第5話-B29 キカイノツバサ 狐っ子兵
森の中に作られた、古くも分厚く頑丈そうな木製の門。上空からの侵入を阻止する青い物理結界。戦時中に作られたものなのであろうそれを、小隊に囲まれたままくぐった。くぐり終えるとすぐに止まるように言われ、門の守衛にここに来た用件を聞かれた。ロイドはまず区長に会いたいという旨のことを話し、守衛に一通の書面を見せた。
守衛は区長と話をするのでここでしばらく待機するように言い、俺達は囲まれたまま文字通り立ち往生することになった。そう、立ったまま待機である。座れない。
待機する俺たちを、一般住人である古族は建物の物陰から遠巻きに見ていた。
「なんか変なのが捕まってるねー」
「不気味だねー」
ヒソヒソとそんなことをは話す幼い声が色々な方角から聞こえてくる。俺が不気味に見えるのは、翼がなく、加えて黒髪という通常では考えにくい容姿からだろうか。確かに街の人も俺の姿に興味は持てど、彼らが言うように不気味と言われたことはなかった。やはり、俺に不穏な雰囲気を感じて不気味だと言っているのだろうか。
「なんで俺こんな扱いになってるんだろうな」
「あんたがいるからでしょ」
ごもっともである。
しかしグレアの冷たい返しはいちいち逆撫でしてくれる。
「俺に翼がついていたなら、不気味と言われなくて済みそうな気もしなくはない」
「どうして?」
「例えばのっぺらぼうがこの場にいたとして、その姿を見て不気味と思わない人はいないだろう?」
「待って。のっぺらぼうってなに?」
「あ……悪い。こっちの世界で言うところの、人の形をした顔のない妖怪のことだ」
「妖怪……モンスター?」
「そんなもんだ。伝承上の存在だけどな」
もしかしたら彼ら古族にとって、俺はのっぺらぼうのように見えているのかもしれない。顔ではなく、翼のないのっぺらぼうのような感じだ。そういう解釈ならば、「人でない何か」という解釈をすることだってできるし、不気味な存在に対して攻撃するという判断も分からなくはない。
「だからもし、俺に翼があればこんな事態にはならなかったんじゃないかと、ふと思ったわけだ」
「大正解ね。確かにあんたが一人で空を飛べるなら、アレを作る計画なんて出ることはなかったし、そっちに予算をつぎ込んで護衛代をケチることもなかったし、古族に協力を要請することもなかった。接点がなくなるんだからこんな事にはならない」
「グレア、言葉を選びなさいと何度言えば――」
「ロイドもういい。俺が許す。そして俺はそんなことを一言も言った覚えがないぞグレア」
グレアの口調はそれがデファクトスタンダードなのだ。いちいち猫被らなくてもよろし。グレアも面倒、というか言葉選ぶの放棄してるし。現在グレアは横目で俺を見ながら、それとなくむかつく笑顔を差し向ける。
それでグレアの吐いた言葉だが、どうやらこれは新手の嫌がらせらしい。
俺は「もしのっぺらぼうが恐れられるのと同じように翼がないことを恐れられているなら、翼があればこんなに恐れられることはなかったかもしれねえな」と言いたかったのだが、グレアのその高速回転する脳をふんだんに生かした嫌がらせによって「翼があれば古族と会う理由がなくなるから恐れられることはなかっただろう」などという的外れな正論をぶち込まれたわけで。
よく短時間でそこまで頭が回るものだと、改めて感心している俺がいる。
「お、お待たせいたしました……」
数人の取り巻きの中心人物は、俺達の機嫌を伺うように腰を低くしてやってきた。
耳をピクピクさせながら近づいてきた彼。グレアを見やると彼から顔を背けている。何か因縁でもあるのだろうか。
やけに低頭平身な彼の元に一人の兵士が駆け寄り、ハキハキとした声で状況を報告しはじめる。どうやら俺達は捕虜扱いらしく、どうするかを訪ねているようだった。
「えっと、あなた達は……?」
「我々は政務院の――」
「せっ、せーむいん!」
ほらぁ! 赤服の正装を着た人って言ったら、せーむいんの人だって、僕言ったでしょ! 前に今日来るって速達のお手紙あったし!
彼は言わんこっちゃないと言いたげな口調で、周りの取り巻きに言う。
「ごめんなさい、防衛隊がまひがえたみたいで!」
噛んだね、噛んだね今。ここ最近キャラが濃いやつとばかり付き合ってる俺だ。この程度じゃ驚かんぞ。
慌てた様子で俺達への警戒を解除するように命じた彼だが、話を聞くとこの古族居住区の長らしい。この小柄でいかにも頼りなさそうで、傀儡政権誕生の瞬間を肌で体験してきていそうな彼が。
なんにせよ、晴れて客人としてようさく扱われることになったのでよしとしよう。
俺達が護衛として雇える古族を探しに着たことを告げると、その足で防衛隊の訓練施設に招かれた。
道中両側に見える建物は、背の小さい古族向けに作られている。俺達のような普通の大きさの人間が入ることはあまり考慮していないようで、まるで精巧にできたおもちゃの小屋のようで、俺はまるで大男にでもなったような気分だ。
訓練施設入り口の門で、守衛によるボディチェックを受けた。俺の検査が入念に行われたのは言うまでもない。無事全員検査に合格すると、この訓練施設のエンブレムが入った手頃な大きさの白い布を貸与された。これは許可証になるので、よく見えるところに身につけるようにと守衛に言われた。まるで遊園地のフリーパスだ。
みんなして俺を怖がるなら、いっそのこと額に三角形が見えるように布をつけて幽霊になってやろうか。うらめしや~――などと内心くだらない悪態をつきつつ、大人しく布を左腕に巻いた。
ここでは建物のスケールは人間に合わせて造ってある。なんでも普通の人間が訓練の監督に招かれていることもあって、このスケールなのだそうだ。……ということは他の建物でも、普通の人間が出入りするところは人間スケールで作ってあるのか。なるほど。
「――神都まで行くとなると、護衛に出せる人物も限られてきます。例えば独身の人。いつ帰ってこれるか分からないので……たとえどんなにある兵士が気に入っても、家族がいる人は出したくないです。家族を悲しませること、私にはできません。みんなが幸せになれるように考えています。みんな幸せになれる選択ができるようにお願いします――」
やや長い区長の話を聞きながら、屋外訓練場まで案内された。森を切り開いて作られた訓練場で、面積はどれぐらいだろう、高校のグラウンド三つ分ぐらいの大きさはある。広い練習場を活かして、防衛隊の兵士が尻尾を振りながら集団戦の訓練を行っていた。
訓練場の兵士の一部が、俺達が来たことに気づいて視線を向けた。その中でひときわ大きい人影――監督の一人だろう――彼も他の兵士が一様に視線を集めている様子から俺達の存在に気がついたようだった。
「~~~!」
遠くで何かを叫ぶ声が聞こえた。内容は聞き取れなかったが、訓練中だった兵士の動きが止まったことから、おそらく休憩か何かを宣言したのだろう。
監督と思しき人物は翼を羽ばたかせて飛んできた。
「白い布――見学でしょうか?」
「ううん、ちょっと訳があって……」
区長が彼にカクカクシカジカと経緯を説明しはじめる。
古族と人間との会話はまるで親子のようだ。リンが小声でかわいいと呟くのも、分かるといえば分かる。しかし子供は苦手だ。
「――これはこれは大変失礼しました。私は訓練総監督のアトロと申します。本日のご来訪なさるというお話は聞いておりました」
「嘘つけ」
俺とグレアのツッコミが同時に入った。耳に入ってるなら、すぐ俺達の事が思い当たるだろと。しかしコイツとツッコミが被ったのが気にくわない。グレアも同じことを思ったらしい。互いに睨みつける。
「ええと、兵を一人譲ってほしいと、そういうお話でよろしいのですね」
「ああ、できれば優秀な兵士を雇いたい」
俺はアトロに答えた。人に対して費用対効果などという言葉は失礼であろう……言っていることは同じではある。
「では、私はこれから成績が優秀な兵を選考致しますので、しばらく敷地内を自由にご見学ください。準備ができ次第、私が向かいますので」
「選考にはどれぐらいの時間がかかる?」
「小一時間ほどかかると思います」
「そうか。頼む」
俺達はアトロの提案通り、しばらく敷地内を散歩して見て回ることにした。俺、グレア、リン、メル、ロイド。それと区長も一緒に。
アトロは俺達を見送ると、すぐに中断していた訓練の監督に戻っていった。
「なんつうか、訓練施設って感じしないな」
「確かに、子供の遊び場みたいです」
ボソッと独り言をこぼしたそれを、リンが拾い上げた。
遊び場……俺には学校の校庭で体育をしている小動物に見えたが、どっちもあまり変わらんか。
「見かけにそぐわんあの馬鹿力、二度と襲われるのはごめんだ」
そんな彼らの実力は道中嫌というほど体験したが。石を飛ばして木をえぐるって、どれだけ強いんだよ、と。
愛嬌があるくせに絶対に敵に回したくない種族である。
「アダチのビビリ具合はなかなか面白かったね」
「マジで殺しにかかられた状況でビビらん奴の神経を問いたいね」
例によって俺をちゃかしにかかるグレアに一言返して会話終了。
「石を飛ばして木をえぐる」って諺っぽいとか、意味をつけるなら、やたら強い人のことを指す意味になるだろうとか、そんなくだらないことを頭の中でこねくり回しながら施設内を散策。
レンガ造りの頑強そうな建物が立ち並ぶ施設内。時折荷物を持った狐っ子兵(俺命名)や、行進している狐っ子兵達とすれ違ったが、みな俺を見る目は畏怖の目である。
「そろそろこのあたりで待機しておきましょう。もうすぐ一時間経ちます」
時計を見てロイドが言った。
俺達は足を止め、近くにあった木陰のベンチに腰掛けた。古族向けに作られているせいか、ベンチはやけに低い。
区長がこの施設について語ったことによると、この敷地内の多様な訓練施設は、ナクル側の援助があってのものらしい。
古族居住区か、ナクルかのどちらかで有事が起きた際には、相互協力しあうようになっているそうだ。その有事のための準備として、財政的に余裕のあるナクル側が設備投資を行い、古族防衛隊の強化を図ったらしい。
正直俺にとっちゃどうでもいい話である。
区長の話を一通り頑張って聴き終えたところで、ふと人数が足りないことに気づいた。
「あれ、あの二人はどこ行った?」
リンとメルがいない。