第5話-A31 Lost-311- ステージ25との意外な接点
投稿が大変遅くなってしまって申し訳ございません。
作者のリアルの生活が忙しくなってきたのが原因で、更新が延びてしまいました。
今回のように延びないようにこれから対策を考えたいと思います。
書き方を大きく変えてみました。
「リン、入るぞ」
俺は夕食を片手にリンの部屋のドアをノックした。返事はない。
「あのヤブ医者め……」
医者の診療から一週間が経過した。医者の言うとおり、リンを寝かせたままそっとしているが、リンは一向に起き上がる気配を見せない。もちろん、下手くそだが毎回欠かさず流動食を作って喉に流し込んでいる。あの医者はこうすれば二、三日で回復すると言っていたが……一体どうなってるのやら。
店はいつまでも午前中営業にするわけにもいかず、診察を受けた翌日から一人でフル営業をしている。いや、こうやって言葉で言うといとも簡単に営業しているように聞こえるかもしれないが、実際は大忙しだ。朝早くから起きてパパッと朝食をとったら即営業の準備。商品が枯れてしまわないように水をやって、商品をより美しく見せるために花の配置も微調整。花は商品であるが、同時に店の装飾品としての役割も兼ね備えている。ただ何となく乱雑に配置したのでは、いくらその花単体が美しくとも買ってはもらえない。今の俺なら、フラワーアレンジメントの資格が取れそうだ。取る気も勉強する気もないが。そして朝のラッシュに一人で立ち向かうわけだ。
俺はドアを開けてリンの部屋に入った。部屋の窓から入り込む夕日で部屋が朱に染まり、ベッドの上で安らかに寝ているリンの顔もその光に照らされている。
寝入り始めのリンはたまに寝返りを打つことがあったが、ここ二、三日は全く動かない。朝に俺が仰向けに寝かせて胸の上で手を置いたら晩までそのまんま。この調子じゃいつ回復するのか皆目見当がつかない。
俺は部屋の椅子をベッドまで寄せて座り、リンの上体をよっこらせっと抱え上げる。料理本片手に作り上げた、男料理プンプンの荒削りな流動食を喉に流し込もうとスプーンを口元に持って行くが、意識のない人間は当然口を開けてくれない。リンの口を強引に開けてスプーンを中に突っ込まざるをえないわけだ。消毒済みのゴム手袋か何かがあればわざわざ直接指で口を開けなくとも衛生的なんだが……残念だがそんなものはこの世には存在しない。俺ができることといえば、せいぜい食事をさせる前に丁寧に手を洗うことぐらいしかないのが実情。
ちなみに流動食を作るようになってから気がついたことなんだが、リンの八重歯はかなり鋭い。俺がこんな八重歯を持ってたら舌なんか怖くて噛めやしない。舌を噛もうものならその八重歯で舌に穴が開いてしまいそうなぐらいだ。この世界の人間はみんなそういうものなのだろうか。比較対象がないからはっきりとは言えないが、この鋭さは少し異常と言えそうな気がする。
「早いとこ起きてくれよ……リン」
意識不明の人間を抱えるのも体力がいるが、そればかりに気が行って間違って食事が気管に入りでもしたらとんでもないことになりかねないから要注意。こんなことを日常的にやってるヘルパーは偉いと尊敬するよ。資格が要るのも頷けるってもんだ。そんなヘルパーだが、重労働の割には給料が低いんだとさ。椅子にふんぞり返ってるだけで何億もの収入を手に入れることができる人間もいるあの世の不条理さは、呆れるを通り越して、もはや絶賛の域だね。よくここまで激しい格差社会を生み出せたものだと。かくいう俺もあの世でもこの世でも不条理に振り回され、苦労している人間の一人だ。
「ふう~、いてててて――」
少しずつちびちびとスプーンで流しこむ作業をせっせと続け、ついに食事が終わった。空になった食器をリンの机に置き、リンを再び寝かせ終えると、リンの背中に回していた左腕を振る。ずっと力をかけていたせいで、腕が重い。リンの介抱をしながら店をやりながら家事も受け持つ負荷は並大抵のものじゃない。最近では疲労が蓄積しているのか、若干睡眠不足の気があって眠い。リンには早いとこ全快してもらわねえと、冗談抜きで俺までくたばってしまいそうだ。てかくたばる。誰かこっちの世界にリポビタン○1カートンを早急に送ってくれと言いたい。
「コウさ~ん」
「ちょいとお待ちを~!」
カウンターの呼び鈴を鳴らす音とともに俺を呼ぶ声が聞こえ、俺は食器を部屋に残したまま部屋を飛び出し一階へ駆け降りた。夕食を食わせている間も店は営業中であることを忘れてはいけない。カウンターに飛んでいくとそこには姉さんの姿があった。
「ああ、姉さんじゃないっすか! 一週間ぶりっすね」
「リンちゃんの調子はどう?
ちょっと気になったから様子を見に来たんだけど。
ついでに夕食も作ってあげようと思って食材も買ってきた……あれ、リンちゃんは奥で仕事中?」
「いや、まあそれが……」
「あ、もしかしてもう夕食食べちゃった?」
「俺はまだ食べてないんすけど……」
俺が言葉を濁して視線を下に落とすと、姉さんは少し間をおき、声を低くして恐る恐る言った。
「『俺は』って、もしかして……まだ、リンちゃんはあの状態のままなの?」
俺が嘘をつく理由などどこにもない。詳細不明の異界の地でうまく生活していくためには、現地の人間とうまいことやっていくことが不可欠。住み慣れたステージ25ならご近所付き合いがなくともある程度生活ができるが、この世界に関する情報が圧倒的に不足している俺には必然的にこれが大事になってくる。
「どうしてこうなってるのか分かんないんすけど、そういうことです」
「おかしいわね、お医者さんの話ならもうとっくに回復してるはずなんだけど……
でも、前より状態は良くなってはきてるんでしょ?」
「正直、俺の目には一週間前よりかえって状態が悪化しているようにしか見えないんすけどね……」
「コウさんの目の下にクマができてるからまさかとは思ったんだけど。食事は?」
「もちろん言いつけ通り、毎日欠かさず一日三食きっちりと」
「一回の量が足りてないんじゃない?」
「料理本に沿って一人分作ってるんでその線はないかと……」
「じゃあリンちゃんは急性魔力欠乏症じゃないかもしれないってこと?」
「いや、そんなこと俺に聞かれても……」
困る。俺は医者じゃないんだしさ。そういうのはヘーゲルに聞いてくれ。
「そうよね、ごめんなさい」
お金がかかるからあまりしたくはないんだが、もしヘーゲルが世間的に見てあまりあまり評価の良くない医者なら、セカンドオピニオンを考えたほうがいいかもしれない。姉さんを見ると、腕を組んで眉間にシワを寄せて考え込んでいる。どうでもいいことだが、こうやってよく見ると姉さんって結構目尻に皺があったりする。そこら辺はいつも化粧でうまくごまかしてるんだろう。
「うーん、ちょっととりあえず一旦リンちゃんの様子を見てもいいかしら?」
「ああどうぞ」
そう言うと同時に、姉さんは食材の入った布袋片手に俺を差し置いてスタスタと階段を上っていく。あつかましいのか心配性なのか……どちらにしても、姉さんがリンのことを心配してくれていることには変わりはない。
俺がリンの部屋に入るなり、姉さんは声を上げた。
「ねえちょっと、リンちゃん前より顔色が悪くなってない?」
「えっ、そうっすか!?」
「コウさんは毎日リンちゃんと顔を合わせてるから気がつかなかったのかもしれないけれど、
あたしが一週間前に見た時よりも顔色が全然違う! 心なしか少しげっそりしきてる気もする」
姉さんは俺がさっき机の上に置いた流動食を入れた食器を手に取った。器には流動食を入れた跡が残っているのを確認した姉さんは、確かにこの量なら少ないことはまずないわね、と呟いた。
「この料理なら栄養価もそこそこ高いから、食事が原因ってわけではなさそう」
「一体何が原因なんでしょうかね?」
「さあ……今日はもう日が暮れるし、明日ヘーゲルさんに診てもらったほうがいいと思う。
あの人の医術はああ見えてこの街ではトップクラスなのよ」
「へえ、そうだったんすか」
今ふと気になったのだが、姉さんの日本語の中に外来語が混じってる。思い出せば靴屋の店主も“バランサー”という外来語を使っていたな……これは一体どういうことなんだろうか。というか、そもそもこの世界の人間が日本語を話しているという時点で疑問をもつべきだった。
日本語はUSERによって開発されたと零雨から聞いたのは覚えている。あとラテン語も。しかし今姉さんが話した“トップクラス”という単語は、明らかに英語だ。英語はUSERの創造物ではない。あっちの世界の人間が勝手に創りだしたもののはずだ。この世界の管理者が全く同一の日本語を造った? んな馬鹿な話はない。日本語として造ったとしても、造られた言語が俺の元いた世界の言語と全く同一というのは虫が良すぎる。
……。
…………。
………………。
これはただの推測にすぎないが、もしかしたらこの世界の最高管理者もUSERで、向こうの言語をこっちに丸ごと移植してきてるのかもしれない。もしそうだとするなら、俺の元いた世界に帰ることは容易だ。どうにかしてこの世界の管理プログラムと接触すればすぐに帰してもらえるはず――もしそうではなく、別の管理者だとしても、元の世界との接点がここにあるのには変わらない。その接点を利用すれば帰れるかもしれない。俺も元々は所詮はデータの塊。言語が運び込まれたルートを遡れば帰れそうな気がする。いずれにしても、一番の問題はどうやって管理プログラムと接触するかだ。俺的には神使が一番怪しい。神使=ELVESとするなら、神使のリンへの憑依と記憶操作能力にも合点がいく。
「――ねえ、コウさん聞いてる?」
「あっ、すみません聞いてませんでした」
「だからね、台所を借りてもいい? って聞いてるんだけど」
「え、えっと、何のために?」
今目の前にある大きな問題を無視して一人どうでもいいことを考えてしまった。いや、どうでも良くはないんだが、今はどうでもいい。何も聞いていなかった俺は姉さんにハァ~、とため息をつかれてしまった。当然の報いか。
「……もう一回最初から言うから、今度は聞き逃さないでよ?
今日は居酒屋は店休日だから時間もあるし、店の仕事とか家事とか手伝ってあげようか? って。
コウさんも大分疲れが溜まってるみたいだし、このままじゃコウさんもダウンしちゃいそうだし。
で、あつかましいかもしれないけど、
もう夕食の材料買ってきちゃったから、私がお手伝いするしないは別にして夕食だけは作らせて欲しいの」
「あっ、そういうことっすか、助かります。
でもそんな、いいっすよ。食事を作ってくれるだけで十分っす」
「そんな事言って、じゃあ台所貸してもらってもいいわよね?」
「ええ、もちろん。自分のクソ不味い料理の味にもそろそろ飽きてきたところですし」
「そんな事言って、リンちゃんにあげてた食事を見る限り結構上手に出来てたじゃない」
「気のせいっすよ。
見た目は良くても中身が不味いのが俺の料理の特徴っすからね。
姉さんにはかないませんよ」
「そりゃ、あたしは居酒屋やっててもうすぐで20年になるんだから当たり前よ」
そこは謙遜……いやいや、何でもないぞ、俺はなーんにも言ってないぞ。俺はそこは謙遜しろなんてちっとも思ってないぞ。なにせキャリア1年半と20年の差はデカイからな、しかも姉さんは料理でメシ食ってるからな、それぐらい自慢して当たり前ってもんだ。うん。
リーン、と一階からまた呼び鈴がなった。客だ。
「お客さんが来たみたいね。夕食は私が作っておくから、いってらっしゃい」
「会う度に迷惑ばっかりかけてホントにすみません」
俺が頭を下げると、姉さんはフッと笑った。
「まだこんなに若いのに店を切り盛りするのは大変でしょ?
なんというか、見てて無性に手伝ってあげなくちゃ、守ってあげなきゃって思うのよね。
母性愛に近い感覚かもしれない。
まあ、それはそれ、早く行かないとお客さんが帰っちゃうわよ?」
「そうっすね、じゃあ夕食の方、よろしくお願いします」
俺がまた一礼したと同時に、催促の呼び鈴が鳴った。俺は階段を全力で掛け降り……
「ふんぎゃああああ――――!」
また階段を踏み外して転がり落ちた。