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第6話-6 飛行船舶TANON号 墜落事故調査報告書

【飛行船舶タノン号 墜落事故調査報告書】


神歴3446年1月29日

発行機関:レムノア王国政務院本部 飛行船舶タノン号墜落事故調査特別調査団



本報告書は本邦が指定する特級国賓指定された人物の死亡事故において、外交上および道義上の責任への対応のために作成されたものである。



■ 概要


飛行船舶タノン号※は、ナクル市南部のクル川に仮設された水上試験場にて、性能評価および情報収集のため離水試験を行った直後、予定航路を外れ市街地方面へ逸走し、神歴3445年13月2日 午後3時24分頃、住宅を含むナクル市第16街区へ墜落した。


 本調査にあたって、レムノア王国政務院本部より任命された調査官5名および、一次対応にあたった現地政府であるナクル政務院の3名の合計8名による調査団が組織された。


 本事故は飛行機械による本邦初の事故であり、かつ機械に対する極めて高度な知見を要するため、調査には飛行船舶タノン号の設計、製造主体であるナクル市工業ギルドが参加した。


※ タノン号は、専ら人荷の空中輸送を目的とする飛行機械であるが、本報告書作成時点で、当該機械を直接規定する分類または法令は存在しない。よって便宜上その性質に最も近い船舶に準じて取り扱う。



1 事実に関する情報


1.1 飛行準備および事故発生時の状況


 飛行船舶タノン号(以下「本船」という。)はナクル市南部のクル川に仮設された水上試験場(以下「試験場」という。)の東端に設置された、本船専用の仮設の発着場において、船長による航行準備が行われた。


 本船の航行準備に立ち会った者によると、状況は以下の通りである。

 神歴3445年13月2日 午後2時30分頃、桟橋に係留された状態の本船の前に到着し、船長は航行前の点検のために本船へ乗りこんだ。

 午後3時0分頃、離水試験の開始時間が近づいたため、本船は同乗者2名が乗船後、係留索を解除して離岸した。

 午後3時10分頃、離水試験のための所定の発航位置への移動が完了した。

 目撃者の口述によれば、事故に至るまでの経過は、概略次のとおりであった。


(1) 目撃者1(キール造船所仮設の通信台の当直者)

 ナクル市内各所には、本船との交信のため光信号による通信台が仮設されていた。

 私は本船が予定通り発航位置へ移動する様子を確認した。

 本船に「試験開始支障ないか」と尋ねたところ、「支障なし」と応答があったため、中央通信台にその旨を報告した。中央通信台より試験手順を開始する旨通報があったため、以降は前方誘導に従い試験を進めるよう指示を行った。

 本船から了承の応答があったため、試験場の安全担当に試験開始を指示した。

 この時点では、特に異常は感じなかった。

 当時は本船に対して、緩やかな向かい風が吹き続けている状況で、風の乱れなどは特段なかったように思う。

 試験場の安全確認の笛が聞こえると、本船は西へ滑走を開始した。

 試験場水域の4割くらいを滑走したところで本船は浮揚したように思う。

 徐々に高度を上げていく様子が見えたが、上昇速度が遅く、このままでは近隣の建物に衝突するのではないかと不安を感じた。

 試験水域の終端を超え、本船が市街地へ直進していった。

 針路上には教会の塔があり、本船は、右翼が下に沈む形で傾斜を取った。衝突回避のために右へ転針を図ったように見えた。

 本船の高度が低く、大型の船体の割に建物との高度差が十分にとれていなかったため、私は転針はまだ厳しいと感じた。

 その後、本船は右へ緩やかに旋回しながら、沈みこむように高度を失い、市街地に砂埃を上げて墜落したのが見えた。


(2) 目撃者2(発航準備に立ち会った者)

 当日、私は地上から本船の試験状況を確認し、必要があれば地上から支援を行う予定であった。

 船長は航行前の点検のために乗船したところ、船内の気温が高く暑苦しかったため、換気のため船体左右に備えた側部出入口および上部観測口を開放した。

 船長は私に気がつくと、試験に緊張を感じていると言った。船長に混乱したり動揺したりといった様子はなかったが、船長が私の手を触れた際は少し冷たく手汗が滲んでいたため、それなりの強い緊張を抱いていたのではないかと思う。

 船長は私と短い雑談を交わしたあと、船内を巡回し目視点検を実施した。続いて、試験の手順やコクピット(本船の操縦室の名称)での操作について念入りに確認していた。

 離昇試験を開始したとき、私は試験用の特殊車両に乗り込み、伴走していた。

 本船の航行速度は高速になることが予想されたので、随伴車は先行して試験水域脇の道を走行していた。私は、船体が水面から浮揚したのを見た。

 その後緩やかな上昇を続け、本船はクル川を外れて直進していった。随伴車に同乗していた者が「おい、あいつはどこへ行くつもりだ」だったか「あのバカ、どこへ行くつもりだ」だったか、言葉ははっきりと覚えていないが、航路が逸れていることに言及し、信号灯を使って航路逸脱を警告した。警告に対して、本船からの応答はなかった。

 その後、本船が建物の向こうに姿が隠れ、私からは見えなくなってしまった。少ししてから、鈍い衝撃音が聞こえ、私は墜落したのだと思った。

 本来であればクル川に沿って航行する段取りになっていた。船長は試験手順の段取りを何度も確認していたため、予定航路は認識していたと思う。


(3) 目撃者3(第16街区最寄りのラスブ教会の鐘楼で飛行試験を見物していた者)

 私は、本船の飛行試験の様子を見物するため、知人1名と鐘楼の屋根に登った。

 本船が滑走する前に、市内各所に仮設された高台で信号灯によるやりとりが行われたのが見えた。その後試験水域の両岸に並ぶ兵士が白旗を次々掲げていく様子が見えた。少しして本船の滑走が始まった。

 本船は、浮揚前後で一貫してクル川中央を安定して航行していた。

 試験水域終端に近づいてきた時点で、本船の高度は近隣の建物上空を飛行できる高度にはあったが、鐘楼よりも高度は低かった。

 本船は、鐘楼に衝突する経路で接近したが、途中で緩やかに反時計回りに船舶を傾け、北方向へゆっくりと転針を開始した。鐘楼への衝突を回避しようとしていたのだと思う。

 徐々に本船の高度が下がり、まず前方の右翼下の構造物が地上の建物の屋根に衝突した。そのまま船首が下を向いて地上の建物に飛び込むように激突し、建物の屋根を破壊しながら大通りへ船体が墜落していくのが見えた。

 その直後、私はバリバリと、まるで雷が落ちたような大きな音が聞こえて、同時に砂塵が舞い上がったのを見た。



1.2 人的被害


 同船には、船長ほか同乗者2名の計3名が乗船していたが、本事故により全員が死亡した。また、住民6名が死亡し、住民14名が負傷(うち重傷者4名)した。

 負傷者には、救助のため墜落現場に駆け付けた際に、高温の残骸に触れ熱傷を負った者なども含まれる。


 本船に乗船していたのは下記3名。

  ・アダチ・ミツヒデ(特級国賓・船長)

    ニホン国籍

    墜落より約2時間後、崩壊したコクピットより救出したが、その場で死亡を確認。

    身体には外傷および多量の出血の痕跡が見られた。


  ・護衛および通信担当の女性(通称:クラリ)

    レムノア王国国籍

    墜落より約5時間後、崩壊した荷室より意識不明の状態で救出。治療のため移送中に死亡。


  ・給仕の女性(通称:グレア)

    レムノア王国国籍

    墜落より約2時間後、崩壊したコクピットより救出したが、その場で死亡を確認。



1.3 周辺の物件の被害に関する情報


 墜落地点において商店4軒、民家3軒が全壊。近隣の建物にも飛散物の直撃による壁や窓の損壊などの被害が生じた。

 本船に積載されていた疑似貨物の砂4000ニル※および動力冷却用の水6500ニル※が流出・飛散し、周辺の家財および商品に被害をもたらした。


※ 4000ニルは、約1800キログラムに相当。

※ 6500ニルは、約3000キログラムに相当。



1.4 船舶の損壊に関する情報


 本船は墜落後大破し、同船の残骸が半径900シュ※に渡って散乱していた。


※ 900シュは、約150メートルに相当。



1.4.1 船舶の事故時の状況


(1) 胴体部

  ・胴体は船首付近および両側面の開口部が大きく崩壊し、上方へ跳ね上がるように折れていた。

  ・コクピットは折りたたまれる形で潰れ、窓が割れて周囲に飛散していた。コクピットには、今回の試験手順および予定航路を記録した書類が取り出された状態で残されていた。

  ・コクピットに取り付けられた機体の状況を示す計器は、針の折損や部品の逸脱などにより、事故直前にどのような状態にあったか、読み取ることが困難な状態であった。空気の流れに対する本船の相対速度(以下、「対気速度計」という。)の盤に浮揚時の針の位置と思われる書き込みが行われていた。

  ・コクピット後部から荷室に繋がる両側面の開口部は、後方より圧縮される形でつぶれていた。

  ・船内胴体下部の竜骨付近に多量の水が溜まっていた。船外から水が浸入した痕跡は見られなかった。


(2) 翼部

  ・前部の大型翼(以下、「主翼」という。)に取り付けた水上での浮上を補助する浮き具が外れていた。

  ・右主翼が激しく損傷していた。外翼部は建物との衝突により破損し、翼の付け根から翼端までの3割ほどの位置、胴体から伸びる支持柱が右主翼に接続されている点より折損した。

  ・左主翼が激しく損傷していた。外翼部は建物との衝突により、翼の付け根から翼端までの6割ほどの位置で屈曲していた。

  ・後部翼は、水平翼および尾翼が根元から折損していた。


(3) 機関部

  ・本船の主動力として魔導モーターが4基搭載されていたが、4基とも衝撃で著しく潰れていた。特に3番および4番モーターは、それぞれ円筒形の回転子が軸から外れて外部に露出していた。

  ・送風の反動で推進する金属製の風車(以下、「プロペラ」という。)は、魔導モーターの回転軸先に4基取り付けられていたが、4基ともすべて根元で破断あるいは根元から著しく変形していた。

  プロペラの推進角は、4つとも、概ね円周の約18分の1の角度※であった。

  ・翼の可動部の制御は操縦索によって行われるが、右主翼については折損した部位で4本中2本が切断され、左主翼については切断されていなかった。後部翼については潰れた船体に押しつぶされた場所で8本中3本が切断されていた。


※ 円周の18分の1の角度は、20度と等しい。



1.5 整備状況


 本船の整備については、当日の午前9時頃より、ナクル市工業ギルドの設計担当および製造担当による船体の点検が実施された。点検を実施した者の証言によると、異常は確認されず、制御装置の調整など整備は不要と判断され行われなかった。

 事故後の船体状況と、点検した者の証言の内容は概ね一致していた。



1.6 天候情報


 中央通信台の記録によれば、当日の試験場は"晴れの日の子供の失敗"※で安定していた。

 風の気配は西からの"雑談混じりの舞踊"※、砂塵による視界不良は認められなかった。

 中央通信台とナクル政務院との間の天候記録に大きな差異は認められなかった。


※ 「晴れの日の子供の失敗」は、青空に雲量1割5分~3割程度、雲の分散は中程度。"子供の失敗"は、上空から見ると、雲の影がかかった部分が水に濡れたように暗くなることから。公文書で使用される伝統気象用語。「AのB」の組み合わせを基本に表現される。

※ 「雑談混じりの舞踊」は、風速4メートル程度、風向風速の揺らぎが多少認められるが、概ね安定している程度。公文書で使用される伝統気象用語。「AのB」の組み合わせを基本に表現される。



1.7 試験計画


 本試験は、ナクル政務院とナクル市工業ギルドの共同計画に基づき実施された。本船は、両機関が共働して建造された飛行機械であり、その動作確認および本船による神都への国賓の輸送可否のための情報収集を目的として、本試験が企画された。


 提出された会議録によれば、本試験は「飛行能力および安定性に関する初期試験」に位置づけられており、同試験群は以下の3項目から構成されていた。

 ・滑走および離水時の挙動および安定性の確認

 ・空中での船体制御の評価

 ・着水時の挙動および安定性の確認


 また、航路および試験場の選定に際しては、以下の要素を総合して決定された。

 ・流域の線形が直線的で、離水に適した地形であること。

 ・水上発着のため、流域封鎖による一般水運の影響が比較的少ないこと。


 計画文書において、失敗時の想定については、以下の通り結論づけられていた。

 ・試験場内での水上着水および停止により、周辺への被害を抑えることが可能である。

 ・試験中、両側面の出入口を開放すれば、本船沈没時の脱出経路を安全に確保できる。


 試験計画上、航路逸脱への具体的対応手順の記載はなかった。

 また、関係者への聞き取り調査において「想定外の事態が発生することを前提とした訓練や手順の整備は行われていなかった」旨の証言が複数得られた。



2 分析


 2.1 事故に至る経過

 

 関係者の口述および、ナクル政務院調査官とナクル市工業ギルドによる事故当時の状況記録並びに周辺記録を総合すると、本事故発生に至る経過は、次の通りであった。

 (1) 本船は、船長および同乗者が乗り込み、神歴3445年13月2日 午後3時0分頃、本船専用の仮設の発着場から係留索を解除して離岸し、午後3時10分頃までに試験場東端の所定の発航位置までの移動を完了した。

 (2) 本船は、中央通信台との交信を中継する通信台を介して行い、中央通信台からの指示に従い、発航準備手続きを完了させた。

 (3) 午後3時22分頃、本船は試験場の安全確認の完了後、速やかに発航した。

 (4) 本船は試験場の中央を維持するように航行しながら加速し、試験水域の4割地点で十分な速度を得て浮揚した。

 (5) 浮揚後、本船は緩やかに上昇を継続したが、上昇速度は極めて緩やかであり、試験場西端に到達した時点において、両岸の三階程度以下の低層建築物を十分に飛び越える程度の高度に留まった。

 (6) 本船はクル川に沿って北上する予定航路を外れて直進を続けた。地上より航路逸脱を警告する交信を行うが、本船はこれに応答せず、そのまま市街地方向への航行を継続した。

 (7) 針路上にラスブ教会の鐘楼があり、本船はその手前で北へ転針を図った。その際本船は姿勢を崩し、ナクル市第16街区の建築物に右翼が衝突、午後3時24分頃、姿勢の立て直しが困難となり墜落した。



2.2 環境の分析

 

 2.2.1 整備状況


 本船は、午前9時頃よりナクル市工業ギルドによる点検を受け、事故直後の本船の状態は、事故の衝撃により破損したと考えられる部品を除いて、概ね証言と一致していた。

 1.1(2)に記述したように、目撃者2は、船長が船内の点検を行ったと証言している。事故後の本船からは、船長が点検を実施した客観的な痕跡は見当たらなかった。仮に船長による船内の点検が行われたとしても、船に不良や異常は特に認められなかったと推定される。



2.2.2 天候の状況


 1.6に記述したように、中央通信台とナクル政務院との間の天候記録に大きな差異は認められなかったことから、当時ナクル市の天候は一様に穏やかであったと認められる。



2.2.3 航路の分析


 2.2.3.1 本船の航路の分析


 2.1に記述したように、本船は試験場の東端、中央から発航し、西端に向けて、試験場となったクル川中央に沿って直線的に航行していた。

 試験場西端を通過し、クル川に沿って北上する予定航路に従わず、ラスブ教会の鐘楼の直前まで、本船は一貫して転針しなかった。

 1.1(3)に記述したように、目撃者3は、本船がラスブ教会の鐘楼を飛び越えられる高度がなく、ゆっくり北へ転針したと証言している。1.1(2)の目撃者2が、船長が予定航路の確認を行っていたと証言していること、1.4.1(1)に記述したように、コクピットから試験手順および予定航路を記録した書類が取り出された状態で残されていたことから、船長は予定航路を認識し、障害物回避のための転針と同時に、航路への復帰を図ったものと推定される。また、本船は墜落直前まで、転針するための一定の能力を有していたと考えられる。

 船長は予定航路を認識しながら、航路を逸脱したと推定される。一方、墜落後の本船をナクル市工業ギルドが調査したが、航路逸脱の理由を示す直接的な証拠は見当たらず、理由は不明である。

 転針と同時に高度を失い墜落したことから、本船は高度維持と転針の両立が困難な状況だったと考えられる。船長は浮揚後から鐘楼の衝突回避の転針までの間のどこかの時点で、高度維持と転針の両立が困難な状況を認識し、やむを得ず転針を控えた可能性が考えられる。



 2.2.3.2 予定航路の分析


 1.7に記述したように、試験場および航路の選定は、ナクル政務院とナクル市工業ギルドが共同で実施した。

 予定航路は、提出された議事録や選定資料から、本船の整備点検および専用発着場からの便宜や、経済活動への不要な混乱を避ける目的で、クル川を封鎖する場所や時間帯、離水試験に必要な流域の形状などを総合的に判断した上で選定されたと認められる。

 一方で、試験計画については、本船を構成する装置の検証について一定程度の事前の試験結果の蓄積があることから、高確率で成功する想定で計画され、仮に失敗が起こるとしても、本試験が「離水試験」であることを根拠に、試験場の中で起こることが前提となっていたと推定される。

 そのため試験失敗や想定外の事態が発生すること、および実際に発生した場合の想定や対処についての事前検討が不十分なまま、楽観的な予測のもと航路が決定したと認められる。



 2.2.4 事故後の船体の分析


 事故後の船体状況については、1.4.1に記述した通りであるが、船体の故障や異常に繋がるような痕跡は見つからなかった。船体底部に溜まった水は、墜落直後に、積載した多量の冷却用水が流失したが、その水槽が付近に設置されていたことから、事故直後に流失した冷却用水が溜まったものと推定される。



3 結論


 本事故は、飛行船舶タノン号が離水試験中、予定航路を外れて市街地に墜落したことにより発生したものである。


 本事故を誘起した要因は、以下の3点に集約される。


(1) 事前の試験計画について、試験失敗や想定外の事態が発生した場合についての、事前検討が不十分であったこと。

(2) 離水試験において本船の上昇速度が極めて緩やかであり、予定航路の初期段階において既に、高度の確保が不十分であったこと。

(3) 本船が予定航路を逸脱し、航路復帰や障害物回避のための転針を試みる過程において、転針と高度維持の両立が困難となり、最終的に船体の制御を喪失したこと。


 本船に故障や異常が見られなかったことから、本船は墜落直前まで設計通りに機能していたと推定される。とはいえ設計通りであることと、設計が必要な性能を満たすかどうかは別として考える必要がある。本船の操船能力が必要な性能を満たしていなかったことは、複数の目撃証言と実際の痕跡から認められる。

 飛行船舶に限らず、新種の機械装置に対する試験は、想定外の結果をもたらすことがある。慎重かつ万全を期してあらゆる結果を予測したとしても、実際の結果が想定を超えることは、可能性として常に存在する。

 本事故においても、事前検討を十分に行っていたとしても回避できたとは必ずしも言えない。

 しかしながら、本船に乗船する船長本人の地位や関係を考慮すると、経済的合理性や試験の便宜を差し引いても、計画立案においては、想定外の事態にも一定程度対応可能な、一層慎重かつ安全な計画を行うべきであった。

 船長と、ナクル政務院とナクル市工業ギルドは、飛行船舶タノン号の建造および試験の中で、親密な関係を構築しており、本人の身の安全について配慮を欠くことに繋がった可能性も否定できない。



4 対応


 本事故の結論を元に、本件事故についてレムノア王国政務院本部は、別添資料に記載した者に責を認め、処分を下すことを勧告する。



*



【本件事故に関する政務院声明】


 神歴3445年13月2日、ナクル市第16街区において発生した飛行船舶タノン号の墜落事故は、我が王国にとって深い悲しみを伴う惨事でありました。


 本件により亡くなられたアダチ・ミツヒデ氏は、レムノア王国において工業・学術の各分野において、極めて重要な知見をもたらした人物でありました。

 またアダチ・ミツヒデ氏は公共に対する高い精神性、自らの危険を顧みず、他者の救済に奔走する極めて卓越した人柄をも兼ね備えた高潔な人物であり、我が国において広く模範となる人物でもありました。


 本来であれば、我が国において外国籍の来賓が逝去なされた場合、ご遺体は可能な限り出身国へお返しすることが原則となっております。しかしニホン国との正式な交流や国交はおろか、有効な連絡手段がない事情を鑑みて、レムノア王国の責任において、丁重に葬儀を執り行い、レムノア王国の管理する墓地へ最大限の敬意をもって埋葬を行いました。


 アダチ氏が示した工業的知見、技術、そして精神性は高度な文明水準の片鱗を示すものであり、貴国の文明の高さに対して、深い敬意を表します。


 本事故にあたっては、事実の確認のため調査団が編成され、事故の発生原因、運用上の判断、そして被害を含めた総合的な分析を進めてまいりました。


 これらの記録は将来、貴国との対話の機会を得た際には、本事故の一部始終に関する我が国の認識を明確にするため、求めに応じて遅滞なく開示する用意があります。


 レムノア王国は、アダチ氏の遺志と共に、貴国との対話の可能性を、未来に向けて開いております。


神歴3446年1月29日

レムノア王国政務院本部



本報告書は、現代的な制度や倫理とは異なる世界観に基づき、物語としてのアレンジを加えて構成されたものです。

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