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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B67 不可侵の怪物 先端技術


 工業ギルドでは、進捗の確認・会議と細かい部分での調整と相談が続いていた。

 ギルドの人間も、どだい無理だと分かっていても、やはり期限の七十日を過ぎてなお出立できない状況に焦っていた。

 

 情報伝達に齟齬があり、現場からの情報が正しく上に伝達されていないことがたびたび起きていた。特に最近は多忙からか伝達ロスも増加傾向にあった。

 その結果、飛行艇の部門別最高責任者からの報告のみならず、定期的に作業グループの最小単位である各班からも直接話を聞き、何がどうなっているのかの情報収集を余儀なくされている。

 班の数はおよそ三十。再編成による増加や減少がたびたび起きているため数は一定ではない。


 今はまだ一周目。初回は全ての班から話を聞き、二回目以降は必要と判断した班から話を聞くことにしている。でなければ、情報の取りまとめ役の上長の立場がない。

 とにかくそれだけの数がある班を一班ずつ回って、キチンと話を聞かないといけないわけだ。それを周期的に回して情報を統合し、状態を把握していく。

 賽の河原で石を積むような気分である。


 伝達方法の根本的な改善が必要だが、期限を超えている現在、そこまでリソースを回せる余裕はなく。

 非効率であることは重々承知しながら、俺とグレアで別々の班を同時に担当し、ブロウルとクラリが各自の能力に応じて俺とグレアの補佐や雑務に回る有様であった。

 ガルは、このプロジェクトの戦力にするにはもう少し時間がかかりそうだった。


 本の中身を読まず、ページだけめくるように過ぎていく時間。早回しで浪費されていく。


 作業の合間合間に、昨晩のリンの顔を思い出して、つい考え込む。それもまた、時間を浪費する新たな一因であり、そしてミスを起こす原因でもあった。

 おかげで事情を知らないブロウルにさえ、昨晩寝れたのかどうか心配されるアリサマである。


 そんな状況で、ブロウルとガルにリンのことをじっくり説明する余裕はなかった。

 休憩する時間はあったが、その時間は真の意味で休憩するために使うことにした。

 リンのことはそんな合間の時間ではなく、きちんと時間と席を据えて話をするべき問題だ。今晩グレアが呼びに行くつもりだから、俺の部屋に集まるようにとだけしか言わなかった。


 時間を決めなかったのは、リン本人の様子を見て時機を判断した方がいいと考えてのことだ。

 空気を読まずに一人突っ切ってしまってしまえば、かえって彼女を困惑させる。それだけならまだ良いが、なにかしらの事態を悪化させてしまうのが一番恐ろしい。


 しかし、現実ってのはこう、良いこと悪いこと足し合わせると微妙にマイナスになるというか、よくもまぁうまい具合に調整されているもので、言いたいことはつまり、悪いことばかりではなかったということだ。


 機械長のナドから航空用原動機の一号機が完成したとの報告があったのだ。


 一号機はキール造船所にあるとのことで、ナドと一緒に造船所まで行くことになった。


 工業ギルドの正面入り口を出ると、目の前に立派な車輪。わだちがあった。

 損傷した箇所の部材が交換されて、加工したての木材のよい香りがする。煤けて汚れた木材と新品の木材が交ざりあって、見た目的はやや不格好だった。


「コウちゃん、待たせたな!」

「おお、直ったのか!」


 わだちの修理完了の報告は受けていなかった。きっとそれはナドのサプライズプレゼントのようなものなのだろう。

 ナドが胸を張って歯を見せ、わだちの操縦席から親指を突き立てる。その隣には、少し疲れた様子の助手、ミネ。


「俺は原動機の方で忙しかったんで、わだちの修理の大半はミネにやってもらった」

「忙しい中、手間をかけたな」

「ホントですよ! かなり頑丈に作っていたので、修理に結構苦労しました。次壊したら修理は自分たちでやってくださいね!」

「すまなかった。大事に使うことにする」


 自前で修理することは、やぶさかではない。ただ交換部材と工具、それと付属のよく分かる図解付きの組立説明書があればの話だ。そこらの家具屋で組み立て式のカラーボックスを買ってきて組み立てる程度の経験値しかないのである。

 「丸太からどうぞ♡」などと斧を渡された日にゃ、財布の中身を全部ひっくり返して泣いて土下座するしかない。

 修理してくれたのは俺より見た目やや年下の、小柄で可愛らしい女の子であるが、俺より何倍も長い時間を生きている。彼女が獲得した専門技術の分野で、俺は彼女に到底及ぶはずがなく、わだちを修理したその事実だけで、彼女の実力は俺にとって十二分に尊敬に値するのである。


 俺達は荷台に乗り、ナドの運転でキール造船所まで足を運んだ。


 キール造船所は、先日の火災の傷跡が残っていた。

 被雷し炎上したお隣の船は、現場のドックで黒焦げの骨格になっていた。俺が突入し、命からがら出てきた船である。船体は船としての形を主張してはいるが、自重で潰れ、歪み、肋骨のようなフレームになってしまっていた。

 その船を槌や鋸で解体している作業員が、表通りの道から見えた。


 ナドの世間話によると、焼けて残ったのは灰と炭だけで、不幸なあの船主はその炭を売って新しい商船を買う資金にするそうだ。もちろん炭は日用品であり、大した値段にはならない。

 焼け残りの炭を全て売ったとしても、やはり小型の中古船一隻を買うお金にさえならないわけで。ナドが商船と言うからにはその船主は商人なのだろうが、経営は大丈夫なんだろうか。


「そりゃぁ商人たるもの、いつどこで商品だとか船だとか失うか分からねぇのは承知のことだろうよ。平時からカネやコネを積み立てて備えておくのが商人の基本ってもんだ」


 ガルが荷台に背中を預けて腕を組みながら言う。

 商人一人で荷物の積み下ろしから運搬、販売までやっているわけではなかろう。船員や従業員がいるはずである。


「基本なんだがなぁ……」


 ガルのぼやきじみた声色。

 考えてない輩はともかく、商人になりたての奴に、最初から万が一の資金を用意しろというのもキツい話である。

 仮に大丈夫じゃないとしても、お隣さんのご縁で資金援助は不可能。むしろこっちが資金援助してもらいたいくらいの状況だ。


「まあ他所に先駆けて船を修繕に出す奴だ。飛行艇計画のことも耳に挟んで、早めに出したんだろ。それくらいデキる輩だ、予測ぐらい出来てるだろ」


 ガルがそう決めつけ気味に話をしたのは、そんなお節介よりも自分達の飛行艇の心配をしろと、言いたかったからのように思えた。


 俺達を乗せたわだちは、造船所に入ると敷地の隅にある巨大な倉庫のような建物に乗り入れた。

 それはナクル唯一の屋内ドックであり、ナクル工業ギルドの技術の粋を集めた、最先端の建造物であった。


「すっげぇ……」


 俺がこの建物に入るのは初めてだったが、入った瞬間から鳥肌が止まらなかった。

 木と鉄でできた茶色のかまぼこ型の屋根は高く、屋根そのもののアーチに柱を正三角形状に敷き詰めるように貼り付けで補強した構造。天井の中央、最も高くなっている場所にはガラスが設置され、日の光を建物内に導くことができるようになっている。

 ドックは一つしかないが横幅は広く、縦横がちょうど五十メートルプールくらいの広さだ。さすがにドック単体の大きさは屋根の構造的な制限もあるのだろう、屋外型に比べて劣るが、それでも十分な大きさがある。

 さらに、天井には例の魔力で光る照明まで完備。日暮れとともに一日の仕事が終わることが習慣のナクルにおいて、夜間の作業を想定した設備までついているのである。


 デザインといい、作りといい、そして材料の使い方といい、もはや現代建築のそれと大差なく、天井の写真を撮って日本の張り切っちゃった系公共施設として紹介したとしても、納得できてしまうレベル。


 それだけではない。船を格納するために凹型に特に深く掘り込まれた溝を跨ぐようにして、港でコンテナとセットで見かけるトランスファークレーン――軌道に沿って動く、門の形をした例の可動式のクレーンが設置されていた。

 もちろん操作は人力で、複数人で協力して同時に動かさないとどうにもならなさそうな感じだが、それを差し引いて考えても、まるで百年後のナクルから切り取ってきたような、圧倒的建造物と設備を、今さらにして初めて目の当たりにしたのである。

 リンの家の井戸を見て技術レベルについて、ちょっとアレな印象を持ったが、今更ながらここに前言撤回してお詫びさせていただきたい。

 俺が幌から運転席に顔だけ出すと、ナドが口を開いた。


「この間報告したけど、飛行艇はこっちのドックに移してる。ここに入り切らない他の大型部材開発は外のドックでやってる。屋内ドックをまるっと貸し切りってわけだ」

「報告には聞いていたが、建物と設備がこれほどまでに先進的とは思わなかった」

「そうか? それなりに作るのに苦労はしたけど、必要があったからこしらえただけだ」

「この建物にはナドも携わったのか?」

「んまぁそれなりにってとこだ」


 運転席のナドは、障害物と作業員だらけの路面を見据えながら答えた。

 こんなバケモノ級の設備を抱えておいて、当のギルドの人間はそれがどうしたと言わんばかりに平然としているのは、自分たちが持っているものがいかに素晴らしものなのかを理解していないからなのか、それとも、単に俺のいた世界の建物と似ているだけだからなのか。


「それなりにって、師匠はこの建物の建築責任者だったじゃん」


 ミネの暴露にナドはやや苦い生返事。

 後ろからでは彼の表情をうかがい知ることはできなかったが、なにか面白くないことがあったのだろうことは確からしかった。


「まあかなり気合いを入れて作ったのはそうだが……実際細かいところはかなりガタガタだぞ? 天井の三角の柱な、あれ計算と長さが合わなくてその場で削るなんてしょっちゅうだったし、釘の本数の計算を間違えて数が足りなかったんだが、予算との兼ね合いもあってそのまま作った」

「それって大丈夫なのかよ……」

「んにゃ、この前それで天井が剥落した。あの三角の柱のやつだ」


 それは明らかにこの建物に欠陥があるとの責任者からの告白であった。そりゃ黒歴史にしてしまいたくなる。

 日本であればそれで関係者の首が飛ぶこと間違いなしの大惨事であり、メディアで全国的に拡散され、国は激怒し、ワイドショーを賑わすレベルの不祥事である。

 しかし俺の頭でそれを認識していても、雑談混じりにポロッと、何気なくそう言われてしまうと、さしたる問題でもなさそうな印象さえ感じてしまうところが恐ろしい。


「予算は商人からの出資だったもんで、資金調達に苦労したんだ。釘が足りねぇからって追加の資金を頼んだんだが、先方は『なんとかやりくりしろ』の一点張りで言うことを聞きやしねぇ。それどころか出すって言ってた予算もあれこれ理由をつけて渋られてな。脱落事故があってからだ、修繕費用を出すからやってくれと言われたのは」

「ご苦労様というかなんというか……」

「代金の回収も修繕もきっちり終わらせてある。終わった話だ。俺は頼まれりゃ橋だろうが時計だろうが便座だろうが、なんだって作るぜ。いや時計とか便座は専門外だけどな。そういうのはツテを紹介しての対応になる。なんにしたって、ハンパモンを作らされる屈辱だけは許さねぇ」


 お代はちゃんと払ってくれるんだよな。

 陽気なナドの言葉は俺にグッサリと刺さる。資金繰りのアテは一応あるが、ちゃんと用意できるかどうか不安だったのだ。

 ナドの生々しい現実的な話に、絶対に飛行艇の資金調達は成功させるべしと胸に誓った俺である。資金不足の欠陥飛行機で大空を飛ぶ自信も勇気もない。


「ほれ、着いたぞ。試運転の前にいっちょ確認してもらいたいことがあってな」


 ナドは目の前の飛行艇の水平尾翼の手前でわだちを止めた。

 運び込まれた飛行艇は、船体のドック出口に向かって左側に寄せて安置されていた。

 飛行艇の全幅は、メートル換算で二九・四メートル。それはもちろん主翼の長さからくるもので、屋内ドックの溝の幅がいかに広いとはいえ、この巨体がすっぽりハマるほど広くなかったようだ。

 だから艇体下に足場を組んで飛行艇を持ち上げ固定する。どうせなら胴体を片側に寄せて作業しやすくしようという考えが見えた。


 とりあえず、指示通りのものを作ってみたつもりなんだが。わだちを降りた俺達にナドはそう前置きして胴体上部、主翼の付け根と付け根の間に取り付けられた金属製の棒を指差した。その棒の先端からワイヤーが伸び、飛行艇後部の垂直尾翼の頂点まで続く。


「あんなのでいいのか?」

「よくできてる。下は?」

「こっちだ。足場が雑だけど、コウちゃん落ちるなよ」


 飛行艇の足場との間に架けられた板切れを渡って、組まれた足場の階段を降り、緩やかな弧の形を描く胴体下面の後ろへ進む。有翼人は落下に対する危機感が基本的に薄いのだ。

 胴体下面後部に金属製の取り付け穴がつき、そこから鉄の鎖が垂れ下がっている。鎖の先には何もついていない。


「そうそう、そんな感じだ」

「あーコウよ、これは何の鎖だ? 錨でもぶら下げるのか?」


 この件についてまだ事情を知らないガルが俺に問う。そんなつもりでつけたものじゃないが、飛行艇が鎖で繋がった錨をぶら下げながら飛ぶ様子を想像するとシュールだ。

 俺もよく分かってねぇんだけど、雷対策だとさ。ブロウルが両手を頭の後ろで組みながら俺に代わって答えた。


「先日、落雷で隣の船が燃えた話があったろ? それで落雷対策をしたんだとさ」

「はぁ……いまいち理解できてないんだが、これがどう対策になる?」

「さぁ、そこまでは」


 ブロウルとガルが同時に、説明を求むと顔に書いて俺の顔を見やる。

 このメンツの中で意味を理解しているのは俺とグレア、それとナドくらいのものだろう。つまりこれは避雷設備なのだ。


「雷は背の高いものに落ちやすいのは、傾向的に知っていると思う。例えば木とか。雷が木に落ちると、その木は割れちまう。同じようにこの飛行艇も背が高く、多くが木材でできている。雷が落ちれば壊れる危険があるわけだ」

「今回の落雷は隣の船のほうが背が高かったことと、コイツ(飛行艇)が生産中であることが幸いしたが、道中雷に遭遇したそのとき、飛行艇が被雷しないとも限らない。つまり両手を組んで当たらぬようお祈りするしかないわけだ。被雷したらその場で修理するか、できなければ飛行艇を捨てて陸路を往くかの二択が迫られる」


 そこでこいつの出番だ。

 俺は垂れ下がった鎖を手にとる。ひんやりした鉄の重みがずっしりとかかる。

 説明に雷の本質である電荷や電圧といった表現はあまり使わないよう心がける。学校で学んだ俺にとっては当たり前の言葉でも、それらの言葉を使って説明すれば、彼らにとっては難解な専門用語になる。そんな説明をガルは聞きたいわけではないだろう。


「飛行艇には落雷に比較的強い箇所と、そうでない箇所がある。そうでない箇所を守るために、雷に強い構造材を活用して、安全に雷が飛行艇を貫通できるようにする。落雷を避けるのが一番だが、これは回避のしようがない。これは次点の『被雷の損傷を抑える』対策になる」


 そうして順に説明していく。

 そもそもの発想の原点は高圧送電線の避雷設備である。豆知識になるが、送電塔に吊り下げられている送電線、あの最上部のケーブルは避雷設備になっていて、その下の電線を保護している。

 あんな構造でも対策できるのかと知った時は思ったものだが、中高の理科あるいは物理で学んだ視点で考えれば、大地と電気的に接続されていて、雷にとってより楽に放電できれば、避雷設備がどんな形状だろうと構わないのだ。


 ガルは雷が直撃すれば、諦めるしかないとずっと思っていたようで、落雷から保護できるという俺の話には半信半疑だ。そりゃそうだ。俺だって半信半疑なのだから。

 自作の避雷設備をでっち上げて、実際にそれで大自然の雷から何かを護れた高校生を探してみよう。そうそういるわけがねぇ。

 座学で学んだ机上の空論が、簡単に応用できるほど現実は甘くない。俺は飛行艇開発で、そのことをいやというほど知っている。


 ガルは雷を誘導することは危険ではないのか、と尋ねた。人が乗っている状態で雷が落ちるのは危険ではないかと。

 俺は雷は人間より鉄の方を選ぶから、むしろ無対策より飛行艇の中は安全になるだろうと答えた。オームの法則はそう説明しているし、その机上の空論に頼らなければならない現実もある。


 とはいえ、被雷して飛行艇が必ず無傷である保障はない。避雷針だって雷が落ちたらちょっと溶けるらしい。雷はエネルギーの怪物なのだ。何が起こるか分かない。金属が一瞬で赤熱することもあるかもしれない。

 それでも骨格は相当の強度が確保されているから、俺は耐えてくれるものと信じている。


「幸いにして、設計図によれば鉄の骨格はひと繋がりに接続されている。この改修で効果が出るはずだ」


 それから、今回の目玉である原動機のテストを見るため、ナドの案内でそのまま足場を降りてドックの下まで降りた。

 クラリが飛行艇の中を見てみたいと言ったので、ナドに指示されてミネが確認のため中に入っていったが、中で職人が集中しているので控えてほしいと言われたと報告したので諦めた。


 今、難関のひとつである可動式の降着装置を検証しているところだという。

 水陸両用飛行艇として、まず陸上の離着陸に必要な降着装置、いわゆるランディングギア。

 車輪周りは不整地を高速走行する前提で作られたものであり、強度と信頼性を相当意識して製作されている。同時に重量も相当なものになるわけで、可動式にするのは一筋縄ではいかない。

 飛行艇が着水するとき、いくら頑丈な車輪でも出しっぱなしにしていると着水時の水の抵抗で破損してしまう。鉄砲水に沈んでも耐えられる車輪が作れるだろうか。無理だ。

 だから車輪を格納できるようにする必要があるのだ。


 本当なら、さっきの避雷設備に一度雷を落として、大自然の脅威にちゃんと耐えられるか調べておきたいところだ。

 擬似的な落雷であれば、例の球状の静電発電機がなくとも、この世界の魔法で雷系の魔法があれば検証できそうではある。

 ただ、雷を落とす系の魔法を想像してたら、地面と平行に雷弾がぶっ飛んで行く「電荷とは一体」と突っ込まざるをえない感じのタイプの魔法が出ないとも限らん。

 万一そういう雷もどきタイプの何かが繰り出されると、機体の避雷テストどころではない。場合によっては機体が見事に破壊されて涙目の可能性大である。


 そもそも魔法があるデタラメな世界の雷は、元いた世界のそれと違っていて役に立たないかもしれない。ライデン瓶を持って凧揚げでもすれば証明できるだろうが、俺は死にたくないし、そんな余裕もない。


 そもそも仮に今雷を落とせば、中の職人がガチギレで飛び出してくること請け負い。俺だったらガチギレで飛び出して、その勢いで裁判所に訴状を書きに行くね。


「これが航空用原動機の試作一号だ。見ての通りかなり大きい」

「うーわ、でっかっ!?」


 ブロウルが声を上げるほど背の高い、木製の専用台の上に鎮座する原動機。台には簡易の操作盤が据え付けられていた。二段減衰式の魔力調整装置だ。

 原動機は俺の目線よりも高いところにあり、身長一七〇程度の俺が見上げる格好だ。

 それは原動機がすでにプロペラと接続されていたからで、四翅プロペラの直径は三メートル。半径にして一・五メートルあるのだ。地面との間隔を考えると、見上げる格好になるのは必然である。


「えっボス、これ回すの?」

「そうだ」


 原動機の大きさも、わだちに搭載したものとは別格の規模だ。直径八〇センチ、長さ一・五メートルの大きさの原動機が、冷却用の薄い水槽を纏っている。

 これがプロペラの回転シャフトと直結し、直接回転させるのである。

 遊星(プラネタリー)ギアなどの減速機構を使って原動機を小型高回転化させ、機体重量を大幅に軽減させる案もあったが、製造技術はもちろん、設計が高度化・複雑化すること、歯車が高速高負荷でしかも長時間回転する状況に対してナクル工業ギルドに技術的な経験がないこと、飛行に応じたメンテナンスが必要になると予測されたことから、リスクを取って高性能化するよりも部品点数を減らして信頼性に振ったほうがいいという判断がなされたのだ。


「例の可変装置も装備できてるよ、コウちゃん」

「苦労かけたな」


 プロペラ正面に回ってその風貌を見る。

 重厚長大の巨大魔力モーター。冷却水が満たされ、いつでも運転ができる状態にある。

 わだちに搭載されていたものと基本構造は変わらない。自転車の車輪を円筒状に引き伸ばした構造になっていて、巨大な図体とはいえど軽量化はされている。


「こういうのって要求したのは俺だが、こうして見るとオーパーツ感ぱねぇな……」


 さらに、この大型大出力の原動機に可変ピッチプロペラを取り付けている。

 これがあると、飛行中に故障等で原動機を止めるとき、翅の角度を最も空気抵抗の少ない角度にして性能低下を抑えることができ、安全な着陸場所を探す余裕が増えるというわけだ。

 他にも、翅の角度を前進時と逆にして逆推力装置(スラストリバーサ)として機能させることもできる。着陸時の滑走距離短縮のためにブレーキとして、あるいは自力で後退できる。

 特に、自力で後退できることは重要だ。


 整備された空港など存在しない。

 人力で後退させようにも、筋肉隆々の男が平坦な地面でトラックを引っ張ってようやく動かせるくらいだ。トラックよりも圧倒的に重量がある飛行艇、ましてや不整地で抵抗も高い環境で人力で後退するなどもってのほか。数人束になったってびくともしないだろう。可変ピッチ機構は必須装備なのである。


 欠点として原動機出力とは別に手動で翅の角度も制御してやる必要があるが、メリットはそれを補って余りある。

 ちなみに可変ピッチ機構は「時間に追われる紳士の頼れる相棒、精密時計はリュートの工房」の製作、プロペラは「競技・狩猟・魔物・護衛の武器調達は、ナクル一の鉄工野郎に任せろ! 一番街金工所」「全品試奏可! ミミ楽器」の共同製作である。

 いずれも工業ギルド加盟の、飛行艇開発プロジェクト協力企業だ。


「んじゃあ、回す前に注意事項を伝えておく。この翅の回転軸と同心円上に絶対立たないでくれ。万一翅が吹き飛んだ時に破片に貫かれるかもしれん」


「……ということらしいブロウル。気をつけてくれ」


「お、俺絶対立たねぇからな!?」


「それから、回転し始めたら絶対に翅に近付かないでくれ。巻き込まれたらまず命の保証はない」


 ナドは注意喚起の後、大声を出して試運転をすると宣言した。


「ここは少し危ないので、もう少し後ろに下がってください」


 プロペラ近くに落ちているものがないか点検するナドを見ながら、ミネが両手両翼を広げて俺達にプロペラから一〇メート以上離れるよう指示した。


「いくぞぉー」


 十分距離をとった俺たちを認めて、制御盤の前に立ったナドが声を張り上げた。

 一息おいて、直径三メートルのプロペラが静かに、ゆっくりと回転し始める。

 徐々に駆けていくような加速ののち、ナドが出力を変えたのだろう、プロペラが急加速して今まで目で追えていた翅が追えなくなる。

 同時に響くプロペラの白い風切り音と唸り。もっと爆音が響くものと思っていたが、プロペラの風切り音と軸受の擦れる音以外何も聞こえず、不思議な感覚を覚えた。

 飛行機の騒音の大半は、そもそもエンジンの騒音だったのだ。


 羽の角度がごく浅いのだろう、風はプロペラのすぐ近くにいるナドのところで、扇風機の強程度に思える風しか吹いていないようだった。


 ナドが今まで触れていなかったレバーに手をかけ、徐々に手前に倒していく。すると、盛り上がった回転数の低下と引き換えに強烈な風が生まれ、ナドが来ている服が風にたなびく。彼本人も、吹き飛ばされぬよう足を後ろに出して踏ん張る。


 グレアが俺達の一歩前に出て、いつものカバンからガラスの板を一枚取り出して構える。

 たとえ原動機やプロペラが吹き飛んでも、俺たちだけは守るといった様子だ。巨大なプロペラが高速回転する様子に、彼女は多少なりとも恐怖を感じているのだろう。

 実際一緒に設計し、議論して進捗を聞いていた俺でさえ、考えていたものがこんなに派手なシロモノになるとは思ってもいなかった。

 人を吹き飛ばしそうな勢い、わだちのそれとはパワーの格が違う。


「いやはや、こいつぁたまげた!」


 比較的静かだとはいえ、騒音で途中聞き取れなかったが、ガルは多分そんなことを言った。

 プロペラに掃き出された強靭な気流は、造船ドック内の複雑な形状に当たり、あちこちに向きを変え分散しながら、あるところでは砂埃を飛ばし、渦を作り、吹き上げる。

 このモーターは当たりだとか、建物が吹き飛んじまうぞだとか言っておくべきかと思ったが、世界初の航空用原動機に当たりもクソもなければ、たかだか原動機一つの風力で吹き飛ばせるほどこの建物はショボくない。


 ナドが俺達に向かっていかにも爽快そうな表情で何かを叫んでいたが、轟音にかき消されて全く分からなかった。

 ただ、ナドが言わんとしていたことはすぐに分かった。壊れるんじゃないかと心配し始める俺とは対照的に、プロペラの回転速度をさらに上げ始めたのだ。

 増加する強力な推力に、しまいには取り付けていた台ごと、引きずるようにして地面を進み始める始末。台に据え付けられている制御盤と一緒にゆっくり歩くナド。

 台に車輪がついているわけではない。いつ何かにつっかえて転倒するやも分からん。


 そいつはマズいと、原動機ウォークに肝を冷やし始めた俺に対して、彼は自信満々の表情を俺に見せつけると出力を落として、プロペラピッチを変えて今度はスラストリバーサの機能を俺に見せた。

 今までの前進を起こす風が、プロペラの回転はそのままに逆方向へ流れ、前方の砂埃を一掃と言わんばかりに豪快に吹き飛ばす。

 すごーいと声を上げながら、俺の隣でクラリが拍手。ナドを絶賛。


 プロペラの角度がまた変わり、ナドは制御盤から両手を離した。パワーソースが絶たれ、徐々に速度を落としていくプロペラ。

 しかしその回転はなかなか止まらない。それは原動機の構造上、はずみ車として作用するからだということを俺は知っている。回転部は相当の重量がある。急停止できないことは設計段階で分かっていた。


 着陸したてのヘリから颯爽と人物が降りてくるかの如く、ある程度回転が落ち着いてきたところでナドは見切りをつけて俺達の方へ歩み寄る。


「どうだ、かなりいい感じに仕上がってるだろ」

「途中変な汗が出たが、かね期待通りだ」

「聞いて驚くなよ、アレでまだ定格の二割しか出してない。事前の実験で色々動かしてたんだが、回転数は一定以上の出力なら、だいたい毎分一七〇〇回転前後で安定する。それ以上は出力を上げても変わらん。頑張って二〇〇〇ちょいだ」

「なるほど」


 回転数一七〇〇で天井に到達するのはなぜなのか、俺には分からなかった。

 設計した魔力モーターは、地球にあった電気モーターとは性質が違う。電気モーターは、同じ直流モーターなら、一般的に電圧で回転数の上限が変わる。理科で習う話だ。

 一方今回設計した魔力モーターは、理屈の上では無制限に回転数が上がるはず。魔力モーターを回転させたからといって、電気と同じく魔力が発生するわけではない。


「プロペラを外した時はもっと上がってたんで、多分プロペラが悪さしてると思うんだけどな」

「そっちか」


 プロペラが悪さを……ねぇ。

 しばし考えた俺だったが、途中でやめた。回転数はある程度あれば、さっきの試運転のようにプロペラの角度設定で送りだす風の量を変えられる。


「もうそろそろ日が暮れてくるんで、原動機の試験もここまでだ。近所からの苦情が怖いんでな」


 たとえ回転数天井問題が解決したとて、あんな大型の装置を高回転させることが不安だ。理屈の上では回転数の制限は無制限だが、現実はそうはいかない。例えば内部の回転体が自分自身の遠心力に耐えられずに自壊すれば、それでおじゃんなのだ。

 回転数一七〇〇で止まるのは、そういった点から見るとむしろ好都合なようにさえ思えてくる。


「まぁそういうことで、実際こいつで空を飛べるかは分からんけどまあ順調だ。すでにこの仕様で増産もしてるんで、何かあったらまた報告するからな」


 その後俺達は、ナドの運転するわだちに乗って迎賓館まで送ってもらうことになった。


 今日こうして俺にプロペラが回っているところを見せられるようになるまで、散々苦労したという話を聞いた。木製のプロペラだと、何かの拍子で裂けたり、ゴミを吸い込んだときに、ブレードに当たってえぐれたりしてボロボロになってしまうので、鉄も併せて使ったプロペラを作ったということだ。

 その報告の概要は聞いてはいたが、なんと回転中のプロペラに砂や小石を投げ込んで損傷具合を検証・改善強化する徹底ぶりだったことは初めて聞いた。確かに離着陸時にそういったものが巻き上げられる可能性はある。しかしそのリスクは俺はそういう話をされて今はじめて気づいたものであり、先回りして予めやってもらえているとは夢にも思わなかった。

 可変ピッチプロペラを実現するメカの部分も、いかにスムーズかつ使用者の指示に忠実に従えるかで難所があったという。特に操縦席からの遠隔操作をどう受け付けるかが難しかったらしい。


 言うは易く行うは難しを実感した帰路だった。


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