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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
音楽祭と妹
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第3話-22 音楽祭と妹 零雨が欲しがるもの

「申し訳ないけど、うちにはそんな余裕はないよ」



もう何回目だろう。同じことを聞いて回るのは。

片っ端からお願いをした俺達だが、どのバンドからも良い返答は来なかった。

俺達は……、少なくとも俺はこの本番に向けて本気で練習してきた。

恥をかかぬよう、目立たぬよう、ただの自己陶酔ででしゃばってきたと思われぬようにな。

だが、他のバンドの奴はそこまで真剣に音楽祭を考えてなどないらしい。

友人と出かけたカラオケで一曲披露、そんなノリだった。

まったく、どんな訓練を受ければそんな軽いノリで公衆の面前に立てるのやら。

だから向こうからすれば、

演奏のクオリティーなんてどうでも良い、空気的に楽しければそれでよくね?

の気分で臨んでるのに、いきなりシリアスにやってくれと言われても、遠慮せざるをえなかったようだ。


もちろん、全部が全部、そういうバンドだったわけじゃねえ。

俺達の話を真剣に聞いて、「もし私で良ければ……」と言ってくれた女子もいた。

しかし、俺達が演奏する予定の楽譜を見て、表情を変えて言うのだった。


「すみません、わ、私にはこんな難度の曲を演奏する力量はなくて……ごめんなさい」


俺達のやる曲がそんなに難しいのか?

そんな素朴な疑問が浮かんだが、考えてる余裕はなかった。

とにかく、ジョーの代わりを探さなくてはならない。


そうこうしているうちに、音楽祭のステージのライブが始まり、気がつけば、もう四時だった。


「コウくん、どうしよう……

 私達の順番が回って来ちゃうよ……」


「ジョー本人とは連絡はつかないのか?」


麗香が電話でジョーに電話するが、すぐに電話を切った。


「ダメ……出てこない」


「ジョーの親父さんが突然事故に遭っちまったから、

 病院に行くとき慌てて携帯電話を家に置いて来ちまったのかもしれん。

 朝のジョーからの電話は公衆電話だったんだろ?」


麗香はコクりと頷く。

チカはもう我慢出来ないという顔をして言った。


「あたしは、演奏が終わってるバンドのところにもう一度お願いしてみる。

 もしかしたら気が変わってくれてるかもしれないし。

 みんなには悪いけど、その間に二階の楽器をグラウンドに持ってきて。

 あたし、絶対に代役を引っ張ってくるから、

 みんなは気晴らしに露店でも行って遊んできたらいいから!」


チカは出場者用に用意されている控室に走って行く。


「あっチカちゃん待って!私も行く!」


おい、バカ!

麗香、お前まで行ったら楽器運ぶのが大変になるだろうが!

心でそう思っていたが、口にはなぜか出てこなかった。


「コウくんも零雨ちゃんも、ちょっと気分転換してなよーー!」


そう俺達に言って麗香がチカを追い掛けて行く後ろ姿が見える。

俺の隣には、零雨ただ一人。



「……はぁ、仕方ねえな。楽器運ぶか」


階段を上って二階の特別教室へ。

西日に傾き始めた日が窓から差し込み、舞い上がった埃が幻想的な空間を演出している。

こんな情景に見とれてる暇は俺にはない。


俺達は楽器を運び出した。

零雨が力を解放して、腕に油圧級のパワーを宿し、

早々と楽器を運んでくれたお陰で、すぐに作業は終わった。


「お前がいてくれたお陰で、作業が早く済んだ。サンキュー」


零雨は表情を変えない。


「そうだ、時間が浮いたことだし、休憩がてらちょっと店、まわってみよう」


俺は零雨の手をひいた。

少し、現実逃避がしたくなった。

控室に頼み込みに行っているチカと麗香の所には、行きたくなかった。

それで俺は、二人の言葉に甘えることにした。


CDを売ってるとある店の前で、俺は立ち止まった。

フリーマーケットの要領で陳列がされてあるその店のCDの中に、

少し珍しいものが入っていたからだ。


《もう聞くのが嫌になる〜謎曲集 Vol.1〜》


という名の、古ぼけたCDだ。

ジャケットやら使用されている字体の雰囲気からして、

恐らく八十年代後半から九十年代前半のバブル全盛期に世に出回った、

ニッチなスキマ産業発の珍商品と推測できる。

これ、《Vol.1》っつうことは、Vol.2や3も発売を予定していたということだよな?

……ハハハ、さっすがバブル。

こんな無駄な商品、気になっちまうじゃねえか。

というわけで、俺は何気に買ってしまった。百円で。


歩きながら辺りを見渡してみれば、音楽祭とあるだけにお祭り騒ぎの様相だ。

綿アメやらアイスやら、射的やら、焼きそばやら……つうかもうこれ、

《音楽祭》じゃなくて《文化祭》だろ。

出店数は去年より今年の方が圧倒的に、具体的にはニ、三倍の数まで増えている。


隣のクラスの友人の話によれば、

去年までは《音楽祭だから出店するのは音楽関係の店だけ》という規定があり、

そぐわないものは切り捨て御免、顔を洗って出直して来い、ということだったのだが、

生徒会によって基本方針が自由化の方向へ変更された、ということらしい。

確かに、去年は音楽関係の店、店、店、店、店店店店店店店店店……で、

「バカの一つ覚え」とはこの光景のことを指すために

太古の昔から用意されていたに違いないと思ったほどだった。

俺としてはそれなりに楽しかったけどな。

自由化の影響だろう、

去年は客といえば同じトン高生かそのOB、OG、学校見学にきた受験生ぐらいだった。

今年はというと、近所の小学生やら他校の生徒やら一般客の比率がぐっと増え、

人数も去年とは比べものにならない。

校門からぞろぞろと新たな客が入り込んでくるが、出て行く客の数は少ない。

つまり音楽祭ステージの観客数は

現在ジャンジャンバリバリ状態、つまり熱狂的増加中だ。


……何だよ?高校生がパチンコ用語を持ち出したって良いじゃねえか。



露店を歩き回いていると、射的の店が俺の目に留まった。


「零雨、あれ、やってみるか?」


零雨は俺が指差す方向に顔を向けるが、すぐに俺の目を見て「?」と首を傾げる。


「あれだ、『射的』って書いてある店」


「……それは義務?」


零雨の言葉に俺はドキリとした。

チカと麗香が頑張っているのに、射的は今やらなくてはいけないこと?

と遠回しに咎められているような気がしたからだ。


「いや、義務じゃないが……

 ……お前も、何も言わないだけで本当は気分転換したいんじゃねえのか?」


零雨に感情がないのは分かっている。

気分転換したいのは俺の方だ。


「………………?」


「……すまない、今の話は忘れてくれ」


確かに二人は気分転換してきたら?とは言ったものの、やはり後ろ髪が引かれる。

ここは戻って……


零雨が俺の袖口をグイグイ、と二回強く引っ張った。


「どうした?零雨」


「あれは……何?」


零雨が指差したのは、小学生が持って遊んでいたスーパーボール。

しかしなぜ今こんな時にこんなものに興味を示した?


「あれはスーパーボール。よく跳ねるおもちゃだ」


「……スーパーボール……の主成分は?」


「さあ?知らんな」


俺はスーパーボールすくいをしている露店を見つけ、零雨をそこに連れて来た。


「おう、コウじゃん!」


「お、坂本じゃねえか、お前、ここの店番か?」


こいつは、名前は今回が初めて出たが、

人物としては今までに一刹那だけ登場している。

屋上で空を見上げる零雨と麗香を目撃した俺の隣のクラスの友人だ。


「んまあ、そんなとこ。

 これで小遣い入ったら、プールに行こうと思ってるのさ。

 えっと、お前の隣にいるのは……」


「零雨だ」


だよな、と小さく呟いた坂本は視線を下に逸らした。


「ん?どうした?」


「お前と、その、嵩文との関係は一体……?」


「友達だが?」


「本当に、ただの友達なのか?」


「何を言っとるんだね君は?

 俺達が付き合ってるとでも思ってるのか?」


まあ、祭りの露店の中を歩く男女がいれば、

カップルと間違われることもあるだろうが、こいつの聞き方はおかしかった。


「なら別に……」


坂本はこれ以上このことの話題を避けたそうにしている。

零雨は青いプラスチックの水槽に手を入れ、水に浮かぶスーパーボールを手に取った。


「スーパーボールすくい、一回百円だぜ」


声の調子を元に戻した坂本は、口の端をつりあげて言った。

零雨は水滴のついた綺麗な赤色のスーパーボールをジロジロ眺めている。


「零雨、欲しいのか?」


俺が聞くと僅かに頷いた。

感情を持たないはずの零雨が、

なぜこんなおもちゃを欲しがったのか、俺には全く理解出来なかった。

麗香は以前、零雨が俺の家のエアコンの室外機を分解しだした時、こんなことを言った。




“零雨ちゃんは無意味なことはしないわ。きっと何か考えがあるのよ”




そうだとすれば、零雨はこのスーパーボールをどうしたいのか。

零雨が収集している、

《ステージ25の失われたデータ》の中に、スーパーボールの主成分があったのか?

ネタみたいな仮説だが、想像力の乏しい俺には、それぐらいしか思い付かない。

俺は坂本に向き直って言った。


「一回分負けてくんねえかな?親友ということで」


「コウ、悪いな。それは無理だよ」


「チッ、融通効かねえ奴だな」


「『代金の特別サービスはするな』って、リーダーに言われてるんだよ。

 公平性を保つためウンチャラで」


頭のお堅いリーダーだな。


「でも、別の方法でサービスすることはできる」


坂本は掬い上げる道具、俺はダテ虫眼鏡と呼んでいるものだが、

それに薄い紙を二枚セットして俺に渡す。

俺は百円を払う。


「本当は一枚しかセットしちゃいけないんだが……

 いいか、サービスだから、誰にも言うなよ」


「サンキュー」


俺は遊び方を零雨に説明し、それを持たせた。

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