めてマンションのエレベーターのボタンを押した。近くの廊下から見える外の景色は、既に暗くなっている。住宅街は明かりの点いている家、消えている家がドット絵のように散らばり、どこからか犬の鳴き声が聞こえてくる。



 一階に下り、自転車置場から俺の自転車を持ち出す。車輪を触って空気の残量が十分であることを確かめてまたがり、ペダルに足をかけた。もちろん、安全運転をモットーに、ヘッドライトも点灯。




……そして、あいつに出会った。



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