第2話-8 ハウス・クリーニング 謎の植物ヒャクラミソウ
俺と零雨が家に戻ると、なんとジョーが部屋の中を掃除しているではないか。
「あ、戻ってきた」
ジョーは部屋に床に散らかったゴミを、今日買った水色のごみ箱の中に放り込む作業を中断して言った。
「お前が進んで掃除をするなんて意外だな」
「本来は俺達はコウの家に遊びに行きたくて声をかけたんだ。
これが早く終われば、遊べるだろ?」
俺の脳内の来客リストの備考欄には《掃除をしにくる》とは書いてあるが、
《遊びにくる》という単語はどこにも書かれていない。
だが流れ的には時間が余ったらそうなるだろうな。
まあ、いっか。
俺も掃除に参加することにする。
俺は古い掃除機についている、ゴミの入っている紙パックを取り出し、
新しい紙パックを装着。
ジョーがゴミ拾いをしてくれた床に仕上げの要領で掃除機をかける。
20年以上前の製品だから、重くて持ち運びが不便だ。
その割には非力な吸引力の割には音がクソでかい。
この掃除機には飛行機のジェットエンジンが実は搭載されてるんじゃね、
と思うほどうるさい。
ジェットエンジンの吸引力は非常に強力で、
アイドリング状態のエンジンの前に人が立つと簡単に吸い込まれるらしい。
もっとも、ジェットエンジンは石油駆動だからありえないが、
掃除機に搭載されていたら、吸引力は格段と上がると思う。
ジェットの高温の排熱で家が焼けそうな気がするが。
というか、掃除機本体が推力でどっか飛び去っていきそうだな。
ふと、汗だくになりながら料理しているチカの姿が目に入った。
火を使ってるから暑いんだよな。
誰もいない空間に向けて延々と空気を飛ばしつづける扇風機をチカに向ける。
俺も鬼じゃないんでな。これで幾分かはましになるだろ。
チカのパーマがかった髪がふわりと揺れる。
「ああ、ありがとう」
俺をちらりと見てチカは言った。
しばらくすると、インターホンが鳴った。
麗香だ。
俺が玄関に出て応対すると、麗香は大きなマイバッグを持ってきていた。
「コウの家のベランダがなんか寂しいなと思って、持ってきたの」
家に上がった麗香はリビングでそのバッグを床に置き、
じゃーん、と言って中身を取り出した。
「いや、俺そういうの苦手だから」
麗香は二つの小さな植木鉢、袋に入った腐葉土、何かの種を取り出した。
「え、嫌いだったの?」
「いや、嫌いじゃないんだ。ただ、毎日世話するのが苦手でな。
今まで育ててきた植物は、実を結ぶ事なく召されていったから」
麗香は無邪気に笑った。
「ふふふ、安心して。世話が要らないやつだから」
「一般に世話が要らないと言われているサボテンすら枯らしたんだ。
宇宙空間で何もなくてもひとりでに成長するようなタフな奴じゃないと、
俺の家では生きていけない」
麗香が目を見開いて聞く。
「ヒャクラミソウのこと、何で知ってるの?」
「なんじゃ、そのヒャクラミソウっていうのは」
俺はもちろんのこと、何も知らない。
「宇宙空間で栄養も何もなしで勝手に成長する植物だよ?」
だよ?と聞かれてもな……
「人類はまだ地球外生命体がいるかどうかすら知らないんだ。
チカとジョーがいる前では話さない方がいい」
「じゃあ、コウくんは何も知らないのね?」
「知ってたら知ってたで大変だ。
というか、今知っちまったな、俺」
やべ、明日から俺、宇宙人とかの噂が多い、
あの連邦政府に命を狙われる羽目になるかもしれん。
もしかしたら、零雨と麗香の正体がどこからか漏れて、
既にどっかのビルから雇われのスナイパーが
俺を狙撃するタイミングを計ってたり……
あの時に学校に忘れ物をしてなければ、零雨に会うこともなかったし、
こうなることもなかっただろう。ちくしょう!
「『知っちまった』って、知ったら何か大変なことになるの?」
「そういうのに敏感な連邦政府があるんだよ。
表向きは世界のリーダー、裏では暗い噂がちらほらっつー政府がな」
麗香は俺の不安をとりさるような微笑をする。
「大丈夫。何かあったら私達が絶対に守りきってみせるから」
「はは、心強いな」
俺の胸に、麗香の言葉が響いた。
「あ、そうそう。
零雨ちゃん、頼まれてたはんだごて、用意したよ」
麗香は新品のはんだごてを持ってきていた。
それを聞いた零雨がどこからともなくやってきて、無言で受け取る。
「エアコンの修理は早い方がいいわね」
麗香は、さっき買い物に行った時に買った、エアコン洗浄スプレーを持ち出して、
大きめの椅子はない?と俺に聞く。
エアコンの掃除をやってくれるらしい。
俺は自室の椅子を一つ、エアコンの前に置いた。
「……コウ、延長コード」
はんだごてのコードが短く、室外機まで届かないらしい。
はんだごてを右手に持つ零雨がそう言った。
延長コードも調達し、エアコンの修理が始まった。
同時に掃除もするという、俺一人にはできない芸当だ。
俺も掃除機を持って、作業に戻る。
恥ずかしい話、俺は今、こいつらが掃除に来てくれて良かったかもしれない、
と思い始めている。
料理を(半強制だが)してくれているチカ、
せっせとゴミを集めているジョー、
エアコンを掃除してくれている麗香と、
修理をしてくれている零雨。
まさかこんなに身近に俺のことを思ってくれる友がいたとは。
俺も馬鹿だな。
「エアコンの掃除、終わったよ」
麗香が言うと同時に、零雨も修理が終わったという。
「サンキュ、これでエアコンが使えるな」
俺はエアコンの電源を入れた。
開けていた窓も閉めると、涼風と、キッチンからのいい匂いがが部屋を漂いだす。
「手伝おうか?」
麗香はキッチンで一人奮闘中のチカに声をかける。
「うん、そうしてくれる?」
チカはそう答え、キッチンから出てきた。
「疲れたからちょっと休憩」
俺はそんなチカに対して文句は言わない。
もし料理しているのがジョーであったとしても俺はそうするはずだ。
理由なら腐るほどあるが、
まあ一番の理由は「疲れた状態で料理をしても、たいていロクなことにならない」と、俺が前に悟ったからだ。
まあ簡単にいうとあれだ、クルマでよく事故を起こした時にドライバーが言う、
疲れてて、前をしっかり見てなかったとかいう言い訳と同じだ。
俺はチカに代わって料理を始めた麗香の隣に立つ。
麗香は野菜を包丁で切っている。
「お前、料理できるのか?」
麗香は、ほっこり笑って、
「私は一人暮らしなのに、料理ができないんじゃ、おかしいでしょ?」
「そう言われれば納得。
で、チカが何作ってたのか、分かるのか?
『何作ってて、ここまでできてるから』、とかそんな会話はなかったが」
「どこからどう見たって、チャーハン作ってたとしか、私には見えないんだけど」
キッチンの上には、確かにチャーハンを作ってるっぽい雰囲気はあった。
俺もチャーハンぐらいは余裕で作れるから言える。
チカの野菜の切り方からして、あいつは料理が下手だ。
何だよ、この大きさバラバラの切り方は。
こんな切り方、小学生でも出来る。
……まさかとは思うがチカ、お前は実は米を洗剤で洗うような奴じゃないよな?
これからも頑張って精進して、、料理の腕を上げるんだな。
カカア天下で、家事は夫任せ、料理の一つもできずに家の中でゴロゴロ。
そうなったら離婚の確率急上昇だ。
俺は別にそうなっても構わんのだが、
貧乏クジを引く男がまた一人、余計に増えるのが絶えられん。
「あっ」
麗香が声を上げた。
そして俺の顔を見ると、眉をひそめて笑う。
「……指、切っちゃった」
麗香が左中指を見せる。
左中指の第一関節から先がきれいに切断されて……というのではなく、切り傷だ。
指から血がにじむ。
「痛いか?」
「……うん」
俺は食器棚から消毒液とバンソウコウを取り出す。
俺も料理しててたまに怪我をするから、近くに置いているのだ。
「……ほらよ」
「ありがとう」
俺は麗香がバンソウコウを指に巻くのを興味津々で眺める。
「……どうしたの?」
それに気づいた麗香。
「いや、お前らも怪我するんだな〜と思ってな」
「わ、私だって身体の強度や運動能力はコウくんたちと変わらないんだから、
怪我だってするし、骨折したりもするわよ!……病気にはならないけど」
「零雨もそうなのか?」
「もちろん!」
麗香は即答する。
「ありえない速さで歩いたり、ショッピングカートで俺を吹っ飛ばしてたりしてたが?」
「身体の構造上の限界は、あなたたちが思っている限界よりも上なのよ。
多分零雨ちゃんはその限界ギリギリで動いてたんだと思う」
「なるほど、お前らが特殊なプログラムだから、俺てっきりだと無敵と思いこんでた」
「……私達が無敵、というのも間違いじゃないけど」
麗香は意味ありげに言うと、また野菜を切りはじめた。
俺もこんなところでずっとサボってたら、チカとジョーに怒られる。
部屋の掃除に戻ろう。