第5話-B42 キカイノツバサ 誤解かあるいは
「いやはやネルンから聞きました! 今日は皆さん揃っておいでで!」
俺達がいる会議室まで勢力を維持しつつ接近してきたハリケーン、ザグールXは、まず手はじめに扉をぶち破らんとする勢いで開けて言い放つ。
ちなみにXにはエンカウントした回数が入る。今回でいくつになるかは忘れた。
リンは驚いて身をすくめ、クラリも驚き毛が逆立ち、メルは若干引き気味の顔、そしてブロウルは誰だこいつと表情が語る。
平常運転ができたのは、毎度のパターンに慣れていた俺とグレアだけであった。
とはいえ、たとえ一人でパーティーしていようと、気づかれないだろうと予測できるレベルの騒がしさである。
「これだけ多いと会議が賑やかになりますな! ははーっ! 俺はこのギルドのテッペンやってるザグールですわ!」
「急に押しかけて悪いな」
「聞いたぞ、コウちゃん! 暴漢に襲われたとは災難でしたなぁ!」
アダチだったり、少年だったりと、色々呼び名があるが、もちろん全部俺だ。
あまりかしこまらなくていい、コウでいいと言ったら、ザグールは俺のことをコウちゃんと呼ぶようになった。俺がそれでいいとしているのだから言うのも身勝手かもしれんが、こうも多いと名を呼ばれたときに反応できる自信がない。
「心配かけてすまない。俺の危機管理が甘かったのが最大の原因だ」
「はぁー! それでこの賑やかな面々というわけですな? 無理もない!」
連れてきた護衛とリンについて紹介すると、ザグールはようこそいらっしゃいましたと、ブロウル、リン、メルと順に握手。クラリも最後は自分と、嬉しそうな表情でザグールを見上げる。彼はメルと握手し終えると俺の方へ振り返った。
ザグールの背中を見るクラリの表情が溶けるように沈んでいくのが、彼の脇から見える。
「すまないが」
俺は手を差し出して、クラリを指し示した。
「ん? コウちゃんも初めましてか?」
「いや、」
ザグールは俺の手を握り、よろしく頼むぞと笑う。
「コウちゃんが死んじまったら、俺達は飛行艇が造れない! それじゃあ俺達も困る」
ザグールはリンやブロウルを見ながら続ける。
「もちろん、俺達工業ギルドは君たちの同伴を歓迎する! 君たちの優秀な知性があれば、きっとより良いものに仕上がるんだな! それはコウちゃんが証明している! ああそうそうコウちゃん、昨日の汎用品の車輪がどれだけの強度を持っとるかって話なんだが――」
ザグールはそう言って自分の指定席に腰掛けた。ザグールが来てから腰掛けるまでの間に、他の班長や関係者の顔も揃っていた。
彼お得意の畳み掛けるような話し方に割り込む隙はなく、クラリのことを言い出すタイミングも失ってしまったのである。
試験結果の発表、議論や進捗報告などが終わり、昼休みになった。
いつもはここでグレアが持ってきた弁当を2人で食べるが、今日は突然の大所帯での外出ということで、他のメイドが迎賓館からわざわざ弁当を届けに来てくれた。
「ザグールって方は本当にひどい人ですね」
俺達しかいない会議室で弁当を広げて早々、久々にリンが口を開いた。
「握手したとき、私がちゃんと言っておくべきだったのかもしれないです」
「クラリのことか」
「ええ。あの方はクラリちゃんのことを意図的に無視していたように見えました」
俺もあのときのザグールの対応に違和感を感じたわけだが、それは俺だけではなかった。
特にリンは、そういう差別やいじめに敏感で、正義感が強い面があるのは、クラリを連れ帰ったときによくよく身に沁みて理解していた。
だから、反応するとしたらリンが最初だろうと思っていたが、あのとき特に何も言わなかったのは、やはり前回の件を踏まえて自重したのだろう。
「それ。少年が気づいて言おうとしたときも、あからさまに回避してたよな」
「あなたもそう思いましたか」
「なあ。俺はザグールを擁護するつもりはないが、何度かアイツにはデリカシーの概念がない。だから一人であんなに騒がしくできる」
「はは、違いねえ」
お前も大概だがな。
「確かに俺もリンやブロウルが思うような引っかかりは感じた。しかし本人がそういう性格をしている以上、現状、悪意の有無の判断はまだ難しいと俺は思うね」
「悪気があってもなくても、クラリちゃんもジジイにあんなことされたら腹立つよな?」
ブロウルは同調を求めた。一方、当事者であるクラリはというと、うつむき加減で一足早く、静かに弁当を食べていた。
俺達の会話を耳に入れたくなくて、食べることに意識を向けているように俺には見えた。
「いいです、そういうの。クラリは慣れてるから大丈夫です」
食べ物を飲み込んだクラリは、弁当に視線を落としたまま、手短に言い切るように答えた。
「大丈夫なはずがありません。クラリさんはそういう酷いことをされるのが嫌で、ここに来たんでしょう?」
リンはそう切り捨てた。
クラリにとって、過酷な生活からようやく脱出できた矢先の出来事。一難去ってまた一難だろう。
「私は護衛だから、これくらいのことでへこたれちゃいけないです」
「やっぱりへこたれてんのな」
クラリもクラリで分かりやすい奴である。
「女の子を泣かせるたぁ、舐めたマネしやがってあのクソジジイ、昼休み終わったら顔に一発凹み加工を施して、そこに礼節ってもんを植え付けてやる」
「やめろ、飛行艇を潰す気か! それにお前、俺と初対面で話したときは礼節以前の問題だったろうが!」
面白そうなことをのたまいやがる。ブロウルが手をパキポキと鳴らせる音を会議室に響かせるのを、俺は両手を突き出して制止する。
忘れやしねえぞ、公衆の面前で脱ごうとしたことを。どうしてこうもお前らはブーメランを飛ばしたがるんだ。
「関係がこじれると計画そのものが危うくなる。俺に一つ任せろ」
「『任せろ』って、なにすんだよ」
「俺に腹案がある」
「どんな?」
「えーと、あれだ、あれ――」
「……アダチ、それは何も考えてないっていうんじゃないの?」
「違う、アイツが不穏なことを言うから、びっくらこいてど忘れしたんだ――思い出した」
ザグールは確かにクラリと握手はしなかった。それは事実だ。
だが、クラリはお呼びではないとか、優秀な知性がないとか、もしかしたら暗にそう言っているのかもしれないが、言葉に明確出してまでは言われていない。
だから気にせずこのまま空気を読まずに連れてくればいい。その上で。
「クラリには航法士と通信士を担当してもらおうと考えていてな」
クラリの顔を見ながら言う。クラリは弁当を食べる手を止める。俺と目が合う。
「どういう仕事なんですか?」
「自分の乗っている飛行艇が、今どこを飛んでいて、どこへ向かおうとしているのかを判断して、進むべき方向を決める重要な仕事が航法士。それから、必要であれば飛行艇と地上との間の通信なども担当してもらう。それが通信士だ。どっちも頭を使わないとできない仕事だ」
「難しそう。俺にはちと無理そうだな」
「バカ言えブロウル。お前もやるんだよ」
「え俺も?」
「クラリは元々救護担当だ。もし飛行艇で飛んでいる最中に俺が重傷を負ったら、クラリはその治療に専念するだろう。その間、クラリの他の仕事は誰がする? 現在位置を見失って飛行艇ごと迷子になれば、事態はより悪化する。そういうことだ」
「それは分かったが、俺やれる気がしない」
「それは俺も同じだ。飛行艇なんて作れる気がしない。やるしかないなら、ダメ元でも全力で挑んでみるもんだ。失敗しても手元にゃなにか残る」
「まあ、そうだな。やってみる」
「自分がすべき仕事ができなくとも、誰かが一時的に肩代わりできるならば色々と融通がきく。困った問題にも協力してことにあたれる。少人数というのは痛手だが、だからといってしないわけにもいかん」
「あの、通信士の仕事って斥候に出るのですか?」
「状況による。通信は送る方と受け取る方が揃って初めて成り立つ。元々前線向きじゃないお前を、危険な場所に送り込むくらいなら、得意そうなブロウルに頼んだほうがいい」
「斥候ならやれる気がするぜ」
「そうか、頑張ってくれ」
「クラリは位置を調べる方法は習いました。でもそれ以外のことは、ちょっとしか分からないです」
「そうだろうな。そこでだ。俺ごときがどこまで通用するか分からないが、俺の世界流の学問を教える。大したものは俺も知らんが、それでも使えるものの1つや2つはあるだろう」
「本当にクラリに学問を教えてくれるのですか?」
「そうだ。この仕事は知識も工夫もいる。色々学んで、それを自分の力で活用してもらう。バカには到底できない仕事だ」
「やった! すごい!」
嬉しそうなクラリの言葉を聞いて安心した。航法士、通信士としての仕事は適材適所かもしれない。
ただな。俺は自分自身の気持ちも引き締めるように言い聞かせていう。
「ただ、俺自身何が必要で、何をどうするべきなのかの正解を掴んでいるわけでもない。完全に手探りだ。時間も余裕もない」
「教えはするが、そこから必要なものは自分で考えて探してきてもらわないといかん。できるだろう?」
「はい、できます!」
「それでこそ俺の護衛だ。残念なことに、それがあのおやっさんにゃ分からんのだよ」
優秀な知性とは、単に勉強ができることだけではないだろう。それでも、学校で好成績をとったり、学んだことを応用できることはやはり、知性の一つの表れ方だと俺は考える。
幸い、クラリには強い向上心がある。イジメられるのが嫌で、たくさんの資格試験に合格した。怠惰な感情を行動以前にまず顔から垂れ流している俺には、こんな真似はできない。その点、クラリのほうが理性的で知性的だ。
「それに、後方支援のお前にぴったりの仕事といえば、これくらいしかない」
護衛組は万一の際には持ち場を離れる可能性がある。そう考えると、席を離れることが難しいパイロット役は、必然的に俺かリンになる。バックアップを考えれば俺とリンの2人での作業になるのが最適解だろう。
「お前に航空通信士の仕事は任せるが、困ったことや必要な物があれば俺に相談しろ。これはクラリに限ったことだけではないがな」
「ありがとう!」
「さて、話は戻ってザグールのことだが、クラリに頭を使う役職についてもらうとして」
人間生活をおくる上で染み付いた根本的な考えや偏見は、そう簡単に変わるもんじゃない。俺なんかがいい例だ。
変えようとすりゃ、当の本人が意識するかどうかはさておき、人格を否定されたような気になって猛烈に抵抗するだろう。
ここで俺の人生17年のエッセンスが詰まった判断に頼ると、大事なのはつまり、どう摩擦を起こさずに双方快適に過ごせるかどうかである、という結果が出てくる。妙に訴求力ねえな。
「今回の件は穏便に済ませるのが双方にとって良い。ただ、先方の対応が礼を失するものだったのは違いないし、黙って耐えるわけにはいかない。というわけでクラリ」
「はい!」
「その弁当を持って、俺の隣の席に来い。お前が俺の仲間であることを、ギルドの連中に改めて示してやる」
「はい」
「ブロウル、悪いがクラリと席を代わってくれないか」
「いいけどさ、肩透かし感があるっていうか主張にしちゃ弱くね?」
「相手に嫌がらせする気がなけりゃ気にならんだろうが、その気があるなら嫌でも俺と一緒にいるのが目につく。そのぐらいで十分だ。様子見もあるしな」
ブロウルは、はーんと鼻で納得したような、そうでないような返事をして、あいよ。クラリに席を譲る。
食べかけの弁当を胸に抱えてクラリは椅子に座る。弁当をテーブルに置くと、俺を向いてにっと笑った。
「コウさんは、やっぱりいい人だった」
「そうか。良かったな」
いい人――か。いや、俺はただ、クラリやブロウルが、命張って俺を守れる動機を作っているだけに過ぎないのだ。万一の時に仕事を放り出して逃げられたら俺が困る。
「リンも、これでいいよな」
「そう、ですね。相手に悪意があるか分からないのに、うかつに反撃しちゃったら、余計ややこしくなるかもしれないですね、そうですね……」
「ブ、ブロ――、」
「俺はブロウル。ブロウル・ホックロフトだぜ、リンちゃん」
「ごめんなさい」
「あんまし顔合わせないし、謝るほどじゃねーけどな。ブロウルが覚えられねえなら、なんならぶーちゃんでもいいぜ?」
「ぶーちゃん、ですか……?」
「ぶーちゃんはザグールでしょ」
グレアの言葉にプッと抑え込んでなお噴き出すような声が、静けさの残響が残る部屋に響いた。犯人はリンの背後に立っていたメイドであった。
俺達から顔を背け、俯いて震えている、すなわち、そこはかとなく犯人であると宣言しているのである。
「ねえメルちゃん」
「はい」
「フゴッ!」
「んふっ」
どこの女子もある程度、似たようなことはオフで連発してるんだろうと思ってる。所詮同じ人間だ、学校でも似たようなことをやっていた女子はいたし、異性のイメージに対して幻を見ているつもりはない。
だが、人差し指で鼻を押し上げ、フガフガ言う貴族のお嬢様を見ると、どうも言わずにはいられん。夢は夢だからこそ美しく、儚いのだ、と。これが現実なのだ、と。
信じらんねえだろ? アレが一国の元王妃候補なんだぜ。ロイドにゃ絶対見せらんねえ。
――いや、ブタっていたんだな。