第3話-14 音楽祭と妹 人形遊び
俺はまずその人形を外からテクテク歩いていくモーションをとりながら、
家の中にお邪魔させる。
「ちゃんとおうちの前でコンコンってやらないとダメ!」
……怒られた。
テクテク、コンコンコン。
「げんかんのばしょちがう!」by美羽
とはいってもだな、残念なことにお前ん家玄関ねえんだよ。
壁とともに撤去されてっから。
「ドアはどこにある?」
「ここ」
美羽は三階の屋根裏部屋を指差す。
まったく、とんでもない仕様の家だ。
この家は家に入るまでに家のレンガ壁でロッククライミングをせねばならないらしい。
セキュリティー万全すぎる。
だいたい、こんな高所にドアつけるって、どこの雪国仕様だよ。
あっても二階だろ。
「……高すぎないか?」
「マンションだからいいの!」
この小さな家をマンションに見立てる発想はなかった。
これがガキがたまに的を射た発言をする理由かもしれない。
美羽はまだ一回も的を射た発言をしてないのは置いといて。
何にせよ、あくまでもここは美羽に主導権を握らせておかないと、
騒ぎだしたら面倒だ。
もういい、いちいち人形一体ずつこんな風にやってたら
日が暮れる……いや、日付が変わっちまう。
もう友達同士集まって、大勢で家に押しかけたという設定でいいだろう。
「コンコンコン」
《だれですか?》
「チーッス、俺だ俺。
早く開けてくれ、カエサル」
「ちがう!このウサギさんはカエサルじゃない!」
……今のは俺が調子に乗った。
大勢で押しかけてドアを開けたところで、
「ブルートゥスよ、お前もか!」
って返してくれるっつーのがベストなんだが、
よく考えればこんなチビにこのネタが分かるはずがない。
無茶ぶりしたな。
ま、おふざけもこのぐらいに。何でもほどほどが一番さ。
「コンコンコン」
《だれですか?》
「お友達だよ~」
《はい!どうぞお上がり》
「お邪魔しまーす!」(くせえ芝居だな……)
《今からお茶つくってあげるからまっててね~》
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しばらく美羽と戯れ、
美羽の顔がいかにもご満悦といった表情を浮かべるようになったころ、
コンコンと、リアルのノックが部屋に響いた。
零雨だ。
俺は美羽をそのままに、ドアを開けた。
「……終了した」
「そうか、ちょっと見せてみろ」
楽譜数部を受け取ると、さっきとは違って表紙がついているのに気がついた。
表紙には、その楽譜がどの楽器の楽譜なのかが記されている。
さっきとは違い、<や>、f、mp、:|、♭、#といった音楽記号が並んでいる。
やり方を変えたのだろうか?
「あとはこれを見ながら実際に演奏して、
おかしな音がないかをチェックするだけだな」
読めない楽譜をパラパラ、俺は言った。
零雨は俺から楽譜を受け取り、ショルダーバッグの中にしまいこんだ。
「……帰る」
「そうだな、気をつけて帰れよ」
今俺が言った言葉は彼女には無意味なものかもしれないが、
一応の儀式的な意味合いをこめて言っておく。
零雨は靴を履いて一言「……ありがとう」と述べると、外の暗闇に消えて行った。
さて、そんじゃあめんどくさいでも家事でもすっか。
美羽も腹減ったといってたし、まずは晩飯だな。
俺は台所で食中毒防止のために手を洗い、冷蔵庫を開けた。