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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
計算式の彼女
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第1話-22 計算式の彼女 初期値+計算=必然


 さて、今俺は零雨と途中まで一緒に帰宅している。あれだけ激しく降っていた雨は、嘘のように晴れた、とまではいかないが、小雨がぱらつく程度までに落ち着いていた。零雨の家は神子上の家から南の方にあるらしい。位置関係をまとめると、俺達の通う学校を中心として東方面が神子上麗香、南東方面が嵩文零雨、南方面が俺、という関係になっているようだ。


 結局、「警察に出頭してこい」という俺の切なる願いは、零雨と麗香が存在しない人間であることがバレてしまうからという理由で却下されてしまった。俺が犯人隠避罪で捕まったらどうすんだ。そう言うと麗香は「私達が起こしたのは超常現象で、法的に裁くことはできないから大丈夫」などと供述。つまり科学的に証明できないと犯罪として裁けないんだと。丸く言えば、この世界がシミュレートであるということが学者によって証明されない限り、発信機もないのに電波出したり、火気もないのに勝手に送油パイプの中で爆発が起きたり、ゴビ砂漠のど真ん中からSさんと彼のクルマが突如として出てきたりということについて責任を問われることはないということだ。俺としてはどうも釈然としないが、そういうことの方が気が楽だ。罪に問われないのだから。……ただ、倫理的には大問題である。その点は一応説教しておいた。



「なあ零雨、聞きたいことがあるんだが、聞いてもいいか?」



 俺は、ビニール傘を手に右隣を歩く零雨に話しかける。



「……?」



 零雨の顔が無言で俺の方を向く。



「今からする質問は、ただ俺が何となく気になったから聞くわけで、無理な質問には答えなくてもいいからな」



 俺はそう前置きをした。零雨が分かった、とジェスチャーする。零雨は話すのがあまり得意じゃないな。口で答えれば済むことを、わざわざ無駄のない動作で表す。初めから分かっていることだが、どうも零雨はあまり喋りたがらないようだ。



「何で、零雨は今の姿で現れたんだ?」


「……?」



 これが、俺の聞きたかった質問だ。零雨は首を傾げた。イマイチ理解できてないようだ。基本的にこいつはジェスチャーで処理できることはジェスチャーで処理するつもりらしい。



「言い換えるならば、なぜ、女子の姿で現れたのか、とか、なぜ白髪なのか、とか。一番疑問なのはその真っ白な髪とその目だ」



 俺は付け加える。麗香は黒目黒髪の目立たない、環境に溶け込みやすい容姿で現れたが、なぜ零雨は周囲の環境に溶け込もうとしなかったのか。それが俺は疑問だった。零雨は理解したようで、頷いた。



「私……が女性として現れたのは……その方が好都合だから」


「好都合?」


「私が……S0-v1.7dの時、男性の姿をして現れた。……当時、私は短期の……作業を行っていた。私は他人と接触する際、人間は相手が……男性であるか女性であるかによって、態度が……大きく変わることを発見した。男性よりも、女性の方が他人と接触しやすい。……この事実が判明してから、女性の……姿で現れるようになった」


「なるほど、接触っつーのは情報収集か」


「……そう」


「ところで、今言ったその作業って何だったんだ?」



 俺が聞くと、零雨は答えた。



「ステージ25の……シミュレーションのエラーで……発生した強力な電波の受信・解析」


「25……」



 ステージ25って、確かこの世界のことだ。



「西暦1977年8月15日夜……地球、アメリカ……オハイオ州にて、約70秒にわたって受信した。周波数は……1420.416Mhz。電波の発生源は、いて座方面……地球から約3.7光年。原因はステージ25の欠陥。欠陥は……現在修復済み」


「なるほど……」



 よく覚えてるな。いや、当たり前か。そんな大事なことを忘れるようじゃ、この世界のメンテナンスなんてできやしない。



「不運にも……その電波は人間に……傍受された」


「運が悪かったんだな」



 俺はそれ以外に何も返答が思いつかなかった。傍受されたということは、探せばその受信記録が実際に残っているに違いない。探してどうできるわけでもないが。



「私の髪の色については……この世界に現れる際、私が…………色を指定しなかったから。肌、目についても同様に……色を指定しなかった」



 なるほど、何も設定しなかったから、リアルデフォルトで生まれたと。色の指定っつうのは、たぶん色素だな。人間でも遺伝的に色素を持たない人達がいるらしい。彼らはいろいろな面でかなり苦労している、と聞いたことがある。零雨は別だが。



「そうか。色を指定しなくて、後悔はしてないのか?」



 茶髪や金髪ならばまだしも、白のロングヘアーは目立つ。今からでも黒目黒髪になれるなら、そっちの方がいいに決まっている。



「……後悔はしていない。……それが私に特に大きな問題に……ならない限り……修正しようとする意志は……ない」



 零雨は答えた。零雨がそう言うのだから、零雨の自由にさせりゃあいい。俺がこうしろ、ああしろなどと言う権利はない。しかしながら目立つことは明確で、俺の心情としては毛染め液でもカラーコンタクトでもいいから、とりあえず目立たないようにチューンナップして欲しい。



「…………。」



 質問に答えるとすぐに前を向いて黙ってしまう零雨。コイツとの会話は一問一答形式に等しく、クラスの歓談の輪の中には到底入れそうには見えない。



「……なあ」



 平行して歩いているだけの、無機的で険悪にも感じるこの空気を切り裂けるのは俺しかいない。会話が切れればすぐに空気は元通り。あのウザいほどよく喋るチカが少し恋しくなった。そんなことを思いながら話しかける。



「お前らの身体は何でできてる?」


「……あなたの身体組成と……ほぼ同じ」


「一緒なのか」


「……等しくない。……しかしそれは……分子レベルの話。……基本的に変わらない」


「ちょっと手、見せてくれてもいいか?」



 零雨は傘を持ち替え、無言でその手を俺にそっと差し出した。俺はじっくりとその手を眺めるが、確かに質感は人間のそれと同じで、区別は全くつかない。零雨と麗香の身体は本物なのか、それとも模型なのか。精巧すぎて俺には分からない――どっちにしても俺に関係ないことだが。零雨の手を解放するとまた広がる空白。



「ところで麗香のあの家、どうやって手に入れたんだ?」



 今ふと気がついたことだ。普通に考えれば、零雨と麗香はこの世界に出てきたはいいが、宿なしで涙チョチョ切れになるはずだ。なのに自分の家を手に入れている。しかも高級住宅街に建つ家だ。どうやって自分のものにしたのか。道ばたに万札を詰め込んだアタッシュケースでも見つけない限りありえない。



「……公有財産売払物件を購入した」


「公有財産売払物件?」



 言葉からしてなんだかめんどくさそうな話になってきた。いや、たしかに今の俺の質問はそういう関係なくしては語れないことは、少し考えれば明確なんだがな。



「バカにでもわかるように簡潔に説明してくれ」


「……国の持つ不要な物件を……競売により売却する制度。……麗香が100円で購入した」


「ワンコインだと!?」



 自販機で売ってるペットボトルよりも安い値段で買ったのかよ! 普通、住宅ってウン千万するのが当たり前のはずだ。俺のマンションの集合ポストに不動産の売却求むの広告が、ほぼ毎日のように入っているから間違いない。


 ちなみにその広告、俺の家では暇つぶしに作る紙飛行機になっている。なぜ紙飛行機かって? 簡単な話だ。その広告が必要な人に向けて送るのに最適だからだ。俺はマンション暮らし。高いところから飛ばせるから、より遠くまで届くだろう。そんなわけで、家には大空を夢見る発進待機中の紙飛行機がゴマンとある。成約済みの古い広告をばらまけば、気になるお隣りさんの間取りが分かってしまう、暴露ビラにもなる。待機中の紙飛行機があるのは、飛ばして怒られるのが怖いからに他ならない。……話が相当逸れてしまったが、家の話。



「ちなみにお前の家は?」


「……同じく公有財産売払物件で……10円」


「完全に価格崩壊だな」



 そんな安い金で家が買えるなら、もうとっくにどこかの誰かが目をつけてボロ儲けしてるはずなんだが。自販機の下にでも落ちてそうなコインがウン千万もの大金を生むなんて、そんな美味しすぎる話があるなら俺も小遣い稼ぎに投資しちゃうぜ。



「競売ってことは、他にも目をつけてる人がいるはずじゃないのか?」


「……競売で入札したのは……私達だけ。……他にはいない」



 ……どうも怪しい匂いがプンプンするが、これ以上追求はしないでおく。いずれにせよ合法的に住宅を取得できたのなら、俺の出る幕じゃない。合法だと信じたい。


 それからしばらく無言のまま同じ道を歩いていた俺達だが、ある交差点に着いた途端、零雨は「さようなら」と短く俺に言い、自分の道へくるりと方向転換、俺のことなど気にも留めずにあっさりと帰っていってしまった。直線美とでも表現するのが妥当だろうか。その正確な歩き方で上下に振動するビニール傘の後ろ姿。



「ホント、ドライなヤツだな……」



 ――――これは必然なのかもしれない。麗香は人の思考は覗けないと言った。しかしこの世界がシミュレートプログラム――つまり計算式である以上、同じ初期値を設定すれば同じ結果が出てこなければならない。1+1=2は永遠に不変だ。システムの損傷も含めた初期値が変更されない限り、彼女達は同じ解を導き出して必ず俺のもとに来る。必然だったのだ。


 零雨や麗香が人の思考を覗けないのは、この世界が計算中だからだろう。例えばある数学の問題の解答は、途中で計算するというプロセスを挟まないと得られない。一度計算したものを再生するなら、彼女たちはたとえ途中であっても、必要な解を先読みできる。


 徐々に遠くへ消えていく彼女の姿を眺めながら、俺は自分の運命を嘆いて大きく肩を落とした。



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