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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B56 キカイノツバサ 設計ミス


「あ~あ、こんなになってしまって……」


 飛行艇計画が再開されたその朝、工業ギルド前で止まった車輪を見て、ナドは溜め息交じりに呟いて歩み寄った。


「その、預かって夜も明けぬうちに壊してしまって申し訳ない」


 その運転席に座っていた俺は、彼の悲しそうな声に申し訳なく返した。

 試験輸送車――わだちをかっ飛ばし、燃える棒材に体当たりをかまし、ボロボロになるまで酷使したとき、その運転席に座っていたのは俺だった。


「いや、いいんだ。こいつはロベルトの身代わりになってくれたようなものだ」


 彼は救出された男の名前を口にした。

 運転席から降りる。隣に座っていたグレアも俺と動作を同期する。後ろの荷台に乗っていたクラリ、ブロウル、ガルの三人は、一足先に地面に足を下ろしていた。


「先日の救出劇の話は一気に広まったよ。俺はそのとき家で寝ていて、知ったのは翌朝になってからだが、工業ギルドから知らせがくるより先に、近所の奥さんから話を聞いちまったほどだ」


 ただ、産みだした親の一人として、息子がこんな姿になっちまうのは見てて辛い――しみじみと口から零し、摩耗して角の取れたわだちの車輪を眺めて、そっと撫でる。

 作る側の気持ち、成果物への愛に満ちた淋しげな表情――もう二度とあんな蛮用は出来そうになかった。


「ん、新しいお方ですな」


 俺たちの中で一番大柄のガルに気がついた彼は、顔を彼に向ける。紹介される前に柔らかな口調で近づきつつ、お辞儀をして自己紹介。


「ガル・シグニスと申します。このたび飛行艇というものに乗って、共に旅をすることになった老兵であります」


「機械開発長をしている、ナドです。飛行艇のことでご要望があれば、我々に」


 二人が片手の握手を交わす様子を見て、心の荷が一つ降りた気がした。

 飛行艇計画の最高責任者は俺だ。

 今までは、経験から手助けや案を寄せてくれる人は、発注(こちら)側にはいなかった。俺やが手探りで、無い知恵絞って出したカスに、今まで頼っていたのだ。

 グレアが手助けをしてくれることもあったが、俺が、俺の責任で指示をしていたのだ。


 安心感を感じた理由は、ガルという歳を重ねた大人が、俺の味方をしてくれることからくるものなのだろうと思う。

 つまるところ、俺は自分の判断と示した方向性に確信を持てず、同じ視点に立って大人に助力してもらえうる人物に頼り、安心しようとしているのだ。


 ガルは護衛であり、飛行艇を造る責任は彼にはない。俺にある。湧き出た考えは無意味で身勝手で甘ったれで、脛かじり根性丸出しのものだ。さすがは性格偏差値30台だ。

 ただでさえ三食屋根付き、衣服からメイドまでついた生活をタダでさせてもらっているのだ。その荷物は降ろしてはならない。誤りなのだ、正義ではないのだと、首を振って自らに警告する。


「さて、この子は俺が預かる。生きとるとはいえ、手当てはしてやらにゃいかん」


 ナドはわだちの運転席に足をかけて乗りこんだ。


「火事の件、手柄だったな」


 軽く流すように言って、彼の乗るわだちの車輪がそっと回転しはじめ、思い出したかのようにくいと加速して、工業ギルド前の通りを回送していった。

 ……やはり、初段の調整は自動化した方がいい。


*


 会議が始まる。俺の横にクラリ、ブロウル。クラリの隣にグレア、ブロウルの隣にガルが座る。リンはいない。

 グレアが俺の護衛に入ったことは極秘の話で、工業ギルドの連中にもまだ話は知らされていない。つまり彼女は俺のメイドと思われているわけだが、今まで後ろに立っていることの多かった彼女は、最近イスに座ることが多くなった。

 身体にガタがきはじめ、イスのありがたみを痛感するようになった年頃のオヤジたちは、いつも俺の席の後ろに立っていた彼女にも席を用意してくれたためだ。ありがたい話である。

 今日から初参加であるガルの紹介を終えて早々、ネルンは羊皮紙の紙束を手に報告を始めた。


「えー、それでは飛行艇の被害状況から話を始めたいと思います」


「近隣の燃焼物の火の粉により着火し、飛行艇の右主翼の外側半分が燃焼、あるいは焦げたりするなどしたため、修理が必要な状況です」


 飛行艇は木材、鉄などの金属、布などを用いて、必要な箇所には重量と引き換えに強度のある素材を、そうでない箇所には別の素材を使い、強度を可能な限り維持しつつ軽量化を施すよう設計され作られていた。

 飛行艇の主翼は、内部の構造材は比重の重い木と鉄、外皮は比重の軽い木材や布を使い、さらにより少ない材料で高強度が得られる構造を工夫して用いることで、できるだけ強度を維持しつつ重量を軽くする努力が払われていた。


「修理にかかる費用は高くつきそうだな……」


「損傷があったのは外皮部分だけで、翼端を除いて、翼内部の損傷は軽微でした」


 ネルンは紙束を机の上に置き、かがみ込んで足元から肩幅より少し長く、幅三十、厚さ五センチほどの板状の木のブロックを片手で軽々と持ち上げて俺に見せた。


「これは損傷を受けた外皮の一部です。厚く作っていたおかげで、表面が焦げて炭になっただけで済み、裏側は――このように、何事もなかったかのように木目を保っております」


 焦げた表面と焦げなかった裏面を交互に見せて、拳でポンポンと木目を叩く。俺が頷くと、その塊をテーブルの上に置いて、手に持つものを紙束に取り替える。


「外皮はこのような損傷を受けてもなお設計強度を保ち続けており、万一の場合でも、飛行性能の低下を受容できるならば、このまま飛行を続けることも十分可能と思われます。十分すぎるほどの強度ではありますが……いかがいたしましょう」


「いや、現行のままでいい」


確かに飛行性能も重要な要素であることは否定しない。しかしそれ以上に、そもそもが飛行艇は墜ちることができない。飛行艇は護衛の盾をすり抜けた一撃から身を守る最後の盾である。耐えきれなければ撃墜されて終わるのだ。


「それより、修理にはどれくらいかかる?」


「現状の見積もりでは、五日もあれば修理できると考えております」


「意外に早いな」


 修理に二週間近くかかると言われるかと思ったが、予想以上に短かった。


「そういう仕様で作っているからこそです」


 計算以上の耐久性と設計が正しいことが実証されたネルンの声色は少し嬉しげである。

 横から視線を感じて視線を右下に向けると、全く関係のないクラリの顔が何らかの期待を俺に照射し続けている。えへへと笑ったところで昼飯は出ねえ。


「お前も乗るなら話を聞け」


 自分も前を向き直すと同時に、片手で頭を掴んで前を向かせる。


「ネルン、その端材をもらいたいんだが――」


「え? ええ、構いませんよ……」


 ネルンのテーブルの上にあった焼けた木っ端が、ギルドメンバーの手をリレーされ、ガルの手に渡る。ちらりと両面を見るように検閲してブロウルに渡し、俺の手元に届く。


 そして木っ端をクラリの膝上に置く。

 クラリは航法と通信を担当する。飛行中に損傷した機体の状況を最も精確に知り、それを俺に伝える機会は確率的に高い。今回の焼損は危険度も併せ、貴重なサンプルケースとして彼女には学習してもらう必要があるのだ。

 見事困惑する顔を獲得した。


「それからこれとは別件で、艇体の検査中に発覚したことなのですが……」


 ネルンは紙束をペラリと捲ると、言いづらそうな口調で話す。


「機体の重心が設計よりもズレていることが分かりまして、具体的には――えー、主翼より後ろがおよそ千パほど重く、また微妙に左側に寄っていまして……」


 千パ、パはコップ一杯の水の基準の重さの単位である。一パで大雑把に二百グラムほどの重さのようらしい。長さの単位「シュ」の基準が手の長さだったりするところからもお分かりの通り、身近な単位であると思う。そんなアバウトな単位で精密な工作なんて出来るのかと疑問だったが、なんとどちらにも単位の基準となる原器があるらしい。

 どんなものか興味はあったが、誰だったか「厳重には保管されていますが、中身はただの金属の棒や塊ですよ」と言われ、元いた世界で見たガラスの蓋で厳重に保護されたキログラム原器の画像を想像して納得してやめた。

 ちなみに、シュの最初の原器ははるか昔、神都の街を歩く通行人を適当に1人捕まえて、その手を基準にして作ったらしい。最初の本当の原器は、その人の手を忠実に複製した青銅製の手で、国の礎となる偉大な基準と定め、それに金箔を貼りつけて金ピカにしたものだったそうだ。

 「これが長さの基準です」と言われて、ガラスの蓋で保護されたゴールデンな手を見せられたら、さすがの俺もちょっと困惑する。金箔いらねえだろ、と。つか金箔の厚さ分だけ誤差出てんじゃねえか、と。


「原因は分かるか?」


「材料の長さや重量には注意をしていましたので、恐らく設計時の計算の誤りが原因かと思います」


 話を戻そう。千パということは、五で割ってキログラムだから、二百キログラムほど重心が後ろにずれているということだ。元々、主翼より後部に設置する装備類にかかる重量が重くなると予想して、本来は予め前部のほうが重くなるようにしておく予定だった。

 それがどういうことか、まだ装備していない現段階で後ろのほうが重い状態となってしまったというわけだ。


「それは参ったな……」


「なるぅ、何に困ってるの?」


 そうだろうと思っていた。最近たるんでいるのか、話をあまり聞いていないクラリの質問。俺を見てないで、話題の方に目を向けてほしいのだが。


「天秤が釣り合わないんだよ。翼の前部の重量と、後方の重量の。これがおよそ釣り合ってないと飛べない」


「そっか……」


 後方の重量が過多になると、飛行中に機首が上を向く傾向になることが予想できる。シーソーの支点が主翼、片方が前部、もう片方が後方だ。ある程度の重量の偏りは、昇降舵(エレベーター)ないしトリムタブでなんとかできる。

 後ろの偏りがあまりにひどくなれば、機首を上げようとする力を操縦桿で制御できなくなり、機体は上を向いて失速し、間違いなくそのまま墜落する。少し考えたら分かることだ。


「あー……誰かおじいちゃんにも分かるように解説してはくれんか。俺たちの翼の前にあるのは両腕と頭、その後ろにあるのは胴体と足。どう考えても両腕と頭の重量が、胴体と足の重量と釣り合うとは思えない。して、その乗り物で重量の偏りは気にしなければならないものとは考えられないのだが」


「ああ、その話は前に一度出た」


 のんびりとした口調で的確に切り込んだガル。

 その疑問についての話題は、過去に一度会議で上がっていた。


「自分の翼で飛ぶとき、滑空していても少しずつ魔力を消費する。一方、製作中の飛行艇は、滑空状態では理論上魔力を一切消費しない。つまり、人間の翼とは似て非なる、別物の飛行形態だという話だ」


「ふむ……」


 こういう結論をもって決着としたものだ。

 だがこれは嘘だ。有翼人の翼と飛行艇の翼は、本質的には同一の飛行形態だと俺は考えている。

 有翼人は、足を使って前後の重量バランスを、翼の面積等を変化させ左右の重量バランスを変化させ、体全体を傾けることで飛行している。これは、飛行する本人が手足のように使う手段であり、それを自覚しているため間違いはない。

 俺が嘘をついたのは、これだけでは説明がつかない――今ガルが指摘した事象を説明することは、可能だが面倒だからだ。


 前後に明らかな重量バランスの偏りがあるにも関わらず、まるでそれが釣り合っているかのように見せるマジック。そのキーが、魔力の消費だ。むしろ答えと言ってもいい。


 火魔法を使えば、燃料がなくとも火が出せる。水魔法を使えば、即座に水を生成できる。

 さらに、物体の重量を一時的に軽くする魔法もあり、兵隊の装甲や荷物の運搬にも応用されているという。

 有翼人である彼らは、魔力を消費して、無意識的に魔法を行使し、重量バランスに何らかの手を加えていると考えることは無理ではないだろう。さらに神話では、空を飛ぶ能力は神使から人々へ、直々に授かったものだ。それが事実だとするなら、能力の付与時に神使側でそのような対策が行われていたとしても、何ら不思議ではない。


 飛ぶと魔力が減ることは、公然と知られた事実であるが、その減った魔力が何に使われているのか、今は分からない。飛行艇の存在はその解明の大きな助けになりうるだろう。しかしそれを俺が推測を交えて直接話すことは避けたい。

 会議の主題があらぬ方へ向いてしまったり、その研究も同時に始めるなどと言い出して完成が遅れる可能性を摘み取っておきたいのだ。技術的、知識的にも貪欲な工業ギルドや、協力してくれる外部の研究者にとっては歯痒い思いだろうが、それは飛行艇がこの街を飛び去ってから、じっくり研究してほしい。

 そのために、飛行艇の完成にはさして重要ではない有翼人の飛行形態と、飛行艇の飛行形態について、似て非なるものだと嘘をついたのだ。


「この問題に対して対処する方法は3つあります。まず、主翼の位置を後方に移動させる方法。次に、軽量化の魔法を用いて機体後部を軽量化する方法。最後に、機体前部に釣り合わせるおもりを載せる方法です」


「正攻法は主翼の位置をズラす方法だが」


「はい。しかし主翼の取付位置の変更は設計時の想定にない出来事でして、それに関係して各部の再設計、強度の再計算と組み直しが必要になり、多額の費用と時間がかかります」


「ならば却下だな」


「機体軽量化の魔法は、本来最後にかけて飛行性能を改善させる予定ですが、重ねがけができないので、重量の補正に使用するか、機体の軽量化に使用するかの二択になります。他には、部品ごとにかけて両立させる方法もありますが、これもまた手間がかかり時間が必要になるので……」


「時間がかかれば自動的に費用もかさむ、と。おもり一択だな」


「そうなります。装備類の重量の補正も合わせますと、およそ三千パほどの重量が必要です」


「六百キロか、重い」


 飛行艇のコクピットの一つ下には、前方の視界を得るための空間がある。飛行中、機体の内側から下面の視界を確保できる二箇所のうちの一つで、昔の爆撃機にあったように、機首がガラス張りになっているところだ。

 カウンターウェイトを置くとするならそこしかない。六百キログラムの重量となると、体積を取らなくて良いよう、密度の高い金属の塊を置くことになるのだろう。


「それだけの大重量が必要なら、便利な道具を置きたいものだ」


「あ、じゃあボス。あのさ、三千パも重さに余裕があるなら、ちょっとおねだりしたいんだけど」


「どうした?」


 片手を挙げて身を乗り出した彼は、爽やかな白い歯を見せて笑いながら横から俺を覗きこむ。

 また良からぬことを考えている顔である。


「――大砲を一門機首に積んでくんね?」



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