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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B62 不可侵の怪物 リンネ・エルベシアの告白 2

 村の大人が私を特別視すれば、その子供も私を変な目で見るようになるのは当然のことでした。

 それが決定的になったのは、村のおじさんから、畜舎で飼育している家畜のフンの掃除を頼まれたときでした。おじさんは私を掃除するように言いつけて、道具を私に押し付けて家に戻っていきました。おじさんは少し気が立っているようでした。


 掃除の仕方を教えてもらわなかったので、どう掃除したものかと悩みました。おじさんが掃除をしている光景を遠目に見ていたことはありましたが、実際にどんなふうに掃除していたのかまでは、承知していなかったのです。とても強烈な臭いがしていて、私はしばし考えこんだあと、とにかく手を動かしながら考えることにしました。私だってやりたくないものは、やっぱりやりたくないのです。早く動けば、早く終わる。誰もが納得する理屈です。

 しばらくすると、おじさんが私のところまで来て、私の仕事の手際の悪さを厳しく咎めました。

 顔をこわばらせて目を見開いて、私を怒鳴りつけたのです。もともと虫の居所が悪かったこともあるのでしょうが、怒らせたのは私です。おじさんがどんな言葉で私に怒り罵ったのか、覚えていません。おじさんがとても怖くて、つい掃除道具から手を離して、頭を抱えてしまいました。

 掃除用具の柄が床に倒れて、木の乾いたような、少し湿った音がしました。私が道具から手を離したことは、おじさんにとっては、私が仕事を放棄したように見えたようでした。


「その態度はなんだ! 何でもやるって言ったのはお前だろう!」


 おじさんはそう言って私の服を乱暴に掴んで突き飛ばしました。倒れても痛みはありませんでした。集めていたフンの山に、頭から倒れこんだのです。

 悔しさや恐怖で涙を流すよりも先に、その臭いで涙が溢れました。

 おじさんは作業を早く終わらせるように私に言いつけて、掃除道具を持ち去っていきました。フンにまみれた手で、道具を汚されたくなかったのだと思います。

 結局、私は素手でそれを触って掃除するほかありませんでした。私が素手で触るのを、私と同じ年くらい男の子が見つけて面白がりました。

 その日から、私は「クソ女」と呼ばれるようになりました。



 最初はそのような蔑称で私をからかうだけでした。しかし、村の大人がそれを見咎めないことに気づくと、彼らの行動ははどんどん大胆になっていきました。

 私が外を出歩くとき――私は村からは出ませんでしたが――いつも持ち歩いていた肩掛けのカバンが、ちょっと置いて目を離した隙に盗まれていたり、川に投げ捨てられたりすることは日常茶飯事で、酷いときは家畜のフンや内臓を空から浴びせられたり、カバンに詰め込まれたりしました。犯人はいつも彼らでした。


 カバンの中には『気分が悪くなったり、疲れたりしたら』と、お父さんの血が入った小瓶が入っていました。お父さんの手首は、私に血を与えるためにいつも傷だらけでした。お父さんは手首を切るところを私には絶対に見せませんでした。いつも出てくるのは小瓶に入った形でした。お父さんは買ってきた薬だと常々言い張っていましたが、新しい包帯でグルグル巻きにされたその手首を見れば、出所は一目瞭然でした。

 カバンを盗まれた時、その小瓶はいつもカバンの見つかった場所の近くで、粉々に割られた状態で見つかりました。嫌な顔をせず、笑ってまた“新しい薬を買って”くれるお父さんの姿が心苦しく、その度に申し訳ない気持ちになりました。


 私には三つ下の弟、ロンがいました。私の遊び相手になってくれるのはいつもロンで、姉弟兼友達のような間柄でした。そのロンも、私と血の繋がった弟だという理由でいじめられました。ロンは“普通の子”でしたから、やられたらやり返すことができました。私は反撃できませんでした。私が手を挙げると「殺人鬼の芽が出た」と言われかねないので、手出しはできませんでした。両親からも、そのようにきつく言われていました。


「お姉ちゃんの代わりに、オレが文句を言ってきてあげるよ!」


 私がやられると、正義感の強いロンはすぐに家を飛び出して、その犯人のところに一人で行ってしまいました。私が様子を見に行くと、決まって取っ組み合いのケンカになっていました。ロンはよくお父さんに連れられて猟に出ていたので体つきがよく、その上すばしっこいので複数が相手でもある程度は張り合えたのです。


 それでも、私がその場所へ向かうとロンは疲れきっていて、年上の力の強さに返り討ちにあうのがお決まりの流れでした。彼を助けに私が現れると、彼らはやれクソの化身だ、吸血鬼だ、化け物だとおもしろがりながら、クモの子を散らすように逃げていきました。

 返り討ちにあって酷い顔になっても、ロンは私の前では「強い男の子」でした。お父さんからも、たとえ周りがみな敵になろうとも、私を守れる立派な男になれと常々言われていたようです。


「お姉ちゃんがいじめられれば、オレは何度でもやり返しに行く。オレが負けて戦わなくなったら、あいつら調子に乗ってもっと酷いことをするから」


 気丈に振る舞うロンを見ていて、私はいたたまれない気持ちになりました。ロンより私のほうが比べ物にならないくらい力が強いのに、私はロンが返り討ちにあうのを見ていることしかできなかったのです。


 それと同じ時期に、陰口も聞くようになりました。

 私だけでなく、家族も気違いの瘴気にあてられてしまっているから、関わらない方がいい。そんなことを誰かが触れ回っているようでした。


 私の家は静かに孤立していきましたが、一方でそのおかげで、私への嫌がらせも頻度が下がっていきました。その意味では、ある意味落ち着いた時期でした。

 おばさんは、相変わらず私達と変わらぬ交流と心配をしてくれました。昔ほどおおっぴらに話すことはできませんでしたが、裏でこっそり支援してくれたのです。


「今晩、夜が更けたら少し出掛けようか」


 そんなある日、お父さんが夕飯の食卓で私とロンにそう言って周囲を見渡す素振りをすると、背を屈めて人差し指を口元に立てて笑いました。お父さんの隣に座っていたお母さんが、困ったような笑っているような顔をしてお父さんを向いていました。


 お父さんの言いつけどおり、私とロンは、いつものようにベッドに横になって、部屋の明かりを消して、眠りにつきました。寝入ってから少しすると、お父さんが燭台を片手に私の部屋の戸を少しあけて、私を呼び起こしました。

 私は出かける支度を手早く済ませて、家の裏口に行くと、猟の道具を抱えたお父さんと、ショルダーバッグを抱えたロンが待っていました。

 お待ちかねの人が来たと、お父さんがニヤつくと、ロンもお父さんの顔を見て同じ顔をしました。

 お父さんは私とロンに、家の外に出たら、お父さんがいいと言うまで決して話をしないこと、遅れないようにしっかりついてくることを約束させました。


 家の裏口の鍵を閉めると、お父さんは地面すれすれを飛んでいき、ロンもが同じく続くのを追いました。他の家の一階の窓よりも低い高さで飛んでいくのです。

 お父さんは、人目につかない道を選んで村のはずれへ飛んでいきます。

 村は山に囲まれた小さな平地にありましたから、山林の生え際にたどり着くまで、そう時間はかかりませんでした。

 お父さんは、立ち並ぶ木々の前に降り立って、私の方へ振り返りいいました。

 

「ここまでがグジュ村で、この木々から先は、村の外になる。リン、行こうか」


 私は村の決まりで村の外へ出られませんでした。決まりを守るために、村の最外周にある建物で結んだ範囲から、極力出ないように生活してきました。お父さんは、私にその掟を破って、村の外に行かせようとしていたのです。

 私は決まりだからと首を振ると、お父さんは私を褒め、言葉を続けました。「でも、村の外の景色を見てみたいとは思わないか?」

 行こう。強く誘ってくるお父さんとロンに、悩んだあげく私はその境界を飛び越えました。背徳感はありましたが、村の外にあるものへの興味が私の背中を押したのです。


 お父さんは、夜の暗闇の中に足を踏み入れました。あのとき、わざわざ足で登ったのは、きっと見つからないようにするためだったのだと思います。

 お父さんはロンに明かりを持たせて、猟具を構えました。

 森の中を歩くのは初めてでした。足元に枯れ葉が積もって、ふわふわしていて、独特の土のような木のような匂いに頭が冴える気がしました。

 登るのは少し大変でしたが、小さな尾根にたどり着いて、尾根に沿って登っていくと、開けた場所に出ました。

 そこから村を見下ろすと、私が今まで住んでいた場所が、とても小さく狭い場所だと思い知らされました。反対側の遠くには、遠くできらきらと光る大きな水溜まりが見えました。

 私がその水たまりについてお父さんに尋ねると、少し驚いた様子を見せましたが、すぐに納得して私にそれが「湖」であることを教えてくれました。


お父さんは、肩に担いでいた袋から、シワが描かれた大きな紙を二枚取り出して、私とロンに渡しました。


「いいかい。もし村で何かがあったとき、お前たちだけでもこの村を出て、どこか別の街へ逃げなきゃいけない。俺やお母さんも、そのとき一緒に逃げられるとは限らないからな」


 お父さんは私とロンの手元にある大きな紙が、先日村に来た商人が村を去ったところを追って、大金をはたいて内密に買った地図というものだと聞きました。

 村で生活していくのに、地図は不要です。ただでさえ、どこそこの家が商人から何を買った、なんて噂がすぐ回る集落です。お父さんは不要なものを大金を出して買う酔狂な人ではありませんでしたから、地図を買ったと知られれば、いろいろ勘ぐられます。

 たとえば、一家揃って村を出ていくのではないか、という噂です。一度そのような噂が流れたとしたら、村から早く出て行ってもらおうという考えがすぐさま蔓延して、ますます村に居辛くなります。

 たとえ村を出たとて、どこに災厄を招く厄介なエルベシアを暖かく迎え入れてくれるところがありましょうか。それでも、最善の生活をしていくためには、現実的な解として村に留まるのが堅実な選択でした。


 お父さんから、商人に教わったという地図の読み方を教わりました。いま思えば、その内容は必ずしも正しいものではありませんでしたが、私がナクルまでたどり着くために、その地図は役に立たなかったかというと、そんなことは決してありませんでした。


 私は地図の読み方を教わったあと、ロンに連れられて、生まれて初めて高いところまで飛んでいきました。それも掟で禁じられていたことでしたが、ここならばまず見つかることはないと、一度飛ぶことをお父さんが勧めてくれたのです。

 今まで家の屋根より少し高いくらいがせいぜいだった私の翼で、夜風を捉えました。昇れば昇るほど、開けた場所で明かりを手に私達を見守るお父さんの姿が、針のように小さくなるのがとても新鮮でした。高いところから降りられなくなったらどうしよう、なんてことも頭ではそんなことはないと分かっていても、考えてしまうほどでした。

 どんどん高くへ昇っていくロンが、少し下の空で躊躇する私を見て「怖がりなお姉ちゃん」と笑いました。いつも守られてばかりの弱いお姉ちゃんも、思い切ってロンに追いつきました。


 私が今まで見たことのなかったものを、ロンにたくさん見せてもらいました。紙をくしゃくしゃにして広げたような地面に、苔が生えているような山の木々の姿を初めて見ました。

 とても気持ちがよかったです。ほんのひとときでしたが、掟を忘れて、私の好きなようにできる自由が、やみつきになりそうなほど幸せに感じました。


 村から抜け出しての好き勝手は、それっきりもうしませんでした。私にとって一生に一度の体験として、胸に留めおくことにしたのです。



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