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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
計算式の彼女
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第1話-12 計算式の彼女 カツアゲにしか見えない

「ついに待ち望んでいたこの時がやって来ましたぜ、コウ!」


「…………。」


「定期テスト終了イェ――――イ!」


「…………。」


「俺達は自由だッ!」



 神経すり減らし、大人しく着席してくたばってる俺と強引に肩を組み、我々は自由だ、と主張する旨の曲を控えめの音量で歌っている。いくら控えめだからって危ないもんは危ない。やめろ。



「ジョー、一つお願いごとがあるんだが、聞いてくれるか?」



「ん? 何?」


「はしゃぐときは俺から最低500m以上、推奨1km以上離れてからはしゃぎやがれ。地球の裏側、いや宇宙で叫んでくれるのが理想的だ」



 しかも「自由だッ!」って、さしてお前勉強してねえだろうが。猫と遊んでいたお前のどの口が言うか。まあ、こんな陽気なところがジョーがジョーであることを証明する証拠みたいなものなんだが。

 騒音としか思えないジョーの魂の叫びを聞いてもらった諸君は、今どんな状況なのかは大体察しがついたであろう。そう、つい今しがた、期末テスト最後の教科が終わったのである。



「ときにジョー」


「なんだ?」


「今日が数学の宿題提出日なのだが、持ってきたか?」


「あ……」



 数学の宿題とは前にチカが肝を冷やしたあの宿題である。“やってきたけど忘れる”が得意技のジョーは、今回ももれなくその技を発動しているのは、ヤな汗タラリな表情からすぐに分かった。



「あれって評価に入るんだよな? ジョー」


「……そんな事、言ってたっけ」


「そもそもこういう日に集めるんだから評価に入らないはずがないよな。まっ、俺は持ってきたけど」



 俺は鞄の中に手を突っ込んでガサゴソと探り、1冊のノートを取り出し、ジョーに見せつけた。



「コウ、悪いけど写させてくんね?」


「断る」


「じゃあ……ジュース奢るから」


「NO」


「ジュース2L奢る」


「無理」


「じゃあ、昼飯奢る!」


「Negative.」



 ついに俺の口からあの少女の名言であるNegative.が飛び出した。お前が言うな、ないしお前は言うなという声がしてきそうだが、とかく俺はジョーに貸すつもりは一切ない。俺のノートを借りて写すより、一旦家に取りに帰る方がいい気がするからだ。ましてや俺のノートまで皆より遅れて提出するとなれば、俺の心証に関わってきそうな気がする。



「取りに帰ればいいじゃねえか。ダッシュで」


「そしたら親がなんか小言言ってくるから、その方法はあんまりしたくないんだ」


「自業自得だろ。第一、写すだけのノートはあるのか?」


「俺、いつもノート切れにならないように、予備のノート1冊ストックしてある。それ使おうと思う」


「大人しく諦めな」


「えー……」


「何? ジョー、また忘れ物したの?」



 水掛け論を繰り広げる俺たちの匂いを嗅ぎつけ、チカが寄ってきた。繰り返すが、ジョーが忘れ物をすることはほぼ日常的なものなので、チカは半ば呆れ顔である。



「こいつが俺のノートを貸せ貸せと口うるさく言ってきて面倒なんだが」


「貸してやればいいじゃない」


「悪いが、俺はゴメンだ」



 俺はノートを机の中に突っ込んみ、腕組みをしてジョーに視線を向ける。今までも事あるごとにジョーは俺を頼ってきたのだ。俺は実害なしと判断した時は惜しげもなく貸してやってはいた。恐らくジョーは今回もそのようなノリなんだろう。別に人を頼りにすることが悪いと言っているわけではない。俺が言いたいのは頼り過ぎは禁物である、ということだ。ジョーのためにも、ここはあえて貸さない方針でいこう。俺はお前の青狸じゃねえんだ。



「コウが貸さないなら、あたしが貸してあげるから」


「ありがとうございます、木下様!」


「おいおい、甘やかし過ぎは禁物だぞ」


「ピンチの時ぐらい貸してやったらどうなのよ、イジワル」


「意地悪って、俺はジョーの今後の行く末を案じてだな……」



 俺からすればいわれのない非難というやつなのだろうか。確かに俺の行動は自分第一がモットーになっていることが多いが……やっぱり今回は俺自身、今の言動は意地悪であったことを認めることにする。いくらジョーのためだとは言えど、多少なりともそういう気持ちはあった。これは事実だ。

 チカは自分の席へ戻り、鞄の中のノートを検索している。検索開始から数秒後、彼女は一冊のノートを片手に俺とジョーのところまで戻ってきた。



「このひねくれ根性」



 チカは丸めたノートで俺の頭をパシリと一撃。普段なら「ストレス解消分もオマケ」とかいう意味分からん理由で痛みが+αされることもちょくちょくだが、今回はいやにソフトに叩かれた。



「へいへい、ひねくれ根性で悪うござんした」


「でもねー、コウの言うこともあながち間違ってないのよね」



 チカはそう言って視線をゆっくりとジョーに向けた。変な殺気を感じ取ったらしいジョーは、即座に一歩下がって身構える。



「あー、はは……やっぱ取りに帰ろうかなぁ……」


「こんな大事な提出物を助けてもらうんだから、お灸の一つぐらいないと、ねえ?」


「チカ、やっぱ遠慮する」



 そんな、遠慮しなくてもいいのよ? とニヤついた顔で一歩詰め寄るチカ。同じ距離を保とうとさらに一歩下がるジョー。一歩進んで、一歩下がる。また一歩進んで、一歩下がる。ぶん殴られるのと母ちゃんに小言を言われるのと、どっちがいいかと比べれば、結果は火を見るよりも明らかだ。



「あ、いや、もうホントに今日は取りに帰るからさ……」


「でもジョーが2回分宿題をやるなんて、そーゆーやる気の芽は摘んじゃいけないと思うんだけど」



 ……丸写しだがな。



「や、やめて、マジ」



 これは完全にフラグが立った。ここからジョーはどうやって切り抜けるのか、楽しみだ。後ろに下がり続けたジョーの背中は、ついに壁にぶつかった。逃げ場なしだ。チカは両手をバシン、とジョーの顔スレスレを通るようにして壁に張り手。ジョーは逃げ場を完全に失った。ご冥福をお祈りする、ジョー。



「財布、出しなさい」


「……え?」



 む! これは新展開だ。今までこういう状態になれば70%以上の確率でストレートがくるか、アッパーがくるか、すね蹴られまくって青アザだらけになるか――とにかく暴力が絡んでいたのだが、この発想は俺にもなかった。



「いいから財布、出して!」


「財布は俺の生命線、なんだよ……それだけは勘弁」


「何? あたしからノート借りるだけ借りてタダ乗りするつもり?」



 これは相当痛いぞ。テスト最終日も午前中で授業が終わる。午後からパアッと遊ぼう、なんてことを考えるのが現代高校生の一般的な思考回路だろう。俺もそうだ。チカはそこにつけ込んだわけだ。パアッと遊ぶにもお金がなければ家でじっとしているか、公園のブランコに座って自由になったサラリーマンの如く悲壮感を周囲にばらまきながら打ちひしがれるしかない。今の季節、外に出るだけですぐに汗かいて水が欲しくなるから、金がないなら家一択だ。「そーゆーやる気の芽は摘んじゃいけないと思うんだけど」か……家に篭って黙って勉強しろってことだろう。チカの優しさ(?)である。



「本当に本当に財布は勘弁!」


「つべこべ言わない!」



 結局、チカが強引にジョーの財布を引っ張り出した。その財布はスカートのポケットの中へ。つまり男子禁制の領域に、である。強引に奪い返そうものなら、やってるそいつは周囲からは完全なる変態にしか見えない。一応これでもチカは女子である。ジョーに奪取する余地はない。



「はい、貸借料確かに頂きましたっ」


「ええっ、財布ごとかよ!」


「なに、あたしに文句あるの?」


「…………。」


「早く帰りたければ席につけ〜!」



 そこに担任が登場。それを見たチカはノートをジョーの胸に押し付け、「あたしのノート、絶対に(けが)さないでよね」と言い放ってその場を去った。対するジョーは、晴れてノートを借りられたはずなのに、どこか浮かない表情である。



 終礼が終わり、俺は人の流れに押されるようにして教室から吐き出された。開放感に満ち溢れたクラスメイト達の表情が眩しい。「どこかに遊びに行こ〜」「俺んちに遊びに来ねえか?」という話題が俺の周りを飛び交う。俺は家に帰ったら、まずは昼飯作って、それから溜まった洗濯物と食器洗い、買い物。……親がいる家庭が羨ましい。言い方は悪いが雑用は親任せにして、自由時間がたっぷり取れるんだから。ジョーは親がいなくて羨ましいとかなんとか言っていたが、一人暮らしってそんなにいいもんじゃねえぞ。俺も親が家にいる時は「独り暮らしやりてぇー、ビバ自由主義!」とかほざいてたが、実際やるとなると今度はこれ。皮肉なもんだ。



「ちょっと!」



 人の流れの赴くままに階段を降りて下駄箱まで流れ着いた時、誰かが俺の腕を引っ張った。チカだった。



「なんだ、この俺に野暮用か?」


「何が野暮用よ……」



 ただ言ってみたかっただけだ。俺は下駄箱で上履きと自分の靴とを履き替えトントン、とつま先で地面を蹴る。



「確かにあんたからしたら野暮用かもしんないけど……」



 チカも俺と同じようにスニーカーの先で地面を蹴りながら言う。



「今日暇? だよね、一人暮らしなんだから」


「残念だが、溜まった洗濯物とか、食器洗いとか、買い物とか、急を要するものがないわけではない」


「そんな遅くまでかかる頼みじゃないんだけど、いい?」


「そうか! 断る」



 爽やかな笑顔で一刀両断した俺の首元に、チカの手刀が襲った。



「ゲフッゲフッ、オエェ……」


「言う前から断らないでよね」


「オエッ……一応言うだけ言ってみろ、言うのはタダだからな」



 再来週の木曜日、スーパの特売に何が出て来るか真剣に予想してくれ、とかいうお願いなら俺に任せろだ。ダテに独り暮らしやってるわけじゃねえ。それぐらいのカンはついてる。当たる確率は3ヶ月後の天気予報の比じゃねえぞ。



「あのねぇ、それはそれでスゴいけど、そんなんじゃないから……」


「『今日買い物行くついでにウチの分の買い出しもしてきてくれる?』とかいう話ならお断りだ」


「それもち、が、う! ちゃんと聞いて」


「はい、サーセン」



 チカはムスッとした顔を浮かべた。俺に茶化されたのが気に食わなかったらしい。俺にも限度というのはきちんとわきまえているつもりだ。必要以上に茶化して相手の気分を損ねさせるつもりはない。



「今日4時間だけ、付き合って」


「……はい?」


「『今日4時間だけ付き合って』って。何回も言わせないでよ、恥ずかしい」


「それはつまり、どういうことで?」


「ちゃんと説明するから、とりあえず学校出よう」



 顔を赤くするチカに、俺はそれとなく察して足を前に進めた。今みたいな発言が他の生徒に聞かれたらまずい。特にその“断片”だけを耳にされては困る。


 チカの話は、要約するとこんな感じだ。チカの父親が自宅の庭にある植栽の剪定と病害虫の防除の為の薬剤散布を造園業者に頼んでいて、それがよりによって今日の昼頃から始まるらしい。それで、夕方まで家に帰れないから暇潰しのお供を願う、ということらしい。道理で叩かれ方が嫌にソフトだったわけだ。



「それじゃ、昼飯はどうすんだよ」


「それも含めて付き合って欲しいって言ってるの」


「ふうん、俺は別に構わねえけど」


「本当に?」


「ああ。もうひとつ聞きたいんだが、メシ代は出るのか?」


「ホントならあたしが払わなきゃいけないんだろうけど、コウ持ちでいい?」


「それは構わない。で、時給いくらなんだ?」


「そ、そんなの0円に決まってるじゃない、このバカッ!」


「イッテっ!」



 パチンコで石でも飛ばされたんじゃないかと思うほどの強烈な衝撃が後頭部に。もちろん、それはチカの拳という名の鈍器が元凶である。当然だが、例の漫画のようにホォアタァ! と一発やられたぐらいで頭が飛んだり体が破裂したりすることはなかった。まあそんなことがあれば今頃世界中至る所でスプラッタしまくりである。



「どこに人を雇う高校生がいるのよ」


「世の中探せばいくらでも出てくると思うがな」


「知らないわよ、そんな。神様じゃあるまいし」


「とにかくこのまま昼にするんだろ? なら早いとこ行かねえと、混むぞ」



 学校に行ってようが会社に勤めてようが昼の時間になるとどこの店も混雑してくる。家に向かうはずだった俺の足はそんなわけで急遽、行き先不明のぶらり旅をすることになった。



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