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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
計算式の彼女
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第1話-13 計算式の彼女 おしぼり


「あのトンカツ屋は?」


「あそこの味が濃いから好みじゃないんだよね」


「そこのラーメン屋は?」


「そこ油臭いからイヤ」



 昼食をどの店で食べるのか、店探しを始めてから20分が経過したが未だ決まっていない。それもすべて俺の隣にいるお嬢様が原因である。最初は俺も女子の行くところだからと店を選んで提案したものの、「今はこれ食べたい気分じゃないんだよね」などとあれこれ言って提案する店をあますところなく蹴りやがったのだ。それで、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだろ精神で目についた店を片っぱしから提案しているのである。撃ちまくってもことごとく外してるがな。お前の的、どんだけ小さいんだよ。でもまあ俺自身ひしひしと感じてはいる。つくづく最低な男だと。



「そこの定食屋でいいだろ」


「オヤジばっかりじゃない、汗臭い」



 いくらなんでもそれは世のオヤジに対して失礼というものだろう。誰の働いた金で3度の飯が食えてるのか考えてみたらどうだ。学校を出発して俺とチカは風に流されるように歩きまわり、ついに近所のちょっとした百貨店の近所まで流れ着いた。



「そもそもの話、何も俺に頼まなくても、付き合いのある女子は他にもいるだろう?」


「みんな先約があったのよ。ボーリングとかカラオケとか買い物とか。そうでなければこんなしみったれてそうな人に頼み事なんて――」


「ひでえな、おい」



 俺がしみったれってか? 昼飯代とかバイト代とかは冗談の範疇だろ。本気で俺が人から金取るほどケチンボだと思われていたなんて、俺は悲しいよ……って、お前は人から金取ったんだよな。



「そんなのお灸を据えるために没収しただけで、使うわけないじゃない!」


「お前さんが良識ある人間だということが分かって、俺は嬉しいよ」


「財布は次学校に行く時に、そっくりそのままジョーに返すつもり。あたしが返し忘れてたら教えてよね。これ大事なやつなんだから。それと、その言い方コウにしては気持ち悪いからやめて」


「へーい、了解」



 チカはポケットに入っていたジョーの財布を取り出してひらひらと俺に見せ、鞄の奥に入れてロックをかけた。そういえば今日は金曜日だったな。次学校行く時って……月曜日じゃねえかよ。こいつ、今日だけじゃなく明日明後日の自由も束縛しやがったのか。恐ろしすぎる。



「ねえ、いい加減どっか屋根のあるところに入らない? 外暑いわ」



「んじゃ百貨店にでも入るか」



 早いところ昼飯決まってくれねえかな。そう思いつつ俺はチカと共に百貨店へと入っていった。エスカレーター側面の案内板を見つけたチカは、俺の手を引っ張ってそこまで寄っていく。



「飲食フロアは……5Fって書いてあるね。行こっ」



 チカは俺を従者か何かと勘違いしてるんじゃないだろうな? エスカレーターに乗って5階まで上がると香ばしい香りが充満していた。チカがどの店に行きたいというのか、俺は少々ヒヤヒヤしている。一食1500円のお高い料理店に行きたいとでも言い出したら、こっちの財布もたまったものじゃねえ。



「あっ! ここいいかも!」



 チカは一軒の店の前で立ち止まった。海鮮Cという名前の料理屋だ。なんというか、ここの経営者はセンスという単語を知っているのか問いたくなる店名である。AランクのAでもなければB級グルメのBでもなく、何を思ってよりによってCなんか……まさかっ、海鮮だけにC(sea)っていう……なんか急に寒くなってきたな、冷房効きすぎてね? ていうかうまい事言ったつもりかっ! だいたいこういう海産物を扱っている料理店は総じて値段が高めだ。



「チカ、こういう店は俺の財布に優しくねえからさ、悪いが他の店に――」


「見てこれ」


「話聞けよ……」


「聞いてるわよ。これだったら財布に優しいでしょ、海鮮丼」



 チカが指さしたのは、店の入口横にあるスタンド型黒板。内容を読めば、1日限定50食で海鮮丼と味噌汁のセットが840円らしい。黒板に貼りつけてある写真を見れば、鯛マグロ鮭イクラその他が丼にもっさりと乗っかかっている。確かにこれぐらいなら財布の許容範囲内には入る。



「この値段で多くの刺身が食べられるって、いいと思わない?」


「どうだろうな……」



 そんなことなら近場の回転寿司(100円)に行けば安い値段でよりどりみどりの海産物が好き放題に食えるじゃねえかと考えるのは俺だけであろうか。まあ、海産物扱ってる料理店だからっていう言い方も変だが、高品質なものを提供していると思うが。提供していると信じたい。



「店の雰囲気も良さげだし、ここでいいんじゃない?」


「気に入ったならここでいいんじゃねえの?」



 俺としてはやっと見つかった、といったところだ。限定50食の海鮮丼がまだ残っているかは知らんが、お嬢様がお気に召されたならばそこでいい。チカは最初に店の暖簾をくぐるのは苦手なようで、ここにすると言っておきながら店に入ろうとはしない。先発隊は俺が努めろってことか。

 店に入るとすぐ、いらっしゃい、と若くて威勢のいい女性従業員が出てきた。店内は温かみのある暖色系の照明がつき、イスやテーブル、店の模様までもダークブラウンの木材が採用されている。暖色系の光を採用するとメシが美味そうに見えるらしい。確かに昼白色の蛍光灯の下で海鮮丼を食うのと、電球色の光の下で海鮮丼を食うのとでは、後者のほうが美味しそうに思える。



「ここ、初めて来たけど雰囲気はいいね」


「確かに悪くはない」



 席に案内された俺達は向い合って座った。連日のファミレスでの出来事を思い起こさせる。俺達が着席するとすぐに店員が2人分の水と布おしぼりを持ってきた。例の海鮮丼は残っているのか店員に聞いてみる。あるとの返答だったので二人してそれを注文した。改めて店内を見渡すとオジサンに混じって制服姿のOLの姿もあった。



「それにしても、なんでわざわざ俺にこんな頼み事したんだ?」


「だからそれは友達がみんな――」


「そっちじゃなくてだな、暇つぶしぐらいなら1人でもできるだろってことだ」



 料理が来るまでの待ち時間を利用して、俺は気になっていることを聞いてみることにした。さっきこれ関連の話をしていたときについでで話そうと思っていたが、話題がジョーの話にすり変わっちまったからな。チカは俺から視線を逸した。



「それは……ほら、物騒な事件が身近で起きてるでしょ? いくら昼だって、あたし一人じゃちょっと怖いから」


「つまり俺は変な奴からお前を守るための保険的な意味で連れてこられたのか」


「言い方は悪いけど、そういうこと」



 ん〜なんとまあ心許ない保険である。いくら俺の股間にアレがぶら下がっているとはいえ、万が一の時に俺がお前を守る盾になることはないと思うぞ。付き添いの者がいるというだけでの抑止力なら効果はありそうだが。



「もしもの時にコウが助けてくれるかは疑問だけどね」


「俺も今そう思った」


「あ〜、やっぱりジョーのほうが良かったかも。アイツなら嘘でも『俺一人で百人力だから安心しろ』ぐらい言ってくれそうだし」


「俺一人で百人力だ、安心しろ」


「いまさら言われても信頼ないから」



 どっちにしてもジョーはここには来られなかったけどね、と言って、チカは水を飲んだ。コップについた水が手につき、おしぼりでそれを拭き取る。それをテーブルに置くとチカは思い出したような口調で話を始めた。



「こないださあ、ちょっと用事があって久しぶりに父さんと外食したんだけど」


「ほう、親父さんとか」


「うん、それでね、店の人がここみたいにしておしぼりを持ってきたの」


「ふむ」



 俺は椅子に座りなおして予め最も楽になるような姿勢をとった。もしこの話が長くなった場合、時間がたってから座り直すと話がつまらなく思われているとチカに思われるかもしれん。予防線だ。まあ、こいつ一旦しゃべりだすといつまでも喋り続けるから、BGM程度に聞き流せば苦痛じゃないが、意見を求められるときがたまにあるので一筋縄ではいかない。



「そしたら父さんがそれで手を拭いたの。その次、どうしたと思う?」


「さあ。すかしっ屁でもかましたのか?」


「それも嫌だけどさ、いきなりおしぼりで顔を拭きだして。どう思う?」


「俺はあまり快くは思わねえな」


「でしょ?」



 チカの話し方からしてこの質問に要求する答えはほぼ一つである。俺はなぜ相手方が同意を求めたいだけの生産性のない質問をするのか、と疑問に思う。そういう質問が悪いとは言わないが、選択を間違えた時が恐ろしいから、俺はこの手の質問は苦手だ。



「顔を拭いたかと思えば、今度は首筋まで拭きだして。あり得なくない? 脂汗がついたおしぼりを見てるこっちが気持ち悪くなる」


「だろうな」



 俺はそんなことをする発想自体がなかったのだが、チカの言い分は理解できる。しかしなんとなくだが親父さんが顔を拭きたくなる気持ちも分からなくもない。



「それで、汚いからやめてって言ったら『会社で食べに行くときはみんなそうしてる』って。男の人ってみんなそうなのかって思ったけど、コウみたいな否定派がいて安心した」



 とりあえず、今回の答え方は正解だったようだ。一択しかない時はいいが、たまに二択とか三択の質問が来るからたまらん。



「まあ、そのおしぼりはまた洗って次の人に行くわけだからな。携帯型ウェットティッシュ持たせたらいいだろ。最近は顔用もあるらしいし」


「…………。」



 俺の発言に相槌も打たず、突然チカは顔をしかめた。自分の両手に視線を落として顔をぐしゃぐしゃにしたかと思うと、突然声を張り上げた。



「うえぇ〜! ちょっとコウ、そんな事言わないでよ! もうおしぼり触れないじゃない!」


「は?」


「ちょっと手、洗ってくるから!」



 はて、どうやら俺は爆弾発言をしたらしい。いったい何が問題だったのか……携帯電話がメールの着信音を奏でた。



「お待たせしました、海鮮丼セットで……あ、失礼しました」



 誰からだ、と携帯電話を開いた時、絶妙なタイミングで若い男性が注文を持ってやってきた。席に一人しかいないことに気がついた彼は、律儀に頭を下げて立ち去ろうとする。俺は誰が送ってきたのか確認もできず、慌てて携帯電話をしまった。



「海鮮丼2人分で合ってます。今一人手洗いに行ったので」


「あっそうですか」



 安心したらしい彼は俺の前に一つ、チカの席の前に一つ、注文のものを置き、お決まりの伝票をテーブルの上に置いて去っていった。危うく海鮮丼が放浪の旅に出るところだった。気を利かせたつもりなのか、接客の仕方が統一していないのか、盆の上にはそれぞれおしぼりがあった。



「ああ……そういうことか」



 “次の人”は自分なんだから、そりゃああなるわな……


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