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第6話-12 代理救済プロトコル 4 - 干渉限界


 コウさんは、手に今回の試験計画について書かれた紙を持っているようでした。尋ねるには今しかありません。


 "コウさんに、今回の試験で、飛行艇がどうやって離水する予定なのか、聞いてください"


「その紙は?」

「今日の試験の手はずと予定航路を書いたやつ」


 エクソアがコウさんに一言尋ねると、コウさんはそう言って、私に手渡しました。


「直前まで確認に使うからな、気が済んだら返してくれ」


 渡された羊皮紙の束をエクソアの視界越しに見ます。

 いつ、何をきっかけに何をする、という手順が上から下に順に書かれ、簡単な図が描かれています。

 ナクル市内に仮設された光通信台の位置について。

 クル川の試験開始地点への移動先の目印について。

 川の両岸に立つ、旗を持った人の役割と旗の意味について。

 試験可能の合図について。

 離水後の予定航路、機動試験を行う空域と、試験項目について。


 私も試験時はわだちに乗って、何かあった際の救援に行く立場ですので、試験の内容はある程度は知らされていました。

 通行予定の道をなぞるだけの私達に比べて、彼の持っていた飛行艇側の試験手順の情報量がとても多く、一度に読み切って覚えられるような量ではありません。


「内容はほぼ覚えてるんだけどな。俺も計画立案に参加したし。それでも思い違いで死ぬのは勘弁ってわけだ」

「すごいですね……この量を全部覚えているなんて」

「だが完璧じゃない」


 エクソアはコウさんに計画書を返します。


「死ぬほど難しいんだ、百点満点ってのは。だからまだ俺にはコレが要る」


 コウさんは、計画書を受け取り、そう言い切ります。

 結局、計画書には「どう試験を進めるか」が主軸に書かれていて、私が知りたかった「飛行艇がどうやって離水するか」のような具体的な方法については書いてありませんでした。


 "飛行艇をどうやって、どんな感じで、どんな動きで離水する想像をしているのか、聞いてください。私が知りたいのは、それです"


 飛行艇の扱い方については、迎賓館で日常的にやっている授業で、コウさんが教壇に立って、座学としてどう操作して飛ばすのかの話はしてくれていましたし、それを聞いてはいました。

 けれどそれは座学の上での話、言い伝えのようなものであって、実践としてどう動くのかの理想像が浮かばないのが現状です。


「その、今日の試験の計画を理解するのは大切だと思いますけど……」

「まあな」


「実際に飛行艇を操縦して離水する自分とか、景色を想像してみるのも、良いかもしれません」


 え。ちょ、ちょっと、違うんですけど……? エクソアさん!!

 私は「成功している自分を想像して奮い立たせる」みたいな助言がしたいわけじゃなくって、いや、それも大切でしょうけど……

 「どういう状態が成功として想像しているのか」ってことを私は知りたいんです。

 その話し方では、私の知りたいことが引き出せるか疑問です。


「成功する自分を想像、ねぇ……妄想ならさんざんっぱらやったが、できる気がしねぇ」


 ほらぁ!!

 全然伝わってないじゃないですか!!


「…………。」


 そしてエクソアは黙りこみ、私とコウさんの間に静かで微妙な空気が漂います。

 ごめんなさい。でもこれは私のせいじゃありません。エクソアのせいです。


 ”妄想でもいいですから、成功する状況を言葉にするよう伝えて”


 せっかくコウさんの元に来たのです。収穫もなく引き下がる気はありません。

 外れた話題を修正するようにエクソアに語りかけます。


「妄想を言葉にするだけでも、現実になる未来が近づくと思いますよ」


 服が座席と擦れる音がして、コウさんが座席から振り返り、私の顔をまじまじと見ます。


「今日はやけに前向きというか、普段とは少し雰囲気が違うな? 自己啓発本でも読んだか?」


 まぁ、このタイミングで悲観的な話をするわけもないか――少し間を置いて、そうコウさんは独り言を呟きました。


「隣の席に座ってみるか? どうせ神都へ向かう道中のリンの指定席はそこ(副操縦席)だ。座ってみて具合が悪ければ修正を依頼する」

「……はい」


 エクソアは、コウさんの隣の席の足下に足を差し込んで座ります。席の足下の奥の方に足置きの形をした装置や、突き立った棒状の装置――操縦桿があります。

 操作をするための色々な機械や操作盤が近くにあり、席自体はちょうど良かったですが、機体の後ろにあるゆったりとした空間と比べると、結構手狭に感じます。

 コウさんに脇に腕輪があるだろ、と言われて探すと、緑色の金属質の腕輪が脇の収納に入っていました。


「その腕輪についてる紐を機体の穴に差し込むと、装着者の魔力を使ってこの飛行艇が動くってわけだ。俺の席にも腕輪がある」


 コウさんは自身の席の腕輪を私に見せ、私が副操縦席に座ることになった理由は、私が魔力を生成できない種族体質であることにあると言いました。


「俺とリンが同時に腕輪をつけて機体と繋がると、機体の魔導回路を介して、俺の魔力がリンに逆流する。つまり、俺の魔力をリンに分け与えることができる。これなら、リンが魔力欠乏でつらい思いをしなくて済むと思ってな」


 私は魔力を自分で生成することはできなくても、生命維持のために魔力の消費がどうしても必要です。それで彼は、飛行艇経由で魔力を分け与えられるよう、私にこの席を指定したのだと言いました。


「ただ、俺が席を外したときの飛行艇の魔力の供給源がリンになる――充電池のような扱いになってしまうが」


 充電池という言葉が指す物は分かりませんが、あまり良い言葉ではないことは、分かったような気がしました。自信はないですけど。


 コウさんは私にも操縦を手伝ってもらうことがあるだろうと言い、操作盤のあれこれを指さして、これは対気速度計、これは気圧高度計、これが飛行艇の出力調整レバー、これが低速時に揚力を増やすためのハンドル――と私に教えてくれます。


「色々あるが、一番重要なのはこの操縦桿と足下のペダルだ。離水するときも、飛んでからも、これで姿勢制御する」

「難しそうですね……」


 ”エクソアさん、どう操作して離水するのか聞いてください!”

 私は間髪入れず、エクソアに指示を伝えます。


「――今回の離水の試験では、どんな感じで動かすんですか」

「どうって――まあ魔導モーターで飛行艇を滑走させて、ある程度速度がついたら、操縦桿を引いて、機体を持ち上げる――スッと離昇できれば一番だろうな」


 コウさんは、スッと、と言いながら水平にした手を水平に動かして払い上げるようにして、飛行艇の動きを表現します。


「ある程度速度がついたらってのも、どれくらいの速度か見当がつかんのが難しい」


 エクソアは対気速度計と説明された計器に視線を移して眺めます。

 計器を保護するガラスは取り外されて、針が剥き出しになっています。目盛りは停止を示すゼロ以外はまだ空白で、速度を読み取ることはできません。


 今回の試験は、飛行艇が離水できる速度を調べることも目的のひとつで、離水試験では、いま私が座っている席にグレアさんが座って、離水時の対気速度計の針の位置に印をつける予定なのだそうです。


 私とコウさんの間に流れた、しばしの沈黙。

 せっかくの状況、他に何かコウさんに聞いておける内容は、今のうちに聞いておきです。あるいは、ここで私がどんな行動を起こせば、コウさんが死ぬ未来を変えられるのか、考えて実践すべきでしょうか。

 悩ましい二択に頭の中で巡らせていると、コウさんが私の名前を呼びます。


「リン。すまんが一人にさせてくれ。もう少し試験の準備に集中したい。グレアとクラリの命も預かる以上、何が起きても対応できるよう心積もりをしておきたい」


 ガラス越しのコクピットの前方に広がる景色――眩しく穏やかな陽光がクル川水面で輝き、その両岸に立ち並ぶ建物を眺めながら、コウさんは沈黙を打ち破ってそう言います。


「そう、ですよね」


 エクソアが答えます。

 意表を突かれました。私はてっきり、このまま試験開始直前までの時間があると思い込んでいたのです。

 エクソアは操縦席から抜け出すように立ち上がりはじめます。


 "あ、待って!"


 このままでは、目の前にいる彼は死んでしまいます。

 慌てて行動を止めようとする私の言葉に、エクソアは耳を貸しません。

 どうしよう。何か言わないと、何かしないと――


「リン」


 慌てるだけで何もまとまらない私を差し置いて、時間は無情に進みます。

 エクソアが席から抜け出したところで、私はコウさんに呼び止められ、振り返ります。


「気を遣わせちまってすまねえ――色々話して、少し楽になった気がする」


 操縦席に座ったままのコウさんは、コクピットを眺める後ろ髪を私に見せたまま言います。


「きっと――うまくいきます」


 エクソアはコウさんにそう励ますと、コウさんは再び「すまねぇ」と私に返します。

 これが、私がこの時間軸のコウさんと交わした最後の言葉になりました。


 ごめんなさい。

 私の身体がエクソアのモノでなかったのなら、どんなことができたでしょう。

 死の悲劇の最前列。特等席である操縦席に縛られた彼。

 いつか――私がコウさんを救う方法を絶対に見つけます。


 渡し板をつたって飛行艇を降りて、私は桟橋に戻りました。

 太陽の傾き、光の色、空に浮かぶ雲の形――私の記憶する試験開始まであと少しの"景色"でした。


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