第3話-9 音楽祭と妹 他人以上、友達以下
それからまずどの曲をやるのかを決め、
その後誰がどの楽器を担当するかで盛大に騒いだが、
曲によって多少のメンバー変更もあるのだが、一応のパートは決まった。
演奏する曲は、俺達がやりたいと言った曲全てという強欲ぶりを発揮し、
役割分担は基本的に、ボーカルは麗香とチカ、
ギターが俺、電子ピアノが零雨、ドラムがジョーという構成。
俺達が演奏する曲には、男性ボーカル率百パーセントの曲も入っているため、
その辺はジョーと俺でカバーすることになった。
まあ、このメンバー構成について俺の率直な感想を言わせてもらうと、
みな、なかなかいいポジションにありつけて良かった、というところか。
楽器の演奏者が若干足りない感じであるが、
その辺はチカや麗香が歌いながら簡単なメロディーを弾くということで何とかするそうだ。
他人事みたいな言い方だって?
そもそもこんなことになったのは、
麗香が勝手に俺をメンバー登録しやがったのが原因で、
俺はこんな恥さらし大会に出場するつもりは皆無だったんだよ。
勝手に登録されたからといって、
急にやる気がどこからともなく降ってはこない。
同じく勝手に登録されたにもかかわらず、やる気満々のチカとジョーに関しては、
体内にやる気発生装置かなんかがついてるんだろう。
「誰がどのパートをやるかも決まったし、早速練習を始めよう」
「え!?今からっすか、先輩!?」
驚いた俺に匠先輩は腕を組んで強くうなずいた。
「ああ。チカの話を聞くと、二十日弱、本番まで時間がないのだろう?
こんな短期間に初心者が何曲も綺麗に演奏するのは相当至難の業だ。
舞台で恥を晒したくなかったら、これぐらいのことはやって当たり前。
そもそも俺自身、はっきり言ってお前達の演奏を
こんな短期間で聞くに堪えるまでのクオリティーまで持って行ける自信がない。
第一、俺は普通の大学生。
教える腕もこの間までやっていた中学生の家庭教師のバイト程度しかない。
勉強は覚えるだけでも済むが、音楽は覚えるだけではムリムリ。
身体で覚える必要があるが、そこのノウハウは俺にはない。
つまり俺にも最適な教え方を見つけるために時間が要るんだよ」
「でも匠、そんな急に言われたって準備も何もしてないわよ!?」
チカが言うが、
匠先輩の表情は至って真剣だった。
「今日は初日だし、お前達も準備なんてしてきてないだろうから無理は言わない。
まずはとにかくCDの曲をバリバリ流して、曲を覚えろ。
曲の雰囲気、テンポ、特徴的なメロディーを覚えてしまえ。
お前達、やりたい曲が入ったCDはあるか?
昨日チカがみんな持ち寄ると言っていたからあると思うんだが」
「ああはい。持ってきてます。
ただ、零雨は曲は何でも良いといって持ってきてませんし、
麗香は自作曲希望なのでCDはありません。」
ジョーが言うと、匠先輩は持ってきたCDを貸して欲しいと求めた。
彼は俺達のCDを集め、どの曲がやりたいのかを聞くと、
残りのCDを持ったまま地下室の階段を上がって行ってしまった。
先輩は一体何を?
やることがなく、ヒマを持て余している美羽は、
匠先輩のドラムセットをめちゃくちゃに叩いて遊んでいる。
小一のガキが叩いて壊れるような軟弱な楽器じゃないだろうから放置しておいてもいいだろう。
ツンツン、と背中を突かれて振り返ってみると、零雨がいた。
その白くて長い髪には、乾燥した血がこびりついて目立っている。
後でしっかり洗い流したほうがいいだろう。
「どうした?」
「……木下匠は……私にとってどういう存在?」
零雨は俺だけに聞こえる大きさで言った。
「……ごめん、言ってる意味が分からない。
出来れば他の言葉で言い換えてくれないか」
「木下匠は……友達であるか……敵であるか……あるいは第三者、つまり他人であるか」
「これからは知り合いに分類されるだろうな」
「知り合い?」
「他人以上、友達以下ぐらいのランクの人間ってところだ」
「……私は知り合いの……取り扱い方を知らない」
プッ、取り扱いって、道具じゃあるまいし。
「俺も知らん。取り扱い説明書があれば是非是非読んでみたいものだ。
まあ、最適な人の扱い方はそれぞれ違うから、自分で考えるしかない。
匠先輩についてのアドバイスをするなら、
一つ、敬語か敬語っぽい言葉でで話せ。
一つ、匠先輩を優先した行動を取れ。
一つ、匠先輩の頼みや命令は状況にもよるが、出来るだけ忠実にこなせ。
これぐらいだな」
「……ありがとう」
それから少しすると、匠先輩がまた階段から降りてきた。
「おい、我が後輩共!俺からのプレゼントだ!受け取れ!」
さっきと違って何かみょーにテンションが高いな。
何かいいことでもあったのか?
「どうしたんすか、先輩。
自販機の下で十円拾った小学生のようなテンションですが」
俺は比喩がまずかったと思ったが、当の本人は気にしていない様子だ。
危ねえ危ねえ。
「まあ受け取れ。さっきお前らから預かったCDを、
この白レーベルのCDセットに焼いてきたんだ」
「それって、著作権的なものは大丈夫なんすか?」
ジョーは眉を寄せた。
「著作権って何?
……ていうのは冗談。
大丈夫さ、ちゃんとした音楽用CDだから法的にも問題ない。
あ、俺はそんなに法律について詳しくないから説明はパスで」
「でもいいんですか?
このCDだってタダじゃないのに……」
「気にするな、ちょっとCDが余り気味で処理に困ってたところだったし。
CDを焼かないで捨てるなんてもったいないじゃないか」
匠先輩はケースに入った白レーベルのディスクを俺達に一枚ずつ配った。
零雨と麗香は受け取ると、
同時にケースからディスクを取り出して、匂いを嗅ぐという奇行をとって言った。
「全然焼けてないじゃないですか」「……焼けてない」
匠先輩は零雨と麗香からCDを取り上げ、記録面を見て言った。
「ちゃんと焼けてるよ」
「でも全然焦げた匂いがしません」
二人とも、「CDを焼く」という言葉をそのまま受け取ってしまっている。
「CDを焼くというのは、CDにデータを記録するということで、
実際に着火して燃やす訳じゃないぞ」
先輩はそういってニコッと笑って返した。
「お前ら、家に帰ったら何回もこのCDを聴けよ。
時間があまりないからな、無駄にはできない。
……さてと、次はいつ集まるかな?」
明日、明後日は匠先輩は用事があるため無理ということで、
次回の集合は明明後日になった。