第2話-11 ハウス・クリーニング 修羅場
「いいか、柄は違っててもいいから、同じ文字のカードが2枚揃ったら捨てるんだ。
このジョーカーっていうカードは1枚しかない。
このカードにはペアのもう一枚がないから捨てられない。
つまり最終的にはこれだけが残る。
これを最後まで持ってた人が負けだ」
現在、ジョーが二人にババヌキの遊び方をレクチャー中。
ジョーの説明はかなり親切で、サルはもちろん、
その阿保さ故に乱獲され、絶滅危惧種に指定されているアホウドリでも理解し、
すぐにでも遊び出すだだろう。
俺とチカはそんな牧歌的な空気を漂わす三人の様子をじっと観察中。
正直言って暇だ。
「……と、まあ説明するとしたらこれぐらいだな。
もし何か言い忘れていることがあったら、俺が思いだしたときに説明するよ」
「つまり、そのジョーカーを最後まで持ってなければいいのね?」
麗香は確認する。
「その通り!
それじゃあ、俺とお前ら(零雨と麗香)で一回練習してみよう
コブラ男とワカメババアを待たせるのは悪いから、
カードの枚数は半分に減らすから」
コブラ男?ああ、俺が口から毒を吐いてるから……ってやかましいわ!
と、突っ込んではいるがこれぐらいは俺の許容範囲内、まだまだグリーンゾーン。
「なるほど、私の髪がクルクルでワカメっぽいから、ワカメババア……」
問題なのは、チカの《ワカメババア》だ。
「あんた、私のコンプレックスをネタにするなんて、いい度胸してるじゃない。
……ちょっとこっち来な!!」
そう。俺が心配していたのはまさしくこれだ。
そして予想通り告げられる、チカ様からのありがたいありがたい私刑遂行のお言葉。
チカは最後の言葉を声を張り上げて言うと(近所迷惑になるからもっと控えろってんだ)、
零雨と麗香の方を向いて、「ちょっと待っててね」とニコリ。
トランプを持ったままのジョーのストレートな髪をわしづかみにして、
リビングの隣の広い部屋に引きずり込む。
ジョーが髪を引っ張られ、痛いと連呼するも、執行人の耳には届かない。
いや、受信拒否しているという方が正しいか。
そうだ、内なる俺に聞いておこう。
今日のジョーの安全祈願のための御百度参りはもう行ったよな?
え?まだ行ってない?
それは残念だ。
俺が部屋を覗くと、チカがジョーの胸倉を掴んで、処刑に取り掛かろうとしているところだった。
「おい、チカ!」
「あんたみたいに人の気持ちが分からないような奴には……コウ、どうしたの?」
ジョーは俺が止めに来たとでも思っているらしい。
安堵の表情を見せる。
「やるときは俺の家のもん壊すなよ。
あと、マンションだから結構近所に響く。騒音にも気をつけてくれ」
「オッケー♪」
チカは胸倉を掴んだまま右手でオッケーサイン。
「え?あ、おい、ちょ、コウ!止めに来たんじゃねえのか!?」
俺は言うべきことは言わせてもらったから、この部屋にはもう用はない。
ここに俺がいたら邪魔だろうから、部屋から出ることにする。
部屋を出て、ドアを閉める時、俺はジョーとチカに目を向ける。
チカは俺が出ていくのをじっと、ジョーは切実な目で見つめていた。
「では、ごゆっくり」
微笑んでゆっくりとドアを閉める俺。
やっぱり俺って性格悪い?
まあ、私刑といったって、死ぬわけじゃないから、大丈夫、問題ない。
その後、部屋から聞こえてきたのは、壮絶な修羅場ボイス。
チカは喧嘩とか強いからな〜、
確かチカは末っ子で、上にそう歳の離れていない兄が二人いると前に本人から聞いた。
その兄達と共存していくには、喧嘩のような、実力行使のスキルが不可欠だったんだろう。
だからといって、高校生にもなって、何の躊躇もなく
人をサンドバッグ代わりにするのは大人げない。
そうは思っていても、俺は俺、チカはチカだ。
まあチカが制裁を下すときは、大低相手が悪いことが多いし、
闇雲に人を殴る訳じゃないから大目に見れる。
「コウくん、チカちゃんっていっつもあんな感じなの?」
トランプ講座が中断され、何もすることがなくなった麗香。
「アイツは髪質のこと、かなり気にしてるからな」
「へえ〜」
「俺も前に、悩んでるチカに、お前みたいな髪質にするために金出すやつだっているんだから、
贅沢な悩みだな、って言ったことがあるんだが、
見事にぶん殴られた。
今のジョーみたくあからさまにじゃないから、蹴り3発とアッパー2発で済んだがな」
「チカちゃん……」
「おそらく家で真っすぐにするためにいろんな方法試してるんじゃねえかな。
どんな方法にせよ、元が遺伝的な問題だから対症療法的なことしかできないが」
隣の部屋からの修羅場ミュージックが激しくなってきた。
チカの罵声やらジョーの謝る声(ヴォーカル相当)やら、
ドスンという物体の落下音(ベース相当)やら、
ビンタの音(その他楽器相当)やら……
今となっては、朝やってたチャンネル戦争がかわいく思える。
つーか、騒音に気をつけろって言ったばっかじゃねえかよ。
********10分後*********
ドアが開いた。
「次言ったら、今日の256倍だと覚悟しておきなさい!」
そこからまずチカが出てきた。
しかしなぜ256倍?
多分気にしたら負けだ。
(=俺は敗者)
「はぁ〜せいせいした」
チカは乱れたワカm……この上なく美しい髪を手ぐしで直す。
次に、腹を抱え、背を丸めたままのジョーが部屋から出てきた。
顔にビンタの跡はあるものの、アザや内出血は見当たらない。
チカの優しさが垣間見える。
「コウ、お前ひどいな……」
ジョーは俺を睨み付ける。
オレナニモヤッテマセンケド?
「何が?」
「俺がこうなるのを分かってて……」
「因果応報だろ。普通に」
俺が言うと、ジョーは黙った。
「チカちゃん、ちょっと来て」
麗香がニコニコしながらチカに手招きをしている。
「何?」
「夢、ちょっとだけ叶えてあげる。
コウくん、ちょっと部屋借りるね」
麗香は旧修羅場ルームにチカを連れ込み、開けないでねと一言、ドアを閉めた。
開けないでって、中で機織りでもやるのか?
「え?何?何?」
ドアからそんなチカの声が聞こえる。
「ジョー、今のうちに3人だけでババヌキしとこうぜ」
「ああ」
ジョーはカードを配る。
俺の手元には、17枚のカードが配られた。
ジョーカーは見当たらない。
ということは、ジョーか零雨のどっちかが持ってるわけだな。
配られたカードの中で、既に同じ数字が揃っているカードを場に捨てる。
その結果、俺は9枚残り、ジョーは10枚、零雨は12枚残った。
うまくいけば一抜け出来そうだ。
「じゃ、俺は最後でいいから、お前らどっちが先にカードを引くか決めてくれ」
俺は少し余裕をかまして言った。
その結果、ジョーは俺から、俺は零雨から、零雨はジョーからカードを引くことになった。
つまり、ジョーが最初に俺のカードを引き、次に零雨、最後に俺だ。
ジョーは俺からカードを一枚取ろうとするが、どれにするか迷っているようだ。
ちょっとここでジョーの心理解析《素人版》
迷いの原因は何か?
迷うということは、カードを取るという行動に対して、
何かしらのデメリット的な要素があるということになる。
考えられるのは二つ。
一つは、ジョー自身の持つカードと、同じ数字のカードが出ないという心配。
一つは、俺がババを持っているのではないか、という心配。
ゲームを始めたばかりだから、前者はまず有り得ないだろう。
持っているカードが多いということは、
カードを場に捨てることができる確率が高いということだ。
ということは、ジョーは俺がジョーカーを持っているのではないか、
と考えているという線が濃厚だろう。
しかし俺はジョーカーを持っていない。
ジョーの今の行動が、俺を混乱させる為の作戦でないとすると、
このジョーの行動から得られる結果は大きい。
ジョーカーを持っているのは零雨だ。
ジョーは悩み抜き、俺から一枚ダイヤの5を引いて、
手持ちのもう一枚のカードと共に場に捨て、ため息を漏らす。
零雨は表情一つ変えずに、ジョーからカードを取って捨てる。
俺にも、地球上で心理学者を名乗るやつらにも、
彼女に対して心理戦を仕掛けることは絶対不可能だ。
彼女はゲームに勝とうが負けようが、何とも思わない。
パソコン相手に心理戦が効かないのと同じだ。
俺は何のためらいもなく零雨から一枚抜き取る。
零雨は、今11枚のカードを持っている。
ババを引く可能性は11分の1、低い。
と、思っていたが、ラッキーなことにいきなりババを引いちまった。
ここは何食わぬ顔をするのが一番だ。
俺はカードをシャッフルするようなことはせず、
適当にババをカードの間に差し込む。
シャッフルすると、ジョーに俺がババを持っていると感知される危険性があるからだ。
シャッフルをしないと、今俺が抜いたカードが手札のどこにあるかが分かる。
シャッフルをすると、カードがどこにあるかが分からない。
シャッフルをするという行為は、そのカードをどこにあるか分からなくすることだ。
カードをシャッフルする理由は何か?
引いたカードがババだからしかないだろう。
相手に情報をむやみやたらに与えてはならない。これは鉄則。
ゲームだろうが、外交だろうが、それは昔から変わらない。
今の政府や一部の企業は、それが分かってないようだが。
国民や顧客の情報を無くしたり、ばらまいてみたり、
もうドアホのドの文字も出ないような人間がいる。
隠し事はいけないから、もう忘れてしまおう、何でもオープンにしよう、
というその素晴らしい心意気は尊敬に値するが、
やっていいものと悪いものの区別がついてないのが残念だ。
まあ、該当者は一回集まって真剣にババヌキで一抜けに挑戦してみろ。
情報を制する者が社会を制する時代だということが単細胞でない限り分かるだろう。
逆に己の目先の利益のためだけに、
常識的に出さなきゃならん情報を、改ざんしたり隠蔽したりと、
脳ミソがトロットロに溶けて腐っちまった、たちの悪い連中もいる。
腐ったものは交換でもしない限り、元には戻らないから、
こいつらはスクラップにでもして捨てるしかない。
シビアに言わせてもらったが、というかこれくらいは社会の一般常識だ。
そうこういっているうちに、気がつけばいつの間にか8周目に突入している。
今現在一番優勢なのは、カードの枚数的には零雨だ。
順調にカードを減らして、残り5枚。
続いてジョー、最後は俺だ。
俺はまだババ持ったままだ。
ジョー、そろそろババ引いてくれ。
ジョーは見事にババ以外のカードを俺から抜き取っていく。
まるで俺の手札を見透かされているようだ。
もう何周目かは覚えていない。
零雨が一番に最後のカードを捨てた。
「…………」
一番になっても、なんの反応もない零雨。
そのクールフェイスは、トランプというゲームの雰囲気と相成って、
一層ミステリー度をアップさせる。
「チッ、コウと一騎打ちか……」
ジョーは短く舌打ちをすると、俺から一枚、
普通のカードを引く。
零雨が一抜けしたため、俺はジョーからカードを引き、場に。
ジョーは俺からまたもや普通のカードを抜く。
どんだけ強運なんだよ。
この時点の俺のカードの残り枚数は3枚、ジョーは2枚。
俺の手に残ったのは、スペードのエースとダイヤのキングとジョーカー。
次は俺の番だ。
ハートのキングをジョーから抜いて、残り二枚。
ジョーは残り一枚。
次にジョーが俺の持っているスペードのエースをそのきらめく強運で抜いた場合、
俺の負けが確定する。
ジョーが手を延ばす。
ゆっくりとカードを掴む。
引き抜く。
ジョーの顔が落胆に変わる。
俺の手元に残ったカードは、スペードのエース、一枚。
ジョーカーはジョーが持っている。
最後の最後に運に見放されたか、ジョー。
ジョーは焦って、2枚のカードをシャッフル、カードを広げる。
ジョーの持つカードは、何かのエースと、ジョーカーの二枚。
次は俺。
戦況は変わった。俺が有利だ。
勝利のカードか、地獄のカードか……
地獄のカードを取れば、ゲームは続行、
どちらかが勝利のカードを選択するまで終わらない。
勝率は2分の1。
ここまでスリリングで結構楽しかったが、
このまま終わらせるのもあれだ。ちょっと遊んでやろう。
勝率を上げる作戦も兼ねてな。
俺はゆっくり手を延ばしてジョーのカードを掴む。
「いや、こっちか?」
俺はニヤリ。もう片方のカードを掴む。
「それともこっちか?」
また最初に掴んだカードを掴む。
「やっぱこっち?」
また掴むカードを変える。
「もう早くしてくれよ〜」
と、ジョーが言った。
「フッ、その一言、待ってたぜ」
俺は言ってさっと掴むカードを変え、今度はそれを引き抜く。
取ったカードはハートのエース、作戦成功。
俺はカードを場に捨て、二番抜け。
ジョーは負けだ。
「どっちがババか教えてくれてありがとよ」
俺は盛大に笑った。
「へ?俺教えてねーけど?」
零雨も分かっていないようだから、種明かし。
今後はこの技は使えなくなるな。
「お前、引かれたら俺の負け(厳密には違うが)のカードを俺が掴んでる時、
早く引いてほしいと思ったんじゃねえか?」
「当然だろ」
「じゃあ、逆にお前が負けのカードを俺が掴んでるときは、どう思った?
間違っても『早く引いてほしい』とは思わねえだろ?」
「で?」
「お前は鈍いなー……
お前が引いてほしくないカードを俺が掴んでる時に、
『早く引け』なんて絶対言わねえだろって話だ。
言うとしたら、俺が負け(厳密[略])のカードを掴んでる時しかないだろ」
「あー、チクショウ!やられた!」
ジョーが唇を噛む。
「まあ、いいんじゃねえか?罰ゲームも何もないし」
ちょうどその時、旧修羅場ルームのドアが開いた。