第6話-13 代理救済プロトコル 5 - 不協和の同期
私がグレアさんと話をしたことで、グレアさんがコウさんを救おうとしたように、私がコウさんと話をして、何か未来が変わることに、ほんのわずかでも期待するのは愚かしいことでしょうか。
コウさんが試験で命を落とすことは分かっていましたが、つい先ほどまで私の目の前で真剣に話をしてくれた彼が、帰らぬ人になってしまうことに、罪悪感を覚えました。まるで私が見殺しにしたような気分になるのです。
事実、こうなる未来を知っていて送り出したのですから、見殺しにしたことは間違いありません。
だけどごめんなさい。私はコウさんをどうすれば救えるのか、まだ分かりません。
飛行艇事故からコウさんを救う。私は言葉も、身体の自由も利かない。
私ができるのは、私の、私だった身体を操るエクソアに語りかけ、頼むこと。頼めば以心伝心で理解してくれるわけでもありません。
コウさんは、飛行艇を作るという話が出てから、私がコウさんと会うときはいつもいつも、飛行艇のことばかりでした。
四六時中それに打ち込んで、工業ギルドの現場でどんな問題が起きているのかを見て回って、対応に奔走していたのです。
ときに職人さんにこんないい加減な図面で作れるか、と不満を爆発させた怒号を浴びて、頭を下げて図面の何が悪いのかを聞いて、他人の書いた図面の修正までしていました。
疲れきった様子を見せることも一度や二度ではありませんでした。
コウさんが運転する乗り物、わだちは、離水試験のための仮設試験場に向かっていました。
彼の隣にはグレアさん、荷台に私とガルさん、ブロウルさんが座っています。救援のための道具も積んでいるので、普段よりも荷台は少し窮屈です。
そう。私達は荷台に揺られて、あの桟橋に向かているのです。
"コウさんは、今回の試験で、スッと飛べることが理想だと、過去の時間軸の世界で語っていました"
私はエクソアに独り言のように語りかけます。
これまで、私はエクソアには必要な場面でしか話しかけませんでした。
もしかしたらエクソアがズレた言動をするのは、私が必要なときだけ急に話しかけるので、その意図を理解し損ねているかもしれないと思ったのです。
もしそうならば、私自身の考えをエクソアに語りかけ続ければ、ここぞというときに、間違いなく動いてくれる。
それが、私の求めるコウさんの死という結末からの突破口になるのでは、と考えたのです。
"けれども、これからの飛行艇の離水試験では、飛行艇は水面を跳びはねて大破してしまいます。きっと、飛び跳ねるという動き自体が、コウさんの理想の中にはない、想定外の動きなのだと思います"
想定内と想定外の変節点。
私の手持ちの情報で、ひとまずは飛行艇が水面で異常な飛び跳ねを起こすところに、変節点があると推理しました。
コウさんが水切りの動きを想定しているのならば、どう離水するのか、という問いかけに「こう、スッと」と言って、水平にした手を横に動かしながら綺麗に持ち上げるような動きはしないはず。
水で跳ねるような動きを手で再現して、空に上がるような動きをするはずです。
私があたふた苦労しながら、コウさんから得た限られた情報で分かるのは、それだけでした。
飛行艇が川から離水するとき、水切り石のような動きをして川に突っ込んで大破水没する。それが変節点だとして、何が起きているのかは分かるのに、どうして起こるのか分かりません。
「あーもーやってらんないわー」
そして、私達はとうとうあの桟橋にやってきてしまいました。
グレアさんがメイド服の胸元を手でパタパタとさせながら、飛行艇TANON号の主翼の下に逃げ込みます。桟橋の縁に腰掛けて靴を脱いで、素足をブラブラさせるのです。
クラリさんも、日射しがちょっと暑いと言って、グレアさんと同じように、主翼の影に身を潜め、彼女をマネて靴を脱いで、小ぶりな素足を川面の上に晒すのです。
"どうにかして川面の上で跳ねるのを止めたい……エクソアさん、川の景色というか、様子を見てみたいです。桟橋の先まで行ってくれませんか"
私は、川に何か跳ね上がるような障害物や何かががあって、飛行艇がそれに乗り上げる、なんてことがあるのか気になりました。
飛行艇が跳ね始めた場所や大破沈没した場所は、何度も見ていますから記憶に焼き付いていました。
そのあたりを桟橋から眺めてみて、見つからなさそうなら、私が自ら、翼を使って試験場になる川の上を飛んで、上から目視で確認しようと思ったのです。
でも、先の時間軸でコウさんから見せてもらった計画書では、確か、試験場の安全を旗を持った兵隊さんが確認することになっていましたから、あまり収穫は期待していなくて、どちらかというと、私が納得するために、念のために見ておくという感じです。
「川には入るなよ?」
「入らなーい!」
ガルさんは、まるで父親のような口調でクラリさんに声をかけます。
クラリさんは桟橋に腰掛けて足を投げ出したまま、顔だけガルさんの方に向けて、軽快に宣言するように返します。
私が知っているクラリさんの癒やされるような無垢な様子も、この瞬間が最後でした。
コウさんの死のあと、私が過去に戻されるまでの間、あんな晴れやかな様子は一度たりとも見せることはないのです。
"もし、私が飛行艇TANON号だったのなら、どうして水面を跳ねるのか、身体で理解できるのでしょうけど――"
それも、私達の翼とは違う、機械の翼にしかない何かがあるのだとしたら、分からずじまいで終わるかもしれません。
エクソアは、私の願いの言葉を聞いてか、桟橋の先に向けて歩き始めます。木製の桟橋が足音で響いて、コトコトと音を立てます。
飛行艇の影に入って桟橋の頭上に延びる主翼の下をくぐり、以前の時間軸で「水着で空を飛べと?」と言ったグレアさんの背中を通り過ぎます。
川の様子を飛んで確認するなら、ブロウルさんに捕まって「あの夜」の話が始まる前に飛び立たなくてはいけません。
「あっ」
桟橋の先まで来たところで、エクソアは桟橋の浮き出た床板に足を引っかけて姿勢を崩します。
前傾する身体。咄嗟に出た反対の足。反射的に駆ける足、乱暴に羽ばたく翼。
「あぁっ!?」
最初に足を引っかけたときに、そのまま転んでいればよかったのかもしれません。エクソアは桟橋の先まで駆けてしまい、終端の床板の角に足を掛けます。
飛ぼうとするエクソアは、不安定な床板の角を蹴り上げようとして、ずるりと靴が滑ります。
前回の時間軸で
半端な速度と角度で桟橋を飛びだしたエクソア。
慌てて羽ばたきますが、乱暴な翼で重力に抗うにも風は掴めず、そのままズルズルと負けて川に身を投げてしまいました。
光きらめく澄んだ川の水の美しさが視界いっぱいに広がります。
あっ、きれい――
落ちた瞬間の川の水は硬く、身体を打ちつけるような痛みを、共有する五感を通じて伝わります。そして、押し返すような水の力を受けて、一度跳ね上がるようにして飛び上がって、今度こそ頭から川に飛び込んだのでした。
うつ伏せで飛び込んだエクソアは、しばらく暴れるようにもがいて、最後に仰向けになって水面から顔を出して仰向けになります。
飛び込んだ瞬間に息を吸おうとしていたエクソアは、そのまま口と鼻から川の水を吸ってしまい、仰向けのままひどくむせ込みます。鼻の奥がひどく痛みます。
もしかすると、なんとか仰向けになれたエクソアは、私よりも川の中での動きは得意なのかもしれませんでした。私だったらそのまま溺れていたかもしれません。
「いやお前が川に入るのかよ!」
川の水で耳を塞がれ、くぐもりながらも伝わるブロウルさんの叫びが聞こえました。
「ごめんなさい……」
エクソアは申し訳なさそうに声を上げます。
私は、水のひんやりと冷たい感覚に包まれながら、クル川の流れにゆっくりと流され、桟橋から離れていきます。
ガルさんが腕を組みながら桟橋の上を歩いてきて、私を一瞥して言います。
「誰かリンを助けてやらんか」
「いやよ、私だって濡れたくないわ」
「クラリも、川に入っちゃダメって言われたばかりなのです」