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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B18 キカイノツバサ ガラスとジュース



 28月まで残り2日となった27月68日の現在の天気です。本日は雲一つない青空が広がり、ポカポカ陽気と相まって外出しやすい一日となっています。明日も買い物日和となり、溜まった物欲を一掃するには絶好の一日となるでしょう。以上、足立光秀こと、コウがお伝えしました――


「無駄にヒマだ……」


 黄色くなっていく空を見上げつつ、独り天気予報。数日前と同様に壁にもたれつつ、グレアが店から出てくるのを待っている。そう、ギルド帰りの買い物待ちである。くそう、ヒマ潰しに本でも持ってくれば良かった。こうなることは事前に予想できてたのに、出かけるときに何故気づかなかった。いや思い出さなかったんだ俺。後悔しても現状は何も変わらん。早く終われと心の中で念仏のごとく唱えつつ、スローに流れていく時間を耐え忍ぶ。


 第2回の会議は、前回と同じく朝から昼過ぎまで続いた。今回は具体的にどんなものを作るのかを話し合い、その結果大まかな飛行機のイメージが決まった。


 まず「飛行艇」を作ること。未開の地では離着陸に適する場所が見つかりにくいと予想し、水面さえあれば降りられる飛行艇にする。これで地上でも水上でも離着陸ができ、緊急着陸しやすくなるため安全性がちょっぴり上がるわけだ。飛行機の主翼は、着水時に水に浸かって破損しないよう胴体上部に取り付ける。主翼に胴体がぶら下がる感じだ。プロペラを回転させる動力機関も、同じ理由で主翼に置くことが決まった。


 定員は、せっかく飛ぶならみんな乗っちまえという魂胆で6人乗りに決定。ただ、完成した飛行機の性能やサイズ等によって変更になる可能性がある。それに、何人で行くのか現時点では分からない。「あわよくば6名」といったところだ。


 次に滑走距離をできるだけ短くできる設計にすること。短距離で離着陸できれば、狭い場所でも降りることができる。


 動力機関をどうすべきかの解決策は、残念ながら見つからなかった。この世界では、予想通り石油は未発見ということで、あっちの世界で大活躍の石油エンジンは使えない。石油以外の全く新しい動力源を探ることになった。


 新しい動力源の条件として、何かの燃料を消費する場合、どこの街でも簡単に手に入るものを燃料としなければならないことが定められた。途中で燃料切れになればそこで終了になるのがその理由だというのは言うまでもない。足漕ぎ式にならないことを切に願うばかりである。


「しかしまあ頼りになるオッサンばっかだな、あそこ」


 会議の進みは、まるでみな実物の飛行機を見たことがあるかのように軽快だった。どういうふうに作ればいいか分からない俺を、ギルドが逆にリードする形で進んでいった。技術者の経験とカンなのだろう。さすがプロ、俺が口出ししなくとも勝手に作ってくれそうだ。しかし、ザグールのハリケーンぶりにはまだ慣れない。


「…………。」


 今日一日を回想して多少の時間は潰れたが、特に深く考えこめるような題材は見つからず。すぐに飽きて10レル硬貨を取り出した。銀色の硬貨が黄色い太陽に反射して鈍く光る。親指の爪に乗せてコイントス。心地良い金属音とともに猛烈に回転しながら宙に舞う円盤。表か裏か。これを無限に続けると(・・・・・・・)表と裏の確率は50%になるというが、それを今ここで実証できるかもしれない。

 手の甲に乗ったコインは裏だった。実を言うとどっちが表なのか知らない。数字が書いてある方が裏と勝手に決めつけている。


 手遊びにちょうどいいと思って始めたコイントスだが、何回か繰り返しているうちに手がコイン臭くなってきたので中止。財布にしまい込んだ。


(お次は羊でも数えるかな)


 顔だけ振り返って店内を覗きこむと、他の客に混じって雑貨を物色している。メイド服だからかなり浮いて見えるが、彼女はそんなことは気にしていない様子だ。頼むから早いうちに切り上げてくれよ。


(グレアの糖尿コーヒーが74杯――)


 それから更にしばらく。羊を数えていたはずが、いつの間にかグレアの嫌がらせにすり変わっていた。ついに無意識レベルでグレアのことを貶せるようになるとはさすが俺だ。つうか本人が聞いたら仕返し必至だな。そんなことを思っていると、噂をすればなんとやら。グレアが用途不明の雑貨を一つ購入し、ようやく店から出てきた。


「待ったぞ」


「そう」


「ハハハ、お前なぁ」


 さも当然のように振る舞うグレア。正直なところ、積もり積もった横柄さにお前のその高飛車な顔面に右ストレートをぶち込んでやりたい。だがここは一つ、ヘッドロックで勘弁してやろう。いくら平和主義者とはいえ、この程度は許容範囲の気がしてな。笑顔を装って近づく。その油断しきった顔にロックオン。技をかけた瞬間、グレアがアウッ。変な声。


「人を待たせてるんだぞ。礼の言葉の一つぐらいくれてやってもいいと思わんのか」


「感謝はこの前したでしょ」


「単価低くくねえかおい!」


 俺の記憶によれば、この前の感謝はグレアが父さんっ子だということが発覚、じゃなくて笑顔を見せたあの時しか貰っていない。それからあの日はさんざん待ちぼうけを食らわせられたわけだ。それに続く今日である。どう計算しても笑顔一コで釣り合う量じゃねえ。グレアを開放した。


「よし、今日この時点を持ってお前をツンデレと認定する」


「……何それ」


 ツンデレが認識されなかったが、俺の中ではツンデレなのだ。異論は認めない。グレアは昨日ほどではないが、それでも両手に袋を持つほどの買い物をしていた。そんな荷物を苦もなく持ち上げそうぬかすグレア。自称面倒臭がりのわりには、やけに体力あるな。


「それじゃ、最後にもう一件行くから」


「もうすぐ日没になるぞ。今度にしたらどうだ」


「近くだし、私見終わるの早いでしょ」


 いや、ものすごく待ってたんだが。逆にお前が俺と同じように待たされたら、5分と経たず催促をかけるだろう。俺の横を歩くその顔は無表情、より少し嬉しそうな気もしなくはない。まったくワガママな奴だ。


「そこ、左に曲がるから」


 街の様子は前回買い物に同伴した時と変わっていない。機械なんていう無機質な道具のない街は、人の温かみで溢れている。これがいわゆる「昔は良かった」という言葉が指す雰囲気なのか。老人どうし楽しげに会話する姿、兵士の堂々と歩く姿、誰かを待っているらしい目の下の傷が特徴的な少々イカツイ男の姿。……あの男、見覚えがあるような気がするが、前にどこかで会ったか? まっ生活圏は限られてるし、同じ人に会うことだってあるさ。


 誘導されるままついていくと、人気のない狭い路地にたたずむ小さな店の前までやってきた。レンガ造りの頑丈そうな建物だ。


「ここは?」


「宝石屋」


「さようでございますかお嬢様」


「今からずっとその口調でいてくれるとなおよろしい」


「前々から分かってたことだが、お前主従関係の逆転狙ってるだろ」


 俺のイヤミと知っての発言だろうか。どっちでもいい。たとえ実質的な下克上が起きようと、俺は命令できる立場で、お前はそれを実行する立場であることは変わりない。

 店内に入っていく後ろ姿。今回はこれで最後だ。ここが終わったら何としてでも帰るからな! そう心に決めて、入り口に立ったその瞬間。


「うう」


 寒風が一発、砂埃をまとって路地を走り抜けた。存在感が薄すぎて今まで気づきもしなかった、頭上の小看板が風で揺れる。日没間近の風はよく冷える。どうもここは風の通り道になっているようで、一度吹きはじめた風は止む気配を見せない。


「だから今度にしろっつったんだよ」


 急速に冷たくなった空気に身震い。風邪ひいたらグレアに全部看病させてやる。ワガママ言って他人を振り回すとツケが回ってくることを思い知らせてやる。俺はその身を呈した分の授業料として、少しばかりの役得を得るわけだ。

 役得の意味? 野暮ったいこと聞くなよ。俺も一応男なのだ。メイドに介抱してもらって役得しないはずがない。


「体張って教えるほどのことでもないか……バカバカしい」


 空が藍色(あいいろ)に駆逐され、一番星が輝きはじめる。俺も店の中に入っておこうかなどと考えながら手をすり合わせていると、声が聞こえた気がした。振り返ればグレアが店の入口で俺をじっと見ていた。


「呼んだか?」


「呼んだ」


 ぶっきらぼうな顔で答えたグレア。


「用が済んだならさっさと帰るぞ」


「まだなんだけどさ」


「借金の申し入れか? 今ならなんと利息がトイチだぜ」


「全然違うし」


 グレアは両手を腰に当てた。俺を呼んだのは用が済んだからでも借金でもないという。


「じゃあ何だ」


「そこにいたら寒くない? 私の買い物の邪魔にならないように気を使ってるのか、一人外で立たされることに快感を覚えてるのか知らないけどさ」


「間違っても後者は絶対にないね!」


「とにかく中に入って。ここ人通り少ないし、目を離した隙にいなくなっちゃ困るから」


「いなくならねえよ。お前が満足するまでここで待っててやる」


「だからいなくなっちゃ困るの!」


「おい、ちょっ」


 グレアは左右に伸びる路地を見渡しながら近づき、思い切ったように俺の二の腕を掴むと強引に店の中へ引きこんだ。

 店内は外に比べてやわらかな暖かさを持っていた。腰の高さほどのガラス製カウンター、中央、壁際に設置されたショーケース。三つが川の字に配置され、その中で宝石が光り輝いていた。確かにここなら寒さを感じることはないだろうし、風邪を引くこともないだろう。そう思いつつ腕をガッチリ掴まれたまま、奥の狭い階段で二階へ上っていく。


「おい痛いって!」


 グレアは答えなかった。二階にはイスと丸テーブルがいくつか置かれていた。ここは休憩所兼商談室らしい。

 部屋を囲むように宝石のショーケースが配置され、向かって右側には一階のものと同じカウンターが置いてある。その向かい側に立つ店の若い女の人が、俺達の様子を眺めつつ、何かの作業をしている。この階にいるのは、この三人だけのようだ。


「ここにいて」


 中心のテーブルにはグレアの買った荷物が置かれていた。俺をその席に座らせると、彼女は一息ついてようやく手を離した。


「なんだよいきなり」


「……少し胸騒ぎがしただけ」


 グレアは呟いて向かいの席に座った。


 周囲はショーケースのガラス越しに見える木箱の中で暖色の光に反射する大小さまざまな宝石。女性用だけではなく、男性用のものも置いてある。男性用のものは、もっぱらカネ持ちが自分の財力を自慢するために買うものだろう。俺とは無縁な店だ。


「愛想を尽かして帰られるのが怖かったのか?」


「そんなわけないでしょ」


 失礼いたします。飲み物を2つ持った店員が割り込み、テーブルの空いている場所にそれを置いて去っていった。


「人通りのない路地に要人ひとり。危機感覚えなさいよ」


 なるほど、俺が誘拐されるのではと不安になったわけだな。そういう心配は大いにしてもらって構わないが、それ以前に一つ言っておくべきことがある。


「危機感持たにゃならんような場所に、その要人とやらを連れ込むなよ」


 グレアは苦い顔をして言葉を詰まらせた。連れてきてまずいと思ったのかどうなのかは知らんが、こういうところに来るなら、明るいうちに来るべきだったのだ。もちろん、ここは多少歩く必要はあるものの迎賓館に近い場所にあるし、ギルドから寄り道しながら帰るならここを訪れるのは遅く、今回のように日没前後になるだろう。


 それより疑問なのは、なぜ度々俺の安全を気遣う発言をするグレアが、人通りのない宝石屋に連れてきたのかということだ。今まで大通り沿いの店しか見ていなかったグレアが、いきなりリスクを承知で路地の店に向かうというのは、それに見合うだけの何かしらの目的があったとしか考えられない。こんな宝石屋に何の用があるのか。


「これオゴリね。甘いの好きなんでしょ?」


 テーブルに片肘をつき、あごを乗せたグレアは、置かれた飲み物を俺に差し出した。中身は果物を絞ったジュースらしい。甘い匂いがする。さてはコーヒーで見当をつけたか。正解だ。


「今日のお礼」


「お前から何かを貰うのは初めてだったな」


 以前懐中時計をグレアから貰ったが、その贈り主は領主だった。彼女の意思で何かを貰うのは初めてだ。


「あんなことしなくたって、礼ぐらいちゃんとするわよ。忍耐力のない奴(・・・・・・・)は途中で技なんかかけちゃったりするんだろうけど」


「んなこと言われてもただの言い訳か、ある種の負け惜しみにしか聞こえん」


「だから最初からこうするつもりだったって」


「どうだか。まっ、ありがたく頂戴するぜ」


 ジュースは砂糖が入っているかのように甘かった。味わったことのない独特な酸味が喉を通り抜ける。


「で、今何を待ってるんだ」


「特注品なんだけどね。仕上げに少し時間がかかるって」


 お前は装飾品を特注できるような金持ちには見えないんだが、一体何を頼んだのだろうか。尋ねると、ただのガラス細工、とショルダーバッグからカード状のガラス板を取り出した。ガラス板は1枚や2枚なんて数ではない。30枚は軽くある。それらをテーブル上に、まるでトランプを扱うかのように弧を描いて並べた。

 前回から気になっていたバッグのカチャカチャ音の原因はこれらしい。


「これと同じやつ」


「用途がいまいち分からん」


 俺は首をひねることしかできなかった。ステンドグラスのように色付きのものや透明なもの、それらが混ざりあってマーブル模様になっているものなど種類は豊富だったが、一番多かったのはやはり透明なもの。そのどれにも何かの模様が削ってあることから魔法系の何かであることは推測できる。しかし俺の推測はそこ止まりだ。魔法なんて生活のいたるところに存在しているし、特注しないといけないようなスキマ需要を当てられるほど俺の勘は鋭くない。


「でも綺麗でしょ」


「まあな」


 グレアは表情を緩め、並べた中の透明な一枚を手にとり光に透かした。ガラスのカードは、素手で触れば指紋が目立つほどに透明度が高い。マーブル模様を一枚手にとれば、透過する美しさが俺の醜い心を照らす。うう、溶ける。


「でもこれこんなに持って、どう使うんだ」


「あんたは知らなくていいの。今のところは」


 カードを返して聞くと、グレアは不敵な笑みを浮かべつつ答え、カードを片付け始めた。複数持ってるということは、使ったら壊れるのか効果がなくなるのかのどっちかであることは想像できる。


「ヒントを言うなら、こんなものは使わないほうがいいってことね」


「分かった、これ貯金だな?」


 ガラスはこの世界では高価だ。金を買って貯金するように、グレアはガラスを買って貯金しているのかもしれない。まあ、金ほど価値は高くはないだろうが……


「ハズレ」


 だそうだ。


 その後、さっきの女性店員がガラスカードをトレーに乗せてやってきた。どうもグレアはこの店の常連のようで、親しげに会話を交わしているのを、俺はジュースを飲みつつ聞き流していた。今日は15枚ほど買ったらしい。


「グレアさんは宝石に興味はございませんか?」


「あるけど、そこまで余裕がなくて。安物ばっかの注文でごめんね」


「いえいえとんでも」


 雑談して笑い合いつつ、テキパキ帰る準備を済ませているのは彼女らしいが、そのトゲのない話し方はらしくない。今回もご満悦モード突入だろう。


 店を出ると、外はすっかり夜空になっていた。荷物を半分持ってやる。そう言って渡されたのはやはり重い方。そんなことは気にもせず、懐中時計を見ながら考える。さて、前回よりも大分と遅くなってしまった。ロイドにどう言い訳しようかと。



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