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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
計算式の彼女
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第1話-END 計算式の彼女 煩悩ヘルメット

「神子上麗香です。えっと……」



 昨日と同じように教壇の前に立たされ、担任に自己紹介しろと言われて何を話せばいいかと視線を泳がせている麗香がいた。


 クラスの連中の話題は、零雨のインパクトにもっぱら持っていかれていた。あれだけ噂になっていた麗香転入の話は、チリを吹き飛ばすようにそっちのけにされて跡形もなくなっていた。しかし今日、担任がわざわざ他教科との授業入れ替えをしてまで用意した1時限目、臨時ホームルーム。クラスの前に麗香が立った。そのモデルのような体型と柔らかい声色を一目見たクラスはその黄金比な美しさに目を奪われている。――特に一部の野郎共は、口ポカンで今にもよだれが出そうな顔をしていた。



「えっと、よろしくお願いします……」



 麗香はお辞儀をすると担任の顔を見た。担任の合図と共に激しい拍手が湧き上がる。“これで良かったのかな……”大人しく拍手している俺を、麗香はそんな目で見つめていた。俺がそっと首肯すると笑みをこぼす。



「それじゃあ、二日連続にはなるが、今度はクラスの自己紹介だ。そこの列から順に」



 退屈させないようにという担任の配慮なのだろうか、それともガサツでテキトーな性格だからだろうか。昨日とは自己紹介の式次第が違っていた。といっても、自己紹介が転入生が先か、こちら側が先かの違いしかないが。


 とかく、ここからは俺たちの自己紹介だ。順番に席を立って名前と適当な一言を言って座っていくだけの単純な繰り返し。昨日と違うのは、昨日の捏造ネタの流れに便乗しているやつらが昨日より明らかに増えていることぐらいだった。双眼鏡による諜報活動を行なっていた生徒Eは、自分の順番が回ってくるなり嬉々として名乗りを上げ、その席からじゃ到底届かない手を差し出して言う。





「俺と、付き合ってください」





 早っ! クラスに笑いが巻き起こった。ツレの男子からはお前じゃ無理だろ、なんてツッコミまで入る。


 俺も昨日作成したテンプレをそのまま披露し、巡りに巡ってとうとう零雨の番になった。どんなあいさつをするのか、気になる。昨日のこともあって、気になっているのは俺だけではなかった。



「……。」



 零雨はすーっと静かに立ち上がり、無言で一礼して座った。おお、シンプル、そして無難! 所要時間わずか3秒。見事にクラス最速タイムを叩き出しやがった。自己紹介のタイム競ってるんじゃないんだが……俺も最初からああすれば良かったかもしれん。苦笑いの担任がすぐさまフォローにかかった。



「ああ、この子が昨日転校してきた子で――――」



 代理紹介を聞いた神子上は、わかりました、と答える。ざわめきの余韻を残しつつも、また次の生徒が自己紹介を始めた。




 麗香の転入は昨日の零雨のインパクトに勝ることはできなかった。昼休みのクラスの話題は依然として零雨が中心になっていた。零雨と麗香、俺からすりゃ二人とも強烈な人物であるが、麗香の話題性が乏しいことは、麗香がそれをうまく隠せている証拠でもあった。


 零雨は依然として、他の生徒からの話しかけには一切反応しないでいた。ここまで来ると、むしろすがすがしい。当然、零雨とのコミュニケーションを図ろうとする人は減り(それでも多いが)、反則級のかわいらしさと愛想の良さが輝く麗香に、生徒が集中し始めるのは自然な流れだった。初対面から数時間でクラスに馴染むって速過ぎだ。ゴムパッキンにできたカビの根元まで、確実に浸透する洗剤スプレーぐらい速い。俺が小学校の頃に転校した時は、馴染みだすのに三日はかかった。



「ねえ、誕生日っていつ?」


「どの辺りに住んでるの?」


「ねえ、神子上さんって、彼氏いるの?」



 麗香は机の周りを数人の生徒に取り囲まれで質問攻めに遭っていた。何故か麗香はその質問一つ一つに対してご丁寧に「えっと……秘密」と繰り返していた。一応人間やるなら、そこらの設定はちゃんと作っておくべきじゃないのか? 特に住所ぐらいあっち方面、ぐらい言ってもいいだろう。見知らぬ第三者に(確かにそうだが)どこどこの何番地に住んでるって言うわけじゃねえんだから。


 零雨の周りにできはじめた人だかりを事前回避でエスケープ、昨日のようにジョーの席まで移動した。



「神子上か……俺達からすりゃ高嶺の花だな……やっべ、太陽みたいな笑顔が……眩しすぎて直視できねえ」


「それじゃあ授業に支障が出るな。日食グラスでもつけたらどうだ?」


「そんなのつけたら板書が見えねえじゃねえかよ!」


「お前、板書写してたのか?」


「あったりまえだ! …………バカでも赤点はイヤだし」



 教室から何気なく廊下を見る。手洗いから戻ってきたらしいチカが他クラスの友人と楽しそうに喋っているのが窓越しに見えた。やっぱあいつは喋ることを生きがいとしているとしか思えない。タレントとか向いてそうだ。暴れん坊な性格を一切考慮しなければ、という条件付きだが。実際、俺達に話題振ってくるのが仕事みたいになってるしな……



「ああ、あんな桜みたいな人が俺達のグループにいればな……あんなタワシじゃなくて」



 ジョーの視線は麗香から廊下のチカに移ったらしい。タワシってお前、そんな事言ったらマジでボコボコにされるぞ。比較対象の麗香は、自分の周りから人がいなくなったのを見計らって、おもむろに立ち上がった。



「いーよなー、コウは。神子上と一対一で喋ったんだろ?」


「その事実は認める」



 俺はジョーの言葉を片耳で聞き流しながら、麗香の行動を目で追う。麗香の足は零雨の席へと向かっていった。零雨の人だかりの背後に忍び寄るようにして近づいたかと思うと、そのうちの男子生徒二人の肩をポンと叩く。いきなりの不意打ちに面食らった顔をして振り返る生徒たちに話しかける。話しかけた内容は分からなかったが、男子生徒の一人が何か返事する。すると生徒たちは一斉に零雨の席から離れ、席に座って麗香の顔を見る零雨の姿が見えた。


 零雨も麗香も、まだどこのグループにも属していない。いっそのこと俺達のいるグループに引きこんでしまおうか。そうすれば高嶺の花だなんだかんだとグチるジョーも喜ぶだろうし、世話焼きのチカなら必要なことは手取り足取りチュートリアルしてくれるだろうし。……ただ、俺達は活発なグループではなく、現代的な言い方をすれば「草食系」のグループであることを忘れてはならない。青春を思いっきり謳歌したいとか、いろんなことを経験してみたいとか、そんなことを麗香が思っているなら、俺たちのグループには適さないだろう。



「へーえ、早速二人して転入生の観察ですか」



 少し嫉妬の意を含んでいるような言い方をして背後から突然現れたのは、どう考えてもチカしかいなかった。神子上のことを見ていたジョーと俺は、まさに歯車で連動しているかのような動きで振り返る。予想通りの顔がそこにあった。



「でも神様も不平等だよね。顔立ちのいい子とそうでない子、勝手に決めちゃうんだから」


「ある程度は遺伝も影響するだろうが、食生活も関係してくるんじゃねえのか? 最近の人は柔らかいもんばっか食ってるからアゴが小さくなってるとか言うだろ」


「そうなの?」


「美人判定は文化とか時代にもよるし。どっかの地域では太った人が美人だという話を耳にしたこともある」



 そっちの話に意識が行きかけたとき、俺達の前に神子上麗香with嵩文零雨が現れた。チカも麗香も、俺の死角から登場するやり方はやめていただきたい。



「ねえ、コウくん、この入部届ってどの先生に渡せばいいの?」



 麗香の手には、零雨の分も含めた部活カードがあった。差し出されたそれを見れば、既に帰宅部に入部する旨の記載が。



「本当に帰宅部でいいのか?」


「ちょっと待った!」



 いきなりチカが割り込んできた。チカが入部のチュートリアルを始めるのかとおもいきや、俺の腕を掴むなり麗香に「ちょっとだけ時間、いい?」と言う。



「うん、いいけど……」


「用がすんだらすぐ返すからね」


「俺はモノ扱いかよ……」



 俺は教室の隅に連れていかれた。そこからチカの詰問が始まる。



「ねえ、いつから神子上さんはあんたのこと下の名前で呼ぶようになったの?」


「何だよお前、そんな細々としたこといちいち気にすんのか?」


「…………。」


「いや……そりゃ、麗香と何回か会えば……」


「ああ――っ! 今神子上さんのことを下の名前で呼んだ!」



 あの日から彼女のことを心の中で下の名前で呼ぶようになったことが災いしてか、ポロリと出てしまった。下の名前で呼ぶのはもうちょっとみんなが親しみ始めてからにしようと心に決めていたのだが……不覚。俺は自分自身の情けなさに舌打ち。人差し指を突き立てて声のボリュームを控えて言った。



「シィー、お前声でけえよ! それじゃあここまで連れて来た意味ねえじゃんかよ」


「あ、そっか……って、話を逸らさない!」


「逸らしてねえし! 今のは必要な話だろうが!」


「ほらまたそうやって逸らす!」


「だ、か、ら! …………もういい、堂々巡りだ」



 音量控えめに言い合う俺達の姿を、誰にも注目されていないことを祈るしかない。



「ちゃんと説明すっから」



 もしポロリしたのが例のことだったら、危うく消されるところだった。ジロジロと見つめるチカに俺は渋々口を開く。別に渋る必要はないんだが、なんというか、その、話しづらい雰囲気ってやつだろう。別れ際にボッコボコに論破された時ほどではないが、無実の俺がなぜか敗北感を感じてしまう。



「最初に『下の名前で呼んでくれ』と言ってきたのは神子上の方だ。別に呼んじゃいけない理由なんてねえだろ。そう呼んでくれと言われた俺も、ついでだから普通にコウと呼べと言ったまでだ」


「…………。」


「もしかしてお前、焼いてるのか?」


「焼いてなんかないって! ……ただ気になっただけだから」



 焼いてたんだな、ヤキモチ。俺が言った瞬間に瞬速で否定しつつ視線をそらしたのが何よりの証拠だ。



「言い方悪いが、上には上が腐るほどいる。だが同様に下もいる。あまり気にするもんじゃねえよ」


「……そうだね」



 チカは視線を床に這わせたまま答えた。麗香は俺の返却を待っている。話はそれだけか、俺がそう聞くとチカは頷いてパッと笑った。



「なんかバカみたいだね、あたし」



 その言葉と同時に俺はまたチカに制服の袖を引っ張られ、ジョーや麗香のいる場所まで牽引された。



「あ、ちょっ!」


「ごめんね、いきなり割り込んじゃって!」



 勢いのある声で俺をぐいと一段強く引っ張り、チカは俺を麗香の前に突き出した。俺と麗香、そして零雨と視線が合う。



「あー、とりあえず先にこの男女の紹介な」


「えっと、こっちが木下千賀さんで、こっちが牧田宗一くんだよね」



 生徒一人一人の名前と顔を一回で覚えるとはさすがだ。ジョーは“高嶺の花”に名前を呼んでくれたことにテンションが上がったらしく、一人背を向けて思いっきりガッツポーズ。もちろん直後チカに一発叩き込まれた。



「こっちはチカ。世話好きだから、困った時はこいつに聞けば大抵何とかなる」


「ちょっとコウ! あんた知り合いなんだからあんたが世話してやりなよ!」



 そう言いながら、なんだかんだ理由をつけては人の世話を焼くくせに。変な意地張らねえで、最初から優しくしてやれよ。それに自他共認める怠け者に世話係を推薦するのは間違ってる。ただでさえ大変なものを背負ってるんだよ、俺は。



「ああそうそう、こいつに悪口言うのは自殺行為だから」



 麗香は面白くなさそうな顔をするチカを見てニコリと笑って、あの時と同じく手を差し出した。



「よろしくね」



 純粋な笑顔を見て少し落ち着いたのか、差し出された手にすっと手を重ねた。手を握り合った瞬間にチカの顔から負の表情が消える。神子上麗香の癒し効果発動である。……ただし麗香の後ろには白い背後霊がいることを忘れてはならない。



「そんでこっちは煩悩ヘルメット、略してボンヘルだ」


「いい加減ヘルメットから離れろ! ていうか今間違ったあだ名をさり気なく教えただろ!」


「ボンヘルくん、握手」


「ハイっ!」



 ……やっぱ煩悩だ。ボンヘルと麗香から言われる分には怒らないとは、うむ。どこからどう見ても単細胞である。今後はボンヘルで通そうか。ジョーは握手の手を離そうとする麗香の手を離さなかった。チカのメガネが光る。



「えっと神子上、さん?」


「麗香でいいよ」


「麗香、俺の普段のあだ名はジョーだ。呼ぶときはこっちで」


「分かった。ジョー時々ボンヘルね」


「いや、違うんだけど……許す」


「許すなバカッ!」



 チカが背後から首筋にチョップをお見舞いしたのは言うまでもない。


 半ば強引にも見えなくはないが、何とか二人を俺達のグループに引きこむことに一応成功した。俺はそれまでの悩みの呪縛から解放された気分で、定期テスト明けのあの晴れ晴れとした気持ちを感じていた。とりあえず俺の仕事はここでおしまい。あとは野となれ山となれだ。これからはいつも通りの怠惰男にウェイバックだ。



「この部活カードは安川っつう教師に渡せばいい。面倒な事に同姓の先生がいるから、職員室で呼ぶときは『ヅラ疑惑がある方の安川先生』って呼べばいい。間違いなく担当の先生が来る」



 ジョーとチカが笑いをこぼす。零雨と麗香はいまいちピンと来ていないようで、つられ笑いをする程度だった。ジョーが俺に視線を送りながら言う。



「それじゃダメだろ、『体育の方の』で十分だ」



 ひと通り笑った(性格悪いな)俺は、二人の部活カードをチカに託した。



「ほらよ、あとは頼んだぜベイビー」


「いつの時代の人間よ……行こ、案内してあげるから」



 世話好き本能は、ヤキモチをも制するらしい。俺も暇だから行く、とジョーも付いて行く。麗香の後ろにはお決まりの零雨。合わせて4人が職員室へと向かって行った。彼らが教室から出ていったのを一人見届けた俺は、背伸びを一つして人のいなくなった自席に座る。



「これで一丁上がり、だな」



 そう呟いて机にだらんと伸びる。居場所も提供したことだし、この後は彼女たちが自力走行でうまくやってくれるだろう。そして俺はいつも通りのこの生活に戻るってわけだ。窓から降り注ぐ強い陽射しも、少しキツい冷房のお陰でちょうどいい塩梅の暖かさになっている。俺に眠気が襲いかかってくるのは当然のことだった。



「夏休み、近くなってきたな……」



 俺はそんなことも呟いたかもしれない。しかし、まどろみの中にいる俺には、言ったかどうかの記憶は定かではない。しばらくは安泰だ、そう思いながら俺はなされるがままに眠りに落ちていくのだった。



 ――――これは、俺の日常が非日常(ハレ)に変わった日の物語。



--計算式の彼女 あとがき--


どうも、電式です。

あなたがこれを読んでいるということは、私はもうこの世には――じゃなくって。

ここまで読み進める価値があったってことですね。テンション上がるぅ↑


さて、今回この第1話は2012年、8ヶ月に渡ってじっくり熟成(リメイク)されたものです。

AI x 量子 x 仮想現実。エージェントの概念は連載開始の2010年から健在。

現在から見返すと、時代を先取りした予言のような作品です。

オラクルと呼んでくれてもいいのよ?


ただの学園SFと思うなかれ。

機が熟しましたら、宇宙の泡構造のように壮大かつ冷酷で、精密かつリアルな仮想世界へ、皆様をご案内いたします。


人によっては「第2話以降は作品クオリティーが落ちてる?」と感じてしまうかもしれません。

以降、高校時代の文章となりますが、気に入っていただけたら幸いです。

シナリオも描写力も、最新章になるほど進化して、本章をも圧倒して映画みたいになってくる……ハズ。


せっかくここまで読んでくれたなら、ブックマークや評価をPONと押してくれると嬉しいです。

あなたのその一押しが、めちゃくちゃ励みになります。


ありがとう!

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