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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
計算式の彼女
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第1話-23 計算式の彼女 トン高 斥候部隊


 そして水曜日。俺はいつものように登校するやいなや、机に伏して二度寝の準備を始めていた。昨日までの曇り空もどこへやら、また元気過剰な太陽が顔を出しているおかげで、外で目を開けるのが辛い。今日は夏日となることはほぼ確実だった。


 俺がチカに麗香が転入してくることを言ったせいで、チカのネットワークを介して転入生が来るということがクラス中に、いや、他クラスにまで知れ渡っていた。もちろんみんなが掴んでいるのは“明日、つまり木曜に麗香が転入してくる”ということだけで、零雨に関する情報は一切流れていない。


 とんでもないものを目の当たりにした衝撃の日曜日から3日が経過したわけだが、あれから零雨、麗香とは一切連絡を取っていない。人間、大きな出来事があると、それを実感として感じるまでには多少のタイムラグが必要になるのは、誰もは一度は経験済みだろう。俺もその例に漏れず、日曜日の出来事は強烈に覚えてはいるが、実感だけがどんどん薄くなっている。



「コウ! 起きて!」


「デッ!」



 ここ数日で次第に定番と化してきている、某女子からの肘打ちによるモーニングコールが俺の頭を直撃した。ここでまた強引に無反応を示そうものなら、今の数倍もの痛みを伴う肘打ちが落ちてくるからたまったものじゃない。俺は叩いた張本人であるチカを、今日も頭を抱えながら渋々見上げる。まだ二度寝してないっつうのに……



「舌噛みそうになるっつうか、骨砕けるからやめてくれ」


「またそんな大袈裟な、肘打ちぐらいで砕けるわけないじゃない」



 あのなあ、と俺はガクンとうなだれて、この凶暴性がどうにかならないものかと思いつつ、どうせ無駄だろうと分かっていながらも口を開く。



「コンクリートを破壊する方法を知ってるか? お前さんの肘打ちよろしくドガガガガと硬い材質で叩いて叩いて叩きまくるんだよ。そんなことを俺の頭でやればどうなる? 簡単に予想できるだろ」


「なるほど、梅干しの殻が割れちゃうってわけね」


「梅干し……まあ否定はしない」


「しなさいよそこは! ……ほら、今日こそちゃんと持ってきたから」



 チカはジョーの財布を俺に見せた。本来、月曜日にチカがジョーの財布を持ってくるはずだった。しかし、チカは月曜も火曜も持ってくるのを忘れ、家に置いてきてしまった。ジョーは財布を忘れたことに関して“愉快なチカさん”とかなんとか言って気落ちすんなと言ってたが、8000円貸したっきりの俺からすりゃ、愉快と不愉快を間違えてるとしか言いようがない。



「とにかくほら、ジョーから『お金返しといて』って言われたから」



 ジョーは既に学校に来たらしく、鞄が机の上で横倒しになっていた。だが朝っぱらからどこをほっつき歩いているのか、ジョーは教室内にはいない。本来はジョーから8000円、耳を揃えてご返却願うのが礼儀ってやつだろう。ジョーのお気楽脳天気さに閉口するよ、こりゃ。



「やっとこれで回収できる」



 俺はチカから財布を受け取って中を開けた。千円札ばかりだが仕方ない。俺の財布がちょっと太った。



「このレシートはなんなんだろうね?」


「さあ?」



 少し入りにくくなった俺の財布をポケットに入れるために、机の上に仮置きしているジョーの財布を見て、チカが不思議そうに言う。



「ジョーって何買ってるんだろ?」


「人のレシートを見るなんて、お前も悪趣味だな〜」



 手を伸ばそうとしたチカに俺は笑いながら言う。するとチカはとっさにその手を引っ込め、顔を赤くして言うのだった。



「じょ、ジョーの財布の中を覗こうって言った人に言われたくないわよ!」


「ハハ、そういやそんな事言ったような」



 俺はジョーの財布を閉じた。



「まっ、これも知らないほうがいいことだ」


「コウ、レシートの中身知ってるの?」


「ただの勘だ。詳細は俺も知らん」



 その時、ジョーが大慌てで教室内に飛び込んできた。その異様な慌てっぷりにクラス中が注目していることも気にならないらしい。そのまま俺の席まで駆け込んで、息を切らせながらも何かを喋ろうとする。俺は既にジョーが何を語るのかは分かりきっているが、一応聞いてみる。



「どうした?」


「転入生が来るらしい……この、クラスに! しかも真っ白な髪の変な女子が!」



 ジョーの発言を聞いていたらしい他の男子が、マジかジョー! と声高に叫ぶ。マジだとジョーが答えるなり、ヨッシャちょっと様子を見に行くぜ! とツレと共に速攻で斥候に飛び出していった。こういう時に限って結成される不思議なチームワークの良さには毎回驚かせられる。これがクラスの決め事、例えば委員長選出とかになると押し付け合いが始まるんだが、これはどういうアルゴリズムなんだろうか。もちろんクラスの女子も騒然である。



「え、コウ木曜日じゃなかったの?」



 そう言って問い詰めるチカに、俺はジョーに差し引かれた財布と初回特典の入った袋を渡して答えた。受け取ったジョーの顔が緩む。



「いや、木曜日で合ってる」


「でも今日は水曜日じゃないの?」


「もしかしたら一日早くなっただけかもしれないけど、不思議なことに、コウの言ってた転入生のイメージとは全く違うんだ」



 ジョーは袋を小脇に抱え、腕を組んで推測をはじめる。



「コウ、その生徒の名前は神子何とかって人だったんだよな?」


「そうだ。それは間違いない」


「ということは、神子何とかさんが髪を染めたってことになる」


「えー、白に?」



 ジョーの推論にチカが一石を投じた。



「白に染める必要がある? 普通はそんな大胆なことしないって。ましてや最初のイメージが肝心ってのは神子上さんも分かってるはずだって」


「じゃあ実際に今職員室にいる転入生は何者なんだって話になるじゃないか。まさか神子上さんの変わり身が登校してきたわけじゃないだろう?」


「……そんなの、あたしに分かる訳ないじゃない」


「俺も全く理解出来ない」


「…………。」


「…………。」


「まったく、お前らは頭が固いな」



 この先どういう推理が出るのかと期待していた俺だが、議論が煮詰まってしまったのを見かねて口を挟むことにした。俺が口出しするとジョーもチカも俺に目を向ける。



「転入生が一人とは限らんだろ。少なくとも俺の掴んでる情報では、今日と明日で二人転入してくるってことになってるぞ」


「ちょっと待てコウ。それって二人来るってことか?」


「その通りだ」


「驚天動地の新事実発覚じゃない!」



 俺の発言はジョーとチカだけではなく、そばで俺達の会話を傍受した生徒にも驚愕を与えたらしかった。音速で広がった俺の発言は、いつの間にか教室内にシンとした空気と俺への熱い視線を集めていた。



「……なんだお前ら、そんなに転入生のことが気になるのか」


「当たり前だっ!」



 異口同音に発せられたその言葉。生徒の心が一つになった瞬間であった。変なところでクラスの団結力を見せつけられ、俺は少々対応に困り、頭を掻いた。チカは奇妙な静寂を切り裂く。



「なんでまたコウはそんな情報までひと足早く掴んでるの? 普通じゃそんな情報は手に入らないのに」


「今職員室にいる彼女と面識があるからだ。神子上と一緒にいるのを見てな」


「なんでそんな大事なコト言わないの〜!」



 チカは俺の頭をガチリと掴むと前後左右にゲームのジョイスティックのように激しく揺さぶり始める。



「おいっ、ちょっ、脳震盪脳震盪(のうしんとう)!」


「この、バカッ! ウスノロっ! 話題をあたしによこせ〜!」


「首の軟骨が磨耗するから……マジやめっ……Abort! Abort! 中止! 中止!」



 俺の必死の中止命令も黙殺され、結局チカの気が済むまでジョイスティック役を務めることになった。レバガチャしすぎだ……チカが相当やってくれたおかげで目が回る。回転バットでもやったかのようだ。


 俺が目を回す中、さっきの斥候部隊が偵察を終えて戻ってきた。戻ってくるなり「確かに白い髪のヤツがいた!」とクレッシェンド中のテンションで騒ぎ立てて教室内を沸かす。斥候部隊の中には双眼鏡を首から下げて装備している奴までいる。いくらなんでも準備が良すぎだろう。聞こえてくる話を聞けば、“バードウォッチングが趣味の祖父からコッソリ借りてきた”らしい。本来は美人と噂される神子上を、可能な限り早期に発見することを目的に予め今日持ってきたそうだ。……なんとまあヒマな奴。



「白い髪は地毛だった! この双眼鏡で生え際をしっかり見たけど、根元から真っ白だった。安川先生が転入生に何か話しかけてた」



 双眼鏡を手に興奮して語るその生徒、E。零雨の生え際は確認したようだが、隣のヅラ先の生え際は確認しなかったのだろうか。そっちもそっちで結構なビッグニュースのはずなんだが。チャイムが鳴っていることも忘れ、そんな陽気な彼らの突撃レポートを聞き入っている生徒に、いつの間にか教壇に立っていた担任が声を上げた。



「さあ座った座った。チャイムはもう鳴り終わってるぞ。転入生をこんな風紀の乱れた状態で迎え入れるつもりなのか?」


「コウ、後でしっかり転入生の情報を教えてもらうからね?」



 チカはそう言って俺の肩を軽く叩くと自分の席へと帰っていった。転入生の情報として、あの日お前は俺と一緒に行動を監視されていたということもしっかり言っておくべきだろうか。……いや言えねえけどな。教壇の担任は全員が落ち着いたのを見て、ゆっくりと口を開いた。



「今日からこのクラスに転入生が入ってくる。どこから漏れたのかみんな知ってるみたいだが、とりあえずご対面だ」


「(おぇ、気持ち悪ぃ……)」



 おのれチカめ……まだ気分が悪い。次何かあったら、その時は俺がレバガチャしてやる。俺が小さく嘆く声は、誰にも聞き取られることはなかった。



「嵩文、入っていいぞ」



 斥候部隊隊長が「Come on!」と芸人もビックリのハイテンションで声裏返り気味で叫ぶ。当然クラスはささやかな笑いを忘れない。数秒のラグののち、零雨は鞄を手に教室へ入ってきた。担任は零雨を横に立たせると、チョークを手にとって彼女の名前「嵩文 零雨」を荒々しく書き記した。乱暴に書くのは担任のデフォルトである。字が汚く、筆圧も強いから、黒板を消すのに苦労する。


 一時限目の授業が、不幸にも担任の授業だったため、自己紹介タイムになった。周りのやつが自己紹介していくのを、俺は零雨をぼんやりと見て、気分の悪さと闘いながら聞いていた。零雨は自己紹介をしていく生徒一人一人に焦点を当てて、じっと聞いていた。


 中には自己紹介で「趣味はクラシックを聞きながら小説を読むこと」などとねつ造しているやつもいた。確かにそいつは読書好きなのだが、そいつの専攻は小説じゃなく、ベッドの下のイヤラシイ本だったりするのだが、これくらいご愛嬌ってやつだろう。


 とうとう次は俺の番だ。俺は頭の中でありあわせで完成させたテンプレを披露することにした。



「俺の名前は足立光秀。コウって呼ばれてる。特に言うことはないが、穏健派ということでよろしく」



 零雨も俺のことは知ってるし、簡素なもんでいいだろう。最後、若干蛇足がついたのは、余計なことはあまりするなよと、釘を刺す意味も含めている。



「最後に、転校生本人に自己紹介してもらおうかな」



 担任が零雨を教壇の前まで連れてきた。クラス中が彼女のその声を聞こうとシンと静まり返るが、零雨は黙っているばかりでしゃべろうとしない。ずっと遠くを見ているような目をしているばかりだった。俺は全身から力が抜け、机にへばって頭を抱える。声の一つぐらい出せよ。やっぱこいつの第一印象は“変なヤツ”で決定だ。俺の頭の中では、既に“いかにして零雨をクラスの輪の中に入れるか”から“いかにして彼女の居場所を作るか”へと考え方をシフトしている。



「どうした足立、気分でも悪いのか?」



 担任が教壇から声をかけてきた。俺にクラスの視線が集まる。零雨の視線もそんなクラスの視線の連動するようにして、俺に向けられていた。俺の力尽きてへばっている姿勢は、それほど珍しいものじゃない。担任がこの不可思議空間をうまく処理できず、時間稼ぎに俺に話しかけたとしか考えられなかった。



「あー、大丈夫っすから気にしないでください」


「そうか。気分が悪くなったら保健室へ行けよ」



 担任の返事はやはり定型句だった。クラスの視線が再び零雨に集まる。それでも何も話さない零雨に、ようやく演算結果が出たらしい担任がフォローに回る。



「ちょっと緊張してるみたいだから、自己紹介はまた各自で聞いてくれ」



 零雨があまり喋らないことについては、職員室にいる時点で分かってたはず。こういうことも事前に予想して対策を立てておいて欲しいものだ。地味に明らかになった担任のガサツさに気づいた人は、クラスに何人いるだろうか。担任は俺の横の無人の席を指さした。



「嵩文、あの空いている席に座ってくれ。当分はあの席が君の座席だ」



 俺の隣、休みじゃなかったのか。確かに、以前その席に座っていた生徒は、その後ろも含めて一つ後ろへと後退していた。きっと机の横に掛けていた荷物で自席が移動したことを知ったのだろう。零雨は担任の指示に小さく頷いてそっと歩きだす。クラスメイトの首はその彼女の動きに合わせて滑らかに動く。イスがリノリウムの床と擦れる音が静かに響き、まるで寝ている人を起こさないよう、気をつけているかのように座った。



「さて、それじゃ残り五分だが数学やるぞ!」



 担任の声にクラスメイト達は息を吹き返し、異議を唱える声があちこちから噴出した。




 その五分後である。教室内は早速大変なことになっていた。零雨が特別何かしでかしたというわけではない。転入生の零雨のことは即、有志によって他クラスへとリポートされた。白い美人とかそんな単語が聞こえてきたな。その話を聞きつけた連中が彼女を一目見ようと、普段来ないヤツまで雁首揃えて教室へ殺到してきたのだ。廊下の窓から覗き込む奴、教室に入ってきて観察する奴、一歩離れてヒソヒソと話す奴、実際に話しかける奴――実に様々である。零雨は話しかけられても何一つ答えることなく、その無表情を盾に黙り込んでいた。


 そんな彼女の隣の席である俺が、その混乱の流れ弾に当たらないはずがなかった。ただでさえ窓際の席なのだ。席を立とうにも連中が邪魔をして出るに出られない。挙句には俺の机に深々と腰掛ける奴まで現れて、居住性は最悪。耐えかねた俺は、机の上を渡り歩いて緊急脱出。難民と化した俺はそのまま少し離れたところにあるジョーの席へと避難した。ジョーはそんな俺を見るなり苦笑する。



「お前も災難だな」


「まったくだ」



 元を辿れば、ジョーが零雨がこのクラスに転入してくる、という情報をどこからともなく掴んでしまい、それを拡散してくれたことが原因であるが、その点についてジョーを責める気はなかった。アタマが春なのだから仕方が無いのだ。それに、俺もいつかはこんな事態になるだろうと予想はついていた。



「それで、コウは嵩文と以前会ってるってことだったけどさ」



 やはりジョーの振った話題も彼女のことだった。



「あいつって、確かに綺麗だけど……中身はどんなヤツ?」


「さっきの自己紹介そのまんまだ。担任は緊張してるとか言ってたが、そんなことはない。前に俺が会った時もあんな感じだった」



 俺は零雨のいるはずの席へと視線を向ける。人だかりで零雨の姿は見えない。俺とジョーが会話を始めたのを検知したチカが、会話の中に入ってきた。



「ねえコウ、嵩文さんってずっとあんな感じなの?」


「ああ。あの顔が笑うところを見たことがない」


「やっぱ無愛想なんだな」



 ジョーが初めて見た時に持った認識は、俺が多くの人が持つと予想する彼女のイメージと、ピッタリ重なっていた。つまり、クラスのみんなが物珍しがっているうちに手を打ってしまわないと、挨拶もしない自分本位の冷たい人間としてイメージがついてしまうということだ。確実に嫌われる。


 とりあえず今日のところは様子見だ。明日の神子上麗香転入を待つべきだろう。笑顔の眩しい麗香ならば、嫌われることはまずあるまい。麗香は時に予想を超えた発言をするので、信頼性には疑問が残るが、俺だけではどうにもできない問題であることは言える。麗香に頼らざるを得なさそうだ。


 はぁ……



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