第5話-B27 キカイノツバサ 奇襲
青空に白い雲がちらほら見え隠れする昼下がり。俺は古族居住区の入り口にいた。
俺と一緒にいるのは、グレア、リン、メル、ロイド。昨日ブロウを雇った時と同じ顔ぶれである。あとは俺用のカゴを運ぶ、数人ほど名無しの手伝いが増えたぐらいか。
迎賓館から古族の居住区までは距離があり、歩いて移動していては時間がかかり過ぎるという。それで空の移動となったわけだ。リンの家からお引越しした時と同じく、城門をくぐるたび乱高下する旅路だった。
一応、リンの分のカゴも用意されていたのだが、彼女は前回それで乗り物酔いをおこしてしまったこともあって、今回はそれには乗らずに自力で飛んでいくことを選んだ。
午前中、俺の部屋に顔を出しにきたブロウにも誘ってみたのだが、持ち込んだ荷物の荷解き作業をするといって、迎賓館で留守をしている。
「ふむ……」
この場所は、迎賓館のある中心部から離れていることもあって、街というよりは町という表現がふさわしい。目の前に広がるのは森。まるで「町はここまで。森はここから」と線を引いたかのように、綺麗に横一直線に続く森と街の境界。そこでカゴを降りるよう言われたのだ。
「この森の上は、飛行禁止地帯となっています。申し訳ございませんが、ここから先は歩いての移動となります」
ロイドは俺にそう説明した。
深緑の葉が生い茂る、背が高く幹の太い木々。それとなく流れた風に、木々が葉を擦らせざわつく。ここの木がどれぐらいの速さで成長するのかは知らないが、元の世界で言えば樹齢数百年級の木々が醸し出すような、神秘的な雰囲気がする。
町と森の境界線に沿うようにして、壁が崩れた跡のような瓦礫がところどころに見えた。地中に半分埋まっていたり、あるいは無造作に腹を出して転がっていたりしているが、それは人工物を構成していたものに間違いない。
「つまり目的地はこの一本道の向こうか」
「さようです」
この森の奥に、古族の居住区があるのか。
森の木々が枝を伸ばして作る、天然のトンネル。その下に伸びる、黄土色の一本道。この道の交通量はあるようで、道幅は結構広い。五人が横になって歩いても十分な幅だ。
町のハズレにあるせいか、人通りはさほど多くない。
「行きましょう」
カゴとその手伝いをそこで待機させ、俺達は森の中へと進んだ。
「…………。」
話すことがないだけだろうか、それとも、何か黙っていなければならない理由があるのか。足音だけが聞こえる。ロイドも、リンも、グレアも、メルも、誰一人として喋らない。
「ここが飛行禁止区域になっているからには、なにか理由があるんだろう?」
「ええ。確か、古族と戦争した名残だと聞いたことがあります」
「メルちゃんの話で大体あってる。そうでしょ、おっさ……ロイドさん」
「はい。メルの言うとおりです」
「戦争、ですか……」
誰も喋らなかったのは、単に話すことがなかったからだったらしい。
さっきの構造物は、きっとその戦争の名残だったのだろう。あの跡の残り方からすると、もしかしたら城壁のようなものだったのかもしれない。
「メルちゃん、続けて」
「あの、申し訳ないです。詳しいことはよく知らなくて……」
「じゃあ私がするから」
そう言って、彼女は話を始めた。グレアって無駄に知識豊富だよな。いや、無駄じゃないかもしれんが。俺とリンは、この話については当然初めて聞く話で、特に俺は興味のある話でもあった。
「戦争というより、内戦と言ったほうが適当なんだろうけど。ナクルは何度も拡張を繰り返してできた都市。迎賓館からここに来るまでに、何重もの門をくぐったでしょ。昔はそれぞれの城壁が都市の最外殻だったんだけど、そのうちその外側にも建物ができるようになってね。ある程度大きくなったら、またその外側に城壁を造る。しばらくすると、またその外側に建物ができて――っていう感じ」
ゆるかな右カーブを描く上り坂を歩く。木の葉の隙間から漏れる光がきらめく。景色は至って平和だ。
「それで、今から80年ぐらい前の話。どんどん都市の拡張と開発を繰り返していった結果、開発の手が古族の集落にまで及んでね。当然古族は開発に強く反発。けど、私たちと比べて頭が弱いっていうこともあったし、『うまいこと言いくるめてしまえば問題ない』っていう考え方もあったんだろうね。それに、当時はその知能差もそうだし、文明的にも劣っていたこともあって、差別意識を持つ人も多かった。ほとんど相手にされなかったってさ」
「似たようなことは、どこでもあるんだな」
「そうですか」
「俺がいた世界でも、同じよう話はあった」
この世界で80年前、というと、こっち側の一年に合わせると560年前ということになるか。
地元の声を無視した強引な土地開発なんていう話は、あっちの世界でも腐るほどあった。地元住民が反対しなくても、例えばその土地に住んでいた動物が人里まで降りてきて暴れまわるなんていう話だってある。
「それで、戦争になったのか」
「そういうこと。突如、といってもちょっと考えれば容易に予想できるけど、とにかく武装した古族が攻撃してきて、付近は大きな被害を被ったらしいんだよね。そこでナクルから軍が出て一気に戦争状態。すぐに事態は収束すると見込んでいた政務院だけど、古族が予想以上に強くて泥沼化。戦争の様子を語るのは趣味じゃないから結論だけね。ナクル側から和解案が提示されて、それを古族が飲んでようやく終戦。半年ぐらい戦争したんだっけ? そこのところはよく覚えてないけど」
「22ヶ月ほどですね」
「その和解の内容というのは、古族の居住地域と周辺の一定範囲をナクルは開発しないということ。それと同時に交流しようっていう話も盛り込まれてね。他にもいろいろあるんだけど、端的に言えば『もう迷惑かけないから仲良くしましょ』ってこと」
「結局この地域の拡張は諦めたっていうことか」
「まあね。でも一応、古族の住んでいる地域はナクルの一部に組み込まれて、『居住区』っていう形をとっているし、ある意味拡張できた、という見方もできなくはないわ」
「で、今俺達が歩いているこの場所がその緩衝地帯、というわけか」
「そうですね。この緩衝帯上空は和解案の中に飛行禁止の取り決めが盛り込まれているため、飛んで移動することはできません。積極的な交流は行われている現在でも、その取り決めは守られています」
「そういうことか」
ロイドが話を締めくくった。
続けて話すロイドの話を聞けば、その後古族と交流を持ったことで、古族側の生活の質が劇的に向上、魔法が得意な彼らと魔法の共同研究を行うことで、技術も大きく進歩。今や双方にとって欠かせない存在になっているという。なんつうか、雨降って地固まる、という諺を地で行くような話である。
「町で働く方も結構いますし、居住区と街とを往復して商売する古族の方もいらっしゃいますよ」
まぁ、簡潔に話してくれたグレアとは違い、説法のように話が長いロイドの言葉を一字一句聞き漏らさずに頭に叩き込むほど、俺は苦行慣れしていない。軽く聞き流しながら概要を把握しておく程度のスタンスだったが、話を聞いているうちに俺には一つ腑に落ちない点が浮かんだ。
「にしては、森に入ってから誰とも会わないんだが」
それが不思議だった。
普通ロイドの話を聞けば、イメージするのは人通りの多い道が居住区まで続く光景だ。今俺達が歩いている、この五人が横並びになってもまだ余裕があるほどの幅の広い道。これだけの幅があるということは、それなりの交通量がある証拠だ。
しかし、さっきからこの道を向こうから歩いてくる者はおろか、追い抜いていく者も後ろに続く者もいない。前にも後ろにも、俺達五人しかいないのだ。
「確かに、コウさんの言うとおりですね」
リンも俺の意見に同調した。
木々が風に吹かれてざわつく。今日はなにか特別な日――例えば今日は祝日で、それが理由で人通りが少なかったりするのだろうか。
「確かに、さっきから私も少し気になっていました。普段であれば、必ず誰かとすれ違うのですが、ここに来るまで誰とも会わないなんて珍しいです」
「思い当たることは?」
「これといってないですね。余計に不思議です」
「なんだか薄気味わる――」
「アダチ危ない!」
突如グレアが叫んで俺の手を乱暴に掴んだかと思うと、俺を強い力で引き寄せた。引き寄せられた方向とは反対の耳のすぐ横を、高速で飛んできた何かが風を切ってすり抜けた。思い切り引っ張られたせいでバランスを崩した俺は、そのまま地面へ豪快に飛び込んだ。
「いって……」
とっさに背後を振り返ると、さっき飛んでいった物体は、一度地面で跳ね返り、どこかへ飛んでいってしまったようだ。かなりエネルギーが大きかったのか、跳ね返った場所で土煙が巻き上がっていた。
さっきグレアが手を引いてくれなければ、確実にさっきの飛翔体に当たっていた。
「なんだ今の。石?」
「おケガはございませんか!?」
グレアが屈みこんで俺に手を差し出した。ありがたくその手を掴んで立ち上がる。せっかく着ていた黒スーツに砂埃が大量についてしまった。
「サンキュー」
「うっ、アダチエキスが手についた!」
「キャッ!」
俺がグレアの一言にツッコミを入れる前に、メルが悲鳴をあげた。背後でまた鈍い音。また何かが飛んできたらしい。ロイドはグレアの発言に一瞬鋭い視線を入れるも、素早く腰に差していた細長く小さな短剣を引きぬいて構えた。
「木で身を隠してください! 襲撃です!」
再びグレアが俺の腕を掴む。俺は服についた砂埃を払い落とす暇もなく、引っ張られる形で木陰に逃げこんだ。道から数メートルほどの三本の木の影に、俺とグレア、りんとメル、ロイドがそれぞれ隠れる。
さっきまで俺達が立っていた場所には、大量の石が降ってきていた。どれも握りこぶし大ほどの大きさで、加えて凄まじい勢いで飛んでくるそれは、当たれば大怪我どころでは済まない。直撃死してもおかしくないほどだ。
「やっつけろ!」
甲高く幼い――子供のような声が聞こえた。その声とともに多くなる投石量。砂埃があちこちで舞い上がる。道を挟んだ向こう側の木が見えなくなるほどだ。もしや、人がいないのは待ち伏せされていたからか。
「おそらく古族のしわざです!」
今の甲高い声は古族の声か。なるほど声からして子供そのものだ。だがしかし、あんなものを豪速球でぶん投げてくるとは、なんと可愛げのない。
「やっぱ、あんたと一緒にいるとロクなことになんないわ……」
俺と同じ幹に隠れている、正確に言えば、「木の幹を背にして隠れる俺」に隠れてしゃがみこんでいるグレアは、外出時いつもに欠かさず持ち歩いているショルダーバッグに手をやる。
「みなさんそこから動かないでください!」
ロイドは木の影に立って短剣を構えたまま叫ぶ。投石は道側だけでなく、次第に俺達が逃げ込んだ森の方へも広がってきた。石どころか矢まで飛んでくる。隠れる幹の左右を風を切って飛んでいく。身動きがとれねぇ! 木が割れるような音がしたと同時に、俺の隠れる幹の側面を、石が豪快に抉った。舞う木片に俺もグレアも目を閉じた。
襲撃という言葉が、今頃になって実感を伴ってくる。自然と足が震える。
リンは木の影で頭を抱えて丸まっている。メルはこわばった顔ででリンを何か話しかけている。何を言っているかは飛んでくる凶器に気が行ってしまって聞こえない。
「我々は敵ではありません!」
ロイドが叫ぶ。攻撃の手は止まない。こちらの話を聞く意思はないらしい。旅に出る前から襲撃に合うなんて予想だにしてなかった。
「国の大事な人を連れてきています! 危害を与えるつもりはありません!」
古族側はやはり無視。彼らは何を持って俺達に奇襲を仕掛けたのか、まったくもって理解できない。
こんなことになるなら、ブロウを連れてきたほうが良かった。彼がいたところで何ができるかは分からないが。過ぎたことを後悔しても仕方ない。
「攻撃をやめてください!」
ロイドの張り上げる声も虚しい。飛んでくる武器の量、さっきのかけ声からしてから考えれば、相手は多人数であることは間違いない。ロイドは短剣を持っているが、それで危機を脱することができるとは思えない。ロイド以外は何の武装もしていない。丸腰の化身である。
「非常事態を外に伝える方法はないのか!?」
「あったらとっくに使ってるわ!」
グレアが噛み付く。また幹の横っ腹を石が抉る。逃げ出せない状況下で俺ができることと――あるわけがない。
「我々は敵ではありません! 攻撃をやめてください!」
どうもすることができない状況下で、とにかく必死に叫ぶロイド。そのうち古族が武器持って突撃してくるかもしれん。そうでなくとも、今は安全なこの場所も背後から挟み撃ちにされて奪われる可能性だってある。
「攻撃をやめてください! これ以上の攻撃は戦争になりますよ!」
「ど、どこの誰だか知らんが、俺らは戦争しにきたんじゃねえ! アヤシイもんぶん投げるのはやめろ!」
俺にできることといえば、ロイドに加勢するぐらいだ。やはり、攻撃の手は緩まない。それどころかより一層激しくなっていく。だが、何もしないでやられるよりはマシだ。
「あんたら、これ以上勝手なことするとお仕置きするよ!」
こんな状況下でも上から目線で話すスタンスを崩さないグレア。お前、俺より据わってるな! この中で一番無駄に度胸があると言い換えてやってももいい。だがいちいちそんなことを口に出して突っ込んでいる余裕はない。
俺とロイドとグレアで懸命に止めるよう呼びかけて少し経ったが、やはり状況は変わらない。奴らは一体何がしたいんだ!
「もうやめてッ!」
リンが叫んだ。