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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B73 右と左


「んにゃ、あぁ……来たか」


 ソファで横になっていたガルは、俺が部屋のドアを開けるとすぐに起き上がった。座り直して眠たげな目をこちらに向ける。熟睡するくらいには待っていたようだった。


「すまない、だいぶ待たせてしまった」

「謝るこたねぇ――俺の寝床よかいくばくか上質なもんで。いい夢だった」


 俺は後ろに回した手でドアを閉めながら言った言葉に、軽い口調で返す。やはり不満は多少あったらしい。

 いつも朝から執務机に俺がいることを見越してきたのだろう。申し訳ない気分になる。


 そんなもんか。

 ガルは視点を俺から窓に移して短い独り言を呟く。

 俺が対面のソファに座るなり、ガルがこの場にいない彼女(セイレン)のことを話題に出した。


「あの新しいメイドさんは落ち着きがあって、大人びている。典型的な“従順な秀才”っていやぁ、ああいう子なんだろう。そう思わんか?」

「…………。」

「俺はああいう娘は好みじゃねぇけどな。憎まれ口をこぼすくらいが好きだ……溜めこんだってロクなことにゃならん」


 そう言われて真っ先に思い浮かぶのは、やはりリンのことだった。暗にリンがそうだったと言いたいのだろう。


「お前さんのことでもある。どっちかというとお前さんは出しているつもりかもしれねぇが、それでも遠慮がちじゃないかね。ブロウルから話は聞いたが、詳しい話までは聞けなかった」


 加えてガルは他のメンツの様子を教えてくれた。最初に名前が挙がったのはクラリだった。彼女は、リンの一番酷い容体を見ていた。そのショックからか、部屋に籠もって泣いているという。今はブロウルが彼女の部屋で一緒に付き添っているらしい。

 端的に言えば、ガルは今回の出来事について一部始終を説明してほしいということらしかった。

 あのときブロウルにどこまで話したのか。俺は混乱していて、あまり覚えていなかった。


「尤もらしいことをいえば、迎賓館で死人が出たことについて、ロイドや政務院に対して説明をせにゃならん。それが客扱いされた人物とならば尚更だ」

「…………。」

「事が起きて時間も経っていない。心の整理もつかず言いづらいこともあろう。しかしここは一つ、堪えて話をしてほしい。お前さんが頼りにしていたグレアも、今はああ(・・)だ」


 いずれは話さなければならないことだ。遅かれ早かれそのときが来るのなら、背負うモノを下ろすのは早いほうがいい。彼が言いたいのはそういうことだった。

 俺としても、その話に異論はなかった。どこから説明しようか頭の中で組み立てている時間が、彼にとって迷っているように読み取れたらしい。


「安心しろ。仕事柄、秘密を守ることには慣れてる」


 ――リンが身を投げた理由から遡って、全部話をすることにした。リンがエルベシアだったことを話しても、ガルはあまり驚かなかった。それよりも、エルベシアに良心や罪の意識があることに驚いていたようだった。

 俺が抱えていたものを一つ一つ吐き出していく中で、その反応が荷を下ろす引き換えに心に残るのを感じた。

 エルベシアの苦悩が理解されていないことに納得いかなかった。


「――厳しいことを言えば、リンが死んだ原因にお前さんが関係していないはずがないと思っている」


 一通り話を聞いたガルは、そう俺を突き刺した。

 それはそれとして。俺はその言葉が嬉しかった。その言葉に救われる思いが全身を巡る。

 表面上の理解と思考停止した慰めの言葉ではない証左であって、つまり核心的に向き合ってくれたことを証明するものだからだ。

 複雑な感情の波を、下唇を噛んで押さえこんだ。


「だが、お前がリンを殺したかどうかとは話が別だ。お前がいようがいなかろうが、いずれ彼女は自らを殺めていただろう」


 ガルは続ける。


「彼女が身を投げた理由が、本当に自他の幸福とやらの為ならば、リンを救おうとするのはおそらく間違いだ。お前さんはリンを頼るべきだった」

「頼る……?」

「自分が必要とされていないことに辛さを感じていたんだろう。助けてほしい、話を聞いてほしい、なんでもいい。頼るべきだった。そうすれば、周囲の人間がいくらリンを排斥しようとしたとて、お前さんがリンを必要とする限り、リンはお前さんのために頑張れただろう」


 簡単かつ確度は高いだろうが、最善の救い方ではない。ガルはそう付け加えた。

 共依存的な状況を意図して作り出すということだ。自己犠牲を厭わないような状況に彼女を連れていく。不健全だが、死を選ぶよりは幾分かマシということだ。

 そこから徐々に自分に自信をつけられるように誘導していくのだ。


「あんま言うもんじゃねぇけどよ……彼女の選択は残念だが、完全に間違いとも思えねぇ」


 ガルは新品の葉巻を懐から取り出して小さく振る。


「こいつはグリーズって田舎の葉巻だ。俺の好物だが、愛煙家全員の口に合うとも限らん。こいつを本人の為だって題目掲げて、いらねぇって言ってるヤツに無理に飲ませたとしよう。どうだ。最低な独り善がりだと俺は思うがね」


 葉巻を倒して俺に差し出した。俺が片手を小さく振って遠慮すると、ガルはそっと引っ込める。


「……俺がリンを止めたのは間違いだったって言いたいのか」

「まァちがってるとかさぁ――合ってるだとか、マルバツ問題じゃねぇんだよ」


 ガルが葉巻を懐にしまいながら、少し声を荒らげた。一息で押さえ込むように元の落ち着いた口調で続けた言葉には、ドスの効いた迫力があった。当然ながら俺はへたれた。


「右に行きたいヤツは右に。左に行きたいヤツは左に行けばいい。右がいいとも左がいいとも言ってねぇ。両者が互いに力勝負して、自分の望む方に相手を連れてこうってのが間違いだって言ってんだ」

「意味がわか――」

「最後まで聞け。連れて行きたきゃその気にさせろ。それが一番後腐れない。一応試したみたいだが、まぁ土壇場じゃ勝ち目(・・・)はねぇ」


 歳を食うと丸くなるだとか、キレやすくなるだとか言うが、どうも俺は後者のようでな。ガルは一言謝って、葉巻やりてぇ……と呟いた。

 正直、俺はガルの言い草に思うところはあったが、彼の言葉を間違いとは思わなかった。土壇場で説得してひっくり返すなんて、成功するのは物語の主人公くらいのものだ。


「自分は『右がいい』と確信していたとして、相手も『右に同じ』とは限らねぇ。それはお前さんにも、リンにも言えたことだろうよ。俺はこの考えは悪くないと思っているが、お前さんにとってどうかまでは分からん」


「残念ながら世界ってのは一つしかない――普通はな。葉巻と同じだ。合わなけりゃ去るのも一つの自由。そういうのを“淘汰”っていうんだろうな」


 淘汰。自分が世界を拒絶して両手で押しやれば、すなわち反作用で世界から拒絶されたに同じということなのだろうか。

 淘汰はするもの、されるものという認識だった俺にとって、彼の言葉は新鮮だった。


「たとえ世界がリンを嫌っていたとしても、彼女の視界には、彼女を必要とする世界が見える必要があった……あからさまな幻だったとしてもな」

「リンの家族は、彼女の存在を彼女を守ることで示した。それが彼女が村で生きていられた理由だろう」

「……それで、俺はリンを頼るべきだったと」

「今更ガタガタぬかしたところで、どうにもなんねぇがな。問題はお前だ」


 ガルは小さく首肯しつつも、そう否定の言葉を続けた。

 差し出がましいだろうが、お前は少し休んだ方がいいと思うがね、と続ける。


「心の傷はそのうち癒えるだろうが、傷痕は残るだろう」


 そういうガルの目は遠くを見上げていて、何かを思い出しているようだった。


「――それが何を意味するのか、お前は分かっているはずだ」


 彼の言葉は分かる。

 悲しみは消えても、後悔と罪悪感は消えない。ガルは俺にそう言ったのだ。


「お前さんがこの先、リンのような人間に出会ったとして――決して後悔するような選択はできない(・・・・)だろう。それがリンがお前に遺した呪いだ」


 ――ここはもはや、彼女の望んだ新しい世界だ。


 ガルがそう言うのと同時に、部屋のドアをノックする音。

 色々頼んだとはいえ、少しばかり時間のかかりすぎたセイレンだった。そのうえ、彼女は自身が提案したお菓子も持ち合わせていなかった。


「アダチ様。ナクル防衛軍の装備担当の者が、アダチ様との面会を求めて来館されました」

「ナクル防衛軍……?」


 ここしばらく特にトラブルもなかった組織からの来訪者がなぜ。脈絡のない話題で横からぶん殴られた俺の頭が追いつかない。

 悲嘆に暮れて休む間も与えないタイミング悪さにめまいがした。

 キョトンと間抜けな顔をしていただろう俺に代わって、反応したのはガルだった。


「今日は予定をすべて取りやめ、訪問に関しては出直してもらうとロイドが言っていたはずだが」

「さようでございます。しかし――」

「数は?」

「配下の者合わせて二十数名ほどです。現在、入館と面会を要求して正門で待機しています」

「用件は?」

「よく分かりません。飛行艇計画に関する重要な話としか」


 親指と人差し指で眉間を揉みながら、しばし考える様子を見せたガル。

 やりやがったな。ガルはため息まじりにぼやいた。


「アダチ。俺のカンと経験によりゃ、防衛軍はロクでもねぇ話を手土産に来たようだが。どうする?」


 そう言って、ガルは俺にその根拠を話し始めた。

 一つ目は、昨晩ガルが医者を呼んだり協力を仰いだりする過程で、防衛軍にリンとグレアが重傷だという話がどこかのルートを通じて伝わった可能性があるということ。

 二つ目は、飛行艇を用件に大人数で突然押しかけてきたこと。俺達としては、大人数で来る尤もらしい理由に心当たりははない。事前の連絡もなく突然くるということは、人数の圧力をかけに来たと捉えた方がいい。

 加えて、上層の人間ならまだしも、装備担当の人間が大所帯を連れてくるというのも違和感がある。なにか魂胆があるのは明らかだ。


状況が許すなら(・・・・・・・)、俺は一旦追い返した方がいいと思うがね。マトモじゃねぇ」


 状況が許すなら。この言葉がつくのにはちゃんと理由がある。

 単純な話で、ナクル防衛軍には防衛機材の提供や技術協力がある、重要な利害関係者なのだ。

 飛行艇は防衛軍の協力なくして飛べないほどではない。しかし防衛軍の協力がなければ、相当貧弱な装備で移動することになっていただろう。


 もちろん協力の対価として、金銭的な支払いや、ごく一部ではあるが、研究成果の共有などを都度行って、できるだけ「借り」を作らず、都度清算するよう対応してきた。

 都度清算するようにしていたのは、相手が軍隊であるという理由が大きい。それと、軍の方から協力の話がやってきたことも。

 端的に言えば、飛行艇開発について防衛軍の発言権が大きくならないよう、距離を置いて接してきたということだ。


「お前さんも普通の状態じゃない。この状況で『重要な話』をするべきじゃねぇ。双方、いや、お前さんが一方的に損をして終わる」


 ガルはまだ何も言わない俺に忠告する。彼の考え方に従っておこう。

 確定しかけた思考の反転スイッチが入る。

 うまく言葉にできないが、状況的に怪しいというだけで追い返していいのかと疑問に思ったのだ。

 それに、彼らは俺にゆっくりさせる気はさらさらなさそうだった。

 何か急ぎの件であるなら、いま話を聞いておかなければ、後々の対応では辛くなるのかもしれない。


「如何なさいますか」

「……話を聞くだけだ」


 すまん、リン。今だけは悲しんでいられそうにない。

 死んだ彼女のことを一旦横に置く罪悪感はあまりにも大きい。彼女のことだ、生きていたなら「私のことはいいですから」と言うに違いない。だがそれは、彼女の本心ではないはずだ。

 たとえ彼女がそう思っていたとしても、心の奥底では俺にリンの存在を意識してほしいはずだ。


 彼女のために時間を使いたいが、そうも言ってられないのは、彼ら防衛軍が持ち込む話が、世界中の人間の生死に関わる大事な話になるような気がしてならないからだ。

 これが俺の自己弁護ではないことを、言い訳のように頭の中でループしながら、力ずくで外向きの顔に戻る。

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