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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B17 キカイノツバサ ハリケーン・ザグール

 朝の空気は清々しい。ビビッドでありながら、強烈ではない独特の香り。まだ控えめな日差しは俺の髪を少しだけ温める。適度に吹くそよ風が暖かく涼しい。が、強い風がたまに吹いて砂埃が目に入る。


 説明会や会議で着たスーツに身を固め、それに似合わぬ傷だらけの鉄板入り安全靴――もとい軍靴。いつもとは違う、派手で大振りでしかもゴツくなってるメイド服に、大きめのショルダーバッグを装備。予定の時刻ギリギリまで身だしなみチェックに余念がなかったグレア。俺とグレアは迎賓館を出て、庭園の中を歩いている。向かう先は敷地と外を隔てる門。


「お前、背小さくなったんじゃないか?」


「なってない!」


 グレアの目の高さが俺の肩程度しかない。今まで高いヒールを履いていたが、今日は外出用の低くて動きやすいヒールを履いているのだとか。舗装されていない道を歩くわけだから選択は間違ってないが、お前って意外と背が低かったのな。毒を吐いたとしても、この小ささじゃ威圧感は感じられないだろう。それどころか逆に可愛いと言われそうだ。ちなみに俺は身長体重ともに平均的(ただし地球において)。


「よしよし」


 これから大きくなるんだもんな。グレアの頭に手を乗せ撫でると、2秒もしないうちに払いのけられた。


「せっかく髪整えたのに!」


「おお、怖い怖い」


 ジト目で睨まれた。怖いぞ、いつもの4分の1ぐらい怖いぞ。

 こんな天気じゃ髪整えたってすぐ乱れるだろうに、懸命に手ぐしで復元している所がけなげである。しかし凝ってるところ悪いが、その……見た目あんま変わらん。


 これから俺達は工業ギルドの本部へ行く。飛行機計画を実行に移す大事な日なのだ。


 どうやれば70日で完成できるか、二日前からあれこれ方法を考えていた。昨夜はベッドに入ってもそのことが頭から離れず寝付けず、ようやく寝れたのは草木も眠る丑三つ時。朝日が昇って体内時計キッチリなグレアに起こされるも、速攻で二度寝を決め込む俺に、掛け布団を豪快に剥がされた。そのとき寝ぼけて「もう少し寝かせろ、母ちゃん」なんて言ってしまったのは秘密だ。言っておくが、俺は断じてマザコンではない。


「あんた護身になるもの持ってる?」


「いや」


「丸腰で出かけるなんて、あんた死にたいわけ?」


「別にスラム行くわけじゃないだろ。ここらは治安も良さげだし」


 移動は徒歩。見張りの兵士と他愛のない挨拶を交わして迎賓館の門を抜け、大通りへ出る。

 グレアが俺の横でとびっきりのバカを見たわ、なんて言っているが、ここは門番の兵士が読書するような街。そんなものは必要ないとも言える。それに、持ってなきゃガチで危ないならすぐ引き返すように言うだろうが、グレアはそんなこと一言も言わなかった。まあ彼女は現地人だし、それなりには信頼してるってわけだ。


 ロイドから貰った地図を頼りに、道を右に左に曲がっていく。

 特級国賓が敬語を使うべき相手は、神使と王族のみ。そんな地位にいる俺は、工業ギルドまで兵士に囲まれカゴに乗って護送されるのかと思っていたのだが、実際は俺とグレアの二人で徒歩である。ロイドが言うには、護送は話題になるので一般人に紛れ込むほうが目立たず、かえって安全だという。

 ……俺、普通にしてても翼ないから目立つんだが、そこのところも考慮しての発言なのか、今度問いただしておこう。


「ねえ」


 しばらく地図に従いながら歩いていると、少し疲れたのか横からグレアがため息をついて話しかける。


「何であんた飛べないの?」


「そういうふうに進化しなかったんだよ。聞けばお前もその翼は後付けの追加装備らしいじゃねえか」


「私はもともと生まれた時から生えてますー」


 口を尖らせそっぽを向いたが、すぐに「『進化』ってどういう意味? 言葉は知ってるんだけど使い方が違うから」と聞いてきた。ああそうか、自分たちは神によって作られたと思ってるんだ。進化論を知らないのは当前といえる。とりあえず無難に神様がそういうふうに作らなかったということだ、と適当に受け流す。


「そもそも飛べたらこんな計画なんて立てずに済んでるだろ」


「なんかめんどくさー」


「俺もだ」


 街は広大だ。もしや歩き疲れたのかと思って休憩を提案したが、約束の時間がどうとか言ってきっぱり断られた。朝の通りから聞こえる商売の声は威勢がいい。早朝に仕入れた新鮮な食材に、光沢のある木製家具、雑貨。ついこの間まで花屋をやっていたのに、久しぶりに外に出たせいか妙に懐かしい。


 グレアも通りに並ぶ店には興味があるようで、視線が店に張り付いている。あの服かわいいとか小声で呟いているあたり、曲がりなりにも女の子なのだろう。おっと失礼。や、や、睨むなって、悪かったって。


「ここか」


「そうね」


 大通りにドンと構える大型の木造建築物、ナクル工業ギルド本部。看板が"なくる こうぎょうぎるど ほんぶ"であるせいか極めて幼稚っぽく見えるがそれはそれ。慣れである。


 約束の時刻は午前10時からで、懐中時計によると現在午前9時52分。さあ入ろうという時に一足早く日焼けした顔のオジサンが建物から出てきた。


「異界の方ですな、ようこそお待ちしておりました!」


 ははーっ! と笑う白髪混じりのこのオッサン。どうやら俺達を待っていたらしい。相手の妙なテンションの高さに俺とグレアは思わず顔を見合わせた。俺のことはベルゲンから大方知らされているらしい。


「さあさあどうぞ中に!」


 案内されたのは、3階の部屋だった。明るく開放的な空間の中に長テーブルが一つ置いてあり、3つを除いて全員着席している。若い人の姿はなく、みな見た目初老以降の人間であった。

 彼は長テーブルの端の2つの席に俺とグレアを丁重に座らせると、最後に自分も着席。俺の背後にある部屋の窓は開け放たれていて、日差しとそよ風が部屋に入り込み、風は部屋を通り道にして廊下へとすり抜けていく。


「申し遅れました、私ギルドの長をしているザグールと申すもんで、どうかよろしくお願いしますわ、ははーッ!」


 そんな陽気な彼の名はザグールというらしい。自己紹介で一人勝手にウケている(?)のだが、周囲は彼はこれで正常です、と言わんばかりの雰囲気。非常に強烈な彼の第一印象ファーストインプレッション。何となくだが口が軽そうだ。続いてその隣にいた初老の男が自己紹介。


「私は副ギルド長のネルンです。よろしくお願いします」


 言い終えると同時にキマった小さな一礼。ネルンという人は常識人のようだ。それに続いて練習したかのように次々と自己紹介をしていくギルドの人々。ここに集まっているのは組合の中でも上位に位置する人たちだった。キャラが濃いのはザグール一人だけで、あとは普通の人。こんな人と毎日を過ごしていると思うと、お疲れさまと言いたくなってしまうのは俺だけだろうか。

 とにかく、俺も自己紹介を済ませ、最後にグレアが例の笑顔と共に挨拶。ザグールが早速本題へ持ち込む。


「飛行機というものを作ってアダチさんが空を飛ぶ、というのは分かってるんだな。そんで、その飛行機ってのはどうやってこしらえると?」


 Oh……強烈。こしらえるって、最近じゃなかなか聞かない言い回しだ。今までこういう人と会話したことがなかったからかもしれない。台風に例えるならハリケーン・ザグールが最大瞬間風速50メートル毎秒以上の暴風を伴って猛威を振るっているぐらい強烈だ。


「ええと、翼の部分、胴体の部分といった感じで別々に作り、最後に組み立てて完成、という感じで……」


「そらわかっとる。だからどうやってこしらえるか知っとるか、と聞いとるん」


 左手で作った、指の閉じたピースサインを俺に向けて俺に向けて撃ちぬく。声の大きさとその気迫に俺タジタジである。グレアはこんな人と会うことが少ないのか、苦手なタイプなのか、引きつった笑顔で視線を逸らして小さく一言。


「あっつ……」


 もちろん気温のことではない。


「まずは飛行機の設計づくりからお願いしたい。ここで調達できる材料で作るわけで、作り方もそれに応じて変わってくるだろう」


 飛行機のこしらえ方なぞ、俺の知ったこっちゃない。設計からお願いするにあたっての理由は適当につけた。作り方が変わってくるのかどうかは知らん。要は設計から完成までお願いするということが伝わればいいのである。それらしいことを言っておけば説得力になるだろう。


「それと、同時に道中何かあった時のための護身具なんかも欲しいんだが、大丈夫か」


「よっしゃ、分かった!」


 頷いたザグールに追随して頷く上役。


「特級国賓のど偉いさんを俺らの力で空に! 一世一代の大仕事だ!」


 彼の一言に、上役が揃って意気込みの声を上げた。声は控えめだったがエネルギッシュで心強い。ちょっとやそっとの問題は、そのパワーでぐいぐい解決していきそうに感じた。


 その後、この計画に与えられた時間は有限で、期間内に完成させるのは厳しいことを伝えた。さらに飛行機という乗り物には完璧が求められることも。小さなミスが空中分解を起こしたり、操縦不能な状態になって墜落したりする。そのような事態になることは、即ち死を意味する。この世界の人間であれば、飛行機が落ちたとしても自前の翼で何とかなるが、俺はそうはいかない。地面に真っ逆さま、肉塊の一丁上がりだ。


「難しい乗り物ですな」


 副ギルド長のネルンが腕を組んで唸った。周りの上役もその話を聞いて険しい表情に変化。考えたら分かることだが、改めて言われるとそう言わずにはいられまい。


「飛行中の操縦ミスは一旦置いておく。まずは開発中のミスを極力減らしたい。そこで計画に参加してくれる技術者や職人を人数ごとに班分けして、ひとつの仕事に専念できるような環境を作ろうと思っている」


 どうだと問うと、上役の一人が答えた。まー人それぞれ得意不得意の分野がありますからなぁ。上手いこと配置するのが鍵でしょう。


「希望をとったほうがいいか」


「だな」


 上役同士でそんなことを言っている中、隣のグレアはさっきと打って変わって真面目モード。話の内容をベルゲンの時のように手帳にまとめている。切り替えが早いな。アルコールは入っていないので、書かれる文字は判読可能だ。


「何よ」


「真面目だな」


 フン。鼻を鳴らされた。いちいち構ってられない。続きだ。


「班ごとに分けようにも、全体の人数が分からないとやりづらい。参加者は一体どれぐらいいるんだ?」


「だいたい450人ぐらいだなあ」


 そういうところは、ギルド長が詳しかった。日常の仕事もしながらの作業になるため、できるだけ一人あたりの負担は減らしたほうがいいとのことだった。


 話し合いの結果、計画専用の組織を作ることになった。参加者約450人を15人程度ごとにまとめ、それを1班とする。つまり、450÷15=30で合計30班が出来上がる。これが人数割り振りの単位だ。


 体制はオーソドックスなピラミッド構造で、最高責任者――監督は俺。


 俺の下には飛行機班と、小道具班の2大グループがあり、それぞれに総合班長を設けた。総合班長の仕事は、担当するグループの全体を把握することだ。何ができていて、何ができていないのか。それを元に班を融通したり、問題解決の糸口を一緒になって探ったりする。これについての人事は、既に話し合いの中で決まっている。飛行機班の総合班長は、ギルド長のザグール、小道具班の総合班長は副ギルド長のネルンだ。ギルドのトップが高い地位につくことについて、異論は誰からもなかった。


 飛行機班の総合班長の下には、素材開発長と機械開発長、略して素材長と機械長を作った。素材長は、軽量で頑丈な素材その他を研究し、実際に生産まで持っていくのが仕事である。対して機械長は、飛行機の設計やメカニックを担当し、本体の構造、操作系、動力系を開発、生産まで持っていくのが仕事である。飛行機班に割り当てられるのは1班から20班で、素材長と機械長は20個の班をやりくりしながら飛行機本体を作っていく。


 小道具班の総合班長の下にいるのは、武器開発長と、計器小道具長。略称は武器長と計器長。武器長は飛行機に乗っていても使用できる殺傷、非殺傷武器の開発、生産。計器長は飛行機関連の小道具や周辺装置の研究開発が仕事だ。小道具班に割り当てられるのは21班~30班で、10個の班をやりくりしながら小道具系を作っていく。計器長は飛行機班の機械長と役割がかぶるところがあるが、計画の心臓部だ。人数は多いに越したことはない。


 そして最後に1~30班の各班ごとに班長を設置し、その下には実際に動く技術者、職人がいる。飛行機班も小道具班も割り当てられた班の数は違えど、出来上がったピラミッド型の組織図は左右対称だ。


「ひと月で仕上げるとなると、余裕はほとんどない。早速今日中に割り振りしたほうがいいだろうな」


「しかしもうすぐ昼ですし、ここで一時解散としましょう」


 副ギルド長の一声で、午後から参加者を招集し、班分けを行うことになった。班の割り振りはウチらでできるから、帰ってもらっても大丈夫、とザグール。今日はこれ以外に予定は入っていなかったので、ここに居させてもらうことにした。それに、協力してくれる技術者たちと顔を合わせて軽く挨拶ぐらいはしておくべきだ。


 その後、部屋には俺とグレアの二人だけが残っていた。ギルドの人間は招集の準備だ、腹ごしらえだと言ってそそくさと出て行ってしまった。あとに残るはわびしく孤独な雰囲気。静かな部屋に流れる風が生む音、運ばれてくる匂いが、この独特の寂寥感を増長させているのだろう。


「とりあえず昼飯なわけだが」


 ショルダーバッグに展開した荷物を整頓しているのか、横で何やらカチャカチャさせているグレアに目をやる。手を止めて俺を見上げた。


「なによ」


「ここら辺でうまい店は知らないか」


「知らない」


 速攻で一言、再び荷物の整頓作業に戻る。あっさりと片付けやがったが、お前はメシ要らないのか。俺は要るぞ。というかそのバッグが太るぐらいの荷物とか中身何入ってんだよ。そんなに荷物はいらないはずだ。そんなことを思いつつ続ける。


「お前、このあたりに住んでるんだろ」


「私、住み込みだから」


 なるほど…………いやそれでもどこか一つぐらいは知ってるだろ!? 迎賓館で働く前はこの街のどこかに住んでたんだろうし。しかし知らないと言われたらそれで仕方ないが、念のため確認しておく。


「本当か?」


「そんな心配はいいから。ほら」


 ショルダーバッグからテーブルに置かれた2つの金属製小箱。どちらも外装華やかだが一方は大きく、もう一方はそれより一回りほど小さい。これ、サイズ的に考えて弁当?


「どこかの店に食べに行って、そこで毒でも盛られて死んじゃったらたまんないからね」


「客に毒盛る店がどこにあんだよ」


「あーあ、どこか毒盛ってくれる素敵な店ないかなー」


 たまんないって、嬉しい方のたまんないかよ。グレアは大きい方の弁当箱を俺の前に押し出した。……この中に毒は入ってないだろうな? 俺嫌だぞこんな所で死ぬの。

 フタを外す。うお、なんかすげえ豪華じゃん。いつも迎賓館で出される食事をそのままコンパクトに凝縮したような中身だ。


「これ、お前が作ったのか?」


「んなわけないでしょ。いつもの料理人。残念だった?」


「むしろ安心した」


 そういって笑ってやるが、グレアはそれに反応せず、俺の弁当に入っていたハンバーグに横からフォークを突き立てた。


「このフォーク、あんたのね」


「おい行儀悪いとは思わないのか?」


「別に。そうそう、ちなみにさっきのおいしい店知らないって話はウソね。教える気はないけど」


 今更な情報をありがとう。まあいいさ、美味い店を探し当てるのも醍醐味ってもんだ。

 突き立てられたフォークを握って一口。いつものようにうまい。


「ねえ、さっきの会議のことなんだけど」


「ん?」


 ナイフとフォークもいいが、そろそろ箸が恋しくなってきたなと思いつつしばらく口を動かしていると、グレアが横目で俺を見ながら話しかけてきた。


「何でこんなに手際良く会議を進められたのか聞きたいんだけど。あんたのトロさなら夜までかかると踏んでたのに」


「んなもん、前もって準備してた以外に何があると? 俺の学習能力を見くびらないでほしいね」


「ふうん」


 この間の説明会の準備では要領を得られず、余計に手間がかかって手こずった。つまり面倒くさいものお断りな俺が散々な目にあったということだ。次から余計な労力をかけず、物事を速やかに成し遂げるにはどうすれば良いかぐらいは学習する。

 今回の組織は俺がこの失敗を踏まえ、猶予のあった二日間の間に考えた一つの答えだ。正確には俺の発案にギルド側が乗り、話し合いで更に改良を加えた形態が、今発足しようとしている組織なのだ。


「やるじゃん」


「評価してくれるのは別に構わないが、主人に対して常に上から物申すその姿勢はどうにかならんのか」


「ならない」


 どこかの貴族の令嬢ならこんな態度もありかもしれない。しかし彼女は齢15のメイド風情。毎度他人事ながらこんな調子じゃ将来が心配だ。身を案じたところで、余計なお世話だと突っぱねられるだろうが。


「ところでお前はどういう経緯でこの仕事をやることになったんだ?」


 15歳といえばまだ親の庇護があってもおかしくない。聞いた途端、口をもぞもぞさせていたグレアの動きが止まった。持っていたフォークを手で叩きつけるように置いた。琴線に触れたのか、彼女はそれ以上何もしない。


「嫌なら無理に言う必要はないんだが……その様子じゃあまり言いたくなさげだな。すまん」


「……私が負けたら教えてあげてもいいけど」


 こちらには一切顔を向けず、前を見ながらグレアは答えた。青い一本の弦が弾かれたような寂しさがこもった声色。オーケイ、分かった。今後その質問はなしだ。


「いやいや、お前と賭けとか勝負してまで過去を聞きだすつもりはないから、な?」


「何言ってんの。あんたと戦ったら私が圧勝じゃない。私の相手は私だから」


「何言ってんのはこっちのセリフだが、嫌な過去をほじくり返すつもりはない。ていうか今さりげなくに俺のことけなしたな?」


「あら、私に勝てると思ってるの?」


 ようやくグレアがこちらを向いて意地悪な目で笑った。

 今ここでは言及されていないが、一体何で争う想定をしているのだろうか。学問なら俺が有利だ。この世界のマナーお作法については、分からない所がたくさんあるが、グレアがフォークを突き刺すあたりどっこいどっこいかもしれない。毒舌選手権もいい勝負になりそうだ。


 ――やらないがな。

 なんとなく普段よりしぼんで見える笑顔に、俺も不敵な笑みで返す。


「バカヤロー。お手々繋いでみんなが一番。一人一人はオンリーワンだろ」


 ゆとり全開の俺であった。






 昼過ぎから始まった班の振り分けは、人数は多かったものの元々所属する専門職の人数バランスが良かったため、2時間ほどですんなりと決まった。

 最後に握手会の要領で各々に声をかけながら全員と握手を交わし、本日の仕事は終了。手を差し出しても、恐れ多いと辞退しようとする人がチラホラいたが、ずっと俺の近くにいたギルド長の「かてえことが嫌いだとさ、ほれ」の一言と共に伸ばされた手によって腕を掴まれ、半ば強制的に握手。強制するつもりは毛頭なかったんだ。もしこの挨拶で俺にマイナスのイメージを持っているメンバーがいたら、内訳の80%はザグールのしわざで決定してもいいと思っている。残り20%は……まあ置いておこうじゃないか。


 すっかりフランクなザグールと、その愉快な仲間たちに見送られ、俺達は工業ギルド本部を出ることにした。もっとも、ダントツで愉快そうだったのは彼だったが。

 外に出ると、朝と比べて風向きは変わっていたが、風の強さはさほど変わっていなかった。懐中時計によると現在午後3時頃。少々景色が黄色っぽくなったかという程度だ。


「それじゃあ、作れるものは今日のうちからこしらえとく。また次回よろしくですわ」


「こちらこそ」


 建物を出たところまで見送ってくれた長と挨拶を交わし、迎賓館へ足を向けた。


 まだ人通りが多く、掛け声の交わるにぎやかな街の雰囲気は衰えることを知らない。グレアによれば、このあたりは巨大都市ナクルの中心とだけあって、夜更けでも賑やかさを失うことはないという。まさにファンタジー版眠らない街ってことだ。リンの家はナクルの端で、対照的に夕方以降は人通りが急速に減る。姉さんのところのように深夜営業を行う店も一応あるが、中心部の数の足元にも及ばない。

 そんな話にも区切りがつき、話題はさっきのギルド長のことに移る。


「あの人強烈すぎて、近づくだけでも疲れるわ」


「気持ちは分からなくはないが、ああいう人も必要だと思うぞ」


「無理。多分彼に触れたら私即死確定ね」


「そこまで言うかっ!?」


 アイツ絶対に倒せない最強の敵キャラなのか。確かに振る舞いや気迫からして、体力とかいろいろ吸い取られそうなのは分かるが、即死って。

 どうでもいい話だが、俺最近ツッコミに回ることのほうが多いような。この足立光秀、ボケもツッコミもデキる男になりつつあるようだ。……念のためだが、今のはボケだ。


「まっ初対面だしな。でも人柄良さそうだったし、慣れたらすぐだって」


「あんな人に慣れるほど私は適応能力高くないわよ」


「もうやめてくれ。彼が不憫すぎる」


 強烈だが彼に非は一切ない! んなこと言い出したらお前なんてボロックソに言えるからな。


「…………。」


「……ねえ」


「ん?」


 それから特に会話も交わさず、帰り道も半ばに差し掛かったあたりでグレアは寂しげに話しかけてきた。


「このまま迎賓館に戻るのって、なんか味気ないよね。せっかくだから寄り道とかしない?」


「俺そこまでパワフルじゃないんだが……」


 疲れてるし、このまままっすぐ帰ってベッドにフルダイヴしたいんだよ。そう思ったが、よく考えれば仕事の合間にちょくちょくプライベートタイムがある俺と違って、ふざけたりたまに居眠りしていたりするものの、グレアは朝から夜まで一日中働いているのだ。少しぐらい遊ばせてやってもいいのではないか。今は勤務時間中だが、今サボっても別にバレやしない。見つかっても俺の寄り道に付き合ってもらっていたとフォローしてやればいいだけの話だ。


「いいぜ、付き合ってやる。毎日働いてりゃ、そりゃ息抜きも欲しいよな」


「ありがとうパパ」


 えっといま、パパって言わなかったか? 俺に初めて見せたナチュラルそうな顔から確かに出た言葉だ。……こいつ、中身は意外と天然? 学校の先生を「お母さん」と呼んでしまうアレである。でも15歳で他人のことを「パパ」と呼び間違える人はそうそういない。


「うっ……パ、パパッと寄り道してすぐ帰るってのは無しだからね?」


 うむ、今のは俺の聞き間違いだ。きっと途中で喋ってる途中で喉がつっかえただけだ。目を逸らして顔が赤くなっているように見えるのはきっと喉がつっかえて涙が出ているせいに違いない。グレアがお父さんっ子だったんじゃないかとか、そんなことは決して思ってない。


「ね?」


「…………。」


「ね?」


 そこまでして押し通したいのか……いやなんでもない。


「あまり遅くなるのはカンベンな」


 予定変更で街をぶらぶらすることになったわけだが、OKを出した途端にイキイキしやがった。彼女が見るものは、宝石や衣類関連ばかりあと雑貨小物類。店の品物を一つ一つ確認するように見ていき、品定めを終えると次の店に移る。気に入った物を見つければ、自腹でお買い上げ。ギルドに行って帰ってくるだけなら必要ない財布をショルダーバッグに入れていたいたことから、計画的犯行だったことが窺える。思えばどの店も行きにグレアがチェックしていた店のような気がするが、よく覚えていない。


「次ここね」


 女の人の買い物は長いというのは、どこの世界でも共通だったようだ。ノロノロと何軒もハシゴされて疲れてきた。さすがに外で買った荷物を俺に押し付けることはなく、自分で持っていたが、こう待たされると暇で仕方なくなってくる。


「ふう……」


 服屋の外壁にもたれかかって時計を見れば午後五時半。地図は俺が持ってるし、グレア残して先に帰ろうか。グレアは土地勘あるから戻ってこれるだろう。けどそれじゃあフォローできねえよな。やっぱ待つしかないか。

 日が傾いてきても、眠らない街というだけあって人通りは多い。5人ほどの若い男女が楽しげに会話しながら通りを歩いていく。彼らは娯楽施設に向かっているようだ。ここの娯楽には何があるのか、気になるところだ。俺とはす向かいの位置に立っている、目の下の傷が特徴的な少々イカツイ男も、誰かと待ち合わせしているようだ。一杯飲みにいくのだろうか。

 所々で見かけた道で遊ぶガキの姿はさすがになくなってしまったが、街の賑わいはこれからといったところだろう。


「……冷えてきたな」


 その場にじっと留まっていたからか、それとも風が冷たくなったからか、少し寒くなってきた。そろそろ帰ったほうがいい時間帯だ。


「待たせたわね」


「待ったぞ。いつまで待たせる気だ」


 どうやらグレアは店で一着買ったらしい。他の店で小物を買った小物類を合わせると荷物が結構多く、一人で持つには辛そうだ。


「お前買いすぎ」


「いいの。私の『自由』なんだから」


 自由を強調したグレアは、荷物を両手で重そうに持ち上げ満足そうな笑顔を見せる。いつも無愛想な顔ばかりでこういう笑顔はなかなか見れない。よっぽど機嫌がいいんだろう。

 持っている荷物に手を出すと、グレアは荷物を持ったままの手をとっさに引っ込ませて後ろに回した。


「バカ、半分持ってやろうって言ってんだよ」


 主従関係上本当はいけないのかもしれない。一人は猫の手も借りたいほどの荷物を抱え、一人は手持ち無沙汰というのは俺としては納得しないところがある。強要はせんがな。グレアは俺の言葉を聞き少し考え、片手の荷物を俺に差し出した。地味に重い方を渡してくるのは彼女らしい。


「……ありがと」


「じゃそろそろ帰るぞ。冷えてきたし、なにより暗くなってきた」


「それじゃ次はあそこ」


「おい」


 近いうちにまた出かけるから続きはそのときだ。そうなだめて放浪好きな猫を連れ帰った。

 迎賓館に戻ると予想通りロイドが何やら言ってきたが、そこはそこ。買い物待ちの間に脳内で繰り返しシミュレートさせることで洗練させたフォローと、巧みな口裏を合わせですり抜けた。計算通り。


「私の部屋ここだから、荷物はここに置いといて。誰も盗らないし」


「隣だったのか」


「あんたに何かあったとき、すぐ駆けつけられるようにってだけ」


 意外にも、グレアと俺はお隣さんの関係であった。迎賓館最上階、階段を上がって突き当たりの部屋が俺で、その隣がグレア。主人の隣の部屋に手伝いの部屋という割り当ては一般的な慣習だという。ということは、リンの部屋の隣はメルの部屋なのか。これは神都に行った時のために覚えておくと便利そうだ。


「勝手に入ってこないでよ? あとご近所付き合いとかも要らないから」


 お前の部屋になんか入りたかねえし、たくあんおすそ分けな近所付き合いも間違いなくないから安心しろ。



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