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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
音楽祭と妹
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第3話-16 音楽祭と妹 楽譜と心の耐久性

麗香がボタンを押すと、最初にギターの音が聞こえてきた。

一つのギターで奏でられる、少し切ない雰囲気。

このような展開で入る曲はいろいろ聞いてきたが、

次の展開が全くもって斬新だ。

なんと、ギター以外のメロディーがフェードインしてきた。

フェードインの反対語はフェードアウト。

よく、曲の最後を同じメロディーを繰り返しながら消えていく表現があるが、

それを俗にフェードアウトという。

つまり麗香はその逆をとったわけだ。


さすが、考えることが違う。

フェードインは、高速道路で車が合流するように、自然に、滑らかだ。

正直鳥肌モノ。

そこから先のメロディーはノスタルジックで聴く人の心を揺さぶる、特徴的な前奏。

曲調はテクノともポップともクラシックとも言えない、

ハッキリ言ってカオスな曲調だが、

それがさらに無限に広い空間に一人残されたような孤独さと、

それでいて、包まれているような優しさをバランスよく引き立たせている。

聴いていてどこか心地よい。


麗香は大きく息を吸い込んで歌いだす。





「ううむ……」


匠先輩は聴きながらずっと唸っている。

チカとジョーは聞き惚れているようで、石像のようにじっと聴いていた。



麗香の曲が終って時計を見れば、曲はやや長めの七分だったらしい。

体感時間で三分ぐらいかと思っていた俺は、時計が早いのかと思ったが、

匠先輩がその疑いが間違いであることを証明した。


「七分三十六秒、か…………」


腕時計で時間を計測していた匠先輩は、それを弄りながら呟く。


「どう……かな?

 もしかして、やっぱりどこかダメなところがありますか?」


不安を隠せない様子で麗香は匠先輩に話し掛けた。

すると匠先輩は麗香の方に向き直り、真剣な目で見つめた。


「この曲は、盗作じゃないよな?」


「はい、全部私が作りました」


「本当だな?本当にオリジナルなんだな!?」


「は、はぃ……」


匠先輩の剣幕に圧倒され背中を少し反らした麗香。


「これは神曲だ……神曲の誕生だ……」


神曲って、宗教音楽じゃねえんだから……まあ言いたいことは分かるが。


「素人がこんな曲を作るとは、世の中何があるか分からないものだな。

 耳コピさんの書いた楽譜も貸してくれないか?」


零雨は昨日の楽譜を一式匠先輩に渡すと、先輩はノートパソコンの電源を切り、

聞き惚れたまま固まっていたチカに、二人の楽譜とパソコンを自室に置くように指示した。


「ちょっとコピーしてくる」


匠先輩はそう言い残してチカの後を追って一階へと消えていった。




「……コウくん、どうだった?」


麗香はまだ気にした様子らしく、声は小さい。


「上出来だ」


「本当に?」


「ああ、複雑な割には雰囲気を壊す音もなかったし、統一性もあった」


「麗香に作曲センスがあるなんて俺聞いてなかったぞ?」


「安心しろ。俺もだ、ジョー」


「とりあえずこの曲は絶対に最後に回すべきだな。

 インパクトとセンスが凄すぎて他の曲が隠れてしまいそうだ」


ジョーは「絶対に」という言葉を強調して言った。


「同感だ」


「そんな……ベタ褒めされちゃ……」


麗香は恥ずかしかって、俺とジョーにくるりと背中を向けた。

彼女が作曲をすると言い出したときは、

悪い意味で素晴らしい曲になると読んでいたが、いい意味で裏切られた。


「今の(曲は)麗香姉ちゃんがつくったの?」


美羽は俺の横で聞く。

麗香は振り返りもせずに答える。


「うん、そうだよ」


「へえ~、すごいね」


「っふ、ありがとう」


「そういえば、しゃしんは美羽にはくれないの?」


「あ、昨日の写真?」


麗香はようやく俺の隣の美羽に顔を向けた。

美羽は頷いた。

何も知らないジョーは、写真についての説明を求めた。


「写真?

 写真って、何の写真?」


「中央図書館って知ってるか?」


「中央図書館?ああ、海の近くの?」


「そこに昨日俺と麗香と零雨とこの美羽(クソチビ)とで行ってきたんだよ。

 帰りにこのチビが『写真撮ろ~』と言い出してだな……」


「なるほ、その写真っていうわけか」


なるほって、そこまで言ったなら最後まで言えよ気持ち悪い。


「写真持ってるのは私じゃなくて零雨ちゃんなの。

 零雨ちゃん、写真ある?」


匠先輩に楽譜を渡してからずっと

打ちっぱなしのコンクリートの柱にもたれ掛かってうつむいていた零雨は、

その言葉を聞いて、身じろきひとつせずに答える。


「……画像データは……ある。写真は……ない」


長い髪が顔を完全に隠し、悲壮感と孤独感を醸し出す幽霊のような零雨は、

何度見てもミステリアスで怖い。


「なあ零雨、お前もうちょっと明るくいこうぜ?

 いっつも何かに取り憑かれたような雰囲気だけどさあ、

 そんなお前が今みたいなスタイルでいられるとほら、

 全体の雰囲気までそうなりそうっていうか、空気悪くなるじゃん?」


ジョーは零雨にとっての難題を要求した。

感情もなく、理解力にも乏しい零雨にとって、

《明るい性格》も《暗い性格》も区別はつけられない。

どうしても彼女に《明るい性格の子》というイメージをつけたいならば、

《明るい性格の子》用の言動や考え方を

ひとつひとつを教えてやらなくてはならない。

そんな面倒臭い作業、ジョーが納得して親切丁寧に教えてやるなどということは

世界がひっくり返ってもまずないだろうし、

ましてやいくら俺が二人の協力者という立場であっても、

性格上お断りさせてもらうのは当然のことである。

ま、そんなだるい作業を快く引き受けてくれるとしたら

同種の麗香ぐらいのもんだろう。

案の定、零雨は答えなかった。



「……………………。」


「ジョー、彼女はもうああいう性格なんだから仕方ない」


「……そうだな、零雨が明るくなればそれはそれで違和感あるし。

 でもさ、画像データがあるならちょっと見てみてえな」


「ジョーくん、見たいの?」


「え、ん、まあ、そりゃ」


「だってさ、零雨ちゃん。

 ちょっとジョーくんにも見せてあげようよ」


それを聞いた零雨はゆっくりと顔を上げ、もっさりと動き出し、

自分のショルダーバッグの中からカメラを取り出してジョーに渡した。


「……使って」


「どうもありがとさん」


零雨はくるりと踵を返し、また元のように柱に寄り掛かって幽霊になった。

今日の零雨はどこか元気がない。

確かに今までも元気だったかと聞かれれば、

そりゃあああいう性格だし、お世辞にも元気などとは言えないが、今日はどこかが違う。

このような元気のなさは、俺は一度だけ見たことがある。

麗香が転入してきたあの日の放課後、麗香の家で、

零雨が何かに気がついたようにびくついてスリープした、あの時と似ている。


ジョーが零雨のカメラを操作して画像を見ようと奮闘していたところに、

DVチカが一階から降りてきた。


「あれ、あんたたち何してんの?」

「昨日零雨と麗香とコウが中央図書館に行ったらしいんだ。それで……」


「知ってるわよ、昨日図書館でコウと会ったから。

 それでさぁ、ちょっと聞いてよ!

 昨日あたしが図書館で勉強してたらさ、コウと偶然隣の席になって、

 あたしのこと『性格ブス』呼ばわりしたのよ!

 ひどいと思わない?」


「おいコラ、『性格ブス』に至るまでの経緯を、

 誤解を招きかねない要点のまとめ方して説明してんじゃねえよ。

 大体だな、俺がお前の隣の席に座った時点ではお前は恋愛ものを……」


「そんな細かいところはどうだっていいでしょ!」


「まとめんのとねつ造すんのは全然ちがうと言ってんだ」


「でもあんたがあたしを性格ブス呼ばわりした事実は変わってないじゃん」


「まあまあ、俺には状況がよく分からねえから、

 言い合いしないでとにかく何があったのかを正しく伝えてくれ」


ジョーが俺とチカの仲裁に入る。


「俺が図書館で適当な本を持ってきて本を読もうとしたところ、

 隣の席に勉強を放棄してラブストーリーを精読しているチカがいたわけだ。

 チカは俺に気がついて、

 そそくさと今までずっとやってましたみたいな風体で勉強しはじめた。

 そこでちょっくら雑談やって、

 んまあこの辺りはどーでもいい話だから省いとくが、とにかくだべった。

 で、しばらく経ったところで、チカの方から話し掛けてきてだな、

 『コウのタイプってどんな子?』とか、後でも聞けるような

 TPO認識不足のとるに足らない愚問を持ち掛けてきたのさ。

 俺は俺で読書に集中し始めたところで、イラッとしていたのもあったが、

 そこで優しい俺は『お前みたいな性格ブスはまず論外』と教えてやったんだよ」


「理由は分かったけどよ、もう少しオブラート包んで言ってやった方が良かったんじゃ?」


「ちょっとジョー!『オブラートに』って、それどういう意味!?」


「言葉のまんまだけど」


「じゃあジョーもあたしが性格ブスだっていうの!?」


「少なくとも性格は良くないし……まあ、コウも性格ブスと言われればそれも間違いじゃない」


「ま、別に俺は何と言われようがカンケーねえことだけどな」


「……ちょっと、いい?

 話の本題は写真……じゃなかったかな?」


麗香は脱線してもなお走りつづける俺達を元の軌道に戻す。


「ああ、そうだったな。

 で、話を元に戻すと中央図書館に行った帰りに写真撮って、

 その写真をジョーが見たがっていると、そういうことだ」

「ふ~ん、そういうことだったの……

 ねえ、あたしも見ていい?」


チカはジョーが操作するカメラの液晶ディスプレーを覗き込む。

ジョーは四人が写る集合写真を見つけた。


「お、これか?」


「ああ、それだ」


「あれ、麗香まだ美羽ちゃんのこと避けてるの?」


チカは写真の麗香の右腕を指差した。

確かに、美羽がピースサインをしている手を避けるように、

さりげなーく右腕を美羽から離している。


「やっぱり私、子供が苦手みたい……」


「どうして?かわいいじゃない」


「どうしてかは分からないけれど、あんまり好きじゃないの」


「麗香ってやっぱり不思議ちゃんだね、子供が苦手なんて」


「………………。」


麗香は何も言わず、写真の中で俺に甘える美羽を見つめた。

俺もガキは苦手だし、まあ麗香も気にすることはないだろう。



「喜べ後輩!楽譜をコピーしてきたぞ!」


匠先輩は紙束を高らかに上げながら陽気に降りてきた。

ちょっと今思ったんだが、

耳で聞き取って作った楽譜をコピーすんのって、法的にどうよ?

やっぱ引っ掛かんのか?

…………まあいいや、もしこんなことで捕まるようだったら、

とっくに刑務所が満室御礼状態だろうし、

下手したら服役待ち五年とか服役に予約制がつく事態にもなりかねん。


「よし、お前ら練習やるぞ!」


やる気満々の匠先輩は、俺達に楽譜一式(全楽曲、全パート)を配った。


「楽譜が出来たはいいが、読めないんじゃ話にならない。

 そういうわけで、俺謹製のオリジナルテストを明日実施することを宣言する!」


なんか不吉な、学生の天敵の象徴ともいえる

単語が聞こえてきたが、俺は一体どう対処すればいいんだよ。

ジョーは困った顔で言った。



「テスト……ですか?」


「そうだ、テスト範囲は今配った楽譜の中からしか出さない。

 このテストはあくまでも《演奏する楽譜が読めるようになる》ことが目的だからな、

 範囲外のものを勉強したって実戦(本番)では役に立たない。

 役に立たないものはテストしても意味がないからな。

 あ、それとだ、テストの点数は千賀(チカ)とお前らで争ってもらうつもりだ」


「ちょっ、お兄ちゃん!そんなのあたし聞いてないわよ!?」


「お前には昨日、一昨日と楽器の扱い方から楽譜の読み方まで、

 一通りみっちり教えてやったんだ、それぐらいのハンディはつけておいて当たり前だ」


「だって、まだ習ってない楽譜の読み方とか、今コピーした楽譜には載ってるし、

 それに…………」


「黙れ!それでもお前は誇り高き木下家の長女なのか?

 いいか、これは俺達木下家とお前の御学友との直接対決だ。

 俺がわざわざアニメを観る時間を削って

 お前(千賀)に教えてやったんだ、勝てないでどうする!」


「…………」


匠先輩には、若干のナルシスト属性がついているようだ。

大体クラスメイトを御学友と表現する人間を生で見たのは初めてだ。

聞いたことがあったとしても、

それはせいぜい天皇家とかそこらあたりの人間に関する報道時ぐらいだ。


「……よし、黙った。

 それじゃあ俺からテストについてのルール説明をするぞ。

 耳の穴をかっぽじってしっかりと聞いておけ。

 ルールは簡単だ。

 まず、対決は千賀の点数と御学友四人の平均点で争ってもらう。

 次に、このテストで負けた方が、勝った方に明日の昼飯と夕飯を奢ってやること」


「そんなのあたしが負けたら、破産するじゃない!」


「負けなければいいだけだ」


「そんなこというけど、明らかにあたしの方がリスク大きいじゃん!

 そっちが負けたら割り勘で一人分とちょっとの額で済むのに、

 あたしが負けたら五倍の額を払わなきゃいけないじゃない!」


「完全に平等な条件下での対決もそこそこ面白いが、

 ちょっとこういうふうに不平等な条件があった方が、主催者側から見ればオイシイんだよ」


「なんであんたの自己満に振り回されなきゃ…………」


「こうやって対決した方が盛り上がるし、やる気も出るだろう?

 それともう一つ。支払いは俺とこの青年の妹(=美羽)の食事代も含む。

 だから千賀が負ければ五倍ではなく七倍、

 御学友側が負ければ一人当たりの支払いは一食あたり7÷5で一・四倍だ」


確かにチカの反論も理解できるが、匠先輩の話も一理ある。

惰性でテスト受けるより、競い合った方が頑張るから成績が伸びるというわけだ。

時間がない現時点では、この方法を採った方が効率がいい。

その意図があることは、匠先輩の「やる気が出るだろ?」に含まれていた。

俺は賛成の意を表した。


「いいっすね、それで行きましょう」


「コウ!あんたそんなにあたしが破産するのを見たいの!?」


「頑張れ、匠先輩の言う通り、お前が負けなければいいだけの話だろ?

 それにこういう言葉もあるじゃねえか。『人の不幸は蜜の味』ってな」


「ひっどい!

 そこまでいうなら絶対に勝ってやるからね!

 あんたが負けても知らないわよ?」


「別に無理に勝とうとしなくたっていいんだぜ?

 ピンチなら俺が資金援助してやるからよ、ハハハ」


「それどーゆー意味!?」


チカは俺を睨みつける。


「自分で考えな。

 言っとくが資金援助の話はマジの話だ。

 お前が負けたときのペナルティーが俺達のそれと割が合わな過ぎる。

 ま、それを『どうせ俺達が勝つんだから、お情けで援助してやるよ』ととるか、

 それとも単に、

 『対等な関係になるだけ近い状態で戦おうと親切心で言っている』ととるか、それはお前の自由だ」


「なんかムカつく……」


さっきまで横にいた美羽の姿がない。

俺はチカと火花を散らしている間、美羽のことをすっかり忘れていた。

辺りを見回せば、美羽はお気に入りの麗香に甘え、

毎回の如く困った顔をする麗香の姿があった。


ふう、どうもこの夏休みはゆっくりできそうにねえな……

来年は来年で夏休みは大学の受験勉強でパーになるだろう。

まったく、俺の望む平穏は一体どこへ逃げ去って行ったのだろうか。

それとも俺の平穏は近くにありながら分からないほどに変質してしまったのか?


………………。


おそらく後者だろう。

チカはチカで女友達と遊びに出掛けたり、

長電話をしたり、俺達と一緒にいることが、平穏な日常だと感じているに違いない。

ジョーもそうだ。

あいつだって友達が俺一人しかいないとかそんな寂しい人間関係しかないわけがない。

ちょこちょこ雑談中に友人同士でどこか遊びに出掛けたときの、

なんら取り留めもない馬鹿話を話し出すことも多々あるから絶対にそうだ。


対して俺はどうだ?

何もせず、ただぼんやりと無駄な時間を過ごすことを俺の日常としている。

もともとの「日常」が違うのだ。

俺みたいな廃人風情のインドアピープルが、

いきなりアクティブな人間の日常を体験したって、それを日常と感じられるはずがない。

新しい生活スタイルを「日常化」するかどうかは全て選択者の自由。

俺はどう選択しようか?


「よし、改めて練習を始めるぞ!」


匠先輩がパンパン、と二回手を叩いた。


「全員楽譜を持って配置につけ!」


「……?どの曲の配置っすか?」


俺が聞くと匠先輩は固まった。


「……考えてなかった。

 そうだな、まずは一番難しそうな神子上さんの曲にしよう」


俺達は予め決めておいた位置についた。

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