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【連載15年目到達】マジで俺を巻き込むな!!【はよ完結しろ】  作者: 電式|↵
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第6話-2 二乗の悪魔、英雄の第27班


「――それでは、飛行艇の内部をご案内いたします」


 ネルンが先頭を切るようにしてコックピットへ歩いていく。

 

 飛行艇の中は、家のように広々というほどではないが、十分な広さがあった。

 結構な横幅がある。大型旅客機には及ばないが、電車の車内よりは広い。三メートル半ほどだったか。天井も控えめとはいえ十分な高さがあった。


 飛行艇のコックピットは、旅客機のコックピットと同じスタイルで設計していた。

 ただ、致命的な問題がある。この世界では電力が使えない。電力を十分に作ることもできなければ、電力を十分に使いこなすこともできないのだ。

 

 発電機にせよ電気モーターにせよ、作るには磁石と電線が最低限必要なのは、小中学校で学ぶ。

 しかしここでは、磁石は方位磁石として使える程度の、弱いものしか手に入らない。

 電線も俺のいた世界のように精巧なものが作れない。ホームセンターで数百円も出せば買えるようなエナメル線、ポリウレタン線がないのだ。

 銅板と亜鉛板を塩水で挟んで積層電池を作る方がまだマシだが、発電機もモーターも実用にならない現状、電力を作ったところで何の意味もない。ICなんざ夢のまた夢である。


 現代世界でエネルギーと情報処理の王者として君臨した電気は、ここではせいぜい、カエルの筋肉をピクピクさせて遊ぶくらいしか用途がない。


 要するにこの飛行艇は、ほとんど機械式と魔力式のメカで構成されているのだ。

 コックピットから取り扱うものは、操縦桿以外はレバーやハンドルばかりで、自動制御なんて気の利いた機構はない。

 人間に優しくないコックピットであった。


 この非人道的な装置を操り、飛行艇を操縦するのが、神都への道中での俺の役目である。


 四つの魔導モーターの個別の出力制御に、四つのプロペラの角度制御。エルロン、ラダー、ピッチの操作に、操縦補正のためのトリム。主翼の揚力を一時的に変化させるためのフラップ操作も加わる。細々したものを含めると、まだもう少しある。

 マルチタスクの権化と名高いコンビニ店員でも、さすがにこのコックピットに座ることは遠慮するだろう。


 操作項目を見るだけで、死ぬほど大変なのが操縦する前から分かる。だがこれらを扱わないと俺は、この飛行艇は空を飛ぶことができない。もっとも、操縦席は二つあるため、分担できればだいぶ楽にはなるが。

 背中に翼で空を飛べる俺以外の奴らの気軽さを思うと、嫉妬しそうだ。


 いくら俺に知識があったとしても、それを作れるかどうかはまた別の話だ。多くの人を動かし、大金と資材を投入して建造される飛行艇が成功するのかどうか。それは誰にも分からない。

 しかし俺が成否を握る鍵だということは、間違いなく言える。

 取り返しのつかない重大な見落としが一つでもあれば、すべてが水の泡なのだ。


 この飛行艇が飛べないことへの、ただ奇怪な形の船で終わることへの不安と恐怖が、いつも俺の心にまとわりつく。

 それは入試問題を解き終わったあとの、成否が分かるまでの不安な気持ちと一緒だった。



「皆様。あのあたり、計器類は非常に精密なつくりとなっております。絶対にお手を触れないようお願いいたします。保護ガラスが未取り付けの状態ですので、触れて針などが曲がりますと、担当が大変お怒りになります――」


 ネルンはコックピットを眺める俺と、その隣のクラリ、ブロウルに向けて、後ろからハッキリと語る。


「担当――27班か」

「はい、第27班(英雄)の方々が非常に困ります」


 計器もすべてアナログ。俺が机に肘を立てて頬杖をつきながら聞いていた物理の授業を必死に思い出して作ったものだ。

 おぼろげになって、思い出したくとも思い出せない知識や公式にぶち当たるたび、ちゃんと授業を聞いておけばと後悔をしたのは、一度や二度ではない。

 そして、この計器類の製作を請け負ったのが、飛行艇開発チームの第27班。気難しいことで有名なナクルの時計職人の集団である。

 27班には、俺が日常的に使用している懐中時計を作った職人もいる。


 計器を作るというのは、魔導モーターの設計、高速走行対応の車輪と並ぶ高難度な取り組みだった。


 例えば、よく知られた豆知識として、速度が二倍になると、運動エネルギーは四倍になる、というものがある。つまり速度が四倍だと、運動エネルギーは二乗の十六倍になる。

 運動エネルギーの大きさを表す物理の公式、E = 1/2mv^2。高さのエネルギーは考えなくて良いので省略。

 Eは運動エネルギーの大きさ、mは質量、vは速度だ。


 速度と運動エネルギーの大きさの関係の話なので、式から関係のない1/2とmが消せて、エネルギーの大きさと速度の関係は、E = v^2となる。元の式のEとは意味が変わってはしまうが。


 俺達の計器は設計上、運動エネルギーに比例するセンサの変化で検出する。センサといっても、バネが伸び縮みした長さに変換するといった、基本的なものだ。


 センサが運動エネルギーを検出するということは、速度が二倍になると、運動エネルギーは四倍となり、針の動きも四倍になってしまう。

 つまり、低速域では針が動かず、少し速度を出すとすぐに針が振り切れて正しい値を示せない。これでは計器として使えない。ゼロかMAXしか示せない計器に存在意義などない。


 これを解決しようとするなら、アナログなメカで平方根をとる計算を行い、二乗する前の値を求めなければならない。

 そんなメカを思いつける天才的な頭脳が、都合良く俺の頭蓋骨に入っているわけがなく、それは周囲のメンバーも同様だった。


 27班は俺に詰め寄った。

 ここをどう解決するつもりだ、と。

 解決法が明確になるまで俺達は手を動かさねぇ、と。

 これは俺達の責任じゃない。お前の責任だ、と。


 その言い方はないだろうと思ったさ。だが、俺の肩を持って異論を唱える者はいなかった。

 まるで折衷案のように、「いっそのこと無対策で」という案もギルド内で上がった。

 だがこれは俺が猛烈に反対した。


 考えてもみてくれ。ただでさえ、周囲の景色や風の様子を見ながら、いろんな装置をガチャガチャ動かして飛ぶことになる。

 そこに、補正なしで急に振り切れる針の位置や回転数を覚え、脳内で平方根を求めるタスクを追加することになるのだ。

 どう考えても人間卒業である。できる人間は自動航法システムとして就職した方がいい。


 それでこの難題は「二乗の悪魔問題」と呼ばれていた。

 現代の計器は、この問題にどう対応していたのだろうか。俺には想像つかなかった。

 仮に解決できる設計が見つかったとしても、それを作る技術があるのかは、また別の話だ。


 結局根本的な対策はできなかったが、時計職人の機転と応用に頼ることになった。計器の精度を犠牲にすることを代償に、大まかな値を表示するように補正するところまではこぎ着けた。

 針の回転位置に応じて、針が回りすぎないようにバネの抵抗を段階的に増やしていく方式を考案してくれたのだ。


 彼ら時計職人の27班は、このように気難しい集団だったが、飛び抜けて優秀なチームであった。そんな彼ら――第27班には自然と「英雄班」の別称がつけられた。

 飛行艇の中でも、計器類は最も繊細で、最も高度な技術を要求される、最も高価な部品のうちの一つなのも、納得の話だ。


 とかく。計器類は取り付けられていたが、特に対気速度計には、まだ目盛りがないまっさらの状態だった。針先が指す基準位置のゼロだけが先に書き込まれ、他は何も書かれていない。

 それが、計器に保護ガラスが取り付けられていない理由だった。


 これは静止しているときを0、離陸できる速度を1とするスケールで作る予定だからだ。

 離陸できる速度は、機体の総重量でも変わる。ゆえに超大雑把だが、速度計を見て、針が1を超えたら離陸できる目安にする。速度1.5と言われれば、離陸できる速度の1.5倍って寸法だ。


 そうして単位を揃えて単純な構成にすれば、仲間の誰が見ても分かるようにできる。

 道中、誰がコックピットで操縦桿を握ることになるか分からないのだ。


 この飛行艇はまだ一度も飛んだ経験がない。

 だから、対気速度計の1に相当する状況で、針がどのあたりを指すのかをまず確かめなければ、対気速度計は完成しない。


「――という感じで、計器ひとつを作るのも死ぬほど苦労している。万一壊すようなことがあったら、27班がどう反応するか、俺も想像もしたくない」


 俺が経緯を簡単に説明するのを、皆は黙って聞いていた。話の理解が追いついていないような様子だった。そうかもしれない。よく考えれば、彼らはそもそも計器を必要とする機械を見ること自体が初めてなのだ。わだちにだって、そういう計器はついていない。

 ただ、壊すなということだけはハッキリ理解してくれていると思う。


「機械で空を飛ぶってのは、やっぱりすごく大変なんだね」


 クラリが呟いた。なんとなく言わんとしていることは分かった、そんな感じだった。


「ええと。皆様が先ほど出入りしました、この側面の扉につきましては、護身用の武器が取り付けられます。まだ取り付けられていませんが。護身用の武装は、前方を除きますと、この両側面の二箇所と、もう少し奥の方にある、通路中央上部の一箇所の三箇所が予定されています」


 ネルンは軽く説明だけすると、では、次はこちらへ、とコックピット後部のハシゴに手を掛けて一足先に下へ降りていく。

 飛行艇は二層構造になっており、コックピットはその上層にあるのだ。


「下層に降りて前方が、機首最前部です。こちらには先に、3/5シュ対空砲を1門、据え付けております」


「うおぉ、きたぁ!!」


 叫ぶブロウルの声色からは喜びがあふれ出していた。

 3/5シュは長さの単位であり、おおよそ10cmより少し大きい程度に該当する。


 有翼人同士の戦争では、制空戦や爆撃も行われる。それで、地上から迎撃する手段として、対空兵器が発達するのは、この世界でも現実でも同じことだった。


 この前、飛行艇のバランスが後ろに寄りすぎていることが発覚したことを覚えているだろうか。

 前後の重量バランスを合わせるため、前方に(おもり)が必要になった。で、錘を載せるくらいなら大砲を載せてくれと頼んできたのが、射撃の腕がピカイチのブロウルだった。

 ブロウルが盛り上がったのは、その要求が見事実現したからだった。


 もともと下層の機首最前部は、コックピットから見えない機体下部の景色や、周囲や状況を把握するための観測部屋として設計されていて、そのためガラスを多用していた。そこに急遽、対空砲が載せられたのだ。


 この世界での対空砲は、基本的に建物に据え付けて使う固定火器が主流であり、あっても船舶に載せることがあるくらいだった。少なくとも、移動式の対空砲を展開することは、道路網が多少整備されている都市周辺であればできる程度で、ましてや対空砲そのものが空を飛ぶなど、前代未聞の事態であった。


 ブロウルの要求をギルドに打ち上げた際には、架空戦記の読みすぎだと呆れ気味に言われたのを、よく覚えている。

 まあ発注者の要求なので、防衛軍と調整して一門手配してもらえたわけだが。


 ――期せずして搭載された主砲には、ナクル防衛軍の紋章が刻まれていた。


「…………そうか。」


 ベルゲンも防衛軍も、俺に協力してくれている。この造船所を巡回し監視する兵士は、俺達の味方である。対空砲に刻まれた紋章に、特に深い意味はなかったのかもしれない。

 ただ、それは間違いなく、対空砲が防衛軍の所有だと示す紋章であって、それが取り付けられたこの飛行艇もまた、防衛軍のモノだと宣言しているように思えた。

 考えすぎか。いや実際、この飛行艇には軍の予算も使われている。


 じゃあ、飛行艇(こいつ)は誰のものだ……?

 こいつが、俺のものだと主張できる根拠は――ない。これはベルゲンのものだ。

 カネを払った人間が所有を主張するのは、当然の成り行きである。


 風防ガラスを貫く主砲の砲身は、造船所の屋内ドックの出口に向けられている。明かりのない薄暗い飛行艇の中からは、見える出口からの穏やかな光が眩しかった。

 まるで、平和の光に砲口を向けているようにさえ思えた。


「――上層は後方が生活空間でございます。布張りですが簡易のベッドを八人分ご用意しております」

「――お湯で飲み物を加熱する器具を備えております。上下反転時でも動かぬよう固定しておりますが――」

「――上層最後尾は、大型貨物の搬出入口となっております。水没にはくれぐれも――」

「――下層後方は、冷却水槽と貨物、砲弾などを置く場所となっております。万一の際は――」


 ただ空を自由に飛び、神都へ旅することが目的のはずだった飛行艇は、いまや国家、軍の管理下へ収まろうとしている。ここまでしておいて、未だにこの機械が世の中に災いをもたらすことを未だにどこかで不安に思うのは、滑稽だろうか。俺は、世界を破壊しようとしているのか。


 俺はいったい、何がしたいんだ。

 そもそも神都に行った先で、俺に何を要求されるのかも、よく分かっていない。

 ただ、神都に呼ばれたから行く。その遙か遠い目標のためにここまで来たにすぎない。


 確かに飛行艇は、図面通りに作られていた。だがこれは、俺の望んだ形なのか。

 技術は、俺達の管理から飛び出し、一人歩きを始めようとしていた。

 頭では理解していたが、現実として見せつけられると、俺は間違っていたのかと不安になる。


「――なるぅ? どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 それでも、他人の信用という薄氷の上で踊ることを、認めざるを得なかったのだ。俺は。


 ――そもそも俺は一体、何のためにここにいるんだ?

 


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