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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
Lost-311- PartA
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第5話-A33 Lost-311- 希望の光

「…………。」


「………………。」


「……ねえ、少し肌の色が良くなってきてない?」


 俺が手を握り始めてから数時間が経過した頃、姉さんが口を開いた。俺がリンに魔力の外部供給している様子を、姉さんはベッドに座って、ヘーゲルは椅子に座って固唾を飲んでじっと見ている。時刻は昼を回ったところ、店なぞやるような状況でないのは当然のことである。だから開店前に姉さんに頼んで今日から数日間臨時休業をする旨の張り紙を店のシャッターに貼りつけてもらった。

 

 

「私が最初に見た時よりも生気を感じますね」

 

 

 ヘーゲルはこの方法でリンの容態が回復の兆しを見せてくれるかどうか確認するまで様子を見ておくと言い、現在に至っている。彼は俺に少しの間手を離してくださいと言って、先ほど俺が真っ二つに割ってしまった石の片割れをリンの手に握らせた。今朝よりも遥かに鮮明な紫。つまり、リンの体に少しずつではあるが、俺の出所不明の魔力が流れ込んでいるということが立証できたということになる。それを見た俺は、安堵の溜息をつかずにはいられなかった。彼が続いて脈拍と呼吸、そして肝心の体温を測ると、それぞれ徐々に正常値に近づいているとの診断結果が出た。



「とりあえず、一命は取り留めたようですね。

 あとはこのまま、彼女が起きてくるまでこの状態を続けていくだけです」


「はあ~」


「何とか助かって良かったぜ、ホント」


「……でもヘーゲルさん、このままっていうのは

 “コウさんがリンちゃんの手を握り続けたまま”っていうこと?」



 安心も束の間、姉さんがヘーゲルの発言に突っ込みを入れた。確かに、俺がずっとこの状態のまま維持していくのは、さすがにちとキツイというもんだ。俺は再びリンの手を握った。



「そう、いうことになります……ね」


「このペースだとリンが起きてくるまで、あとどれぐらいかかるっすかね?」


「いくら早くとも、2,3日はかかるでしょう。

 別に四六時中連続して握っておかなければいけない訳ではありませんが、

 手を離すと恐らくその間はまた魔力がまた減っていくでしょう。

 供給をやめるというのは今朝のような事態を防ぐためにもオススメしませんね」


「マジかよ……」



 つまり俺は便所以外ここで付きっきりになってにゃならんということか。家の掃除とか食事、洗濯、それから花の水やりその他諸々の作業を、一体俺はどうやってこなしていけばいいんだよ。特に寝るとき。同じ事を考えたらしい姉さんは半ば文句を言うような物言いで言い放った。



「あの……何かいい方法はない? それじゃあコウさんが何も出来ないじゃない」


「そんなことを言われてもですね……

 魔力切れの重症患者を扱うのは初めてではないのですが、みな自力で回復できたので、

 今回のような自力で回復できない患者さんを見るのは初めてでして、

 どうすればよいかまではちょっと……

 今行なっているこの治療法ですら、医学書にはない実験的なやり方です」


「つまりは思い浮かばないということっすね?」


「基本的に、あなたとリンさんの肌が触れ合ってさえいれば大丈夫です」



 だから結局思いつかねえんだろうがよ。言葉濁すだけ濁して内容ほぼゼロじゃねえか。俺はずっと握っていた手が大分汗ばんでいることに気が付いたが、近くに拭くものが見当たらない。そこで仕方なく握っていた手を離して服に汗をこすりつけた。姉さんは参ったねえ、と頭を抱え、ヘーゲルは気まずそうに視線を床に落としている。肌が触れ合ってさえいれば、か……俺の皮膚をメスかなんかで一部切り離して握らせるという暴挙も考えてみたが、それって絶対に痛いよな。そこだけ肉が丸見えになるわけだし、見た目的にもグロい上、本体から切り離した皮膚で治療できるかどうかもわからん。ましてやリンが目覚めて、手を見たら誰のものかも分からない気味悪い皮膚の断片を握ってるとか冗談にもならん。そりゃ、俺がいちいち確認しなくとも、目覚めたら自動的に絶叫が聞こえてくるというメリットもあるが。



「う~ん……私が思いつくことといえば、

 コウさんがリンちゃんを背負って生活することだけど、

 生まれたての子供ならまだしも、結構キツイよね。両手も塞がっちゃうし」


「ああ、その手もあるかもしれないすっすね。

 両手がふさがってしまう問題さえ何とかすれば……

 赤ん坊を背負う時のあの道具、あれを使えば何とかなるんじゃないっすかね?」


「何言ってるの、身体の大きさがぜんぜん違うでしょ!?」


「……ですよね~」


「あ、でもリンちゃんの体格に合わせて同じようなもの作れば、何とかなるかもしれないわね」



 ギュルルルルル――――突然部屋に響いた空腹を示す音。犯人はヘーゲルだった。ヘーゲルは「ん、失礼致しました」と急に顔を赤らめて恥ずかしそうに言う。そしてその音は、あろうことか話の流れをそっち方面へと90°ターンさせてしまった。



「確かに私もお腹空いたわ、そろそろいい加減に昼食のことも考えないとね」


「私は診療所に家内の昼食があるので……」


「へえ、ヘーゲルさん若いのにもう家庭持ち?」


「ええ、まあ……医学院で知り合って、それで意気投合したというか、なんというか」



 ヘーゲルは家庭の話になると、冷静な青年のイメージがガラっと変わったように急に表情が豊かになった。やはり自分の話をするのはどうも恥ずかしいらしい。姉さんはそんな彼の心を知ってか知らずか、グイグイと聞いてくる。



「それで、子供はいるの?」


「それは……まだですね。

 欲しいとは思うんですが、診療所が忙しくてなかなかそんな暇がなくて。

 しばらく間はお預けかな、と」


「でも、そんな事言って後回し後回しにして、

 あたしみたいにババアになってからだと体力的に辛いものがあるからね。

 特に夜中に突然泣き出すもんだから、あの頃は睡眠不足がひどくて。

 店のカウンターで客の相手してたらうっかり寝ちゃって、

 その隙にお客さんが食い逃げ、なんてこともこともあったのよ」



 そう言って姉さんは、昔を懐かしむように大きく笑い、それにつられてヘーゲルも笑った。ていうか、客の相手しながら寝るって、しかもカウンターだから立ったままだろ? そんな超高等テクニックは一体どうやったら身に付くのか教えていただきたい。どこでも寝れるって、ジャングルの奥地でサバイバル的なシチュエーションが起きた時、生き残る技術の1つとして活用できそうだ。……もっとも、自ら進んでサバイバル生活に飛び込むことはまずないがな。



「ははは、そうなんですか。

 じゃあ結局その時は食い逃げされてそのまま丸損ってことですよね?」


「あたしはそんな事絶対にさせないわよ。

 他の客が『食い逃げだ――!!』って言ってくれたお陰でハッと我に返ってね、

 羽音がまだ聞こえてたからそのまま追いかけてとっ捕まえてやったわ」


「さすがですね。怖くなかったんですか?」


「ふふふ、まさか。

 ルーを教育したところ見てるから知ってると思うけど、

 あたしってこう見えてお父さんと喧嘩してよく殴りあいしてたから、結構強かったりするのよ?

 追いついたところで地面に叩き落として、

 そいつが痛みに悶えてる間に金目のもの身ぐるみ全部剥いで――あの時は楽しかったわ」



 誰か警邏隊の人呼んでくれ。この人、どう考えても社会の脅威だ。まあでも、姉さんを見てるとやっぱりチカを思い出すな。やることが少し荒くて、暴力的で、母性愛機能過剰。髪型は……まあ多少違っていてもいいじゃないか。


「『楽しかった』って……でもそんなことして、警邏隊には捕まらなかったんすか?」


「来たわよ。そりゃもうどこからともなく、まるであたしを監視していたかのように迅速にね。

 でも例の第6部隊じゃなかったから、こっちの事情をちゃんと聞いてくれたから良かったわ。

 食い逃げ犯も素直に認めたから、結局連れていかれたのはあたしじゃなくてヤツなんだけど」


「それにしても身ぐるみ全部ってのは、ちょっとやりすぎというものではないですか?」


「ううん、そいつ、ボロボロの薄汚れた服を着てたんだけど、

 金になりそうなものはあんまり持ってなかったから、食事代の半分も回収出来なかった。

 後で警邏隊の人から聞いたんだけど、その人無職だったって。

 ボロボロの服装してるのに、羽振りのいい客だね、なんて思ってたけど、

 今思い返せば元々最初から食い逃げするつもり満々だったのよね」


「お金がないなら罰金は払えませんから、その人は窃盗罪で懲役確定ですね」


「まあ、ブタ箱でくさい飯食わせてもらってる間は餓死はしない。

 本人としてはそれ目当てだったみたいよ。

 その証拠に、あいつ、裁判で“もっと重い刑にして下さい”って言ってたって。

 開いた口がふさがらないって正にこのことね。死刑になればよかったのよ」


「すみません姉さん。

 気持ちは分かるんすけど、それを口に出すあなたの人格を疑わざるえないっすわ」


「まあ確かに今のはちょっと言い過ぎたかな?

 ていうか話が脱線しちゃったけど、子供の話ね。

 ヘーゲルさん、まだ多少の無理がきく若いうちに、

 やるべきことはさっさとしておいたほうがいいんじゃないの?

 身ごもるって言ったって、たった5ヶ月と少しだけなんだし」



 5ヶ月……? この世界の人間は妊娠がたったの5ヶ月なのか? 大分早いな。ひと月は約30日だから――だがしかしちょっと待て、それは地球の公転周期の話だ。この星の公転周期が地球と同じだという保証はない。つまり、この星の一年が365.25日ではないかもしれないということだ。一週間は7日、それは同じだが。一年は何日だと常識的なことを今眼の前にいる二人に聞くのはちとまずい。この話は俺の事情を知っているリンに聞くのが一番だろう。もちろん相手が相手だけに変なこと思われないように言い回しは気をつけるぞ。



「そう、ですね。少し考えておきます」



 ヘーゲルは話を穏やかに終わらせるように言って、鞄の中の整頓を始めた。昼食が入って……あ、そうか。さっき弁当は診療所にあるって言ってたな。ていうことは帰るってことだ。



「リンさんの様子も良くなってきてますし、私が帰っても大丈夫でしょう。

 今回のように連絡があれば、また飛んできますので。

 えっと、コウさんに最後にお伝えして置かなければならないのは、今回の診察・治療代です」


「えっ、お金とるんですか!?」


「私だって商売やってるんですから。

 ええっと、今回は前回と同じく診察と緊急呼び出し料の合わせて5000レル、

 前回のと合わせて1万レルです。ご用意しておいてください。では、よろしくお願いします」


「そういえば、俺が割った石は……」


「ああ、あれですか。大丈夫ですよ。

 実を言うとあの石はかなり頑丈で、滅多に割れることがないんです。

 珍しいことが起きた記念とでも思って持って帰ります。

 それに、割れても小さくなるだけで性能は全く変わりませんから」


 ヘーゲルは席を立って、一階の裏口へと降りていく。俺が送ろうと立ち上がると、姉さんが「あなたはここにいていいから」と彼に付き添うように部屋を出ていった。



「リン、今度こそは、今度こそは絶対起きてこいよ……」


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