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【連載15年目到達】マジで俺を巻き込むな!!【はよ完結しろ】  作者: 電式|↵
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第6話-3 アダチはもうお陀仏だ!脱出するぞ!!


 内覧から四週間後ほど経った頃。

 俺達は、飛行艇の置かれたキール造船所の屋内ドックにいた。

 ドックの縁に、木材を井の字に組んでフタをして作られた簡易の壇が置かれていた。

 いまここで、飛行艇の進水式が進められていた。


 進水式には、飛行艇の設計製作に携わった工業ギルド所属の企業・工房の面々に加え、領主ベルゲンに多数の市民が詰めかけ、ドックを埋めていた。


 進水式をやろうと言い出したのは、ベルゲンだった。

 空飛ぶ船の航行の安全を祈る儀式的として大いに意義がある、と俺とギルドに書面を通じて主張したのだ。


 俺はその真意を理解していた。

 忘れもしない。ベルゲンがわざわざ迎賓館の俺の部屋に出向いて、飛行艇の技術を渡してくれと説得したあの日。ベルゲンは、多額の税を飛行艇に投入した以上、目に見える成果を民衆に示さなければ示しがつかない、と語っていたことを。

 俺だけではなく、当時その説得の場に同席していたガルも、ベルゲンの主張を聞いて同じ解釈を口にした。


 華々しい壇ではなく、即興で組まれた壇は、実際のところ造船所で使われている資材の寄せ集めでできていた。国賓の俺を招く進水式にしては、実に地味でショボい……実に環境にもお財布にも優しいものだと思ったね。

 飛行艇に掛けられた装飾は華々しいが、使い込んで汚れた跡が所々に見られる。他の船の進水式の機材を使い回しているらしかった。

 今回は普通の船ではなく、飛行機能を持つはずの特別な飛行艇だったが、特別な装飾は控えたエコノミー仕様の進水式の体裁をとっているのも、ベルゲンの意向があってのことだった。


 つまるところ、進水式は民衆に向けたアピールとして開かれたのだった。多額の税を流し込み、作った飛行艇をお披露目させる一方、華美な装飾を控えることで、予算を抑える姿勢も見せ、民衆の理解を得る。これがベルゲンの意図だった。


 俺は進水式など正直どうでもいいと思ってる。なんならこうして出席して、簡易組みされたベンチに長時間座って、式次第が進むのを待つだけの退屈な時間が嫌いなまであった。

 とはいえ俺が主導しつつもベルゲンの多大な金銭的支援を受けて飛行艇を作らせた以上、さすがに俺抜きで進水式をやるわけにもいかず、しゃーなしで出席している。


 俺たち御一行は当然、全員出席。壇上で語るギルドのリーダーや、班長が読み上げるコメントを聞いていた。自らの班がどれほど、苦労の末に貢献できたのか、この仕事に携われたことが如何に光栄か、どんな素晴らしい未来が待ち受けているのだろうか、などと。

 班長だけでも三十人もいるため相当な長丁場である。タイムキーパーもいない悲惨なスケジュール管理も相まって、学校の卒業式を彷彿とさせる面倒臭さだった。

 や。卒業式は出し物があるだけ、まだマシかもしれん。


 ガルは忍耐強く腕を組みながら、壇上のコメントを、静かに聞いていた。

 クラリは足をブラブラさせながら、退屈そうにキョロキョロと周囲を見渡している。

 ブロウルはガルと同じように腕を組みつつ、参加者の様子をぼーっと眺めているようだった。

 リンは、詰めかけた式の参加者の最前列の足下を虚ろに見つめながら、微動だにしない。何か考え事でもしているのかもしれない。

 そして、俺の隣に座るグレアに至っては――首を傾けて半目に、それも白目を剥いてゾンビみたいな体たらくを晒して寝ていた。


 やりたい放題のお姫様である。


 防衛軍が参加者に交じって警戒していて安全は保証されているとはいえ。仮にも身辺警護の一端を担っている彼女がゾンビなのはさすがにどうかと思ったが、シケた空気の進水式で提供される唯一の笑い所なので放置することにした。

 参加した皆々様方も、退屈したときにグレアの顔を見れば、たちどころに元気になること請け負いである。とくとご笑覧あれ。



 進水式が内覧の四週間後になったのは、主に天候、自然現象を待たなければならないからだった。

 キール造船所はクルと呼ばれる()れ川に面している。ナクルは雨季に入ったばかりで、まだ、ヒビ割れた川底を晒している状態だった。進水式は、涸れ川に水が満たされた後でないとできない。


 想像してみてほしい。

 「川に進水!!」と勢いよろしく動きだした飛行艇。そこに川の水はなく、飛行艇備え付けの陸用タイヤが干からびた川底を転がって静止するだけの絵面を。

 俺はこれを進水式を主張する勇気はない。


 閑話休題、クル川に鉄砲水が押し寄せたのは、飛行艇の内覧をした日の夕方のことだった――


 ちょうど、内覧を終えて、造船所を去ろうとしていたタイミングだった。

 カンカンカン、と不穏で鋭い鐘の音が、街中に響き渡ったのだ。


 初めは俺達同様、何の音だと顔を上げていた職人達だったが、事態を把握した者から次々と騒然とする造船所。

 何の鐘か分からなかった俺は、何があったのかと周囲を見渡していると、クラリが俺の服の裾を引っ張った。


「クル川に、水が来るって!」


 最初なぜクラリがそんなギャグを言うのかと訝しんだが、言葉の綾と気付くのに時間はかからなかった。


「水門の閉鎖を急げ! 閉じた水門の再確認も忘れるな!!」


 誰かが叫ぶ。

 手の空いた者から次々と屋内ドックの出口の水門に駆け寄り、飛んでいき、造船所のドックに水が浸入してこないよう、慌てて水門を閉じはじめた。


 涸れ川に水が流れる瞬間なんて大自然のスペクタクルを堪能できるのは、一生に一度あるかないかだ。そういう話になった俺達は、そのままクル川の近くに寄って、水が流れてくる方向を眺めることにした。


 そこは見通しの良い場所で、風も強かった。

 川幅は百メートルくらいはあるだろうか。水深六メートル程度の大きなクル川の川底。砂礫(されき)と泥が混ざり合ったような地質のひび割れた川底には、ここが川であることを主張するように、丸石が多数転がっている。


 俺が想像していたのは、こう、奥の方から川幅いっぱいに薄く浅く広がった川の水の第一陣が、ドゴーッと音を立てて、乾いた川底を潤しながら駆け抜けていく光景だったわけよ。


 実際はどうだ、川の中央に細くチョロチョロとした水が流れただけじゃねぇか。

 日本に住んでいた頃の雨の日、俺のマンション前の側溝の方がまだ迫力がある。


 観光名所に行ったら思ったよりショボくてがっかりして帰ってくるヤツである。

 星評価なら2.3/5くらいかとか考えながら「こんなもんだよな」とブロウルと語る。


 歩いてすぐの場所で見られただけ儲けもんだよな、などと話をしていたら、第二陣――泥混じりのコーヒー牛乳のような色の川の濁流が川底を薄く浅く広がってザーッと急に押し寄せて、小走りの速度で駆け抜けていった。

 異界人に星2.3とか微妙な評価をつけられて、川が本気を出す気になったかは分からないが、ゴミ、瓦礫、枯れ草、小動物の死骸を押し流しながら水量が増えていく。


 造船所の人々が慌てて水門を閉めたのは、これが理由なのかと分かったね。

 俺が観光レビューを書くならこう書く。

 "星3.4。映画館でエンドロールが流れ始めた途端に席を立つタイプにはオススメしない。"と。


 とかく、クル川の水は流れ始めてすぐは、少し臭うのと、汚れた濁流が流れるので、水流が徐々に浄化してくれるのを待つ必要がある。それに二、三週間ほどかかるのだ。

 今のクル川は、最初に濁流が流れたとは思えないほど綺麗な水が流れている。


 つまり、水質が綺麗になるまでの期間に少し余裕を見つつ、最短で進水式を行えるのは、水が流れ始めておおよそ四週間後なのだ。

 またこの時期は都市間航路を展開する商船も、航路上の川の水位不足を警戒して、まだ出発を控えることが多いという。

 川幅を大きめに占有する飛行艇が居座っても、商船の往来を妨げにくいのだ。



 じゃあその川が浄化されるまでの四週間、俺達は何をしていたのか、という話だが。

 体力トレーニング、万一の場合の戦闘トレーニング、飛行艇の操作マニュアルの検討、作成――細々としたことが多くて枚挙に暇がない。


 大きなトピックだと、リンが蘇生した人間であることを公式に協会に認めてもらう証書を発行してもらうとか。

 これは神使の赦しを得て生まれ直したと解釈されるので、リンの"生前の行い"を整理する、つまりそれまで抱えていた罪は赦されたものと客観的に証明できるので都合がよかった。

 あとから誰かに誹られても、復活を免罪符にできるからだ。


 リンに証書を渡したが、あまりこれには興味がなさそうだった。

 あれだけ思い悩んでいたことに終止符が打たれたのだから、感情が大きく動くのも無理はないだろうと思っていたのだが、彼女の反応は案外あっさりしていた。


 あとは、今日の進水式は俺も壇上で何か語らないといけないと言われたので、その内容を考えていたのと、飛行艇の名称を決めたことくらいか。


 飛行艇の名称はマジで危なかった。

 飛行艇は船舶の新しい区分、という理解で工業ギルドの中では意見が統一されていた。だから、進水式の話が上がったのだ。

 飛行艇は名無しだった。進水式をやるなら、「飛行可能な新型船舶、名前はないけど進水!」じゃあ締まらないってんで、名称を決めようという流れになったのだ。


 工業ギルドの建物の会議室で名称を検討したんだが「これでいかがでしょう」ってギルドから提案された名前がヤバかった。


 第一候補、"ミツヒデ"。

 第二候補、"アダチ"。


 どっちも俺のフルネームの片割れじゃねぇか。

 その、西洋の軍艦よろしく偉人の名前をつけて箔つけるやつを、俺の名前でやるのやめてほしい。飛行艇に名を刻んで伝説として語り継ごうみたいなノリかもしれんが、一千万歩譲って死後はともかく、俺はまだご存命である。


 とはいえ、彼らも多少は考えた痕跡がある。

 ミツヒデを第一候補に挙げたのは、アダチだと飛行艇ですか、俺ですか、って混同すると考えたからだろう。まあどっちにしろ絶望的な命名には変わりない。


 それに工業ギルドの連中は知らないだろうが、日本で有名なミツヒデは農民の竹槍で命を散らしたのだ。

 飛行艇にミツヒデなんて名前をつけてみろ。竹槍で撃墜されかねない。


 想像してほしい。事故なり襲撃なりで飛行艇が深刻な損傷を負ったときのことを。

 激しく揺さぶられる機内。制御を失い崩壊していく機体。モノにしがみつき、みなこう叫ぶはずである――


「ミツヒデが壊れた!」

「アダチはもう使い物にならない!」

「アダチはもうお陀仏だ! 脱出するぞ!」


 ……大変遺憾である。

 別にいいじゃないか、なあ? みたいなことを互いに顔を見合わせて言い合うギルドのメンツ。俺は一歩も引けない戦いがここにあると決意したね。

 とかくそれはもう猛反対したんだが、反対するなら代案を考えないといけないわけで――


「――ボス、出番」

「ん、ああ――」


 ブロウルとガルが俺を呼ぶ声がして、回想から引き戻される。

 いつの間にか周囲の視線が俺に集まっていた。グレアだけは相変わらずゾンビのままだった。


「すまない。これまでのことを思い返すと、色々こみ上げるモノがあって」


 本当に色々だよ。そう思いながらベンチを立って、壇に上がった。

 緊張を紛らわせるための現実逃避も、ここで終わりである。

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