第6話-20 代理救済プロトコル 11 - 午後3時24分 / ナクル市第16街区, クル川 西部2番大通り
「――離水確認! 離水確認!」
「飛翔、飛翔、飛翔!!」
音楽隊のカチチチと鳴らすリズムが響くなか、中央通信台の櫓の上で、飛行艇の方位を観測していた男達が、飛行艇と中央通信台の相対角を記録する装置、追跡望遠鏡に片目を覗きこみながら叫ぶ。
それを聞きつけた瞬間、別の記録係が、一定速度で流れる巻物状の記録紙の上に、走り書きで注釈をつけていく。
「うおぉ、はは!」
ナド、ネルン、ザグールを含む数人の大きな拍手が、通信台の上でまばらに響く。
川沿いの観衆からのワアァと響く歓声と対照的に、ここ中央通信台で声を上げたのは、飛行艇の機体開発の責任者のナドだけだった。
通信台の多くの者は、自らの職務の遂行に神経を集中させていて、拍手をする余裕など無かったのだった。
それでも、工業ギルドのトップであるザグールが椅子から立ち上がり、飛行艇の飛んでいる様子をひと目見ようと首を伸ばす。
「やりましたね」
「百年先の技術を手に入れたような、心持ちですな」
リーン――
十五秒!
鳴り続ける音楽隊と五秒おきの金属を響かす音色、観衆の歓声のなか、ザグールがネルンとナドに交互に握手を交わす。
ギルドを構成する企業と職人達が総出になって設計・製造した飛行艇が、世界初の飛翔を遂げた。それは、我々工業ギルドが異界の技術を手中に収めた証左――彼ら三人が満足げな笑みを浮かべるには十二分だった。
「タノン号、試験場終端通過――直進、市街地へ進入します!」
「ん?」
観測係の報告に鳴り響いていた拍手の残響と笑みが止み、櫓の人々が再び一斉に視線を飛行艇に向ける。
一度飛んでしまえばあとは比較的楽だとは思うが――ナドの脳裏に、過去のアダチの言葉がよぎる。翼を持たぬ彼の予想は、我々翼を持つ者の経験的な感覚と違いはなかった。
異常報告にも音楽隊のリズムは揺るがず、整然と拍を刻み続ける。予定航路を知らない観衆の歓声も、予定外の行動に気づかない。
世界を分断するように、櫓の上では静まりかえった空気が広がる。
「何があった」
「計画では、クル川上空を飛行する手はずでは……」
直進する飛行艇の様子を、首を伸ばして様子を窺うナドとネルン。遠くで直進する飛行艇を眺めながら、思考を巡らせる。いったい何が起きているのか。
ザグールが足早に通信台の縁へ寄って、飛行艇を視界に捉える。
「アダチ殿……」
覇気なく独り言を呟き、遠ざかっていくプロペラの四重奏を見守るザグール。建物の屋根のすぐ上を飛びながら、わずかな上昇を続けていく。
――これは「猛毒」である!!
進水式でアダチが語ったその言葉が、ザグールの意識の中で反響する。
私がいま見ている飛行艇の姿は、輝かしい未来の化身――のはずだった。
リーン――
二十秒!
「あの高度で市街地は危険です!」
ザグールの隣に並び、木と縄でできた簡易の欄干に手を掛けるネルン。
ザグールはその一言で我に返り、後ろの観測員と音楽隊へ振り返り叫ぶ。
「タノン号へ『予定航路へ戻れ』と送れ! 記録は止めるな!」
欄干に並んで乗り出す二人に、ナドも加わる。
「まさか制御が効いとらん、なんてことは――」
不安を吐き出すナド。機体の中核を担う構造の最高責任者だけに、気が気ではない。私が所掌した何かが原因で、彼らの命を危険に晒しているのではないか。最悪の想像が脳裏をよぎり、ナドの硬い表情に浮かび上がる。
今朝の最終点検では、動翼はちゃんと動いていたはず。私も動く様子は見ていた。
しかし、それならばいったい、なぜあの飛行艇は、航路を逸れる?
なぜ、一見水平飛行しているようにも見えるような、緩慢な上昇しかしない?
それが、アダチ殿の思い描いていた飛行艇の動きなのか?
「あーあーあーあー……教会に衝突しますよ……」
ネルンが悲鳴のような声を上げる。飛行艇は、市街地の三階程度の高さの建物の上を飛ぶ。針路上に立ちはだかる、ひときわ目立つ大型高層建築物――ナクル市の観光資源の一つでもあるラスブ教会へ直進していた。
「タノン号へ『回避せよ』至急送れェ!!」
危機を知らぬ民衆の大歓声と喧騒の声を背景に、ザグールの怒号が飛ぶ。
カン、カカカン、カカカカカン、カカンカンカカン――緊迫した空気。これまでの穏やかな交信とは毛色の異なる操作音。手早く開閉する遮光器が高速信号を送り出す。
キケン、モドレ――針路上の教会に仮設された通信台が、飛行艇に対して独自に送出した警告信号。その光の明滅が、ここ中央通信台からも見える。
飛行艇、タノン号は徐々に傾き、右翼が沈み、左翼が持ち上がりはじめる。教会を避けようと、重量級の機体をゆっくり傾けているように見えた。
予定航路である北に方位を合わせようとしているのか。
旋回し、教会への衝突進路から外れた飛行艇。その代償として、機体が徐々に地面へ沈む。それまでの上昇で稼いでいた建物との高度差の貯蓄が、飛行艇の旋回で浪費されていく。
「沈むな、沈むな!」
「堪えろ、堪えろ――」
「あ゛ぁ――……!!」
回避成功の代償。三人が苦々しい呻き声を上げたその瞬間。飛行艇の沈みこんだ右翼にぶら下がっていた、補助フロートらしき破片が折れ飛んだように見えた。
熱気に揺らめく景色の向こうの出来事。陽炎が現実を曖昧に溶かしていく。
「飛行艇、建物と接触!」
カチチチ、カチチチ、カチチチ――
報告が飛び、音楽隊が刻む無情な拍と測定係の走り書きが、事実を記録していく。
その衝突から間もなく、飛行艇は、密集地に建つ商業住宅地――住宅や店の屋根に乗り上げ、機体と建物が、ともに滅茶苦茶になって崩壊していく様子が、中央通信台からもはっきり見えた。建物の屋根に衝突して黄色がかった不透明な砂埃が煙のように舞い上がり、機体の姿を覆い隠す。
「――墜落、墜落、墜落!!」
遠くで起こる光景。中央通信台の責任者達は、立ちのぼる砂煙を茫然自失の体で眺めていた。
遅れて、鳴り響いていたプロペラの重低音が残響に消え、雷鳴のような音が中央通信台を駆け抜ける。
衝撃音を聞いた観衆の歓声が、徐々にどよめきへ変わる。ネルンは、建物の屋根に立って肩車をしていた父子を見た。遠くに立ちのぼる砂煙を見て、父は子を下ろして抱き寄せている。我が子に惨劇を見せまいとしているようだった。
ネルンは我に返り、引きつった顔で頭を抱える。
「まーずいですよ、これッ……!」
「計測やめ! 全通信台へ『各自、被害等報告のため通信員は全員待機。動ける者は救援に向かえ』至急送れ!」
「ザグールさん、私達も現場に――」
「いや、あなた方で行ってくれ! 私も駆けつけたいのは山々だが、最高責任者が下手に動けば指揮系統に混乱をきたしかねん。状況は中央通信台へ報告。よいな!」
カチチチ――鳴り止んだはずのリズムが、彼らの脳裏に刻まれ続ける。
まだ、試験は終わっていないと言わんばかりに。
◆
「んあぁ――近くに橋なんざねぇぞ」
運転席に座ったガルさんが舌打ちします。
わだちは試験場だった直線区間の先、北への曲がり道で止まっていました。
川向こうへ消えた飛行艇。わだちは川を渡る必要がありましたが、近くには橋がありませんでした。
ガルさんが首だけ振り返って、荷台の私とブロウルさんを横目に見ます。
「お前ら、荷台から使えそうなモンだけ持って、先に飛んでけ」
「うす! ガル爺は!?」
「俺ぁ後だ。コイツが乗れる渡し船を探さにゃ始まらん」
ガルさんは、コンコンとわだちの車体を叩きます。
私の視界がブロウルさんに移ると、彼はすでに手近にあった縄を素早く手に取って、肩に掛けて、片手に信号灯を握っています。
エクソアが残された荷台の道具を見ます。小型の船、浮き具、船を漕ぐための艪――不測の事態は水上で起こると考えて用意された装備、私が持っていって役に立つモノは――
「リンちゃん、行こう。必要なものはあっちで借りっぞ」
「あっ」
ブロウルさんが荷台のアオリに片足を掛けて、私の腕を掴んでクイクイと引きます。太陽の逆光の影になったブロウルさんの顔の輪郭を見た瞬間、彼はすっと腕を掴んだ手を放して、彼の大きな翼を広げて、アオリを蹴り飛ばして飛び立ちます。
彼の強力な蹴りの反動で、わだちが横に揺れました。
「行け」
一瞬まごついた私――エクソアにガルさんが短く言い放ちます。
その言葉に決心がついたらしいエクソア。私の肉体は、先に飛び立ち川の上を飛ぶ彼の姿を追うために翼を広げて、わだちを蹴ったのです。
――降り立ったのは、地獄でした。
空から見下ろした街並み。薄く広がった薄黄色の砂塵が漂って、立ち並ぶ建物のなかで、その場所だけが抉り取られた擦り傷のように崩れていました。
建物だったガレキが雪崩のように飛散して、ガレキの上に乗った飛行艇は、いたるところがひしゃげて折れてしまっています。
通りに降り立つと、無臭の砂礫の粉塵が鼻を突きました。
飛行艇は機首を下にし、ガレキもろとも街の通りを横切って、往来を塞ぐような形で横たわっていました。
機体の残骸、その隙間からドクドクと大量の水が流れ出て、通りの石畳に川のような薄い水膜ができていました。
ガレキの上に乗り上げた胴体の裂け目から、飛行艇に積んでいた砂も飛散して、通りと面する建物や店を汚しています。
現場から少し距離をとったところに、自然と人だかりができ、徐々に野次馬が集まってきました。
「あ゛ぁ――……あ゛ー……」
これだけの人がいながら、異様に静まりかえったこの場所で、子供の泣き声が聞こえました。残骸のすぐそばです。
粉塵で服も、顔も、髪も薄黄色の灰を被った五歳くらいの小さな男の子が、水の流れる濡れた石の上で寝転ぶようにして座りこんでいました。
周囲を見渡すと、うつ伏せになって倒れて呻く男性がいました。彼の脇には崩れたガレキの塊が割れて転がっていました。
「おい、大丈夫か!! 動けるか!?」
ブロウルさんは動かない彼に駆け寄って跪きます。彼が動かないことを認めると、ブロウルさんは手早くその人を仰向けにして、両脇を抱え上げて野次馬のところまで引きずり叫びます。
「誰かコイツを医者んとこに連れてってくれ!」
ブロウルさんから一歩引く野次馬、その奥と両脇から、幾人かが掻き分けて出てきて、意識が朦朧とした彼を取り囲みます。
「あんたちょっと、どこか折れてないか見てくれ」
「あんたは、担架か荷車を探せ」
「あんたは……誰でもいい、医者を探せ」
「あ゛ぁー……おかあ゛ぁー」
ブロウルさんが名指しする一方、三十代か四十代でしょうか、泣き崩れる子供に二人の女性が寄って、粉塵に汚れたその子を躊躇いなく抱きしめていました。
「怖かったねー、もう大丈夫だからねー」
「誰かこの子の母親知りませんかー!!」
抱きかかえる彼女と、母親を探す女性。二人を見ていると、後ろからブロウルさんが私の肩を叩きます。
彼の険しい顔が私をのぞきこみます。
「大丈夫か?」
「……はい」
「俺もうどっから手つけたらいいか分かんねぇ……規模がデカすぎる」
「…………。」
「とにかく、こっからボスと、クラリと、あとグレアを救……捜さねぇと――」
ブロウルさんがガレキの山と化したこの場所を眺めて、両手で短い前髪をかきあげて溜め息をつきます。
「つってもみんな……どこに消えた?」
ガレキからは、誰の声も聞こえません。あるのは、パラパラと小石のような破片が音を立てて崩れる音だけです。
砕けたガラスの鋭利な破片が、飛行艇と全半壊した建物のものと一緒になって、濡れた地面に散乱して鋭利な輝きを、静かに放っていました。
機首だったらしい場所は、崩壊した建物と混ざってひどく変形して潰れてしまっていました。
そこが機首らしいと分かったのは、飛行艇の機首に据えられていた主砲の砲身があったからでした。
そこが本当に機首なのか、自信はありませんでした。
コックピットにあったはずの窓が、何処にあったのか、形跡さえ分からないのです。まるでコックピットに窓なんて最初からなかったかのように。
「あの! あの子のお母さんがそこにいるみたいで……」
子供の近くにいた二人の女性の一人が駆け寄ってきて、ブロウルさんの腕を掴みます。
「いまボウズ抱えてんのが親じゃなくて?」
「いえ、あの人は私の姉です。あの子がどこの子か分からないんです」
ブロウルさんは、さっきから二人が親をさがしていることに気付いていませんでした。
険しい表情で眉間にシワを寄せて目を閉じた彼は、短い舌打ちをひとつして端的に状況をまとめます。
「親を捜せばいいんだな? そこ、あっち?」
「いえ……」
残骸を挟んで反対側を指差すブロウルさんに、その女性は、言いにくそうに目を逸らします。
「下!?」
「私じゃどうにもできなさそうで……」
「ぁあー、わかったちょっと待ってろ」
俺一人じゃどうにもならねぇかも。
ブロウルは彼女に断りつつ、私に、飛行艇に乗った三人を捜してほしいと言って、残骸を乗り越えて隙間を残骸の反対側へ回りこみます。
「おーい大丈夫かー!! いるかー!! 声出せー!!」
彼の呼び声を聞きながら、エクソアは機体の残骸をまわって三人のいそうな場所や痕跡を探し始めます。
実際、エクソアが何を考えて私の身体を動かしているのか分かりません。私には推測するしかありませんが、エクソアの動きは、間違いなく、人を探していました。
エクソアは、ずっと息が上がっていました。手の先から温度がなくなって、震えていました。
「お前ら見てるだけかよ! なんかやれよォ!!」
残骸の向こうから、ブロウルさんの声が聞こえます。その声に同調するように、残骸の向こうで呼びかける声が、ひとり、ふたりと増えていきます。
「おーい! 大丈夫かー!」
「おがあ゛ぁ――!」
「怖かったね、大丈夫だからね、お兄さんが助けてくれるからね――」
「生きてたら声出せー!」
「誰かこの子を知っている人いませんかー!!」
響く声のなか、エクソアは飛行艇の残骸に入り込める隙間を捜して、歩き回ります。
ふと足元を見て、水以外のものがうっすらと流れていることに気づきます。残骸から漏れ出た誰かの血が、地面を流れる水に薄められて渦を巻くように広がりながら、石畳の隙間を流れているのを見つけたのです。
そこは、さっき機首かもしれないと考えていた場所でした。ならば、そこにいたはずのコウさんとグレアさんは、もう――
「おい! 聞こえるか!! おい、クラリ!!」
ブロウルさんは、崩壊した飛行艇の背に乗っていました。足元の機体の裂け目を隙間から覗きこんで、残骸を手で何度も叩いて声を上げます。
「声が聞こえる! クラリ生きてるぞ!!」
ブロウルさんが私を見て叫びます。彼が聞いたのは、か細い声のようで、少し離れた私には聞こえませんでした。
「おい! 誰か槌を寄越せぇ!! ガレキに穴こじ開けっぞ!!」
「いま助けるからな! しっかりしろよ!」
「諦めんなよー! 絶対死ぬなよ!!」
残骸の上で必死に叫ぶブロウルさんを、エクソアは見上げていました。
震えるエクソア――私の手。さらに上がる息。耳鳴り。砂嵐のように荒くなって、見ているはずなのに、見えなくなっていく視界――
麻痺していく感覚から抜け出して我に返ったエクソアと私は、声を上げる人々に気づきます。それまで距離を取って囲むだけだった野次馬が、何か口々に叫んでいたのです。
「おーい崩れるぞ!!」
「危ないないないない――!!」
「離れろ!!」
「下がれ下がれ! 下がれ!!」
エクソアはあたりを見渡します。半分崩れながらも建物の形を保っていた通りの建物。そこからパラパラと音を立てて小石のような砕かれた破片が壁を流れているのが見えた瞬間。
建物の形を保っていた巨大な壁の塊が、ミシミシと音を立てて割れて、こちらに倒れるように崩れ落ちながら迫ってきます。
エクソアが、身体が、反応できない。
これが、因果――
私が、コウさんに助言をしたから、飛行艇は飛んだ。
助言をしたから、飛行艇は墜ちた。
飛行艇が墜ちたから、みんなも、私も――
ガラガシャと大きな音を立てて潰れて、崩落した建物から降り注ぎ飛散するガレキが、私のすぐ脇を転がり飛んできました。
私の身体は、エクソアのものです。意識だけの私には何もできません。
腕で顔を守るエクソア。ぶわっと押し寄せた風圧に私の髪が吹き上げられ、遅れてやってきた、下から逆巻きに舞い上がる灰色の砂煙の中に巻き込まれます。
砂の雨のような音に包まれて、目を閉じて身を固めるエクソア。鈍い衝撃が走ります。重量のある何かが、私の腕を引っ掻いて、頭を打ち付けたのです。
目も開けられず、舞い上がる砂煙に息もできず、何に当たったかさえも分からないまま、上下の感覚が分からなくなって――浮かび上がったような浮遊感が終わると、いつの間にか粉塵の上に横たわっていました。
エクソアは、吸い込んだ粉塵が喉に引っかかって、ひどくむせました。黄灰色の土煙が目に沁みます。
――結局、コウさんもグレアさんも、崩壊したコックピットの中で潰れた状態で見つかりました。いえ、見つかったそうです、というのが正しいのでしょう。
私もエクソアも、二人の亡骸を見る勇気がなかったのです。
クラリさんは、日が暮れて、夜の冷たい風が吹く頃になって、ようやくガレキから救出されました。
救い出されたときには息があった彼女。血まみれのクラリさんに意識はありませんでした。
救出された彼女は、医者の治療を待たずして、その身体に体温を残して、まもなく息を引き取ってしまったのです。
彼女だけは、救われたと思ったのに。
大丈夫。なるぅは天才なのです。
前回の時間軸で信号灯を手に、そう言って私に微笑んでくれたあの子が。つい数時間前まで、桟橋にかかった主翼の陰で、川面に足を投げ出して涼んでいたあの子の灯火が、消えてしまった――私が消してしまったのです。
つまるところ、ガレキの中から誰一人として、生還できなかったのです。
私が、殺してしまったのです。私がコウさんに助言なんかしなければ、こんなことにはならなかった。
間違いなく、ここは私が導いた未来――
もう、いやだ。
どうしたって、いままで何を頑張ったって、何度やり直したって!
良かれと思ったことだって、すべて、みんな、全部裏目に出て――コウさんを救うことはおろか、グレアさんとクラリさんを巻き添えにして、見知らぬ人を傷つけて、母子まで引き裂いて!
最初のように、私は何もせず、コウさんが一人死にゆくのを黙って眺めていた方がマシじゃない!!
――こんなの、私が求めていた未来じゃない。
思い返せば、コウさんが死ぬ世界を延々と繰り返し続ける前から、神使様の弾劾裁判を受ける前から、私がやることなすこと、全部、全部!
生まれ故郷の村でだって、私が暴れた家畜から村の子供を救おうとしたから、お父さんも、お母さんも、弟も、みんな失って、家も焼けて。
コウさんと一緒に過ごしているときだって、私が誰かから血を貰わないと生きていけない種族だって、彼を傷つけたくないからって、我慢したのに、あれだけ耐えたのに、結局傷つけて!
私のやることなすこと! なにもかも! 傷つけて! 殺して! 悲しませて!
「あ゛ぁー……!!」
神使様……ごめんなさい。身分を弁えず、人を助けようなんて出過ぎた真似は、もういたしません。
誰か、私を、殺して――
どうか、私に神罰を……私の存在を、消してください……




