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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B13 キカイノツバサ -165日のパラドックス

「暦はともかくとして、ここから神都までは100日前後なんだな」


 ざわつきがひと通り落ち着いてきたところで話を戻す。ここから神都まで100日。その100日ってのはもちろん空を飛んでの100日だろう。


 普通に大陸横断レベルだ。横断する距離じゃなくても、世界地図を広げてピンをスタート地点とゴール地点にしっかり差せるほどに離れているに違いない。



「それと道中の地形が険しいので、護送は小回りが効く少数精鋭で行います」


「少数精鋭――エキスパートか」



 エキスパートという言葉にロマンを感じるぜ。プロフェッショナル。そんな鉄壁の壁が俺を守ってくれるなんて、惚れちまう。だが興味があるのは異性である。断じてオスではない。



「その、人選はもう決まっているのか」


「いいえ、未定でございます。長旅が予想されますので、アダチ様と気が合うお方がよろしいかと存じます」



 俺も人選を手伝わなければならないということか。いくらエキスパートと言えど、気の合わない奴らと行動して、いざというときに連携取れずに死亡なんてお粗末はゴメンだ。適当な人選で済ますわけにもいかない。やること多くて気が滅入るが、これも運命。大人しくその仕事も引き受けるしかない。俺自身のためでもあるし。


 オールバックの男はまた小さくのどを潤した。彼はさっきも水を飲もうとしてたが、まさか緊張しているのだろうか。俺に対して緊張しているなら、それは要らぬ緊張というものである。もしかしたら、あの時のベルゲンも同じ事を思っていたのかもしれない。


 さて、聞きたいことは一通り聞いた。本題である宗教の話に戻るとしよう。ん~、宗教。なんて危ない響きなんだ。


 議題が本筋に戻ると、政務院と教会が議論を始めた。結果を予測するに、どうも平行線のままのニオイがする。両者がやい技術だ、やい神話だと互いの主張をぶつけ合って、相手の話を理解しようとしていない。


 会議の主役であるはずの俺が置いてきぼりである。


 テーブルに両肘を立てて手を組み、アゴを乗せる。窓の外は平和だ。

 気持ちよさそうに木や草花が風になびいている。はるか遠くに見える恒星内部での水素の核融合によって生成された光が、空気と混ざり合って柔らかい光となり、会議室に入り込んでくる。生成された暖気が全身を包んで眠気を誘う。思わず出たあくびをそっとかみ殺した。


 飛行機の動力に核融合炉とか搭載したらどうなるだろう。原子のパワーで神都まで日帰り出張とかできそうだ。まあ、今はSFの空想なんてやってる場合じゃないから触りだけで止めておく。

 そんなことより、両者の議論が落ち着くまで、今回の内容についてちょっと要点整理でもしてメモに書き出しておくほうがよっぽど賢明である。


 まず、中心の議題から。

 教会側は神話が否定されるうんぬんで飛行機反対。対する政務院は飛行機の新技術が欲しいという理由で賛成。分かりやすい。


 次に、会議で出てきたサブ情報。

 ここから神都へは片道100日程度かかる。街や村を中継しながら進んでいく。メンバーは少数精鋭の護送で計画中。そのメンバー選抜は俺も手伝う。


 最後に、今のところどうでもいい情報。

 この星の1年は地球の7年に相当する。この星での年齢に換算すると俺はませた赤ん坊に、グレアは地球年齢に換算すると100歳を越えた老人、もとい魔女になる。


 なんだろうか、今の説明を反芻して整理してたら何か見落としているような気がする。ほつれというか、何かが引っ掛かってるような、わかりやすく言えばズボンに値札がぶら下がっているときのような、あやふやな感じ。

 単にそういう気がするだけで、気にするだけ無駄かもしれない。


 それとは別に、さっきから断続的に感じている物理的な違和感を一つ。小刻みに椅子が蹴られている。

 犯人はこの際言及しないが、一言で言うならババアの一言が効いたのだろう。無視するに限る。

 女の人にババアと言うのはデリカシーの観点からすれば好ましくないかもしれない。だがコイツは例外だ。いつも応対悪いし、仕えてる分際で偉そうだし。

 説明会の時だって、出るのを嫌がったくせして挨拶回りとはこうするものだなんて偉そうな口叩くし、メルが気を使って代わりに出てくれたというのにあの態度。

 こんなヤツと付き合っているメルの心の広さに感心というか……同じ穴のムジナ?


 思ったんだが紙飛行機ではっちゃけてたあたり、メルもコイツと同類なんじゃないか。でもそんなこと言い出すとエントランス前で遊んでいたメイドは全員コイツと同類ということになる。皆さん揃ってコイツに似た性格とか、想像するだけで耐え難い。そこまでいくと迎賓館の労働環境が過酷すぎて純真なココロが曲がってしまったのではないかと察してしまうぞ。

 俺? 何度も言うが俺はもともと曲がってるんだ。気にするな。


 ともかくこんなヤツに一発ババアと言ったところで何ら問題もない。あまつさえもう一発おかわりを喰らわせてやってもいいぐらいである。




 俺の前で相変わらずの水掛け論を繰り返す両チーム。議論は勝手に止まってくれると楽観的に期待していたが、なかなか止まってくれない。

 教会の信仰の深さは十分に分かった。政務院の国家繁栄を願う気持ちも痛いほどに分かった。

 ところでチミたち、妥協という言葉を知っているかな? 折衷という言葉でもいい。もうそろそろ互いの主張をぶつけ合うだけの眠いエンドレスループから脱出してくれないか。俺やることないから省エネモードに切り替えるぞ? 中学高校で編み出した秘技、「うつむいて話を聞いていると見せかけて実はちゃっかり眠ってました」、通称「シエスタ」を発動しちゃうぞ?



 気付かれぬよう睡眠の世界へそっと軟着陸、というところで扉をノックする音が聞こえた。その音にふと意識を戻して音源を見る。ノックはしたものの扉を開ける気配がない。依然として俺の目の前では議論中。ロイドが一瞬顔を上げて俺に目配せ。

 後ろも見ずに近くに聞こえる範囲の大きさで一言。


「グレア」


「ふぅ、はーい」



 相変わらずの生意気め。

 グレアは今回も渋々といった感じで扉へ。わずかに開けた扉から会議室の外の人と一言二言会話を交わして扉が開く。ノックの主が姿を表す。リンとメルその他メイド数人であった。

 御一行はリンを先頭にカモの行進のごとく一列に並び、議論の邪魔にならないようにそっと後ろから回りこむ。で、俺の元へ。メインの会議は今も進行中。よってこの用件はバックグラウンド対応である。

 先頭のリンを代表者として認識した俺は、席に座ったまま体を後ろに反らせて小声で質問。



「どうした」


「あの、皆さん結構長い時間会議室にいらっしゃるので、息抜きにお菓子でもどうかと」


「それは名案だ。今ちょうど議論がループしてて、あわや眠りこけそうになっていたところだ」


 あわやというより確信犯であるが、そんな細かいことはどうでもいい。要は暇だったということだ。

 今も飽きずに言い合っている両者。その根性は評価しよう。君たちなら単調なお仕事でも飽きることなくこなしてくれるに違いない。

 冗談はさておき、両者が黙り込んむ一瞬を探す。そこが話の区切りである。教会側が、持ってきた資料を参照しようと口が止まった。ここだ。



「白熱の議論に水を差すようで悪いが、ちょっと休憩しないか」





 休憩に振舞われたのは見た目クッキーのような得体の知れない固形物――この際クッキーでいい。あとその他お菓子数種。それとそんなものがあるのかと驚いたんだが、コーヒー。全部材料から仕入れて迎賓館の厨房で作ったものらしい。この国に一度も納税したことない身分が、お国のお金でこんなものを用意してもらうのは少々悪い気がする。



「砂糖は? どれぐらい?」


「たんまりだ」



 まあいい。そこは図太くいこうじゃないか。



「あんた贅沢ね」



 俺の注文を聞いたグレアが眉をしかめつつ、砂糖の入った瓶にスプーンを奥深くまで突っ込んだ。豪快に掘りかえす。ヒマラヤ山脈を連想させる安息角ギリギリの雪は、運び込まれた台車に鎮座するコーヒーカップに納入された。1杯、2杯、3杯――いや、確かにたんまりと注文したが入れ過ぎだ。



「おい」


「なに?」



 グレアは何も分かってないふりしてやがる。ババアの仕返しか。そして砂糖4杯目入りましたー。



「ストップ、ストップ……やめろもういい」


「え、もういいの?」



 グレアは恐怖の5杯目の作業を途中でやめた。どれだけ入れるつもりだったんだてめえ。5杯目が阻止できても、既にコーヒーは砂糖の甘味しかしないだろう。例の混ぜ混ぜ棒でコーヒーをかき混ぜる。作業そのものは上手にやれるんだな。



「確実に溶け残る量のお砂糖を入れていただき、誠にありがとうございます」


「いえいえ、どういたしまして」



 グレアは満足したような顔で優雅に俺の目の前に受け皿とコーヒーを置いた。なんだろう、これを飲まねばならぬとは、心なしか負けた気がする。いいさ、考える脳には糖分の補給が不可欠だ。そうこじつけてカップに口をつける。くっそアマッ。

 教会と政務院の様子をチェック。意見は対立しているが、互いを嫌うような様子は見えない。教会と政務院が一緒になって雑談なんかもやっている。平和が一番である。



「会議ではどんな内容を話してたんですか?」



 横からリンが顔を出してきた。口周りにお菓子の食べかすがついている。ついている箇所を自分の顔で指し示すと、はにかみながら拭った。



「それよりも、丁重に扱われているはずのお前がなぜここにいるのか知りたい」


「私も神都に行くなら、こういう会議には顔を見せたほうがいいのかなと思ってたんです。そこに、ちょうどメイドさんがお菓子の差し入れをしに行くっていう話を聞いて、それで」



 便乗して潜入したってわけか。

 ところで顔を見せるというのは、どっちの意味だろうか。言葉のまま軽く挨拶して退散するのか、それとも。



「(休憩後ここに)残るのか?」


「もし良ければ、ですけど」



 正直、不可思議少女リンが会議に参加したところで、話がスムースに進むとは限らない。だが三人寄れば文殊の知恵ともいう。あ、一人足りない。なんか癪だがグレアも仲間に入れてやろう。



「グレア、話聞いてただろ。イスをもう一つ用意してくれ」


「ババアには重労働です~」


「ロイドに言いつけるぞ」


「それはシャレになってないわ」



 グレアはそう言って他の暇にしていたメイドを道連れに部屋を出ていった。準備室はこの会議室の隣にある。イス一つだ、女二人で十分である。

 イスが俺の隣、ロイドら記録係が座っているのと反対側に用意された。リンは丁寧にグレアとメイドAに感謝の言葉を述べて座る。



「ところで、私の質問ですが」



 俺がコーヒーを飲み干したのと同時に口を開いた。カップの底には案の定溶け残った砂糖がドロドロの液体になっていた。



「議論してた内容だったな。ほれ、俺編纂の"これ見りゃ一発・重要度別要点まとめ"だ」



 ただの白紙に走り書きしただけの紙をリンに手渡した。甘過ぎのコーヒーに甘いお菓子は後味がキツい。コーヒーおかわりだ。グレアにコーヒーカップを渡した。



「悪いがもう一杯頼む」


「分かった。砂糖五杯ね」


「いや分かってねえだろ。砂糖一杯で十分だ」



 お前は俺を糖尿病患者にするつもりか。殺人未遂で訴えるぞ。グレアは台車の上で作業して完成品を俺に。手渡されたカップを覗く。



「……おい、誰が『砂糖だけ』つった?」



 今度は砂糖一杯しか入っていなかった。正確にはドロドロの砂糖水の上に雪山が乗っている状態。ちょっとしつこい。



「あんた、急に偉くなったのね」


「ある程度なら相手してやる。だがそろそろ本気で言いつけるぞ」



 語勢を強めてカップを突き返した。さすがにこれ以上はマズいと悟ったのか、グレアは黙ってコーヒーを注ぎかき混ぜ即返却。まったく、そういう要らんことをするから嫌われるのが分からんのか。



「コウさん、一つ質問したいんですけど」



 隣でまとめを見ていたリンが俺の肩を叩いた。



「なんだ」


「神都からここまでかかる日数も100日なんですか? 100日で合ってますか?」


「数日の誤差はあるかもしれないが、距離的に多分そうなんじゃないか? よく分からんが。どうした、行く前から帰り道の心配か?」


「いえ、どう考えても噛み合わない点があって」



 一瞬、時間が止まったように感じた。俺の中で感じていた話の違和感。もしかしたらただの勘違いじゃないのかもしれない。



「どこが」


「王命って、神都から届いたんですよね」


「そうだろう」


「日数が本当だとすると、神都からここまで王命が伝わるには100日かかるわけですよね」


「そうなるな」


「王様が王命を書くためにはコウさんのことを知らないといけません。ですから、コウさんの噂が神都まで伝わるのも最短100日です。コウさんが現れてから最低200日経たないと、この王命は届かないはずです」


「ちょっと待て」



 全身に鳥肌が立った。


 俺がこの世界に落ちてから、200日も経っただろうか。答えは否。正確な日数は覚えていないが、せいぜい50日弱程度だろう。200日なんて絶対ない。

 リンが言いたいのは、俺が砂漠に現れるその日以前に俺の実名入りの王命が既に発せられていないと、こんな短期間で王命が届くはずがないということだ。つじつまが合わない。

 つじつまを合わせようと思ったら、確か15日ぐらい前に王命を受けたから――神都よりもずっと近い、往復35日以内の場所で発行されていなければならない。



「つまり偽造品……ということか?」


「もしかしたらですが」



 もし王命がニセモノなら、この計画は即刻中止すべきである。わざわざニセモノを作って送りつけるんだ。なにかしらの悪意があるはず。行く先にあると分かっている落とし穴に、誰がハマるか。



「グレア、緊急だ。王命の書かれたあの紙、俺とリン、2つとも一式揃えて持ってきて欲しい。紙は執務机一番上の引き出しにしまってある」


「何の話?」



 聞いてなかったのか。まあいい、盗み聞きしろなんて言わない。プライバシーを尊重して聞いてなかったとすれば優秀だ。都合のいいことは求めない。



「いいか、王命につじつまの合わない点が見つかった。偽造されたものの可能性がある」


「は、それホント?」


「それを今から確かめるんだ」



 一瞬でキッと引き締まった表情に変わるグレア。俺が言い切る前に背中を向けた。



「大至急頼むぞ!」



 さも普通の用事をこなしに行くような、落ち着いた態度で出ていく。真面目な話とそうでないものの分別がついているのは、まだ救いがある証拠かもしれない。廊下に出た瞬間、グレアは走りだした。建物内は横幅が十分に広くないせいで飛べないのである。翼を広げるなら、横幅は少なくとも2メートル、飛ぶならその倍以上の余裕が要るだろう。廊下という役割にそんな横幅は不要なのだ。


 さて。もし王命が偽物だとすると、リンも含め、知らず知らずのうちに陰謀に巻き込まれている可能性が高い。俺の予想以上にヤバいことになっている可能性も、なきにしもあらず。



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