表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
計算式の彼女
17/232

第1話-15 計算式の彼女 危機一髪


「やっと……着いた!」



 メロスよろしくスーパーまで逃亡、もといマラソンした俺たちは、全身汗だくになって店の入口前で立ち止まった。来た道を振り返るが、彼女の姿は見えない。彼女をまくことにうまく成功したかもしれない。実際はどうか分からない。ここまで無我夢中で走ってきたのだ。逃げてる最中の事なんざすっかり記憶から蒸発しちまった。



「3時少し過ぎてるけど、間に合った?」



 息を上げてチカは言った。汗でクルクルの髪が頬に張り付いている。これから問題になってくるのは、適当についた俺の嘘をどう処理するかということだ。俺が黒毛和牛などと言えたのは、あの時本屋で時刻を確認したからだろう。つまりそれは時刻を確認した時に今日のスーパーの安売りは確か肉だったな、と遠からず無意識的に意識していたからだ。



「何しろ黒毛和牛だからな、一瞬にして売り切れということも十分あり得る」



 それにしても厄介な言い訳しちまったな……こんだけ走らせてそんなセールなんてないとバレれば、俺の命が危ない。インスタント地獄絵図発動である。どうにかして回避方法を考えねば。どうせ短時間じゃ付け焼き刃的な回避しか思いつかないだろうが。



「じゃあ急がないと」



 行こ、そう言ってチカは店の中に早足で入っていく。俺もその後を追って店の中に入った。入り口で買い物カゴを掴んで、肉売り場へ一直線に向かうチカの横に並んだ。肉売り場には通路中央に一列になって整然と並んだ冷蔵ショーケースの中で、1つだけ空のショーケースが一つ、向きが少しズレた状態で鎮座していた。その中には立て札が黄色地の値段が書かれた紙を下にして横たわっていた。



「なんかセール終わっちゃった雰囲気だね……」


「そうだな。こりゃあ、一人焼肉は中止だな」



 俺とチカは空っぽのショーケースを目の前にしてしみじみと語った。俺個人の感想としては、この奇跡的な状況に運命的な何かを感じたと言ってもおかしくない。まさか本当に黒毛和牛の安売りでもやってたのではないかと思った。実際にそこの立て札を起こしてみればそこには何が置いてあったかは分かるが、現実はいつまでも甘い顔をしてはくれない。きっと普通の肉が二割引きあたりがオチだろう。確認する=パンドラの箱オープンである。



「でもここが本当に黒毛和牛の安売りとは限らないよね」


「チカ、それはやめとけ。それこそ野暮だぞ」



 さりげなく立て札に手を伸ばしたチカに、俺は手で制した。こいつは絶対に見せてはならない。見せたら“今まで応援ありがとうございました”の言葉と共に終了である。俺の人生が。



「ダメならダメで大人しく食い下がろうぜ」


「……そうだね」



 あくまでも冷静を装って俺はチカを引き連れ、さりげなく売り場を離れた。



「走ったのに結局は無駄だったなんて……はあ、骨折り損」


「いや……肉が残ってようが残ってまいが、お前に関係ない」


「それ言っちゃおしまいじゃない……ほら、気分の問題よ」



 チカは冷房で冷えた汗を拭う。まあ、ごもっともな意見だ。



「暑い中走ってきたら、喉乾いちゃった。買い物に付き合う前にちょっと休憩しない?」



 俺もチカも既に水筒の中身は空だった。せっかくここまできて買い物の準備万端だというのに効率悪いと思ったが、俺もそれなりに喉が乾いているわけで、かといって強行突破で買い物するという気にもなれなかった。買い物かごを元の場所へ戻して、店の入口近くにある喫茶コーナーに向かった。


 喫茶コーナーは片側がガラス張りになっていて、日光がさんさんと降り注いでいた。そんな環境だけに、いくら冷房が効いているとはいえ他の場所に比べると少し生温かった。チカはアイスティー、俺はアイスコーヒーを頼んだ。もちろん会計は別々である。ペットボトル買う方がよっぽど経済的だったが、気がついた時は時すでに遅し。手にはアイスコーヒーがしっかりと握られていたので諦める他ない。俺より先に注文したチカは、財布をスカートのポケットの中に入れて待機。俺が注文のものを受け取るのを確認すると、日光が当たるところは暑いからと、俺を日陰の席へ誘導した。


 席に向い合って座り、二人揃って注文したものに砂糖、レモンそれぞれ適量流しこみ、口に含んだ。俺はガラス越しに外を眺める。まさかアイツがまだ外で俺達を探しているなんてことは、ない……よな? 店の前の木が風でざわついた。



「コウ?」


「ん、なんでもない」



 チカに視線を向けるとレンズ越しに怪訝そうに見つめる二つの目。俺はどう処理すればいいのか分からず、そこでいい年した高校生がしばらくにらめっこ。



「なんだ、俺の頭に蝶でも飛んでるか?」


「――ま、いっか」



 何かを自己解決したらしいチカは、自分のメガネをメガネ拭きで拭きながら何事もなかったかのようにダベりだした。家のトイレに入ると約50%の確率で便座が上がりっぱなしではしたないとか、ジャンケンに負けて扇風機の掃除をさせられた時、カバーで指挟んだとか、どうでもいい愚痴がほとんどだった。正味俺は「で?」としか言いようがない。まあ、適当に相槌と感想を言っておけば勝手に喋ってくれる。他のことを考えるにはちょうどよかった。


 ――あの白いのは俺達を(十中八九俺だろうが)追って、一体どうしたかったのだろうか。それとも単に俺の考え過ぎだろうか。彼女とは偶然に目が合って、偶然に同じタイミングでエスカレーターを降り、偶然にも俺達と進行方向まで一緒だった。あいつが出没したファミレスの場所を考えれば、それでも別におかしくはない。店の中で偶然に知り合いを互いに発見して、ちょい気まずくなった感じと考えればいいだろう。


 ……待て。


 その結論に至るのは早計だ。それにしてはあいつと“偶然”に出会う確率が妙に高すぎやしないか? あいつは二日連続でファミレスに来て、偶然にも二日連続で俺と同じ席に案内されている。これだけでも相当な確率のはず。俺のように目的があって連続でファミレスに行くならともかく、ヤツは何をするわけでもなくただ座ってじっとしているだけだ。彼女がファミレスへ行く意味を見いだせない。それに追い打ちをかけるのは彼女の解読不明の言動――思考が読めない。



「まさか――」


「え?」


「おっと、なんでもない」



 思わず口から出てしまった言葉に、俺は慌てて言い繕った。すっかり忘れていた。俺はチカの話を聞いていたのだ。チカに目を向ける。俺は完全に睨まれていた。完璧に怪しまれてるのはサルでも分かるだろう。話を聞いている相手が「まさか」と言うということは「別のこと考えてます」と宣言したようなものである。ため息をついてアイスティーを軽く一口飲んだチカは、コト、と紙カップを厳かにテーブルの上に置いた。俺の目をじっと見る。



「……何考えてるの? 」


「いや、それは……」


「それは?」


「…………。」


「それに、あんたさっきからなんでもないって言う割にはキョロキョロしてるよね。店出る時から」



 なんであんなことを口走ったんだよこのクソッタレ! 目のやり場に困り、視線が空間を漂流する。なんて説明すりゃいい? まさか白髪の宇宙人思考のいかにも怪しげな奴が俺を付きまとっているなんて、まず信用してくれはしないだろう。ヤクでラリってるとでも思われるのが関の山だ。チカは変わることなく俺を凝視している。痛い。視線はさらに漂流する。チカ、紙カップ、テーブル、床――チカのロックが外れたカバン。



「まさか見落としてねえかなって」


「……何を?」



 顔を一段前に突き出し、は? 何言ってんの? と言わんばかりのしかめっ面でチカは答えた。



「言っておくが、お前のカバンさっきからずっとロック外れっぱなしだろ? 大事なもん入ってんのにそれでいいのか?」


「あ……ホントだ。いつの間に」



 チカはカバンを膝の上に乗せて中身を確認しはじめた。



「えっと、あれ、ジョーの財布……あ、あった!」



 あれ、のチカの発言に一瞬肝を冷やした俺だが、実物を確認。チカは再びカバンにロックをかけて席の横に置いた。



「忠告してくれてどうも。それで、それとこれとなんの関係があるの?」


「お前のカバンのロックが外れてることに気がついたのはこの店に入る前、つまり走っている最中だ」


「そんなに前から知ってたの?」



 これも出任せである。いつからロックが外れていたかなんざ俺は知らん。嘘つきすぎ? しょうがねえだろ、ガチのこと言っても信じてくれねえのは分かりきってんだからよ。俺が嘘ついてんのは黒毛和牛とカバンのロックだけだ。



「なんで気づいたその時に直接言ってくれなかったのよ! 道端に落としたらどうするつもりだったの?」


「そん時はほら、(セールに)間に合うかどうかも分からなかったし。言ったら言ったでそこで立ち止まって時間食うだろ? 走りつつポロリしてねえか確認してたんだよ」



 今までの挙動不審についての説明も、これひとつで言いくるめられる。一石二鳥とはまさにこの事である。「まさか」も、もしかしたら俺あそこで確認し忘れたが、そん時に落としてんじゃねえかなとかそういう意味で言ったと言えばいい。一石三鳥か。こんなことを短時間で思いつくとは、俺の脳はちょっとした悟りを開いているらしい。チカには俺の眩しい後光が見えているだろうか。



「それに、お前がいつ気づくのか気になったし」


「何それひっどい! それで見落としてたらどうするつもりだったのよ」


「いや、カバンはお前の持ち物なんだから当然お前の責任だろ」


「そうだけどさ……」


「何?」


「……ひねくれ根性」



 チカはぼそっと言って俺を睨みつけた。ほんとにどうでもいい話だが、本日2回目のひねくれ根性である。俺はアイスコーヒーを口にした。入れた砂糖が溶けきっていないようで、コーヒーの表層部はブラックそのものだった。かき混ぜる棒、そういや貰い忘れていた。いまさら貰いに行く気も起きない。カップを回してコーヒーの渦を作り、混ぜる。



「ホント、コウって都合がいいよね。自分だけ厄災から逃れるエキスパートとしての資質を感じたわ」



 ……俺の真似かよ。ともかく、逃げ道というのを用意しておくのが俺の基本的な行動傾向である。逃げ道というとネガティブなイメージがあるし、何よりマイナス思考は楽しくないと言われそうだが、これを作っておくか、おかないかで緊急時に受けるダメージをどれだけ軽減できるかが決まってくる。少なくとも、そんなことを考えず調子にのって物事を進め、痛い目にあう事例を大なり小なり俺は何度も見てきた。


 やや古い話になるが、“今なら儲かるっしょ”と金融業者が欧米での住宅ブームに乗ったつもりで低所得者層の貸付上限を上げてホイホイ貸したところ、案の定“貸した金回収できねー、やっべ倒産する”という声があちこちから上がり、見渡してみれば無能ハザード緊急発令中の企業の多さに世界中がガク然としたサブプライムローン問題なんかがそのいい一例である。まあ、過ぎたるはなお及ばざるが如し、プラス思考とマイナス思考、どちらの思考もバランスよく兼ね合わせておくのがベストってもんだろう。


 それからまた同じようにどうでもいい話を始めたチカだが、俺の飲み物の残りが少なくなったのを見計らって、さりげなく席を立つ準備を始めた。



「そろそろ行こ」


「ところで、お前はここで買い物終わったらどうするんだ?」



 チカは自分の手首に巻いてある小さな丸い腕時計を見て言った。



「今3時20分ごろだけど、買い物ってどれぐらいかかる?」


「20分もあれば十二分に終わる」


「そっか、じゃあ帰ろっかな。終わる頃にはちょうどいい時間になりそうだし」



 水気の多いアイスコーヒーを一気に飲み干し、俺も立ち上がった。ポト、とゴミ箱に紙カップを落としたチカに続き、俺が遠投するとカップは軽快な音を立てて口の中に吸い込まれた。飛距離約5m。



「あんた投げ入れるのうまいね」


「ゴミ箱にモノ捨てる時、わざわざ動くのダルいだろ?」


「横着もそこまでいくと……あきれたヤツ」



 褒められたのか、けなされたのか、いまいちはっきりしない言い草でチカは言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ