表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
174/235

第5話-B33 キカイノツバサ トラス

「俺のいた世界で役に立ちそうなものって言われてもだな……」



 翌日。俺はグレアと朝から工業ギルド本部三階の一室――最初にネルンやザグールと顔合わせした部屋で、飛行機班所属の素材開発班代表の十数人から話を聞いていた。飛行機の素材開発班は、設計で使う部品素材について考え、そして実際の生産の担当を担うところだ。


 素材の出来で、飛行機の性能が決まると言っても過言ではない。飛行機は重量、強度の面でシビアだ。飛行機を構成する素材の強度が低ければ、破損や事故、例えば空中分解や墜落の危険性が高まる。かといって、強度を重視して重量の増加を招けば、これからの課題である動力機関に要求する出力やハードルが高くなってしまうだけでなく、離陸、離水に必要な距離の長大化により着陸場所がさらに限定され、果ては運動性能・操縦性の悪化、積載量の減少、最悪の場合乗員数削減を余儀なくされるなど、デメリットが大幅に増えてしまう。


 さらに、飛行機だけに限った話ではないが、機械や構造物を作る際、必要強度を満たすのはもちろん、さらにそこから万が一設計以上の異常な力がかかってしまった場合でも、ある程度耐えられるように作る必要があるという。飛行機という未知の乗り物を作るにあたって、必要な強度は未知数に等しいことも考えると、現状の技術力で出しうる最高の強度を用意しなければならない。



「そこで、異界のもので何か使えそうなものはないかと思いまして……」


「ふむ……」


 素材班が何を俺に求めているのかは理解できた。グレアは俺の隣で机に伏せて寝息を立てている。まあ自分に関係のない話を長々聞かされたら、誰だって子守唄にしたくなるだろう。仕事しろとは思うが放置しておく。


 飛行機で使われる軽量で頑丈な素材といえば、みんな大好きジュラルミン合金、それからカーボングラファイトなどの炭素系複合素材が思い浮かぶが、この世界の技術力では到底実現が不可能な素材である。技術的に鼻で笑っちゃうレベルである。

 その代わり魔法というチートが使える訳だが、「出でよ、ジュラルミン! ポォォォン!」でジュラルミンが手に入るならば、その魔法で可及的速やかに飛行機を創成して出立するのが賢いやり方である。そんな手段があれば誰かが声を上げるだろうが、声がないということは、そんな魔法は存在しないということである。地道に作っていくしかない。



「うむ。木材だな」


「やっぱり、木材ですか」


「実際木製の飛行機だってあったと思うし、間違いなく木でいける。木材で強度の足りないところは金属で補うようにすりゃ、なんとかなると思うがな」


「結局、木材をどう使うかということになりますかな……」


「そうだな」



 部屋の中央に置かれた長テーブルを囲んで会議する俺達の背後には、つい最近運び込まれたという木箱が山積みにされていた。一足早いが、基本設計案から実際の設計図面が出来上がる前に、ほぼ確実に使うことが予想される材料や工具等を仕入れたり、倉庫から引っ張り出してきたりしたものを保管しているらしい。ところが置き場所がなくなってしまったので、臨時で置かれているのがここに置かれている理由だという。



「……そういや、重量の割にやたら強度があるアレがあったな」


「アダチ様、何か思い当たるものが?」


「まあな。機械設計班の担当になるのかもしれんが……軽くて丈夫な構造ならば思い当たるものがある」



 そんな木箱を見て俺が思い当たったもの、それは小指の幅もない厚さで、木の板よりも軽く、素材の重量に対して圧倒的な強度を持つ、元の世界では身近な道具である――そう、ダンボールだ。

 元の世界では木箱を使うほうがむしろ珍しいぐらいだったし、木箱から連想するものでダンボールがまず最初に出てくるのは、納得がいくだろう。


 あのボール紙二枚で薄い波状のボール紙を挟んだだけの単純な構造。強度が欲しい用途ではさらに波状のボール紙をもう一セット重ねることができる。内部は最も手軽に手に入れることができる軽いモノ、つまり空気が大半を占めている。

 さらに軽量なものということで発泡スチロールも思いついたが、発泡スチロールは石油から作られるシロモノであり、ここでは生産できない。

 ここで発泡スチロールのような複雑な泡構造から着想を得て、それを再現しようというのも困難だろう。だが、ダンボール構造ならば……容易に再現可能だ。



「丈夫で厚めの紙を三枚、それから紙を接着する糊を用意できないか」



 俺がここで製作に挑戦しようと思えるほどに。


 一時間後、ボール紙がなかったり、段ボールの中紙を作るのに手間取ったりしたが、段ボールの素材と同じ構造の板材を用意することができた。ボール紙の代わりに通常の紙を何枚か重ねたものを代用できたが、中紙を綺麗な波打った紙に加工するのに意外と難儀した。

 班員が知恵を働かせ、木の板に半月状に加工された棒材を横一列に並べて固定したものを2組用意し、それで紙を上下から互い違いに挟み込む、専用の簡易な器具をその場で製作してくれたお陰で、ダンボール構造の素材を作ることができた。モノづくりの工夫恐るべし。


 そうして完成した段ボールは、手の平を広げた大きさよりも一回り大きいくらいの小さなものだが、これを作る過程で、段ボールの構造について説明することができた。



「これは、建物や大型の道具の制作でよく使われる三角形の補強構造とよく似ていますね。簡易版と言っても差し支えない」


「構造そのものは俺も知っていたが、それを素材に転用する発想はなかった」


「確かにこれは軽くて丈夫だ。強度は木には劣るが、紙で出来ているという点を考えれば強度は十分ある」



 機体には耐水性が求められるため、段ボールそのものを直接飛行機に利用することはできないが、この構造そのものは、軽量かつ丈夫な機体設計のヒントに成り得ると評価された。


 素材班が特に評価したダンボール構造の使い方は、俺が予想していないものだった。素材班は、ダンボール構造をそのまま板材にするのではなく、ダンボールの凹凸が見えている面に対して垂直に圧力をかけた場合の強度に着目していた。

 ダンボールを板材として利用したとき、つまりダンボール箱をカッターとかハサミとかそこらへんの適当な道具で切り出してそのまま板としたとき、それに折り曲げる力を与えると、ある程度までは耐えてくれるが、人の力で折れる範囲内の強さで力に屈して、容易に折れてしまう。

 ところが、これを凹凸面に対して垂直に力をかけるようにして折り曲げようとすると、これがなかなか折れない。広い面に対して折り曲げる力を加えようとしたときよりも、圧倒的に強度が高かったのだ。


 加えて、この構造は飛行機の素材として応用するにはもってこいの、もう一つの利点が見つかった。



「これ、中身は空気なので断熱材としても利用できますね」


「実際飛ぶとなると風で身体が冷えるからなぁ。風については外壁でなんとかなるが、コレならば機体内部と外との温度差から内部を保護することもできる。高いところを飛んでも、中はポカポカってわけだ」



 技術者たちは自らの翼で日常的に飛んでいる。その分、飛行中に起こる現象や不便について熟知しているだろう。初めて飛行機で空を飛ぶ人間とは経験が違うのだ。すくなくとも、俺が知っている不確かな空の知識よりも、彼らの知っている空の体験のほうが、圧倒的に有用な情報であることには間違いない。



「確か、100メートル上昇すると気温は0.6℃程度下がるんだったか」


「アダチぃ。アンタの世界の単位で語られても誰も分かりやしないっての」


「起きてたのか」



 ……それに、世界が違うと伝えたいこともなかなか伝わらない。いちいち頭の中で単位変換してやらないと理解してもらえないのは、比較的極上の面倒臭さである。

 グレアは机に伏せたまま、半開きの眠そうな目で俺を見て、妙な単位が聞こえてきて眠りを阻害されたと言った。

 呼ばれたら反応するから。そう言って再び寝入ろうとする彼女に、技術者の視線が一直線に集まった。



「おい。寝るなら帰れ」



 お前のせいで俺の心証まで悪くされては困るんだよ。肩を揺さぶって半ば強引に起こすと、グレアのとろんとした目が俺をじっと睨んだ。



「あんただって、この間の会議で寝かけてたじゃない」



 この間の会議、教会と政務院が「宗教がウンヌンで飛行機がナンチャラ」なことで延々と議論していた時のことを言っているのだろう。



「ん。あれな、実は寝落ちするフリして宇宙と交信してたんだよ」


「嘘!?」


「ああ、嘘だ」



 グレアは飛び上がるように起き、眠そうな目のまま俺の顔をまじまじと見つめている。あまりにも新鮮な反応が返ってきたのは意外で面白く、一瞬間を置いて笑ってしまった。

 グレアにしてみれば、(俺にそういう意図はなかったのだが)ありもしないことを本気にしたとバカにされたも同然なわけで、面白くないに違いない。



「いい目覚ましになったろ。次また生意気なことしたら叩き出すぞ? それと、あの会議で俺がやったことと、お前が今したことは、同じように見えて全然違うからな」


「はぁーい……」


「アダチ様も色々大変そうで」



 グレアはそっぽを向いて低い声でなんともつまらなそうに答えると、班員の一人が苦笑いを浮かべた。

 俺があの時寝かけたのは、確かに眠くなってきていたことも一つだが、政務院と教会の終わらない自己主張に対して、無言の圧力をかける意味合いもあったのだ。一方のグレアはどう見てもサボりの三文字で完結する動機しか見つからない。

 俺はグレアの肩に自分の手を乗せた。



「仕事しないメイド、100レルで発売中」



 室内に笑いが響いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ