第2話-18 ハウス・クリーニング 招かれざる客
「おい、コウ!帰ろうぜ!」
翌日。
学校の授業が終わり、俺待望の帰宅の時間がやってきた。
別に学校が嫌いなわけではないが、
やはりどうしても帰宅の時間になると解放された気分になるもんだ。
「おう!」
ジョーに誘われた俺は、鞄をしっかりと持ち直して、先に教室を出たジョーの後を追う。
俺がジョーに追いつくと、ジョーは既に零雨と麗香と並んでいる。
階段を下り、上靴を下駄箱にしまい、校門を抜け……
俺達はごく普通の会話をしながら歩いていく。
「コラ――ッ!あたしを置いていくなっ!」
昨日、ガラッとイメチェンしたチカが後ろから高速で迫る。
「うお、なんか来た!」
ジョーがオーバーリアクションをとると、
チカはあたしにはちゃんと木下千賀っていう名前がある、とジョーの頭を鞄でバシッと叩く。
だんだんと日常と化しつつある俺、チカ、ジョー+零雨+麗香の5人揃っての下校。
帰宅部っていいもんだ。
大会に出場するからと休日を返上することも、遅くまで残って練習することもなく、のんびりとした時間を過ごせる。
自分の好きなことが出来る部活と出会えたなら、どれだけ苦しくてもやっていけるだろうが、
残念ながら巡り会えなかった者にとっては、部活に入ってもただの苦痛な時間を味わうだけである。
そういう意味では、《帰宅部》はフレキシブルな最強の部活であると俺は信じている。
つまり放課後とは、ある人にとっては、同じ趣味を持つ仲間との親睦を深める時間であり、
ある人にとっては、将来の自分を変える時間であり、
ある人にとっては、ただの苦痛な時間であり、
またある人にとっては―――まあ俺達のことであるが、のんびりと過ごす時間でもある。
「ところでさ、コウ。
あんた本気で一食100円台の生活を2週間も続ける気?」
「仕方ねえだろ、消えた銭は帰ってこねえんだからよ」
「……コウ、あんた今日暇ヒマ?」
「いや、帰ってからやらにゃならんことがある」
言い忘れていたが、
昨日、ひったくりからバッグを取り戻した俺達は、
真っすぐ俺の家に戻り、零雨と麗香は家に他のバッグを預けて帰っていった。
もちろん麗香が電話した際に持ち主から保管の許諾をもらっている。
やらなくてはいけないこと、それは家にあるバッグをすべて元の持ち主に送ること。
もちろん宅配便の送料着払いで、だ。
電話した中で一人だけ、俺達が加害者だろう、と勝手に決め付けてきた妄想ババアがいたが、麗香が苦心しながらも納得させてくれた。
俺としては不愉快な話である。
ま、そいつのバッグは送料着払いのクール便、速達で送ってやるつもりだ。
冷んやりしたバッグを受け取るがいい。
被害者の住所は昨日のうちに麗香が電話で聞き出しておいたから、あとは宛先を書いて業者に宜しくするのみ。
間違えて送らないかが少し不安だ。
このひったくりから取り返すまでの一連のことは、
例え友達だろうが家族であろうが、一切口外禁止の事項だということは当然のことである。
「ふ〜ん……そう」
ぷいと突然そっぽを向いたチカは、ジョーをジロジロ見ながら、
「ねえジョー、面白い動画あるんだけど、見る?」
と聞き、携帯電話をちらつかせる。
まさかだとは思うが、いやまさかしか想像できない。
ジョーの罰ゲーム盗撮映像、チカが見せるとしたらこれしかない。
「おおっ、お前がそんなことを言うなんて、よっぽど面白い動画だったんだな?」
ジョーは盗撮されていた事実をまだ知らない。
「まあ、結構面白かったよ」
チカは下心のある笑いを浮かべながら携帯電話を操作。
「ほら、これ」
「・・・。」
言葉にできないジョー。
「エヘヘ、どう?」
「おい、こりゃないぜ!
俺の珍映像流出なんてされたらたまったんねえな!
流すんじゃねえぞ、間違ってもネットに流すんじゃねえぞ!」
流してほしいのかほしくないのか、ジョーはそんな言い方をする。
俺なら躊躇なく流すね。目に黒帯入れてな。
「ネットには流さないわよ。
……友達には送ろうと思うけど」
「お前、そんなことしたら俺、電車に轢かれに行くからな!」
「あたしだってそんなに鬼じゃないから、送る友達は限定するわよ。
例えば、あたしの女友達全員とか」
「お前のメルアドリストのほぼ全員じゃねえかよ!」
ジョーとチカが漫談とはいえない、珍妙な会話をしている間、
麗香はしきりに後ろを気にしていた。
「どうかしたのか?」
チカとジョーの会話を邪魔しないよう、こっそり聞く。
「……ううん、何でもない」
俺が後ろを振り返ってみても、いつもと変わらない風景があるのみで、
変わったことなんてこれっぽっちもなかった……と、その時は思っていた。
「……チカ、後で消しておけよ」
突然ジョーが、妙に冷静になって言ったもんだから、チカは「え?」と思わず声を上げた。
「だから消しとけって。
そんな映像を送ったら、俺だけじゃなしにお前もイメージダウンすると思うんだ」
「どうして?」
「俺に変なことをさせている変態チカがまる分かりだぜ?」
携帯電話片手に両手で口を隠して焦るチカ。
「あ〜!あたし何考えてたんだろ!
あたしってば調子に乗って……」
「消しておけよ」
チカは激しい勢いでそりゃ、もう消しておくと言った。
「じゃあ悪いが、俺は用事があるからこっから近道させてもらうぜ」
俺は途中みんなにそう告げ、一人マンションまで帰宅することにした。
「じゃあね!」「バイバイ!」「また明日な!」
零雨以外からのあいさつをもらい、一人ショートカットで自宅マンションへ。
それにしても今日も暑い。
元気な西日が俺を加熱する。
マンションに着くと、目の前に高級車が停まっている。
こんなマンションの前に、迷惑な奴だな……
エレベーターに乗り込んで自宅のある階を押す。
ゆっくり上昇するエレベーター。
俺の他には誰も乗っていない。
さっさとバッグ送らねえとな……めんどくせえ
エレベーターのドアが開き、外に出た瞬間、目の前に厳ついオッサンが登場。
「ちょっとお兄ちゃん来てくれるか」
そのドスのきいた一言でひょっこり現れた3人のこれまた厳ついオッサン。
その腕には入れ墨が入っている。
最近ちまたで話題のこちらに進出してきた筋の入った人である確率は高めだ。
見た目からしてかなり危険。
「なっ!?」
両脇をしっかり確保され、俺は鞄を持ったままエレベーターに連れ戻される。
1階に下ろされ、マンション前の高級車の後部席中央に押し込まれた。
俺の両隣には厳ついオッサンが座り、俺が出られないようになっている。
これって、誘拐じゃね?
いや、断定できる。これは誘拐だ。
任意同行という名の誘拐!
「悪いのう、兄ちゃん」
最初に現れたオッサンはそう言って運転席に座り、エンジンをかける。
高級車に乗せてくれるのはうれしいことなんだが、もっとマシなシチュエーションで乗りたかった。
動き出したクルマの中で、運転手のオッサンは煙草に火をつけた。
「兄ちゃんをうちの頭が呼んどる。
何や、話によると兄ちゃんの友達が頭の息子をようけ可愛がってやったそうやな」
かわいがってやったっつーことは……まさか昨日のあの中にこいつらと通じる奴が!?
「その顔、心当たりがあるみたいやのう……」
運転手は口から煙を吐く。
「フッ、まあ気楽にいこうやないかい」
気楽にって言われても無理!
迫力が!
右に左にクルマは曲がっていく。
すると、前方にチカとジョーの歩く姿が見えた。
「同じ制服の奴がおるということは、兄ちゃんはこの近所の高校か?」
「…………(無視)」
無視しか出来ねえな、この状況じゃ。
まさかワンランク上の敵が待ち伏せしてるとは思いもしなかった。
「……兄ちゃんも喧嘩は強いんか?」
「喧嘩とか有り得ないっす!」
思わず口から出た俺の言葉に、運転手のオッサンの眉が動く。
「ほな、お前、カタギか?」
「カタ……ギ?」
カタギって何?
今さっき俺が発した一言で、急に話しやすくなった俺は、
相手の様子を伺いながら、返事をしていくことにする。
「簡単に言えば《普通の人間》ってことや」
完璧なまでのハト派の俺がカタギでないわけがない。
だが、昨日の行動はグレーゾーンだな。
「変な話に聞こえるかもしれませんが……暴力は性に合わないんで……」
クルマは港区に入り、建物も高いものが目立ってきた。
「フン、わしの前で嘘ついてもかまわんが、くれぐれも頭には嘘は禁物や」
嘘じゃねーよ、人生で一度も拳を交えずに高校生になる奴は男ではほとんどいないと思うが。
「頭って、……組頭っすか?」
「そや、東播会の組頭、久方龍男や」
服装、言い方、その他諸々から分かってはいたが、やはりこのオッサンらはみな極道……
運転手のオッサンの携帯電話が鳴る。
普通の着信音だ。
運転中にも関わらず、オッサンは電話に出る。
「へい……捕らえました……はい、場所変更……」
俺はこの間、オッサンの携帯電話の着信音が
かわいいアイドルの着ボイスだったらウケるだろうなとか、
どんなメールしてんのかとか、いろいろ想像していた。
「……へい、了解です」