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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
計算式の彼女
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第1話-11 計算式の彼女 役得である。

「それで、どうだったんだ? 今日の感触は」



 化学のテストが終わったその日。俺はいつもの3人メンバー、つまりジョー、チカと下校している。話はやはり俺たちにとって今一番のトレンドであるテストの話が中心的な話題になっている。昨夜ジョーに化学のヒントを渋々くれてやったわけだが、本人がそれを活用できたのか気になる。



「ああ、化学のこと? 美しい答案だったよ……うん、死んだ」


「白紙なのか?」


「そうではないけど……赤点行くかどうかってところ」


「というか、お前昨日勉強したのか?」


「いや、あの後帰ったらすぐ寝た」


「え? ジョー、昨日何かあったの?」



 昨日のことを一切知らないチカ。ジョーが昨日俺と会ったことを話し、「あの後」の意味を事細やかに理解したチカは、本題よりネコのほうに興味を惹かれたらしい。



「それで、そのネコちゃんはどうしたの?」


「さあ。コウと別れた後、その猫がどうなったかは知らない」


「いいなー、ネコちゃん! あたしも抱きたかったな……」



 チカは目をキラキラさせてネコ願望を膨らませているが、多分抱いたら猫が圧死すると思う。チカはゴリ女というわけではなく、見た目は普通の少女(俺的に13段階中8段、中の上の中辺り)なのだが、俺やジョーをぶん殴ることで鍛えあげられたそのパワーは侮れない。



「黒猫だったが?」


「いいの! 白くても黒くても猫ちゃんは猫ちゃんなの!」


「ああ、そう……」


「あー、ネコ飼いたいな。あたし専用の猫が欲しいわ。赤ちゃんから死ぬまであたしが飼育するの」



 俺から見れば完全に猫を崇拝しているとしか思えない言動である。ご主人がチカになった猫がかわいそうだ。ハッキリ言って。



「でもうちのお父さん、猫アレルギーなんだよね」


「それは残念だな。で、話を元に戻すが、ジョー。昨夜は勉強してないのか?」


「ああ、帰ったらすぐに寝たから」


「つまり朝早起きして勉強したんだな?」


「いや、化学だけ手つかずでテスト受けた」


「それはつまり……化学のテスト勉強は一切やってないと?」


「そういうこと」


「……とりあえず近場の歩道橋から飛び降りてもらおうか」


「なんでだよ!」


「あんだけ教えろっつっておいて全然やってないんだろ? 飛び降りてもらうに値する」



 さんざん教えろといって俺の時間を潰しておきながら、テスト勉強を一切やってないというのは、明らかに犯罪である。“教えてもらったのにそれを有効活用しなかった”という旨の人道に対する罪である。



「さあ、行こうか」


「行くかよ!」





###



「こんばんは」


「……おう」



 約束の時間五分前にファミレスに到着した俺に対して、神子上は8時きっかりに現れた。特に息切れしている様子もないことから、8時きっかりを狙って来たらしい。この近所に家があるのかもしれない。神子上は俺と向かい合わせの席に座った。メニューは、決めようとしたところに神子上が来たので、まだ決まっていない。10秒で注文するものを決定し、俺はメニュー表を神子上に差し出した。



「あっ、私はいらないから」


「あっそう」



 どうやら神子上は別の場所で食事を済ませてきたらしい。まあ、ファミレスの料理は安くないからな。……とは言いつつも違和感を全く感じていないわけではない。なんというか、先に飯を食ったということならばそれで万事解決のはずなのだが、考えれば考えるほどなぜか違和感がにじみ出てくる。



「失礼致します」



 店員が神子上の分のお冷やを持ってきた。ご注文がお決まりでしたらそこのボタンを――の紋切り型挨拶を述べる店員に、俺は片手を小さく上げて言った。



「一応もう決まってるんで」



 俺が注文を述べ、店員はかしこまりましたと答えてテーブルから去っていった。店員が去っていった後の静かな空間が俺と神子上の間に広がった。



「ここにはよく来るの?」


「まあ、テスト期間の時はほぼ毎日だが、それ以外はあまり行かねえな」


「テスト期間って何日あるの?」


「毎回変わるから何日、とは言えないんだが、今回は5日だ。明日が最終日」


「それじゃあ、今日が4日目だったのね?」


「そういうことだ」


「ということは、明日もここに来る、と」


「いや、最終日はここに来る理由がないから来ない。テスト期間中に溜めに溜めた洗濯物と洗ってない食器の山の処理、賞味期限が近くなった食品の活用とかやらにゃならんし」


「えっ、足立くんは一人暮らしなの?」


「ああ、独り暮らしだ。実家はここから遥か彼方へ行くこと約1000キロ、飛行機で約1時間ちょいの秘境にある」



 秘境はさすがに誇大表現だったかもしれない。まあ、田舎ではあることは確かだし、秘境もどきあたりが妥当な表現だろう。



「それって、遥か彼方って言うほどでもなくない?」


「えっとだな、例えば東京から1000キロってのを考えると分かりやすいと思うんだが、東京から1000キロというと西は山口県下関市、南は小笠原諸島、北は北海道札幌市になるぞ?」



 ちなみに東がないのは東に1000キロ進んだところで、あるのは太平洋の島一つ見えない大海原だからだ。



「結構近いと思うんだけど。だって、地球一周が4万キロでしょ? その40分の1の距離じゃない」


「……グローバルな物の見方だな。俺は40分の1もあると考えるんだが。お前にとっての遥か彼方っていうのは、だいたいどれぐらいの距離から指すのか知りたい」



 神子上はうーんと少し考え、彼女にとっての「遥か彼方」の定義を述べた。



「だいたい50億光年ぐらいかな?」


「……確かに遥か彼方だな」


「でしょ?」



 こいつ、結構面白い。ふざけた様子で50億光年と言うならこっちもこっちで適した反応を取れるのだが、飾ることなく純粋かつ真面目に言うという所が面白い。インテリジェンス系天然少女の称号を与えよう。



「そういえば……」


「うん?」


「いや、こっちの話だ」



 そういえばあの宇宙白髪(しらが)、神子上と入れ替わるように来なくなったな。俺としてはそっちの方がいいのだが、彗星の如く現れ、消えていくあのインパクトは、容姿と発言の相乗効果で鮮烈に脳に焼き付いている。きっとUFOにでも乗って自分の星へ帰っていったのだろう。調査報告書に“地球人ノ知力低シ――相手ニスルベカラズ”とか書かれてそうだ。いや、こうかもしれない。“地球人ノ知力低シ。侵略ハ容易”……侵略されちゃ困る。



「失礼致します」



 店員が注文した料理を持ってきた。いつものように料理をテーブルの上に置き、伝票を例の筒にさりげなくねじ込んで去っていく。神子上は何も食わずに俺だけ図々しく料理をつついていいのか、という変にやましい気持ちがするが、彼女はいらないと言っているんだから、と思い切って食事に手をつけた。神子上はほおづえをついてこっちを見ている。



「おいしい?」


「マズかったらこの店来ねえよ」


「高校ってどんな雰囲気?」


「ん? ああ、どこにでもあるような何の変哲もない至ってフツーの高校だ」



 いきなり話が飛ぶな、お前。突拍子の無い質問に料理を落っことしそうになったじゃねえかよ。あわや服が大惨事だよ。



「普通ってのは、具体的に?」


「朝学校行って授業受けて飯食って部活やって帰る。そうそう、部活は強制加入だから、今のうちからフライングで何部に入るか考えておいたほうがいいぞ」


「どんな部活があるの?」


「女子が多い部活といえば、美術、吹奏楽、オーケストラ、バレー、テニス、――他にも部活はたんまりと種類はあるが、だいた主力はこれぐらいだな。マイナーなのは文芸部とか将棋部とか」


「足立くんは何部?」


「俺は在校部やってる」


「ふうん、そっか」


「変だとか思わねえのか?」


「いや、全然」



 ここで俺ははっきりと認識した。彼女には常識と重要な何かが欠落しているということを。そうでなければ「俺は在校部」→「ふうん」の流れには絶対ならない。



「それで、在校部ってのはどんな部活?」


「在校部の活動内容は“帰宅しないこと”だ」


「じゃあ家には帰っちゃダメなんだね」


「ところがどっこい、定期テスト一週間前及び期間中は部活禁止なんだな。つまりどういうことかというと――」


「その期間は“帰っちゃダメ”というのがダメになるから、帰らなきゃいけないということ?」


「そういうことだ。俺はこの期間以外は帰宅部やってる。活動内容は“帰宅すること”だ」


「結局やってること一緒じゃない」


「部活しないで帰る、という言い方も変だが、実質的にそうしたければ帰宅部と在校部の間をちょくちょく鞍替えする必要がある。帰宅部と在校部は2つでワンセットみたいなもんだ」


「それ、1つの部活にまとめたほうが楽じゃない? 活動内容は“帰宅すること。ただし、一週間前及びテスト期間中は帰宅しないこと”ってしたほうがすっきりするんじゃないかな?」


「そういう話は出てきたこともあるが、学校は『帰宅するのかしないのかはっきりしない。矛盾している』からダメなんだとさ」



 人間はやい合理化だ、やい効率化だ、って言いながらどこか非効率を求めてるところがある。特に日本の官僚がわざと非効率的な構造を作って私腹を肥やしてるという話がここ数十年頻繁に世間を飛び交っているのはその代表的な一例と言ってもいいだろう。



「じゃあ、足立くんのクラスってどんな感じのクラス?」


「ああ、もうみんな気楽にやってる。特別、番長みたいなボスキャラはいないから、その点は安心していい。奇行に走る人間も――」



 そこまで言いかけて俺の脳裏に浮かんだのは深夜、道端で黒猫と長時間戯れるジョーの姿。あれを奇行と言わずになんと言おうか。



「――いないとは言えないが、そいつは人畜無害――」



 いやいや、あいつは俺の大事な時間を盗んでおいておきながらドブに捨てている。有害である。



「――でもないが、深刻な被害を与えるほどの人間ではない」


「なんか、かなり遠まわしな言い方ね」



 神子上は不思議そうな顔をして言った。いやそれはこれこれこういう理由でカクカクシカジカ……と説明してやるのが最善なんだろうが、あいにくテストが終わったわけではない。試験は明日もあるのだ。ジョーについて長々喋って回り道すると俺の勉強時間がなくなっちまう。



「時期が来たら、話そう」


「時期って?」


「時期が来たら、だ。それ以外に言うことはない」



 要は言うのが面倒だから“時期が来たら”で逃げているわけだが、後悔はしていない。やや強引な形ではあるが、そういういことだ、と神子上を納得させ、話を進めた。


 それから話題は移り変わること1時間。学校についての話のはずが、いつの間にか俺についての話に誘導されているということに気が付き話題修正するも、またいつの間にやら俺の話題になっているのを修正――ということを数回繰り返した。別に「俺はそういうのは〜〜」と握りこぶし片手に宙を見つめて自分語りにアツくなってたとかいうわけではなく、神子上によってまるで誘導されているかのように話がそっちへ傾いていくのである。


 あれこれしゃべりまくっても1時間あれば完食することは容易で、実際俺の前に置かれた皿は綺麗サッパリ食べ尽くされている。俺が食事を終えたということを目ざとく見つけた店員がすっ飛んできて、「お下げしてもよろしいでしょうか?」と声を掛けて食器類を没収して去っていく。



「そろそろ俺、勉強するんだが、帰るか?」


「ううん、まだここに残っておこうかなって思うんだけど」


「そうか」


「邪魔だったら帰るけど……」



 神子上が気まずそうな様子で俺の様子を伺う。ここにいても俺はただただ勉強するだけだ。およそ98%の確率で神子上は暇になると俺は試算する。残りの2%は予想が外れた時の予防線である。



「いや、残っても構わないんだが……暇になるぞ?」


「私こう見えても、退屈には強いの」


「退屈したら5分で寝てしまいそうな気がする」



 そもそもの話、ここに残って何するんだよって話だ。自らを暇な状況に追い込むって、神子上はMなのか? イニシャルは確かにMだが、そこまでMで合わせる必要は……ないわな(二重の意味で)。



「暇だと思ったら、勉強、邪魔させてもらうから」


「邪魔するなら帰って欲しいところだ」



 どっかの新喜劇でそんな昭和臭そうでそうでないようなネタがあった気がするが、俺の心境はまさにそれである。


 俺が勉強を始めてしばらく経つと彼女は窓の外の景色を見たり、自分の手付かずのお冷やに付いている大量の水滴を指でつついて流したり、ほげ〜っと宙を眺めていたりと、自分で暇潰しの方法を色々見つけて時間をやり過ごしているようだ。俺はそんな事するぐらいなら家に帰って好きな事でもやっておけばいいものを、とんだ物好きだなと思いながらシャーペンを走らせる。



「あ、そこ文法的におかしいよ。『〜たり』は基本的に複数回繰り返して使わないと……」


「そうなのか?」


「原則的にそういうふうに使わないといけないって、定義されていたはずなんだけど……うん」


「『たり』が一回でも、さほど変じゃない気がするんだがな……ちなみにその定義の出典元はなんていう本?」



 そういわれれば、変だ、とも言えそうだが、変じゃない、とも言えそうだ。そういう細かいところについての作法がまとめてある本とかがあれば読んでみたい。これってこういう使い方でオッケーなのか? って時に役立ちそうだ。



「えっとね、これ、本じゃ……ないんだよね」


「書籍じゃないのか……ということは塾か何かの講義か?」


「塾、でもないんだよね、へへ」


「それじゃその定義の情報元をズバシッと言うと?」


「秘密」



 ……イスから転げ落ちるのが俺のやるべき正当なツッコミだったかもしれない。それは置いといて、大事な話の核を引きずりに引きずって、最後「秘密」って、話の結末を引っ張っておきながら「続きはまた来週!」を平然とやってのけるどっかの意地汚いテレビ番組みたいじゃねえか。いや、テレビ番組は教えるつもりはあるが、こいつは教えるつもりがないんだからもっとたちが悪い。



「強いて言うなら……“いにしえより存在する日本語についてまとめたもの”っていう感じかな?」


「そういうのを“国語辞典”っていうんじゃねえのか?」


「そうともいうけど、違うの」


「どこがどう違うんだよ?」


「それは……言えない」



 俺の脳内には“いにしえより〜”の該当件数が国語辞典の一件しか出てこなかったんだが、まさか不正な手段で文法を覚えたんじゃねえだろうな? その年齢(とし)で夜な夜などっかの権威ある資料室に忍び入って古文書を読み漁ったとか。



「(文法ごときで、んなわけあるかよ)」



 今の例示について、もう一人の俺が猛烈な勢いで否定する。考えなおしてみれば至極当然のツッコミである。



「ああ、おばあちゃんの知恵袋か!」



 なるほど、おばあちゃんの知恵袋ならば“いにしえより〜”に該当するかもしれない。特段「おばあちゃん」である必要はないが、そこはそこ、知恵袋の代名詞的存在ということで「おばあちゃん」だ。これに違いない、と77%の自信を持って俺は言い放ったが、神子上の表情は明るくならない。



「えっとね、近いけど、やっぱり違う」


「そうか、知恵袋じゃないなら……」


「ねえ、それって今考えるべきことなのかな?」


「え?」


「だって、明日も試験なんでしょ?」


「あ……あ〜、そうだそうだ、今はそれどころじゃねえんだよな」



 思考が完全に謎解き方面へ行ってしまっていたが、本題はテスト勉強である。今回は邪魔されたと言うより自分から進んで脇道へ踏み入ってしまった。



「私、国語はあまり得意じゃないんだけど……わからない所があったら一緒に考えよ」


「それはありがたい」


「私は邪魔はするけど邪魔(・・)はしないから」


「そっちの邪魔は歓迎する」


「でもその前に、一つお願いがあるんだけど……」


「なんだ?」


「メールアドレス、教えてくれない?」


「メールアドレス?」


「そう、メールアドレス。……ダメかな?」


「……仕方ねーな」



 そんなことを言っている俺だが、こんな美少女とメールアドレスを交換できるということについての感想を率直に言うと、か、な、り、役得だ。



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