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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
計算式の彼女
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第1話-3 計算式の彼女 傍観者

 一時間目の授業が終わり、俺は教室の窓際に立って、もくもくと上がる黒煙が風に乗ってこっちに流されてきているのを眺めていた。


 俺が通うのはどこにでもあるような平凡な高校だ。特に自慢できるような偏差値の高校ではないが、世間的に評判が悪い不良高校というわけでもない。

 

 代わり映えのない授業。休み時間になれば、ありふれた喧騒に満ちた校内が展開される。ちらりと辺りを見回せば、そこらでキャッキャと騒いでいる者、上靴の悲鳴を響かせながら廊下を走り回る者が見える。対照的に、読書にいそしむ者、携帯をいじっている者も結構いる。このように休み時間の使い方は人それぞれで、周囲の目を引くような奇行に走る人間は、俺が認知する限りにおいてはいない。


 俺か?


 俺は普段は机に伏して窓の外の景色をぼんやりと眺めながら、ただただ早く学校終わってくれと念じている。そんなヒマ人間だからこそ、こうやって遠くで起きている大惨事を傍観してるわけで。


 チカはずっと机にかじりついて宿題をしている。結局、一時間目の授業で回収するはずだった宿題は回収されず、担任は身軽な状態で教室を後にした。宿題のことをど忘れしてしまったのか、もしくは昨日の停電のことを察してわざとそうしたのかは分からない。だが事実、担任はそれを回収せずに教室を出て行ったもんだから、チカが安堵しないわけがなかった。




「海風か……」



 俺は特に意味もなく、独り言を呟いた。陸地と海では、太陽光が当たった時の温まりやすさが違う。一般的に、陸地は暖められやすく、海は暖められにくい。空気は、暖められると上昇気流を作る。そのため、暖められやすい陸地では上昇気流ができ、周りの空気を吸い込む。そうやって出来上がるのが海風だ。夏は特に日の光が強いため、その傾向が顕著に表れる。



「なんか焦げ臭いな……」



 ジョーが俺の隣に来て俺と同じく窓の外を眺めた。顔をしかめて遠くにある煙の発生源をじっと見つめながら、話しかけてきた。いや、焦げ臭いって、俺に言ったって仕方ねえだろ。



「なあコウ、これってもしかしたら石油かなんかが燃えてるんじゃねえか? なんかそれっぽい臭いがするしさ……」


「そうかもな……」


「そういや隣のクラス、次の授業体育だってさ。こんな石油臭い中体育って、かわいそうだな、なんか」


「じゃあお前も隣のクラスと一緒に体育するか? 苦しみを分かち合うというコンセプトで」


「それは……遠慮しとく」



 それからすぐに2時間目を知らせるチャイムが鳴り、先生が入ってきた。次の先生は板書してから消すまでの時間がえらく速い先生で、みんな必死で板書しているのだが、教室のクーラーから外の石油の臭いが教室の中に侵入し、それがまたどんどん臭いが濃くなっていくもんだからやってられん。先生も「焦げ臭い」と、顔をしかめている。途中、高校の前をサイレンと半鐘をせわしなく鳴らし、猛スピードで公道を駆け抜けていく消防車が窓から見えた。


 授業中、廊下が急に騒がしくなった。どうやら隣のクラスの体育の授業が中止になり、教室の鍵が開けられるのを待っているらしい。あまりにもうるさく、必死に板書をとっていた俺たちが一堂に嫌な顔をするのを先生が見るや否や、教室から廊下へ身を乗り出し、「授業中だから静かにしなさい」と注意。まあ、先生から怒られれば多少の効果はあるもんで、完全とまではいかないが、外の喧騒はずっとおとなしくなった。今回は俺たちが嫌な顔をしたが、立場が逆転したとしたら、俺のクラスが廊下で騒ぐ確率ははほぼ100%なので、どっちもお互い様といったところだろう。


 そんな二時間目の授業終了チャイムが鳴り、小休止の休み時間になった直後、校内放送がかかった。



≪休み時間中失礼します。現在、港区の石油精製工場火災に伴い、有害な物質が風に流されてきている可能性があるとの連絡が教育委員会よりありましたので、教室の窓を閉め、休み時間中はグラウンド、屋上には出ないよう、お願いします。繰り返します――≫



 ……やっぱ石油臭かったのはあの火災のせいか。さっきの体育の授業が中止になったのも、火災のせいと見ていいだろう。





「コウ、石油精製工場の火災だってさ」


「今聞いた」



 俺が机でボーっと窓の外を眺めてそんなことを考えていると、またジョーが現れた。

 チカの席を見やれば、数学の宿題をバリバリ解いている。運悪く担任が数学教師だからな、帰り際に「宿題提出しろ」なんて言われるかもしれねえ。まあ頑張れ。



「昨日、今日と何かと災難続きだな……」



 俺が遠くの火災現場を傍観しながらしんみり言うと同時に、そこからまた大きな火の手が上がった。それから数秒のタイムラグの後、ドーンという爆発音が響いて、また窓が震える。



 体育の授業が全面中止になる、昼休みの屋外退出禁止などのちょっとした事件はあったが、今日も一日比較的平凡に終わり、下校する時間になっても、火はまだ延々と燃え続けていた。


 明日の連絡をしに教室に戻ってきた担任は、「数学の宿題は評価に入れることにしたから、提出はまた後日連絡する」と、今回数学の宿題の提出を求めなかった理由を述べた。きちんと宿題をやってきた俺は提出が後回しになったのはいささか不満だった。

 というのは、何の理由があるにせよ、宿題をやってこなかった奴(チカとか、チカとか、チカとか)に猶予を与えるわけで、そもそも宿題をやる気のなかった生徒も、評価に入れると言われれば頑張るのは明確。せっかくやった奴とやらなかった奴の差が開いていたのに、その差を縮めることになるからだ。教師側の出来るだけ多くの生徒に高い評価をつけたい気持ちも分からなくはないが、やっぱ不満だ。


 下校はチカとジョー、それと俺の三人で、普段は授業が終わったら即帰宅なのだが、今日は俺たち三人揃って下校前に行かなければならない場所があった。

 「職員室」と書かれた白い小さな看板が吊り下がった扉の前で、俺たちは足を止めた。職員室の前には、俺たちと同じ目的で職員室に来たと思われる、十人程の生徒が既に並んでいる。



「……いちいち面倒くせえな、なんかもう並んでるし」



 俺は言った。

 俺の通うこの高校では全員が部活に入ることを強制されている。どこにでもある平凡高校の中でここだけがおかしなところである。部活推奨としておけば済むものを、なぜわざわざ強制にするのかについては、一応学校側の公式見解としては“それが、この学校の伝統だ”という説明が出ている。

 そこまで伝統にこだわる必要が果たしてあるのかと、俺はその説明に胡散臭さを感じずにはいられない。そもそも校舎は鉄筋コンクリートでできてるし、比較的新しい。規則が三日施行されたら伝統って言いだしそうだ、この学校は。

 で、その規則に則って俺も部活に加入している。何の部活かって?


 帰宅部。


 一般に部活しない奴を帰宅部などと呼ぶが、こちらでは学校公認の部活だ。定期テスト前は部活禁止で、帰宅部は帰宅できないという深刻、いや、命に関わる欠陥があるため、帰宅部部員はみな退部し、在校部という部活に入部する。こちらの部活の活動内容は、「帰宅しないこと」。


 部活が禁止されると在校部は帰宅しなければならない。帰宅部と在校部を入退部することで、結果、学校に残る必要がない。トンチ高校の異名はここからだ。

 

 前に、部活禁止になるごとに入退部するのがダルいと、テスト前に帰宅部を退部しなかった勇者がいたが、数日後、そいつは無計画にも初日の昼飯と、僅かばかりの現金(一説によると150円)しか用意してなかった為に、空腹から眠れず、風呂にも入れず、挙げ句の果てには干からびて倒れる始末。救急車に乗せられ、2時間ほど病院たらい回しドライブを楽しんだ後、病院で治療を受けたそうだ。


 救急車……もっと輸送を速くしないと急患が死ぬぞ。マジ。


 まあ、そいつは一命は取り留めたらしいが、それからはそんなエクストリームな挑戦をするやつはいなくなった。というか、学校としては生徒がそんな事件まで起こしておいても、この部活強制システムを廃止にするつもりはさらさらなく、この事件に関してはあくまでも退部届を出さなかった本人の責任とするということらしい。


 そりゃPTAからの反発もあったが、そんな反発も時間とともに風化して沈静化してしまい、今じゃこのシステムに異を唱えるのは、一部のプロ意識を持った奥様方と俺ぐらいなものだ。大半の生徒はこのシステムに大人しく従っている。

 別に強制だろうが任意だろうが、俺(私)にとっては関係ねえ、と言う人も結構いたりするので、今後この帰宅部と在校部のめんどくさいシステムに関しては変わることはないだろう。というか皆慣れちまったんだな。早い話。



 で、話を戻すと実のところ来週から期末テストが始まる。あの勇者の如く干からびないためにも、帰宅部退部をしなければならない。そういうわけで、俺は同じ帰宅部部員のチカ、ジョーと共に帰宅部退部手続きと在校部入部手続きをするため、職員室にやってきた。


 余談だが、帰宅部の顧問は、昨日のジョーとの会話に出てきたヅラ先生、略してヅラ先。あだ名はたった今俺が命名させていただいた。本名は安川(安川)知博(ともひろ)、見た目40代前半の隣のクラスの担任である。便宜上、在校部の顧問も兼任している。俺達のクラスの保健体育の受け持ちであるが、受け持ってる教科と部活が微妙にミステークな気がするのは俺だけじゃないはず。



「この様子じゃもうちょっと時間がかかりそうね……」



 チカはため息混じりに呟く。ジョーは呑気にあくびをし、身体を左右にねじって身体を伸ばしながら言う。



「ま、そう焦らずにゆっくり待とうじゃないか。時間がかかるにせよかからないにせよ、これが終わらないと俺達、家に帰れないんだしさ」


「あんたはそうのんびりしてても平気かもしれないけど、

 あたしは期末テストの勉強をやらなきゃいけないの! この間の中間テストの点悪かったし……」


「ふうん。何点だったん?」


「それは……秘密。あんたが今回の期末テストであたしに勝ったら教えてあげてもいいけど?」


「……あっそ」


 誰彼にテストで勝った負けたなど、俺にとっちゃどうでもいい。

 所詮テストなど個人戦、真の相手は自分自身である。

 それに、点数を秘密にするような奴が自らの点を開示する時ってのは、自らのほうが優秀だったときだけだと相場が決まってる。

 いちいち他人との優劣を気にして消耗する人生に挑む。その姿に心の中で敬礼。


 ドーンという爆発音が聞こえた。また工場が雄叫びを上げたのだ。チカは「まだ燃えてるの?」と廊下の窓から外を眺める。だがチカが眺めているのは工場とは逆方向で、タンクが見えるはずがない。確かに爆発音はかなりの重低音だから音源がどこかは見当つかないが。


 チカは真面目なんだろうが、俺には半分ネタでやってるようにしか見えない。違う方向の街並みを見てれば「何かおかしい」と普通は気がつくはずだが、チカは気がつく様子もないので一応言っておこうか。



「チカ、方向逆」


「えっ、何が反対って?」



気がついてない。やっぱコイツは方向オンチの気がありだな。



「突然だが、お前地図読めるか?」


「ち、地図ぐらい読めるわよ! 地理のテストだけはいつも悪くないし」


「へーえ、そうか」


「……何なの、コウ。あたしのこと馬鹿にしてる?」


「いや、今の行動見てると、なんかお前が方向オンチっぽく見えてな。

 得意不得意分野は人それぞれだし、別にお前がオンチだといって馬鹿にするつもりはない。

 それと、地理の点数と方向オンチはあまり関係ないと思うんだが、

 それに関してジョー、お前はどう思う?」


「えっ、そこで俺!? ――まー、そーだな、地図記号ならまだしも、確かに近郊農業とか工業地帯の特色とかが、

 地図読める読めないにかかってくるかと聞かれればNOだよな」


「……で、コウは一体何が言いたいの?」


「要は地図が読める読めないっつうのは俗に『空間認識能力』が関係してると言われてる。

 地理はその分野が必要になることはあまりないだろってことだ。

 先公が来るまでもう少し時間がかかりそうだし、テストでもやってみるか」



 俺は鞄から地理の授業で使う地図帳を取り出し、チカに渡した。チカはそれを受けとり、じっと俺を見る。



「……あたしに何させるつもり?」


「ごくごく簡単なテストだ。

 その地図帳から今俺達のいる地域の拡大地図を探して現在地を見つけ、

 地図の北を実際の北と合わせる。それだけだ。

 これが出来れば地図片手にどこかへ出掛けるときに迷うことはないだろ?」


「まあそうだけど――」



 チカは地図帳をパラパラとめくって該当ページを探し出すと、北の方角はどっちなのかが分からず、地図帳を540°回転させてみたり、自分自身がくるくる回ってみたりと、奇異な行動をしだす。そしてしまいには「こんなの、コンパスもないのに分かる訳無いじゃない!」と言い出す。



「いや、出来るって。でなきゃ地図の意味ねえだろ? ……んじゃ、ヒント。今は何時何分?」



 ・・・?(ポク、ポク、ポク、チーン)――という木魚と(りん)の効果音が聞こえてきそうなぐらいに目が点になってヒントの意味がわからずに立ち尽くしてるチカ。一方、ジョーはヒントの意味が分かったらしく、なるほど、そいいうことか、と手を叩く。



「……それが、地図と何の関係があるの?」


「あ゛ー……だから今日は晴れてるだろ?

 太陽は東から昇って西に沈む。正午頃になると太陽はどこにある?

 日本の標準時は東経135°の地点で、太陽が真南に来るときが12時と決められてると習ったはずだ。

 日没の時刻を午後7時とでも仮定して時間で割っていけば、

 今現在太陽が大体どの方角にあるのか出てくるだろ?」


「なーるほど! コウ、あんたって見た目によらず頭いいのね!」


「……一言多い」


「えっと、現在時刻は午後四時十分を回ったところだから、太陽は南西あたり。

 地図は大体北が上だから――こう?」


「正解、だな。

 今回は太陽の方角が分かっていて、住み慣れた街だから現在位置も容易に見つかったが、

 見慣れない場所で現在地を掴むには、

 地図上の異なる場所にある三つ以上の目印になりそうなものを、実際に自分の目で見つけることだ。

 それが出来りゃ、自分の位置が特定できる。

 これはどっかの人の話の請け負いだが、GPSの位置の特定方法も基本的には同じ理屈らしい」


「そんな使い方があるなんて、あたし、地図に対する見方が360°変わったかも」


「一周して元に戻っただと!?」



 俺がそこまで話した時、隣のクラスの終礼を終えた例のヅラ先こと安川先生がタイミング良く現れた。細身ながらも体育教師らしい、ジャージに見た目に安定さのある体つきはなかなかのものである。やや不自然さが残る髪型は気にしてないようで、6時間目の体育の授業の名残なのか、額から垂れる汗を深緑のチェック柄のハンカチで拭き取りながらこちらに向かって歩いてくる。

 職員室の前には既に4、50人ほどの帰宅部部員が廊下を占拠しかけていた。こうやって見ると、帰宅部部員は男子の割合が結構多いんだな。女子は友人間のしがらみ的な何かが作用していて、友人と一緒にバドミントン部とかテニス部、バレー部、吹奏楽部とかに入ることが多いようだ。



「えっと、ここにいるのは帰宅部?」



 先生の質問に対して数人の生徒が「はい」と回答する。ここで待ってて、と先生は言い残し、部活カードを取りに職員室へと入って行った。


 部活カードとは、生徒一人に最低一枚はあるもので、カードにはその生徒の入退部記録が記録される。

いくら入退部が頻繁にある帰宅部(在校部)といえど、三年間在籍していても通常はカード一枚で済むのだが、この学校は部活のくら替えには寛容なせいもあってか、「全部活に入退部する」という天然記念物がごく稀にいて、そういう奴は大低カードを複数枚持っている。実際に俺の高一のクラスメイトにいたからそれは確かだ。

 そいつらにとってそれはただのスタンプラリー的なノリでしかないのだろうが、教師側からすればその事務処理分だけ無駄な仕事を増やされているわけで、当然いい顔はしない。しかし、部活の選択は個人の自由である以上、それを咎めることが出来ないのが教師として苦しいところだ。


 もっとも、その辺についてはそのクラブ一筋の先輩から、ざけんじゃねえよ、と校舎裏とかに呼出し食らって鉄拳制裁が下り、ほとんどがそこで挫折するらしいが。

ある意味そんな逆風にも負けず、入退部スタンプラリーを完成させた奴がいるのなら、俺はその勇気を讃えて100円ぐらいやってもいいと思う。


職員室前でしばらく待つこと5分、安川先生が部活カードの束を片手に戻ってきた。



「長々と、待たせて悪いね。じゃあ今からカードを返すぞ。クラスごとに呼ぶから、自分のクラスが呼ばれたら受け取りに来るように。受けとったら、必要事項を記入すること。カードは後で回収する。分からない点がある者は俺に言ってくれ。えっと、まず?-A、取りに来い」



 それからは特に言うこともなく退部と入部処理を終えての下校、ということになった。それぞれの家路に分かれるまで、特にこれといって特筆するほどの他愛もない話――テストでどこら辺が出そうとか、ヤマかけるならどの辺がいいかとか、そんなことを語りながら。


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