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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
ハウス・クリーニング
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第2話-14 ハウス・クリーニング 神と人間の違い

「頭蓋骨、脳、異常なし

 脊髄、異常なし

 肋骨、異常なし

 胸骨、異常なし……」



「どこが悪いのか俺が一番分かってるから、いちいち口に出すな」


俺の損傷している部分は、

ひねくれた思考回路を持つ頭と、この勝手に人の悪口を言う舌だ。

自覚はあるが、直しはしない。


俺の簡易身体検査を完了させた麗香は最後にやさしく、ケガはなかったよ、という。

普通、それはこっちのセリフだ。



「さてと、これどうすっかな〜」

なかなか離さない麗香の腕からちょっと強引に脱出した俺は、本棚とその下の床に目をやる。

散乱した数百冊以上の本、直すの面倒だ。

ここはいつもキレイにしてあったから、掃除の対象外だったのだ。

もし掃除していたら、コイツの整理で日が暮れただろう。


「私が戻すね」


麗香は一歩前に出ると、そのまま直立の姿勢を保つ。


本が一冊、宙に浮いた。

ここでポルターガイスト現象だと普通の人間なら騒ぎ立てるのであろうが、俺は動じない。


気がつけば、すべての本が宙に浮き、揃って静かに本棚に帰投開始。


10秒程で、全部片付いた。

さすが、世界の管理人(ステージ・ゼロ)


麗香は俺の目を見ていう。


「コウくん、ごめんね、思わず手が出ちゃった……」


「お前が『思わず』か?」


「私達はね、見かけは一つの総合型のプログラムなんだけど、

 中身は複数のプログラムの集合体。

 感情プログラムの《コウくんを私から離すべき》という結論の方が、

 感情を制御するプログラムの《協力者を攻撃してはいけない》という

 命令よりずっと早く出ちゃって、突き飛ばしちゃった」


人間で言うところの感情と理性の関係に一番近いな。

そこまで似せてあるのか……

ていうかその前に、


「それって完全にお前の構造上の欠陥だよな?」


「欠陥……つまり持ってない

 ということは、私が探していたものの一つは、

 感情系のプログラムを制御するプログラム……?」



「ああ、そうかもな。

 でも、そこは完璧に直さなくてもいいと俺は思うね」


「え……何で?」

意外そうな麗香。


「そりゃ、お前なら直せば神のような人格者にでもなれるだろう。

 だがな、人間にゃどこか必ず抜けてるところがあるってもんだ。

 そういうところがあるから、人間っぽく見えるわけさ」


「うふふふ……」


麗香が笑いをこらえている。


「ねえコウくん、言ってること矛盾してるよ」


「は?どこが?」


「《神》って、この世の創造主だったり、この世界を司る何かだったりする訳でしょ?

 その仕事をしているのが《私と零雨ちゃん》。

 神って、私達のことを指し示す言葉じゃない?」



「指摘されればそれもそうだが、

 じゃあお前が《神》だって世間にバレたらどうなる?

 それこそ世界が変わっちまう。

 目的の何やらよく分からんデータ回収とやらができるどころの話じゃなくなってくる」


「…………」


麗香は黙り込む。


「だからといって、その欠陥を放置しとけとは言わん。

 今みたく吹っ飛ばされるような事があっては、俺の残機がいくらあったって足りん。

 ましてや今の怪力の矛先がジョーやチカだったら、一発で人間でないとバレる。

 昼の零雨だってそうだ。

 ショッピングカートで6メートルも俺をぶっ飛ばしゃあ、な?

 だが完全にその穴を埋めてしまうのもおすすめしないね」


「さじ加減、難しいわね……」


「俺オススメの改善案は、その怪力の制御だな。

 怪力を使う必要があるとき以外はリミッターでも掛けておけば、まずバレないだろ」


「私にはもうリミッターがかかってるんだけど……」


「今のお前で?」


麗香はコクリ。



「今は5段階中のLevel2。

 1はシステム障害の時のみの非常用だから、2が標準」


標準にしては解放しすぎだ。

何を基準にした標準かと問いたい。



「ならLevel1.5あたりでも新しく作って、

 パソコンで一般人の常識的な身体能力でも調べてそのあたりにセットしときゃいいだろ」


「うん、ありがとう。

 更新は明日の午前0時にするね」


俺は壁の時計を見る。

もう6時半だ。


俺も麗香も隣の部屋の零雨も、一人暮らしだから、遅くまでいても問題はない。




「ところで麗香、話は戻るが、

 俺のパソコンと、世界を動かすコンピュータ群の性能、

 どれぐらい差があるもんなんだ?」


麗香はまたもやギクリ。


「お前さんが何を隠そうとしてるのかは知んねえけどよ、

 ただ、俺はどれぐらいの差があるのか聞きたい。

 無理なら答えなくてもいい。

 また吹っ飛ばされるぐらいなら、聞かないほうがよっぽどマシだからな」


「本当に、それだけだったの…………?」


「それだけだ」

俺は頷く。


「本当に、本当にそれだけ?

 理由も……」


「ただ何となく思っただけだ。

 特に理由はない」


俺が言いきると、麗香は腕を組んだ。


「う〜ん、そうね……

 コンピュータ群の処理能力を、今まで地球に生まれてきた知能のある生物全ての処理能力と、

 人間が今まで作り出した頭脳回路、

 つまりスーパーコンピュータからアイロンまでの処理能力の全てを合計したものとすると、

 コウくんのパソコンは、指で物を数えるときに使う骨を構成する、

 ある一つの破骨細胞の中のミトコンドリアね」



「……意味が分からん」


俺のパソコンはなぜか既に計算機でなくなってるし。

ついでに聞いておこう。


「それじゃあ、俺は?」


「コウ……くんの処理能力と比べるの?」


「どれぐらいになる?」


「え~、ちょっと難しい……

 えっと、コンピュータ群の処理能力を、今まで地球に生まれてきた知能のある生物全ての処理能力と、

 人間が今まで作り出した頭脳回路、

 つまりスーパーコンピュータからアイロンまでの処理能力の全てを合計して、

 さらにそれを一万倍したものとすると、

 コウくんは、指で物を数えるときに使う骨を構成する、

 ある一つの破骨細胞の中のミトコンドリアの中にあるタンパク質を構成する、

 とある元素の一電子の体積の8分の3倍分の体積を持つことが出来る『空間』かな?」


「………よくスラスラ言えたな」


結局比較すると、俺は物体ではなくなり、物体を構成する粒子の存在を確保する空間になった。


へこむぜ、俺。


「コンピュータはコンピュータでも、

 コウくんのと、コンピュータ群とでは、構造が全く違うのよ。

 世界を動かしているのは、一つが数百兆qubitの量子コンピュータの無数の集まり。

 コウくんのパソコンは、ノイマン型コンピュータ。

 だから落ち込むことはないわ」


「量子コンピュータとかノイマン型とか知らねえ……」


麗香は少し困惑した顔を見せたが、

すぐに元の表情に。


「コンピュータがどうとか、分からないなら忘れちゃってもいいよ。

 じゃあ、ちょっとパソコンの続きをやるね」

麗香はまた、パソコンの前のイスに座った。


お言葉に甘えて忘れることにしよう。

学校のテストにも関係なさそうだしな。


しかし引っかかる。

俺の能力と俺のパソコンの能力の差を比較してみよう。

俺のパソコンを破骨細胞のミトコンドリア並とすると、

俺は電子一つの体積の8万分の3(=8分の3÷1万)に相当する空間なんだろ?


体積比的に割が合わないような気がするのだが。




暫く画面を操作していた麗香だったが、ふと電源を落とした。


「あれ、もう使わないのか?」


麗香は首を振って答えた。

「ちょっと改造するさせて」と。


麗香がそう言ったのと同時に、旧修羅場ルームのドアが開き、

右手にはドライバー、摂氏数百度のホッカホカのハンダごて、

左手には何やら怪しい漆黒の電子基板と針金を抱えて、久しぶりに零雨登場。


俺のPC分解する気満々だな……


エアコンの次はパソコン、最終的に俺の醗酵しかけの脳味噌まで改造するんじゃ?

俺の脳味噌には何が入ってるかって?


今は大根と味噌だ。今糠漬けに挑戦してる。

うまくいけば在庫僅少の白米のお供にするつもりで……



「絶対に壊さないから!」

冗談はさておき、麗香は俺に強く言った。


「そこまでいうなら……」

パソコンは賃貸に付属していたのではなく、完全に俺のものだ。

その点に関しては問題ない。

渋々了解した俺だが、破壊されてしまうのではないかという不安は隠せない。


作業担当の零雨は、麗香から説明を受けるとまず、本体の箱を開けた。

見ていてドキドキの作業だ。言っておくが、決してワクワクはしていない。


零雨は慣れた手つきで針金を切断し、電気回路にハンダごてで溶接していく。


初めはきれいな平面だった回路(マザーボードっていうらしい)が、どんどんハリネズミ化され、

最終的に生け花に使う剣山の状態にトランスフォーム。


「俺に触わるとケガするぜ!」とでも言いそうな、

物理的にえらく攻撃的なフォルムに生まれ変わったマザーボードに、

例の謎の真っ黒な電子基板が針金を介して接続される。

ハンダごての先端から白い煙が線香のように上がる。


改造したはいいが、ちゃんと元の箱に入るのか?

そんな心配は無用、零雨はあっという間に元通りに直して終わり。


「パソコンにソフトを1つ、新しいのを追加したんだけど、絶対に消さないでね」


麗香は俺に絶対を強調して命じる。


「どうせネットしか使わないから安心しろ」


零雨は麗香から《破骨細胞のミトコンドリア並》とけなされた俺のパソコンの電源を入れた。


闇鍋ならぬ、闇改造された俺のPCは、普段と変わらない起動画面を見せる。


2分程で、背景画像未設定の青のデスクトップ画面とわずかなアイコンが現れ、起動は無事完了。


「動作に問題ないみたいね」


麗香はパソコンから少し離れたところから言い、

麗香のバッグから例の植木鉢と腐葉土、謎の種を再び持ち出した。


零雨はせっかく起動したパソコンを終了させる。

なんだ、使わねえのかよ。



「ねえコウくん、好きな色は何色?」


「ん?悪りい、もう一回言ってくれ」


俺はちょうど明日からの買い物に行かないとやばいな、と考えていたところで、

麗香の言葉を聞きそびれてしまった。


「『好きな色は何色?』って」


「青」


青ね、と言った麗香は、俺に例の謎の種を見せる。



「コウくん、本当はこれ、植物の種じゃないのよ。

 これね、私達の仕事がどれだけ終えたかを示す植物型のプログラムなの」


「どうやって示すんだ、それを」


「植物ってさ、種→発芽→成長→蕾→花→種っていうのが1サイクルだよね?

 それになぞらえて、示してくれるの。

 種はできないから、最後は花で終わるけど。

 今コウくんに聞いたのは、咲くときの花を何色にするか決めるためなの。

 3つ種を撒くけど、コウくんの青の花が一つ、

 零雨ちゃんの選んだ色の花が一つ、そして私の決めた花が一つ咲くのよ」


「そりゃ、当然世話いらずだな」


敢えて言うならコイツら二人(零雨&麗香)の世話をすればいいだけだ。

楽勝楽勝!


「麗香、もし俺が緑色が好きって言ったら、緑色の花が咲くのか?」


くだらん質問だが、聞いてみる。


「んふふ、うーんまあ、できない事もないけど……地味というか、なんていうか……」

苦笑いを浮かべた麗香は言葉を濁す。

つまり、俺が緑色を指定すれば、

茎や葉が緑色で、花まで緑色という迷彩植物(ステルスプラント)の一丁上がりだ。

そんなどーでもよいことに、この貴重な種のようなものを使う気はさらさらないが。



麗香はサッシを開けて、ベランダに出た。

俺は一つの植木鉢と、腐葉土が入っている袋、《種のようで種でない何か×3》を持ってベランダに出る。


紅い夕陽が俺の目の中に直接入り込み、思わず目を細める。



「どの辺りに置いた方がいいかな〜」


麗香はちょっとワクワクしているようすで、ベランダをウロウロ。

俺の目には麗香はただの何の変哲もない、愛くるしさがちょっとばかり過積載の女子高生にしか見えず、

コイツが40以上の世界を見守るプログラムだとは、

俺がコイツに吹っ飛ばされたにも関わらず、信じがたい。


部屋に残って床に正座し、何をするでもなくただじっと蝋人形の如く待機している零雨の方が、よっぽど現実味がある。


「やっぱりここしかないかなぁ……」


ウロウロしたが結局、サッシのすぐとなりに置くことに決めたようだ。

俺も異論なし。


直径20センチほどの小さな植木鉢に土を投入、種を3つ三角状に埋めて完成。


「でーきたっ!」


麗香は育ってほしいけど、育ってほしくないな〜と呟く。

まあ、零雨も麗香も、仕事が終わればこの世界から消えてしまう、期間限定の存在だ。

今日、一緒にトランプでエキサイトしていたチカとジョーは、

いずれ二人が消えてしまう事実を知る術なぞ当然なく、

ともすれば一生ものの友人が新しくできたとでも思っているのだろう。



まだついこの間初めて会ったばかりだというのに、別れることを考えてしまう俺。


植木鉢を優しく撫でながら、かすかに微笑む麗香の顔を見、それから外の景色を見た。



夕方だというのに蒸し暑さの勢いは衰えず、

近くにある、今年初めてお目にかかる入道雲が、朱に染まっている。


俺は汗を拭ったが、やはり麗香は汗をかいていない。



「そういやさ、」


俺は聞きたいことがあったことを思い出し、ここで聞いてみる事にした。


「ずっと気になっていたんだが、何でお前ら汗かかないんだ?」


「……いつから気付いてたの?」


「今朝、お前らがチカとジョーと一緒に来た時から」


「いや、だってほら、汗くさい人とあまり一緒にいたくないでしょ?

 人に嫌われたら、特にコウくんに嫌われたら私達が困るもん」


通常の精神を持つ人間なら、とっくの昔にお前らのこと嫌ってるだろうよ。

勝手にエアコン分解しだしたり、ショッピングカートでいきなり人間野球を始めたり、

店内を高速移動して置き去りにしたり、左手でどすこいと張り手されてぶっ飛んで圧死しかけたり、パソコンを闇改造したりと、

一般的な精神の耐久値をぶっちぎりで突破するところを、俺が耐えているのは、

俺の真の堪忍袋が、強靭なカーボンなんたら繊維でできてるという理由と、

お前らの事情を知っている事を差し引いて考えてるからで、世界中、どこを探したって俺のような奴はいないさ。


「それともう一つ。

 お前ら、私服はないのか?」


「……持ってない。

 最低限必要なこれだけしか……」


麗香は今着ている自分の制服を引っ張る。


そりゃまずいな……

これから夏休みだっていうのに、制服で過ごしましたっていうのはないだろう。


俺はこの後、買い物に昼行ったスーパーに行かねばならん。

買い物に連れてって、俺が食料を買ってる間に

コイツらに私服のウィンドウショッピングでもさせるか。

そんで後日、自分らで買いに行けばいい。


俺がその旨を話すと、麗香は喜んでついて来ると言った。


「……行く」

零雨も行くようだ。




本日2回目の買い物、俺達はそれからすぐに出発した。

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