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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B53 キカイノツバサ 緩やかな時の中で


 はじめ一枚しか架けられていなかった渡し板は、新たに横に並べられ、幅を広げていた。

 破孔から流れこむ雨に冷えた空気が、喉と肺を冷やす。


「アダチぃ――!」


 渡し板の向こうからグレアの声がする。板に足を乗せ、バランスを崩して落ちなぬよう、ゆっくりと確実に足を進める。足の裏から湯気が立った。

 数歩あるいたところ、ランプのガラスが突然俺の胸元で割れてしまった。

 桟橋の石畳を踏みしめ、オヤジをブロウルに預ける。


「服を、脱がせてくれ……暑苦しい」


「アダチが全然戻ってこないから、行き倒れになったんじゃないかって」


「帰ってきただろ、早く」


 グレアに手伝ってもらい、重ね着していた服を一枚ずつ脱いでいく。外側の服は、所々焦げたり穴が空いたりして、ボロボロになっていた。

 脱ぐたびに、外の空気を全身に感じる。ああ、戻ってきた――生きている実感がして気分が良かった。


「アダチ、全身真っ赤なんだけど……ちょっとクラリ呼んで――」


「いい。風呂に入っていたようなもんだ」


 出る声はかすれていた。喉の渇きがひどい。後で落ち着いたときに、どこからか飲み水を恵んでもらおう。

 終盤はかなり熱かったから、そのせいだろう。水の装甲があったおかげでこの程度で済んだ。ないない尽くしの作戦だったが、結果オーライだ。

 当然だが、突入役はもう二度とやりたくない。


「あれ、十枚着せたはずなんだけど、八枚しか残ってない」


「マジか」


 脱がせた服を数えていたグレアの言葉に驚いた。多少焦げたりはするだろうと思っていたが、まさか二枚分がいつの間にか焼けてなくなっていたとは思わなかった。


 グレアに頼んで脱いだ服を荷台に置いてもらう間に、服一枚になった俺は、わだちの操縦席に登る。

 やはり飛び込んで相当体力を使ったのか、船から出てくるときよりは回復したものの、登るときの力の入りづらさは少し残っていた。


「ボス、男を荷台に乗せて、今クラリが応急手当中だ」


「分かった」


 ――全身から湯気出しながら人を背負ってゆっくり出てくるところ、最高に格好良かったぜ。

 ブロウルは俺にそう耳打ちした。


「なら次はお前に任せる。俺はもう懲りた」


 首を振ってそう言うと、ブロウルはニッと笑って拳を突き出す。俺も突き出して拳をぶつけた。心の底からやりたくないが、俺の決死の成果がその引き換えに認められたことが、少し嬉しかった。

 だがもうやりたくない。たとえ要救助者が美少女でも。


「二人とも、一旦撤退するぞ」


 グレアがわだちによじ登って隣に座った。


「俺、どれくらい中にいた?」


「時計見てないから分かんないけど、たぶん十分以上」


 思ってたより根性あったな。頭に浮かんだのは、そんなことだけだった。


「アダチがなかなか出てこないし、そうこうしてるうちに中が急に燃えはじめるし、閉じ込められて私も終わったかと思ったわ」


 グレアの感想を聞きながら、わだちをその場で反転させた。

 荷台での手当てを邪魔しないよう、徐行運転で構内を走る。


「帰ってくるって言っただろ」


「それは結果論。あんたは知らないと思うけど、一時はあの穴からすごい勢いで火が吹き出てね。『あーあ、私の夢はアダチと一緒に、しゃぼん玉の如く儚く消えてしまったんだー』って――」


 そう言ってグレアは遠い目で煙の広がる夜空を見上げ――見上げる。


「……生きてて良かっただろ?」


 前の木箱を避けるためにハンドルを切る。

 俺の言葉に、グレアはジトッとした目つきで応えた。


「安らかに眠りなさい」


「帰ったらな」


 心配かけて悪うござんした。

 その甲斐あって緊急の目的は達成した。残るは荷台のオヤジをギルドの連中に預けて、それから船の消火。頭が痛い。悩ましい方と感覚的な方、両方で。


 キール造船所の出入り口を抜け、通りに出たところでわだちを止めた。そこにザグール率いる工業ギルドの関係者がいたからだ。

 俺達が近づくなり、ザグールが群衆の中から飛び出して、わだちの目の前に立ちはだかる。


「コウ、どうだったか!?」


「噂通り一人拾えたが、意識が混濁している」


「でかした! おい救護!」


 ザグールがギルドの群衆へ振り向いて声をかけると、数人の男が担架を担いで出てきた。

 俺とグレアが見える席に座っていて、男を救出したとなれば幌の中しかなく、俺が言うまでもなく、担架を持った彼らは後ろに回りこんだ。


「飛行艇は? 無事だったか!?」


「一部焼けたが、クラリが消火してくれた。いつまた燃え移らんとも限らんが、現状、大部分は原型を留めてる」


「船は燃やしても、飛行艇を燃やすわけには、どうしてもいかんじゃて、たった今魔術師に来てもらった」


「消火してもらえるのか」


 そうこう言っている間に後ろから掛け声が聞こえて車体が前後に揺れ、それを抑えるためブレーキで押さえつける。

 ザグールは小刻みに二回頷いた。


「出るのを嫌がられたらしいがな! 奴らはあの乗り物がこの街、この国にとって貴重で偉大なものだと、ちぃーっと理解しとらん」


 そう、いかにも気分の悪そうな顔をする。あのモノの価値を一番理解しているのは、作っている俺たち当事者なのだ。魔術師といえど飛行艇計画の視点では一般人に等しく、理解していなくともなんらおかしくない。

 動く人影に横を見ると、運びだされた担架が群衆の前を通る。ロベルトのおやっさんだ、と声が上がった。


「いやはや助かった。いつもメイドと一緒に眠そうな顔をするヒョロそうな青年だと思ってたが……よくあんなところに入れたもんだ! コウちゃの印象が変わったぞ」


 いや、従来の印象でいい。変わってしまったことで、そこでコウにお願いがあるんだが――などと頼まれるつもりで入ったわけではないのだ。変に頼まれごとをされるようになると、鍛えられていない俺は本気で幽体離脱しかねん。


 でっぷり太った中年男の忠告だ、よく聞け。

 俺の心の声に被せるようにザグールは人差し指をキレのある動きで俺に向ける。


「魔術師が消火してくれる以上、コウちゃがここにいたところでちっとも変わらん。火の中に飛び込んだ身体には、お前さんが思ってる以上に負担をかけとるし、そういう無理はあとから響く。分かるな?」


「ああ、ありがとう」


 あとは俺たちに任せろ。明日は休みだ。ザグールはそう言ってギルドの群衆に戻っていった。

 毎度言い方がキツいが、中身はそうでもないのが、どうやら彼のようなのだ。

 俺の隣がため息をつく。グレアがあくびで開いた口を手で隠す。


「……早く帰りましょ。日暮れから今までの出来事が濃密すぎて、二日分の時間は生きたわ」


「同感だ」


「なあボス、クラリが呼んでるぞ」


 俺の横にブロウルが近づきながら、親指で横の荷台をさす。


「ん、俺?」


「アダチ、これ私が操縦してもいいよね?」


 運転席を降りた俺に、上からグレアがハンドルに手をかけて声をかける。そこまで早く帰りたかったのか。

 まあでも、運転できる人間は多いほうが色々と便利だし、俺も楽ができる。少しばかり不安があるが、悪い話ではない。


「運転の仕方は分かるか?」


「あんたが運転するとこ横から見てたし、基本的な使い方はね」


「加速と減速を間違えるなよ。あっちの世界じゃ、それでいろんな意味で死ぬやつが山ほどいたからな」


 右手を挙げて伝え、ブロウルと一緒に荷台に乗ろうと足を出したとき、グレアが「あぁそういえば」と声を上げた。

 足を止めて振り返る。彼女はショルダーバッグをまさぐり、ガラスの音がする中から円筒のモノを差し出した。


「出す機会を失ってて忘れそうになってたんだけど、水筒。あんたの声ガラガラ」


「ちょうど欲しかったところだ」


 水筒に手を伸ばすと、水筒を持った彼女の手が引っ込む。


「『もう無茶はしない』って言って」


 グレアがどうしようもない奴を見るような目で俺を上から物理的に見下ろし、肩が大きく上下に一度。ため息。

 物理的な位置関係とその表情が妙にマッチして、死ねと本気で言われたときの恐怖を思い出す。

 襲われたときのことは今でもトラウマである。こうして人間は業を魂に刻みながら生きていくのだ。


「……もう無茶しねえよ」


「ホントにロクデナシなんだから」


 ん。押し付けるようにそれを渡された。

 荷台に乗って、床を拳で二度叩く。木の響く音が響き、それからちょっとして、緩やかに、外の景色を見なければ分からないほどの緩やかさで加速をはじめた。歩く方がまだ倍近く速い速度で安定し、わだちは進む。


「ちょっとアダチ、これ踏み込んでも全然進まないんだけど!?」


 はては、初段減衰器の設定がそのままだな。後ろの幌の景色を見てブロウルが大爆笑。


「ははは、おっせぇ!」


「グレア、初段減衰レバーがあるだろ? プラスとマイナスの記号が掘り込んである」


「これ?」


「断言できんが、とにかくゆっくりプラスの方に倒してみろ」


 こういう説明をするときこそ、授業で知識の共有化をしていて良かったと思うシーンである。

 ちょっとしてから、エレベーターのような加加速度がかかり、それでも、わだちはのんびりとした速さで迎賓館に向かう。


「……で、俺に話ってのは?」


 水筒を開けつつ、俺を呼んだというクラリに目を向ける。喉を通ったのは、いつもの花茶ではなく、常温の水。時間がなかった中で、ここまで用意してくれただけでもありがたい。それに出かけるとき、ただ現場に急行することしか頭になかった俺に比べ、彼女の機転の利きは驚きだ。


「なるぅ、辛そうな顔してるよ」


「そうだな。体力も気力もかなり絞った」


 クラリが俺にそう言った意図がよく分からなかった。


 おそらく運転席では、グレアが慣れない操作に四苦八苦しながら運転しているのだろう。不可解なブレーキがキュッと一瞬だけかかって再加速する。

 彼女は焼けて乾燥した衣類を畳んで数枚積んだものを、床を滑らせるようにして俺の前に置いて、二度手を叩く。


「もう、休んでいいんだよ?」


「あぁ、そういうことか。優しいなお前は」


 俺は微笑んで頭を撫でた。ニッと笑う。

 帰るまでの間に、一足先に休めと、ただそれだけの事をしたかった。自分が眠りを邪魔したことをまだ気にしているのだろう。クラリらしい動機だ。


「じゃあ寝かせてもらおうか」


 近づけば焦げた臭いもする服だが、硬い木の上で寝るにあたって、枕代わりにするには申し分ない。

 緊張がまだ解けないのか、眠くないが、クラリに水筒を預けて横になる。これまで緊張で固まっていた筋肉がほぐれて、気が楽になった。


「ボスはいい拾い物するよな。こんないい子が護衛の仕事をしていることが可哀想なくらいだ」


「なるぅに会わなかったら、クラリはどうなっていたか分からないのです。助けてもらって幸せです」


「んなこと言ったって何も出ねえぞ」


 こういうムズムズするようなことを言われるのは苦手な俺である。横倒しの身体で見えるのは、割座で座るクラリの姿。


「そういや、ブロウル。たった二発で穴を開けるとは、見事だったな」


「弓使いの俺が大砲を使えないわけないだろ? 確かに、撃ってチョンハネさせるのは、気づいた俺も妙案だと思ったけどな」


「待て。あそこで跳ねさせたのは恣意的(わざと)なのか?」


 そもそも弓と大砲は似てまったく非なるもので、その論理は控えめにみてもおかしい。

 それに、ブロウルが遠距離武器を使うところを見たのが、実は今日が初めてなのだ。変な話かもしれないが。選考会に出たブロウルは、弓を使わなかった。

 思わず起き上がってブロウルの顔を見る。自信満々の、してやったりな表情が拝めた。


「あたぼうよ。俺は神使様から祝福を受けて、弾道予測できる能力を持ってんだ。動かない的を外すわけがねえ」


「おま、特殊能力持ちなんて聞いてないぞ」


 ガラスを操る能力を持ったグレア、ブロウルの弾道予測という能力。古族としての特殊能力以外には能力はないが、多彩なスキルがあるクラリ。割と適当に寄せ集めただけの集団が、実は有能な化け物揃いだった。俺以外。


「そんな能力を持ってて、なぜ選考会で使わなかったんだよ」


「言っただろ? 俺は異界人とやらがどんな奴なのか、一目見てみたかっただけだって。ノリで出た選考会にわざわざ本気を出す必要はねぇ。それに、これは言ったかどうか覚えてないが、俺の能力は地味だ。お前の付き人みたいに華やかな能力でもねえ」


「なにより俺の能力はモノホンだがインチキ(・・・・)だ。仕事ならバンバン使っていくが、腕試しの場でやるのは紳士じゃないと思うぜ」


「なるほどな」


 そういやそうだったな。こいつは俺に興味があって出ただけで、護衛の仕事はあわよくばって感じだったんだよな。

 それに、あの場所ではそういう能力は使っていかないと不利だが――そんな不純な動機で出た自分がマジメにやってる奴の成績を下げることだけはしたくなかった、ということなのだろう。

 それでも、彼の能力は本物だった。ブロウルは純真無垢な白い歯を見せて親指を突き立てた。


「まっ、能力を使えば女の子のおっぱいが揉めるってんなら、使うことも考えなくもないけどな!」


「自分のケツでも揉んでろ」


 クラリの前で何言ってやがんだ。

 ブロウルの専門があれだけの能力があって、それを封じてもなお裸で戦っても負けない自信があるという。大物になりうるだけの能力を有していながら、なぜこんな一傭兵としての地位に留まっているのか。やはり頭脳に問題があるからだろう。


「ボス、話変えるけどさ」


「ん?」


 上下に振動する荷台の中で、背後のブロウルが声を潜める。

 冷静になってきたからか、頭痛がだんだん酷くなってきた。

 身体を後ろに倒しつつ、気にせず話を続けてくれと手で小刻みに振る。


「お前が船に入ってる間にさ、開けた穴から炎がすげえ勢いで吹き出したんだわ。爆発に近い勢いで。今は平気な顔してるけど、一気に船が燃えたとき、ツレが泣きそうな顔して、そりゃもう必死にお前の名前叫んでたんだぜ」


「そうか」


 船を出たときにそんな声が聞こえたかもしれない。だが、そのとき俺は熱いし息苦しいしフラフラだったわけで、それどころじゃなかった。

 それもそうだろう。俺が死んだりここから動けなくなれば、同時に夢が潰えるのだから。


「だからどうって話じゃないんだけどな」


「まあ無事戻ってこれたし」


 やるべきだったが、やって後悔している。身体に負担をかけずに、もう少しうまいやり方があったんじゃないかと。


 仰向けの体を横にしてまぶたを閉じる。火災現場から離れるにつれ暗くなっていく荷台。

 目に焼き付いた火炎のゆらめき、耳に残る燃えて弾ける木の音、まだ背負っているようにも感じる彼の重みの幻を感じる。

 全部過ぎたことだ。


 クラリもブロウルも察したのか何も言わなくなる。

 硬い床の上とはいえ、疲れと適度に揺れる心地よさは、そんなことを気にしなかった。


*


「――で、クラリちゃんはボスの何が気になるって?」


 ブロウルは声を潜め、寝息を立てる彼越しに、両手で水筒を抱えるクラリに尋ねる。


「この水筒、グレアさんの持ち物だと思う。なるぅの匂いよりグレアさんの匂いがする」


 クラリはそう言って、編みカゴの中の本の上に水筒を置いた。その下には、彼が着ていたスーツが乱雑に畳まれて収納されている。


「は? ――え、マジかよ間接キスじゃん!」


「しぃーっ!」


 声が大きくなる彼に、クラリは人差し指を立てて牽制した。

 ブロウルは半ば身を乗り出すようにして、彼越しにかごの中の水筒を見たが、外見から女物とはっきり見えるような柄はない。


「このことは、なるぅにもグレアさんにも内緒。話すと悪いことしかないです」


「んー、よく分からんがそうなのか」


 納得していない彼の言葉を聞き流しつつ、クラリは赤くなった彼の頬を指で突く。かなり深く寝入った彼は、一瞬顔をしかめたが、起きるまでには至らない。

 彼女はそれを確認すると、耐熱目的で重ね着したまま、一部脱がずにまだ着ているその裾を掴んで、背中側からそっとめくり上げる。


「なるぅ、これを無事って言わないよ」


「これが目的か……見てるだけで痛えよ」


 着ていた長袖もまくしあげる。ブロウルも彼女が何を気にしていたのか分かった。

 真っ赤になった皮膚の上、ところどころに小さな水ぶくれが広がっていたのだ。

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