第3話-17 音楽祭と妹 世界の矛盾
「ジョーくん、ちょっとかわいそうだったね」
「ああ」
練習を終えた俺達(ジョー以外)は、チカの家を出た。
時刻は午後五時半。
周りの景色も、日没を予告するように黄ばんできている。
ジョーはああ見えて以外と楽器がうまく扱えなかったらしく、匠先輩に
「もっと強く叩け!熱くなるんだ!」
と注意されたかと思えば、
「叩くの強すぎ!頼むから楽器を破壊しないでくれ」
「ドラムが他の音を掻き消してる」
などと、注意と指導のガトリング砲の集中砲火を浴びて精神的に蜂の巣にされ、
さらに練習終了予定時刻になり、
「君は今日は残った方がいい。
この匠が懇切丁寧に教えてやろう」
との宣告を受ける始末。
練習から解放されたと胸を撫で下ろしていたジョーは、
「マジかぁ~」
と目を閉じ、眉間にシワを寄せて天を仰ぐことになった。
つまり、今現在、俺、美羽、零雨、麗香の四人でそれぞれの家路を辿っている。
はしゃぎ疲れた美羽は、零雨に背負われて寝ている。
俺が背負わないのは、自転車を引いているからだ。
「それにしてもお前、よくあんなの作曲出来たな」
「まあ、本当はもっとムードの出る曲も考えていたんだけどね」
麗香はそういって笑う。
俺が引いている自転車がチッチッチ、と単調な音を立てている。
「何でそれにしなかったんだ?
そっちの方が心に響くだろうに」
まあ、麗香の言う《もう一つの曲》は聞いてないから、
あくまでも「響くだろうに」の「だろう」は《推定の「だろう」》だ。
「本当はそっちにしたかったんだけど、ちょっとね……」
「何が問題だったんだ?」
「雰囲気作りすぎて、人間の心が壊れてしまう可能性が……」
「寂しい感じの曲なのか?」
「……うん。
精神面が弱い人だと、生々しすぎて発狂する可能性があるのよ。
とくに美羽ちゃんみたいな小さい子ならなおさら」
「でも、何でそんなことが分かるんだよ。
お前らは人の心やら思考は理解できなかったんじゃねえのか?」
「でも、一人だけ例外がいるでしょ?」
麗香はそういって人差し指で自分の頭をツンツン、と突く。
それにしても、
《聴いたら発狂する可能性のある曲》とはどんなものか、想像もつかない。
だが、聴きたいとも思わない。
そんなんで俺が発狂するザマを他人に見せてたまるか。
「まあ確かにお前なら分かるかもしれないが……
どこにそういう精神面が弱いヤツには危険とか判断する基準があるんだよ」
「詳しいことを説明しようにも、ごめんね、
言葉にうまくできないぐらい難しくて、うまく伝わるかどうか……」
「……分かった、そういうことにしておこう。
そんな難しい話を聞かされたって、俺には理解出来ないのは目に見えてるからな」
奇跡的に理解ができたとしても、
そんなテストに出ないことは水に流して忘れてしまうに違いない。
「じゃあお前はそういう高度な理論を使って作曲したと?」
「コウくんにあげたクッキーと考え方は同じだよ」
「そうか」
俺が以前麗香から受け取ったクッキー。
あれは確か、
《最も万人ウケする味を演算処理で弾き出す》という危険な理論で作られた味だったはず。
弾き出した味に極限まで近づける為に合成という珍妙な手法が使われるため、
クッキーの中には何が入っているのか分からないという点で危険だ。
今回は音楽にそれを適用したらしい。
突然、零雨がおぶっていた美羽を麗香に強引に押し付けた。
俺はそのまま歩調を速めて去っていこうとする彼女の腕を掴んだ。
「どうした?」
俺が聞くと零雨は振り向く。
「……ステージ6の……二次元ユークリッド空間……処理エラー。修復しにいく」
「……は?」
零雨はそれだけ言うと、俺の手を払って路地の角を曲がっていく。
「おい、もうちょっと詳しく説明しろ!」
俺は追い掛け、角を曲がったが、そこには既に零雨の姿はなかった。
「行っちゃったね」
後ろから美羽を背負った麗香がやってきた。
「あいつはどこに消えたんだよ」
「多分今頃ステージ6で作業を始めてると思う」
「……なあ麗香、『ステージ6』ってどんな世界だ?」
「そこは零雨ちゃんの管轄で、
私の管轄じゃないから詳しくは分からないけれど、確か二次元の世界のはずだよ」
「二次元って、アニメとかのああいう世界か?」
だとしたらすっげえファンタジーだ。
だが、麗香の答えは違った。
「そんなのできるわけないわ。
今私達が縦横高さのある三次元の空間にいるから、
漫画とか絵画とかの二次元のものをああいうふうに知覚出来るだけ。
つまり、漫画とかテレビだって、確かに縦と横で表現されているけど、
それを見る目は高さに相当する場所にあって、
決して印刷されている紙や画面上に目はないでしょ?
縦と横しかない空間で、物体が存在できる訳無いじゃない」
…………全然意味が分からないのだが。
「だから、二次元の世界には縦と横しかないの。
縦と横しかない世界で、どうやったら高さを作り出せるの?
読書するように二次元の世界を捉えようとしたって、
その目は二次元の世界から飛び出しちゃってるでしょって」
「ううむ……よく分からないが、雰囲気だけは分かった気がする。
要は《高さがゼロの空間には物体は存在できない》っつうことでいいな?」
「うん、多分合ってると思う」
「じゃあ零雨はどうやってステージ6に入るんだ?」
俺が聞くと麗香は笑った。
「やだなあ、簡単なことだよ?身体を捨てて、本来の状態に戻ればいいの」
まあ、そうだろうが…………
身体がない状態とは一体どういう感覚なのか、俺には想像がつかない。
そうだな、一回死んでみれば分かるかもしれない。
寿命で天のお迎えが来るまで、
死ぬのは丁重にお断りさせていただくことにしているから、
どういう感覚なのかが分かるのは恐らく数十年後辺りだろう。
「それにしても変ねぇ…………おかしい」
麗香は首を捻った。
「何が?」
「記録によれば、
ステージ6で最後にエラーがでたのは地球時間換算で、
450,757,534,589,270,437,360,527年5ヶ月28日15時間42分前のことで、
それまではずっと安定していたのに、何で今頃エラーなんて」
それよりもそのエラーが起きた年数が、
この宇宙の始まりのビッグバンが起きたとされる
百五十億年前の遥か昔になっていることが興味深い。
ていうか、そんな正確な時間情報を俺に伝えてどうしろと?
「しかも、ステージ6でエラーが出たなら、
他のステージでも同じようなエラーがでてもおかしくないのに、どうして?」
「一つの世界で起きたエラーは連鎖するのか?」
「うん、このステージ25はステージ24をベースに作られているの。
それで、ステージ24はステージ23がベースになっていて、
ステージ23はステージ22……っていう構造になってるの。
それに、エラーの修正は、関係するステージ全て一括で行うから、
エラーが出るとしたら複数のステージでほぼ同時に起きるはずなのよ。
だから、ステージ6で起きたエラーは、
ステージ6以上の世界でも同様のエラーが起きてもおかしくないはずなんだけど……」
「なぜか起きないと?」
「うん、それまでに起きた最後のエラーといえば、
ステージ25の強力な電波発生のバグなんだけど、
その時も他のステージには影響がなかったの」
「ま、すぐに他の世界でもエラーが出るとは限らないし、
とりあえずは零雨の帰還待ちだろう。
話はそれからじっくりと、
場合によっちゃUSERも混ぜながらじっくりと対策を練ればいいだろ」
言っとくが、俺は世界の構造なんちゃらに手を出すつもりはない。
助言を求められたら少しは何かするかもしれないが、
基本的には俺はこの問題はノータッチの方向で行きたいと思っている。
どうみてもめんどくさそうだし、
そんなことに、いちいちしゃしゃり出てくるだけの体力と精神力は俺にはない。
そもそも、所詮俺はこの世界の一部品にしか過ぎないのだよ。
部品ごときが設計図に口出しする権利は微塵もねえ。
ここで寝ていた美羽が起きたため、この会話は終了となった。
俺達は家までのルートが分かれる十字路で麗香と別れ、
俺は自転車を押し、美羽はその隣をテクテク歩いて家路へついた。
……それにしても、不吉な予感がするのは俺だけだろうか?