第5話-B3 キカイノツバサ 仕打ちには罰を
明るい光に刺激されぼんやりと半目を開けると、見慣れない天井が映った。いつもの質素な木の天井とは違う。朝日を浴びてキラキラ輝く物体が天井から吊り下がっている。俗にシャンデリアとかいうものに近い形状だ。
「ああ、そうだった」
昨日とんでもない事になったんだった。いきなり国賓とか言われても、ピンとくるはずがない。そんなことより、徐々に明瞭になる意識の中で感じた、背中のチクチク感が気になる。仮にも俺は大事な"国のお客さん"であるはずなんだが、なぜか干し草の上で一晩過ごすことを強要されたのだ。原始時代の人間にも、同じく1500ccの脳ミソがあるわけで、干し草はいくらなんでも、と分厚い毛皮か何かを何重かに重ねた布団を作ってくれるぐらいの知恵はあるだろう。原始人もグレアの俺に対する非道な扱いを聞けば、驚きのあまり両目が転がり落ちるぜ、きっと。干し草の上で半身起き上がって、パフパフと服についた干し草を叩き落とす。
「うむ。不良品は交換するに限る」
何かを生産していれば、不良品が必ず出てくるのは世の理だ。この話はなにも製品だけに通じる話ではない。人間にだって同じことが言える。完璧超人を除いた、ほとんどの人間が不良品である。しかし、その不良にも分野や程度というものがある。妥協できる不具合と、見過ごせない不具合は人それぞれ異なる。これを吟味して妥協していくのが人生というものだと、齢二十歳にも満たない俺は既に悟ってしまっている。
つまり何が言いたいのかというと、グレアの"不具合"は俺的に見て見過ごせないということだ。出迎えのメイドがあれだけいたんだから、歩留まり人員ぐらいは確保してそうだ。交換する余裕はあるだろう。そもそも、グレアに俺と似てるところがあるのが気に食わ……待て。今、俺は暗に自分のことを"見過ごせない不良品だ"と言おうとしてないか?
「――俺ちょっと首吊ったほうがよさそうだ」
「首吊るなら死なない程度にしてよ」
「それじゃ吊る意味ねーよ……」
人生に電源ボタンがあっても、リセットボタンがついてないのは、設計史上最大の不備だ。少なくとも俺はこの性格を直そうなんていう気は微塵もなければ、性格が変わる予定もない。雀百まで踊り忘れずということわざがあるように、生まれついての性分はジジイどころか墓場まで持っていくものなのだ。
「って、グレア。お前はいつの間に入ってきたんだ!」
「不良品がなんとかとブツブツ言ってた時ぐらい」
「…………。」
不良品というのはお前そのもののことなんだが、当の本人は気づいていない様子。ま、交代を宣告されて、そこで初めて気づくのも一興。
「朝食。隣の執務室に用意してるから」
「ご苦労さん」
「別に首吊って遊ぶのはいいんだけど、死なないでよね?
アンタに何かあったら、責任問われるのは私なんだから」
偉そうに言うグレアだが、自分の立場は一応認識できているようだ。だが心に決めた。交代だ。いけ好かないメイドの返品・交換担当はロイドがやっているに違いない。彼に問い合わせれば代替人員を出してくれるはずだ。
「グレア、ロイドは今どこにいるか分かるか?」
俺は立ち上がり、準備済みだという隣の部屋のドアに手をかける。すると急にグレアがその手を押さえこんで動きを阻止してくる。
「ねえ、どうして私がオッサンに指名されたと思う?」
「知らん」
「私をクビにしようとか考えてるでしょ?」
「ご名答」
即答。さりげないフリして、やっぱり気づいてたか。その鋭さは認めよう。もうバレてしまっている以上、居場所は知っていても教えてもらえないだろう。グレアの抑止力を振り切ってドアを開けようとすると、それを上回る力で拒んできた。
「アンタって短気ね〜
昨日の今日でそんなことしちゃうんだ」
干し草の上で寝かされただけでも、十分な理由になるだろうが。それに、立場上目上の人と接しているという自覚の薄い、なってない言い草。お前の今後の人生を考えれば、教育的配慮という面から見てもクビは理にかなっている。俺がそう言うと、グレアは鼻で笑う。
「詭弁ね。あのオッサンも、私がこういう性格だってのはとっくに知ってる。
従順で私の代わりになるメイドも沢山いる。
じゃあ何でわざわざ私を専属に指名したんだろう?」
「そりゃ疲れてたからだろ」
「あんなバカみたいに張り切ってるのに、凡ミスすると思う?」
つまりクビは勘弁してくれといいたいのか。最初はいけ好かなく見えるかもしれないが、仕えさせているうちに良い味出てくるぜとでも言いたそうだ。
「オッサンなら迎賓館隣の別館で事務やってるわ。
クビにするなら好きにどうぞ」
グレアはきっぱり言い切る。クビにされたいのか、それともされたくないのかどっちなんだよ。それかよっぽど自信があるかのどれかだ。
「割り切ってるなぁ、お前」
人の印象は見た目が八割だという。会って即クビにするのは早計だというのも理解できる。見た感じはアレだが、中身は良い奴かもしれないと期待をしてみるのも悪くない。なぜロイドが彼女を選抜したのかも気になるところだ。もうちょっと様子見してもいいか。俺が思い直したのを見計らってか、彼女はドアノブにかけていた手を離した。
「どっちにしろ、朝食は私の仕事だから」
自由になった手でドアを開けると、昨晩より綺麗になった部屋――執務室があった。昨日はいろいろ動き回ったというのもあって、夕飯ドタキャンで寝ちまったから、ここでとる食事は初めてだ。しかし、部屋に漂うこの匂い。
「朝っぱらから肉料理!?」
何もない事務机の上に乗せられた食器には、ご丁寧に巨大なフタがかぶせてあるが、どう考えてもこれは肉料理。匂いだけで腹いっぱいだ。
「昨日の夕食、温め直してもらった。それと、こっちが今日の朝食」
「この量を完食とか絶対無――」
「どーだ、ごーかだろー」
グレアは机いっぱいに広げた食器を指差して自慢げだ。豪華なのはいいが、"机に広がるバイキング級の食事を完食せよ"のミッションを遂行するのに必要な「フードファイターの胃袋」を持っていない俺には、完食することはまず不可能である。それでも食わねば一日は始まらん。とりあえず朝の用意を済ませて着席。こいつの取り込みにかかる。
「それじゃ、今日の予定ね。私は諸々の仕事も兼任だから。
まずはあんたのそのみすぼらしい服は見るに堪えないから、まずは服の用意。
採寸するしか能のない人間がもうじきやってくるわ」
「お前無茶苦茶だな」
終わらない夏休みの課題を連想させる、重量級の朝食を地道にダラダラ消化しながら、机の前に立つグレアがメモ紙片手に語る、今日一日のスケジュール概要を聞く。が、一言目がこれである。グレアのこのえげつない言い方には、色々と諦めるべきだろう。
「それで、昼か夕方ぐらいに、適当に仕上げた仮の服が届く予定」
「ちょっと待て、仮の服ってなんだ?」
「人が話してる時に割り込まない!」
俺は食事の手を止める。マジで聞きたい。お前何様のつもりだと。上から目線で人に仕えるとは、まさしくツンデレと呼べそうだが……果たしてこんな奴を欲しがる物好きはいるのだろうか。そんなことを考えている間にも、グレアのブリーフィングは進んでいく。
「んで、最後は領主と男同士で、ラブラブの夕食会ね」
ブ――――ッ!
もう無理と悲鳴を上げる胃袋に、茶の潤いによる救済をと口をつけた瞬間の爆弾発言。俺の顔から血の気が引いていくのが分かる。仮の服の意味は分かった。領主と飯を食うときに着る、間に合わせの服のことだ。
「もしや領主って、あっちの世界の人間なのか?」
「いいや、自他とも認める女好きだけど?
アンタと領主が結ばれたら面白そうだなって思って言ってみただけ」
……お前、やっぱクビだ。
それからしばらく後。案の定、胃もたれ発生。完食できなかったのは当然として、それでも俺なりに結構頑張ったんだ。その反動がこれだ。恩をアダで返されたような気分。
「ちきしょう……覚えてろ」
事務椅子にもたれ掛かった敗者の様相で俺は呟く。グレアの奴、せっかく作ったんだから全部食えみたいな雰囲気出してたくせに、上流階級では食事を残すことがマナーだから覚えとけとか吐きやがる。俺は完全にメイドのオモチャにされてたってことだ。ガラにもなく沸いてくる殺意を必死に堪え、胃薬の調達を彼女に命じたのがついさっき。いつか相応の仕返しをくれてやる。部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「へーい、ちょい待ち」
重い身体を起こしてドアを開けると、ロイドと一人の老紳士が立っていた。彼らはグレアの予告通り、服を新調するための採寸に来たということで、ロイドの隣に立つ老紳士が、グレアの言うところの"採寸するしか能のない人間"だそうだ。この漂う品格の高さ、絶対違うだろ。二人を部屋に入れて今からすることの簡易説明を聞いた後、早速俺の採寸が始まった。
「そういえば、グレアの姿がありませんね。
本来はグレアが取り次がなきゃいけないんですが」
採寸する様子を横から見守るロイドが部屋を見回しながら不思議そうに俺に尋ねた。俺が昨晩からさっきまでのことを愚痴同然で話すと、ロイドは愉快そうに笑った。対して腰周りを採寸中の老紳士は、音をシャットアウトしているかのように無表情だ。
「干し草の上で寝かされた!? 本当ですかそれ!」
「冗談抜きの話だって。そこの部屋覗いてみてくれ」
ロイドは寝室のドアを開けてわびしい中身を確認。そっとを閉めると大笑い。
「これはまた彼女らしい解釈でございます!」
「笑い事じゃなくて、ホント困ってるんだが。
クビにしてもらおうかと真剣に考えるほどに」
「いえ、残念ですがそれはできません」
ロイドはさっきの大笑いはどこへやら、急に真面目な口調になって答えた。マジかよ。俺の体力はともかく、精神力がもたねえよ。グレアと一緒にいるときのエネルギー消費率は半端じゃねえってのに。特に怒りを押さえるエネルギーに。
「迎賓館の前管理者から引き継ぎの際に言われまして。『可能な限り彼女を任命するように』と。
彼からその理由を聞いて納得しました」
「それは、どういう理由なんだ?」
聞くとロイドは言葉を濁して視線を泳がせた。唇を噛んで答えに困った様子を見せる。ますます気になる。ロイドがグレアを任命させることに納得した理由。
「それを言ってしまえば、きっとアダチ様は不自由な思いをするでしょう。
申し訳ありませんが教えることはできません。
彼女で我慢してください」
ロイドはこれで勘弁してくださいと言いたげな、申し訳なさそうな表情をしていた。なんなんだよ、裏に何かあると言っておいて秘密って。あんな性格だということは既に知っていて、それを補って余りある理由があるとか、その言い訳聞いた今じゃ、もう嫌な感じしかしないじゃねえか。そんな恐ろしい理由なら、俺は恐ろしくてもう理由は聞かない。聞けない。
「ほら、あんたに頼まれた胃薬――お持ちいたしました〜」
盆に薬と水を持ったグレアが、無造作にドアを開け放った。ロイドを見た瞬間、急にあの妙に高くて丁寧な、一言で言えばウザったい言い方に修正する。しかしロイドはグレアのデフォな口調をしっかり耳にしていて、そんな付け焼き刃なごまかしは効かない。ロイドはグレアを鋭い目つきで彼女を睨みつける。
「グレアさん、このあとすぐ私の部屋まで来なさい」
「は〜い……」
どうみても説教フラグであった。